彼女との出会い
今日という日を、忘れることはないだろう。
この日に起こった出来事は、一生忘れる事はないだろう。
今日の出来事は、今まで生きてきた中で、
最高の1日であり、そして、この日に起こった事が、
僕の人生を大きく変えたというか、
大きく変えられた1日でもあるのだから。
そして僕は電車の揺れが嫌いだ。
だから揺れを少しでも抑えるというか、
体を固定させるため、窓枠に肘をのせる。
そして車窓から、景色を眺めている。別に景色を楽しんでいるわけではなく、
ただ、景色を眺めている。次々と流れていく景色に、
目を留めることなく眺めていたからだろうか、
初めて見る風景を目の当たりにしても、さほど驚きの感情は訪れなかった。
と、言うのは嘘でして、かなり動揺しまくっていた。
いやいや、まてよ? 勘違いかと思ってみたものの、
列車内に流れるアナウンスが耳に入ってくるなり、
額に、冷たい汗が吹き出す。
自分の勘違いであって欲しい。もしくは、見間違い聞き違いであって欲しい。
聞き覚えのない駅名を2度程告げられると、やっと重い腰を上げることが出来た。
列車の速度が落ちる頃には、既に扉近くへと移動している。
そして、なるべく目立たないように行動している自分の姿が、
どこか恥ずかしく見られているように感じられた。
僕は人の流れに逆らわないように車両から降りる。
当たり前だけど、見慣れない駅構内と、見慣れない景色にを見渡している。
「すげぇ駅だな・・・・・・」と、口から本音が飛び出す。
やはり、ここは都会の駅だ。
そう思ったのは、なんと言っても人の多さだった。
いつも降りている田舎の駅を馬鹿にするつもりは更々ないが、
人の歩くスピードに目を疑う。
まるで、一分一秒の時間を争っているように見えたからだ。
それと不思議なのは、こんなに大勢の人達は何処から来て何処へ帰るのだろう?
もちろん帰るのは家だろうし、通うのは会社であり、
学校でありバイト先だったりするだろう。
それにしても、駅構内には人、人、人で溢れかえっていた。
都会に慣れいるわけもなく、辺りをキョロキョロしながらも、
なるべく田舎者に見られないように流れに逆らわないようにして外へ出た。
外に出たと言うよりも皆に付いて行ったら外へ出てしまった。といったほうが合っている。
駅の外へ一歩踏み出すと、外はネオンで輝いていた。
田舎に住んでいるからだろうか、僕は人の流れから外れる決心をした。
いずれにせよ、そうしなければ他人の家に着いてしまうからだ。
今の僕には、それよりも少し興奮状態の自分を落ち着かさる為だった。
なるべく人気の少ない場所を探して歩いていく。
落ち着いてないとはいっても、高校生にもなって迷子になるのだけは、
恥ずかしいという思いは残っているので、大げさなぐらいに駅の位置を確認しつつ移動する。
そんなにたいして歩くこともなく、
少し大きめな公園を発見してホッと心をなでおろす。見る限り周りをフェンスで囲まれているので
野球ができたりすのだろう。僕はそんな公園へと辿り着いたというよりかは、
導かれたのかも知れなかった。
一応、周りに誰もいないのを確認すると、
お腹いっぱいの酸素を取り入れようと深呼吸する。
誰も見ていないと思ったから、恥ずかしげもなく両手を広げ、
酸素を取り込んでいる最中に、
トントン。と、急に背中を叩かれたので、驚いた僕は手を広げたままの姿で止まってしまった。
ちょ、ちょっと、僕の背中では、何が起こっているのだろうか?
もしかして、危機的状況下に置かれていたりするのだろうか?
後ろを振り返ると、いるのか? いたりするのか? いちゃうのか?
いわゆる不良っていう連中が・・・僕を何処かへ連れて行く。そして、
いやいやいやいや、考えるだけで、怖いんですけど。
とん、とん、とん。ほらほら夢じゃ無いよ。怒らせる前に何か手を打たなければ。
対策を練らねば。ん? 待てよ、後々痛い目をみるよりは、
早めに対応しといたほうが後々楽だよね。僕は勇気を振り絞るというか、思い切り振り返ってみた。
「あの、なんでしょうか?」
・・・・・・あれ、おかしいぞ。誰もいないぞ? いやまさかね。
いやいや、ないない。
幽霊なんてこの世に存在しないんだって・・・・・・。
これって、もしかして、もう一度、元の場所を振り返ったら・・・そういうパターン?
もう一回、振り返ったらダメな奴? 心霊ドラマでは、絶対振り返るパターン?
期待されても、僕は振り返らないけどね・・・。
「よっ!」あまりの突然の呼びかけに、
一瞬何が起こったのか分からなかった。だからボーッとして立ち尽くしていると、
「よっ!」二回目の呼びかけにより、この世に戻された僕は、
「うぉっ!」と、自分の体を守るため、後方へ飛んだ。
それで、視界が広がったせいだろう、さっきまで誰もいなかった場所に女の子が立っていた。
「わわっ!」と、自分でも聞いたことのない、素っ頓狂な声を出していた。
僕って見える側の人間だったんだぁ。
って、やっぱりこれって、いわゆる幽霊さんって奴だよね?
もしかして、取り憑かれちゃったのかな?
心霊ドラマの見過ぎなのかな?なんか想像して奴と違うよな・・・。
だって、首を傾げちゃってるんだもん。こんな可愛い幽霊さん居る?
居るんだったから・・・こんな幽霊さんになら、僕は取り憑かれても良いかも。
おっと、だめだめ。僕は危うく幽霊さんに恋に落ち。そのまま逃避行だったら良いけど、
墓場まで一緒だね・・・なんて事になったら嫌だから・・・無し、無し。今の話無かったことで!
そう、僕らは住む世界が違うんです。僕の淡い恋心に終止符を打った。
あと不思議に思ったのが、幽霊さんなのに、ヘッドフォンを填めていた。
顔に対して大きめのヘッドフォンだけど違和感が無く、何故か似合っていた。
「ねぇ、ねぇ、道に迷ったんでしょ?」
「うぉ、幽霊さん、喋った!!」
「えっ、なんて言ったの?」と、幽霊さん?は、ヘッドフォンを外す。
すると、とても良い香りが漂ってきた。
良い香りといっても、線香の香りでは無かった事と、足も生えている事なので、
これだけ引っ張った幽霊さん騒動は終了しちゃいます。
そして、僕は彼女にたいして誤りを入れる。
面と向かっては言えないから、もちろん心の中だけで・・・・・・。
やっと、まともに彼女の事を見る事が出来た。と、いっても、
まだ確認作業中なのかも知れない。
まずは髪型チェックから初めて見た。
少し斜めにカットされ前髪から、少しだけ眉毛が覗く。
そして、可愛らしい鼻と、ピンク色の唇が、鮮やかというか、艶やかに艶めいている。
最後に一際目に付く瞳は、黒いアイラインが引かれていて
少し塗りすぎじゃないかな? と、思えたけど、トータル的にみたら似合っていた。
きっと彼女は、自分の事を分かっているのだろう。
そんな彼女の事を見ていると、彼女に吸い込まれそうになっていった。
それから、彼女が手に持っているヘッドフォンから音が漏れていた。
漏れていたというより、漏れ放題の、だだ漏れ状態だった。
その音がロックだと分かったから、
彼女にピッタリすぎて笑いそうになったけど、
もしも、ポップやテクノとかが流れてきたとしたら、
肩をすくめて有り得ない。と、欧米人のような、
ジェスチャーを見せる羽目になっていただろう。
「おまえ、道に迷ったんだろ?」と、
いきなり初対面の相手というか女性から、「おまえ」なんて言われたから、
動揺を隠せなかった。
「えっ、な、何がですか?」
「ん? 何がって、おまえ・・・・・・顔に困ってるから助けてください。って書いてるからさ」
と、彼女は照れくさそうに笑っていた。
「うそ? うそだよね? うそーーー!」
僕は当たりを見渡し、便所らしき建物を見つけると、
走って行くというよりは、一目散に駆け込んだ。
危うく女子トイレに入りそうになり、慌てて男子トイレに駆け込む。
そして、恐る恐るというよりかは、鏡の中の自分と対面を果たす事に成功。
「だよな・・・・・・やっぱ、書いてるわけないよな・・・」と、
気づいた時には僕の両手両足は、高速回転しながら彼女の元へと戻っていく。
彼女に、文句の1つでも言おうとしていたけど、彼女に先手を打たれたというか、
はっきりいって呆れさせていたから文句の一言すら言えなかった。
「はぁ・・・・・・んなこと、ふつうは、信じないだろ」
「・・・・・・・・・・・・だよね」
「それだけ、動揺している証拠だろ」
「はい、返す言葉もみつかれいません」
彼女は笑っていた。そして僕はテレビでしか拝見したことない
格好というかポーズを、一生される事なんて、
ないと思っていたから・・・生きている内には無いと信じていた。
彼女は僕の顔を見つめると、何か良い案でも思いついたのか顔色がパッと明るくなると、
僕へ向かって手の甲を差し出した。それだけなら、まだ良かったけど、
僕に向けて、中指を立てていたから、驚きというか、驚愕といったらいいのか、
とりあえず、そんな感じというか、感覚というか、
うわぁ、まじやべぇ、F◯CK!だよ、あれってF◯CK!って奴だよね・・・、
こんな感じで彼女の事をみています。そして意外なことを言われる。
「大丈夫だ、わたしに、まかせておけ!」
彼女は分かっているのだろうか、自分の格好が表している意味を分かっているのだろうか?
誰だってそう思うよね、格好と言っていることが合ってないんだもん。
すると、彼女の顔は次第に表情が和らぐと笑みが漏れ始めると、
「ふつう、そんなに、驚くもか?」
「・・・いや、ふつう、驚くでしょ」
「そう、ごめんね」
不意を付いて女の子の姿に戻るなんて卑怯だ。
そんな一面を見せられたお陰で、僕の心は、ざわついている。
その思いを隠しきれず僕の頬は熱を持っていた。
そして僕の顔は、ほんのりと桜を咲かせいた。
こんな姿を彼女に見せたくない一心で、
「駅の場所も、だいたい分かっているし、大丈夫だよ」
「ふ〜ん、やっぱりね、そうじゃないかと思ったんだ」
「それって、どういうこと?」
「わたしが、駅の中を案内してやるよってこと」
僕は腕をつかまれた。そしてニコッと微笑みかけられた。
僕は彼女の微笑んでいる顔を直視できなかった。
彼女の誘いを断ることも出来なかった。断ろうと思えば出来たのに、
断ろうとしなかったのは彼女が一風変わっていたからなのかは、
まだ出会ったばかりなので、彼女のことはイマイチ分からないけど、
ギャップに惹かれていたのは事実だった。
彼女の見せるポーズと、随分とかけ離れた、優しい心というか、
優しい気持ちを全面に出しているといったら良いのか、僕は彼女の魅力に惹かれていた。
彼女は僕の腕を掴むと、僕の意思など関係なく、駅方面へと連れて行く。
僕は彼女に引かれながら歩いてはいるが、引かれるというよりは、
すでに僕は彼女に惹かれていた。
そして今頃気づいていることもある。
今更ながら、彼女の背中にギターが背負われていた。
余り詳しくないのでアコースティクギターなのかエレキギターなのかは、
分からないようで、聴いている音楽が音楽なので、
僕の中では、彼女の背負っているギターは、
勝手にエレキギターということで決着をつけた。
「うゎっ、おっとっと」
「おい、あっぶないな、気をつけろよ」
彼女の止まっていた事に気づかずというか、
信号で止まっている彼女には悪いところなど見つかるわけもなく、
危うくギターに、ぶつかりそうになって少し動揺していた。
「ご、ごめんなさい・・・」
と答えた僕の瞳に映ったのは、
とても大事そうにギターを抱きかかえる姿を目にすると、
ほんと当たらなくて良かったな、と思わされた。
それよりも、このことで彼女と離れるというか、
彼女と楽しく話せなくなる事の方が嫌というか辛いと感じていた。
「はい、駅につきましたぞよ」と楽しそうに告げられたのに、
語尾の「ぞよ」にたいして返す言葉が見つからなかった。
「・・・・・・ありがとう」と言ってはいたが、
もしかしたら相槌に近い返事をしていたかも知れない。
「は? ありがとう? なにいってんの?乗りかかった船だし、最後まで見送るって」
「・・・・・・えっ?」僕の戸惑いなど無かったかのように、彼女は僕の手首に手錠をかける。
本当の手錠では無いので、「がちゃん!」なんて音はしないけど、
少しだけ力を込めて握る彼女の口から、一風変わった事を言われる。
「あなたは思っていたの? わたしから、逃げられるとでも思っていたの?」
えっなに、このキャラなに?・・・・・・っていうか、この人、もしかして二重人格?
もしくは多重人格者??という僕の目を読み取ったのか、
「なに本気にしてんの? 相変わらず馬鹿なんだから」
といわれて、まだ出会って1時間位の筈なのに、
相変わらずなんて言われる僕って・・・・・・。
そんな風な事を思っている、というか考えているんだけど、
悪い気はしないし、むしろ嬉しい誤算だというべきだろう。
「ねぇ、なんで黙っているのかな? もしかして、私のことウザイ?・・・・・・」
「ううん、ぜんぜん!」と、我ながらビックリするスピードで返事をしていた。
「そう。良かった。そしたら、こんな調子というか、こんな感じで続けていくね」
と、言われて今の僕の実力では、続けていくんかい!
なんてツッコミを入れることは出来なかった。
「てさぁ、駅名を教えなよ。探してやるから」
「ほんと? 助かるよ、お願いします」
僕は駅名を告げると、彼女は路線図を見ながら探してくれている。
彼女が右に移動すれば自分も右へと移動する。
むろん彼女が左を見たならば自分も覗き見る。
そして彼女が屈むので、僕は中腰で上から覗きこんでいた。
「ごん!」何かが僕の顎に強烈な一撃を食らわす。
「うぉぉぉぉ!」
「なにしてんのさ、ほんと、ドジっ子なんだから」
「・・・・・・ドジっ子って」
僕が顎を擦るのに対して、彼女は後頭部を摩っていた。
「痛ぇ・・・・・・」なんて口にする彼女の瞳は潤んでいるのを見ると、
僕の痛みは何処かへ吹き飛んでいくと、僕は彼女の心配をしていた。
「痛そうだけど大丈夫?」
「えっ? なにいっちゃんの、痛そうなのは、どうみてもアンタの方だよ」
とりあえず、アンタと言われた事は置いといて、
「これでも男だから、大丈夫!」
と嘘ぶっても彼女の表情は変わる事は無かったが、
「そうだ!」と、手を叩く彼女は鞄を開くと中から
小さなピルケースを取り出すと、中からバンドエイドを取り出していた。
バンドエイドには、クマさんが可愛く描かれていた。
彼女は躊躇すること無く、裏面のシートを剥がすと、
僕に向かって手を伸ばしてくる。
「ちょっと待った!」
「ん、なんで?」彼女の表情は曇る。
「まさか、とは思うけど、そのバンドエイドって、僕に貼るつもりじゃないよね?」
「え、このバンドエイドを使って、他に何が出来るっていうの?」
「えっ?なにが出来るって・・・なにが出来るだろう?」
そんな事を考えている隙に、顎に冷たい物が触れていた。
顎を触って確認してみると、明らかにバンドエイドの手触りを感じる。
そして僕の視線は彼女の指先を捉えていた。
僕の顎から遠ざかる様子に視線は奪われている。
「もう大丈夫!」
と僕の顎を擦る・・・誤解が生まれそうなので、
正しくはバンドエイドを擦っている。
「とっても可愛い。しかも似合ってる」
といったはずなのに、彼女の頬は膨らんでいて、
肩が小刻みに震えていたから訪ねてみた。
でもかなり恥ずかしかったので、バンドエイドを擦りながら、
「これ、似合ってるかな?」
「ぷっ・・・・・・」と、聞いた直後に噴出している、
彼女の姿にショックを受ける。
「ごめん、ごめん」と、謝る彼女に、
「似合っていないことぐらい、自分でも分かっているから」
「なにいってんだよ、とっても、似合っているぜ!」
と彼女は中指を立てる姿が、とてもカッコよかった。
だけど、格好良く言ったあとに、
後ろを向き、肩が小刻みに揺れているのを姿を、
まざまざと見せつけられると、
悲しいやら、切なくなる。
そして今日、彼女に出会えたことを感謝していた。
感謝ということよりも、僕は彼女の事を好きになっていた。
「ねぇ、携帯出してよ。アドレス交換しよ?」
「えっ?・・・・・・」
「えっ・・・やっぱり嫌なんだ・・・・私のメアドなんて登録する以前の問題なんだね・・・・・・」
「え!そんな事ないです!むしろ・・・むしろ登録させて下さい! お願いします1」と、気がつくと
彼女に向かって携帯を差し出していた。
「そう・・・そしてたら、仕方ないわね。登録させて上げる」
「有難うございます!」って、待てよ・・・なんで嬉しがってるんだ?
「ん!ん!ん!」
僕は誰かの携帯バイブが鳴っているかと思って辺りを見渡してしまった。
「ん!ん!ん!」なんて効果音を加えながら、僕へ向けて携帯を差し出している。
そして、何故か張り切る彼女は、
「赤外線、準備よし!」 なんていっている。
「ちょっ、ちょっと待ってよ・・・・・・」
焦っている僕は、胸ポケットから携帯を取り出す。
彼女の携帯へと、そっと、近づける。
2つの携帯の距離が縮まる。赤外線通信を行う為だけに、
寄り添う携帯たちは、目的を終えると互いの元へと戻っていく。
なんとなく寂しそうにしているのは、携帯ではなく僕の方だった。
「そっか、健児っていうのか」
「えっ、何で知ってんの?」
「はぁ?・・・・・・マジでいってんの? 健児ぱねぇ」
と、最初は呆れ顔で見ていたが、本当に悩んでいる姿を見たからなのか、
種明かしをしたくてたまらないのか、もしくは我慢出来なくなったのかも知れないが、
「ん!」彼女は携帯を突き出す。
彼女の携帯を覗きこむと、そこには、僕のプライバシー情報が記載されていた。
「なるほど・・・・・・そういうことね」
「・・・何がそういうこね・・・だ」と、苦笑いの彼女と半笑いの僕。
「でさぁ、これから、どうするよ?」
「どうするって、いわれてもね・・・・・・」
「はぁ・・・・・・やっぱ健児ぱねぇ・・・・・・」
「・・・えへへ、そうでもないよ」
「って、ほめてねぇよ」
「えっと、忘れないうちに言っておくよ。今日は、有難うございました」
「んなことは、どうでも良いんだよ。当たり前の事をしただけだし、
困った時はお互い様だろ? って、なに恥ずかしいこと言わせてんだよ」
と、中指を立てる彼女は微笑んでいた。そして照れくさそうに舌を出す姿に、
もちろん、僕の心は奪われた。
でも結局のところ、ホームまで送ってくれている。
そんな彼女の隣に並んで、階段を降りていく。
「ほんと、今日は助かったよ、ほんとありがとう」
「だ、か、ら。何度も言わせんなよ。別に良いって、何もしてないんだから」
「じゃぁ、そういう事にしとくから」
「はいはい、じゃぁね」と、彼女は面倒くさそうに手を振る。
手を振るといっても、横に振るのではなく、
手首のスナップを聞かせて縦に振っている。
おいでおいで・・・ではなく、しっしっ。と、
追い払われているようなジェスチャーを見せるが、
実際のところ、彼女が階段を登って遠ざかる姿に僕は思う。
こんな表現をする女性と接したことがないから、
困ったというよりかは、可愛いいなぁと思っていた。
彼女はエスカレターを使わず、階段を登っていく姿を頼もしく眺めている自分がいた。
そんな思いも、携帯のバイブにより、我に帰らされる。
「もしかして、覗こうとしてんのか?」と、最初に届けられたメールが、
セクハラまがいというか、変態と思われてる? なんて事は、これっぽっちも思ってない。
自分の思いをはぐらかすのが、常套手段だってことは分かっているのだから。
「いつまでも、見ていたいな」なんて、メールを送っていた。
「変態!」なんてメールが帰ってくる。
予想通りのメールに嬉しくて喜んでいる自分がいた。
さて、次の文章は何にしょうか・・・なんて、考えているときに気がついた。
そういえば、名前を聞いてないや・・・・・・。
そう思い、階段を登っていく彼女を見やる。
既に階段を上がりきろうとしている彼女の姿に、僕は迷うことなく、
階段を駆け上がっていた。
しかし、ドラマのようには上手く行かない。
列車に乗り遅れまいと、大量の乗客が降りてくるから僕は行き場を失う。
今日の僕は積極的だった。大きく息を吸い込むと、思いっきり叫んでいたのだから。
「きみの、名前は!!」と、叫んだとしても階段を登り切って、
今頃は改札へと向かっている所だろう。
大声で叫んだことにより、上下左右から容赦ない程の、
冷ややかな視線を浴びせられている。僕は仕方なく踵を返えそうとすると、
頭上から、声がかかったような気がして振り返っていた。
呼ばれたのか、呼ばれなかったなんて事は、
この際どうでもいい事で、とりあえず、僕の声が彼女の耳へ届いた事に感謝していた。
階段の手すりに捕まり肩を上下に揺らす彼女の姿を目にして、
心配になり近づこうとすると、右手をかざす彼女の姿に、
僕は前に出した足を元の位置へと戻すしかなかった。
「健児・・・・・・わたしはね。ハナだよ。ハナだからね・・・忘れんなよ」
ハナは満面の笑みで僕の事を迎えいれた。そのお返しに、生まれて初めての行為をしてみせる。
僕は女の子に対して、中指を突き立てる事になるとは、思ってもいなかった。
対抗してくると思った彼女だったけど、僕の読みはハズレた。そして気持ちは高ぶる。
彼女は、手のひらを左右に振っている。
「バイバイ・・・・・・」なんて小さな声を吐き出していた。
ズルイ。こんなのズルイ。体内にある熱達が、一斉に顔に集まるから、熱くて大変な事になる。
僕の思いをよそに、ハナは僕に向かって指を指す。少し焦っている様子を見せるハナに笑いかけた。
しかし、ハナは首を横に振り、後ろ後ろと指差す。
ハナの事を見ていたかったが、何の気なしに後ろを振り返える。
するとそこには電車が止まっていて、しかも、出発を意味するベルが鳴らされていた。
僕は挨拶も忘れて、電車目掛けて走っていく。間一髪、電車に駆け込むとドアが閉まる。
とりあえず息を吐く。そして、開いている席を見つけ腰掛ける。
一応念の為に、メールチェックしてみるが、0件です。の表示に苦笑い。
とりあえず、怒られないような文章を作ってみた。
「今日は有難う。また、会えるかな?」
と送ってみたは良いけど、なんとなく照れくさくて、ほんとに送られたのか、怪しい携帯を眺めていると、
「多分大丈夫。まちがえなく、会えるから。っていうか、健児は会いたくないの?」と、
帰ってきたメールにたいして、恥ずかしげもなく話しかけていた。
「ハナが会いたいときに、メールしてよ。待っているから」
なんて、どうしようもないメールを送り終え、車窓から景色を眺めている。
今も景色を見ているようで見てはいなかった。今日であった彼女の仕草や、表情を思い浮かべていた。
都会の星は見えにくい。建物の明かりが空の星の存在価値を消しているから。
夜景が綺麗だ・・・なんていうひとは多いだろうけど、僕は夜景が好きになれない。
夜景を眺めるくらいなら空を眺めて方が綺麗だと思うから。
そして僕は、視点を少し上へ変えてみる。
一応星は確認出来たけど、それほど輝いているようには見えなかった。
それでも、星たちは追いかけてくる。
僕が歩けば、何処までも付いてくる。どうやら今日は、列車と競争したいらしい。
僕は窓枠に肘を掛け、空に輝く星を眺めることで、
少しばかり小旅行を満喫している。
そして、何度目かの車内アナウンスに耳を傾ける。
聞き覚えのある駅名と、見覚えのある建物が目に飛び込んでくるだけで、
帰って来た。と、とても嬉しくなる。
この事を、ハナに知らせなきゃ。そう思ったけど、
よく考えてみたら、メールの返信が無いことに気がついた。
一応確認してみるが、やっぱり帰ってくることはなかった。
それでも、何度か携帯を開閉するのだけど、何を書いて良いのかさえ分からず、
静かに携帯を閉じるとポケットへ仕舞った。
ようやくといっていいのか、降り忘れた駅に辿り着くと、
見慣れたホームに、体は意気揚々と前へ一歩、足を踏み出す。
鼻歌交じりに改札を抜けると、自然の空気が懐かしく感じられた。
深呼吸をする僕の肺の中には、夜の心地良い風が心を安らかにしてくれる。
序になんて、いうと怒られそうだけど、冷たい風が、体に優しく包み込んでくれた。
「無事に、辿り着いた?」と、優しさにあふれたメールに、
「ハナとの出会いって、偶然だったの? それとも必然だったの?」
「そんなの、決まってるじゃない!」
「だよね!」と、僕らの意見は一致する。
そして、僕とハナの出会いは、こんな感じで始まっていったんだ・・・。




