パートナー 4
「ほらっアルト。そっちに攻撃が行ったわよ」
「そんなこと言ったって――――うわっ!」
「へへっ、普通組君いっちょ上がりぃ」
「もう~~なにしてるのよ」
アルトがセリナと気まずい出会いをしてから、既に三週間。今アルト達はセントクレア魔法学校の校舎から少し離れた位置にあるこの練武場で訓練をしていた。
優秀な魔法剣士ぞろいの選抜組で行われるのがこの試合形式の訓練である。ルールは至ってシンプルで、魔粒子による魔法、武術、体術 その他どんな手を使ってもいいので、対戦相手二人をパートナーと協力して戦闘不能状態に追い込むか、決められたフィールド外に出してしまえばそこで試合終了である。
当然この訓練の内容は成績に加味される。そして肝心のアルトはというと、開始早々一分もしない内に敵の魔粒子による魔法であっけなく飛ばされてしまい、そのまま決められたフィールド外へと出されて失格になっていた。
「よし、残りはセリナさん一人だ!」
「油断するなよ。セリナさんはあの生徒会のメンバーなんだ。ちょっとやそっとじゃ倒せないぞ」
「大丈夫。二人で行けば怖くねぇよ!」
残るはセリナただ一人。
アルトがフィールド外に出て失格になったことを確認すると、選抜組の二人の生徒が駆け出してセリナへと迫る。
しかしセリナはそれには全く動じずに魔粒子を練って詠唱を始めると、セリナの足元とその手の内に紫色の魔法陣が発光しながら浮かび上がった。
このように魔粒子は基本的には術式を用いて様々な力へと変換させる為のものである。
セリナの使う魔粒子の魔法変化とよばれるものは、自身の体内に備わる体内魔粒子を術式を使用して魔法エネルギーに変換。その魔法エネルギーを利用してなにもないところから何かを捻り出す。それが一般的に呼ばれる、魔粒子の魔法変化と呼ばれる魔法だ。
しかしこの前アルトが使ったように、魔粒子そのものをそのまま用いるという術や技も存在するにはするのだが、マルギアナのおおよそ全ての魔法剣士達は、魔粒子を戦闘でそのまま扱うという事はしない。
なぜなら魔粒子そのものは何かのエネルギーに変換しないと、大した威力を発揮しないということが通例だからである。
なので本格的な魔法を扱うには絶対に欠かすことのできない筈の術式が使えないアルトは、セリナが言うところの、『大した魔法を使うことができないただの雑魚』でしかないのだ。
詠唱を唱えるセリナの、高く美しいソプラノの声が練武場に響き渡る。そうして歌うようにセリナが詠唱を唱え、それが終わると、最後に術名を唱えて術式が灯る手を頭上に振り上げた。
『ライジング・ミスト!』
その声とほぼ同時に腰に下げたままの細剣の、鍔の部分に組み込まれた翠玉石が眩い輝きを発する。瞬間セリナの足元の魔法陣を起点に、雷がセリナを覆うように渦を巻きはじめた。
魔粒子の雷魔法変化術 【ライジング・ミスト】
セリナが生み出した紫色の雷は土のフィールドの砂埃を巻き上げながらバチバチと放電し始める。そして何も考えず、猪突猛進にセリナに突っ込んでいった選抜組の二人の生徒は、魔法エネルギーによる雷の霧に触れてしまった。
「ぐわぁぁぁぁぁ!」
「がぁぁぁぁぁぁ!」
セリナの魔法をもろに喰らってしまった選抜組の生徒二人は、そのまま糸が切れたようにぱたりと倒れてしまう。
「勝者、セリナ・アルトペア!」
少し離れた位置で審判を務めていた先生が試合終了の合図である、右手を挙げる。それを合図に今までフィールドの端に待機していた応急救護隊が慌てて彼らに駆け寄って行った。
生徒同士のこういった訓練は魔法の力を途中でカットしている為死ぬようなことは当然無い。使用する武器も学校側からすべて刃引きをするようにとり決められている為、安全面にぬかりはないのである。……とはいえ下手をしたら大怪我をすることは、暗黙の了解となっているが。
「なるほど……やっぱりセリナさんは剣だけじゃなくて、魔法もいけるみたいだね」
アルトは早々にフィールド場外に出されてしまったため、セリナに申し訳ないと思いつつも、あまり深刻には受け止めず、フィールド外から彼女のこれまでの一連の流れをじっくりと観察していた。
この三週間、アルトは一応セリナと組んでいて分かったのだが、セリナは細剣という武器を生かしたスピードと正確性に富んだ剣技を使う。
しかしセリナの恐れるべきものは剣技ではない。
一番セリナの恐れるべきもの。それは使える魔法のレパトリーの豊富さとその威力である。
もちろん数多くの種類の魔法を扱えるからといって、別段どうということでもないのだが、幅広い魔法が使えればそれだけ多方面の分野で力を発揮できて重宝されやすい。さらにセリナが本気になればあの強力な生命体。魔獣にも魔法でダメージを負わせることができるかもしれない。
もはやセリナの魔法の腕は一般魔法剣士のレベルを超えている。やはり自分と同じ二年生という低学年で生徒副会長の座に昇り詰めただけはある。セリナなら魔法学校を卒業した二十歳の者でしか入れない騎士団にも入れるのではないだろうか。
そしてアルトが他の人から聞いたところによると、この学校の生徒会のメンバーに敵う程の実力者は、このセントクレアには全くと言っていいほどいないらしい。先生ですらそうなのだから教師の顔が立たないと言うのはまさにこのことであろう。
とここでセリナが不機嫌そうに指定されたフィールドから出てくると、アルトを見るなりきっと睨みつけてきた。
「あなたねぇ、開始早々一分も経たないうちにやられるなんて弱すぎるにも程があるわよ。……そりゃあ、今まで普通組だった人がいきなり選抜組と混じって訓練するのはとても大変かもしれないけど、もう少し粘ろうと思えば粘れたかもしれないじゃない。それなのになんなのあなたは! まるでやる気がないみたいじゃない!」
「無理だって。あれが僕の精一杯だよ」
あれとはすなわち、一分も戦わないうちに相手の魔法を喰らって吹っ飛ばされたことである。とはいえやる気がないことはまったくの図星なのだが。
「はぁ~どうして私、こんな奴とパートナーを組むことになったんだろ。校長先生は一体何を考えているのかしら」
セリナはこめかみを掴み、はぁ~っと大げさにため息をつく。
その言いたいことはづけづけと口にして嫌味ばかり言うセリナに、若干の怒りを覚えずにはいられないのは事実だが、セリナがそう思う事ははたして正しい事だとアルトは感じている。
なにせセリナから見ると挌下の存在である自分ですら、彼女と組むことに納得などしていないのだから。
するとアルトと同じ普通組の黒い制服を着たとにかく背の低い小さな女生徒が、金髪のツインテールを揺らしながら小走りでセリナに駆け寄ってくる。そうしてセリナに突撃していくような形で、その体にいきなり抱きついた。
「セリナちゃ~ん、お疲れ~。やっぱりセリナちゃんはつよーーい!」
「ミシェル! 恥ずかしいから少し離れて!」
突然のことにセリナは顔を赤くしながらミシェルを引き剥がす。
ミシェルは子供っぽく(いや、ほんとに子供としか思えない小ささだ。胸もまな板みたいに扁平だし)頬を膨らませると
「もう~せっかく褒めてあげているのにぃ。セリナはほんとにつれないんだからぁ」
「別に褒めてくれる分には嬉しいわよ。でももう少し表現を控えて褒めてもらえないかしら」
「ぶぶぅ。それはだめだよ。可愛い子には抱きつきたくなるこれがワタシの性なのだぁ」
ミシェルは少し危ない発言をすると、突然ハッハッハァーと高笑いをし始めた。それを周りの選抜組の生徒たちが、なんだこいつと言うような冷ややかな目つきでじっと見てくる。
「ちょ、ちょっとそんな変なことを大声で言わないでよ。ミシェルのせいで私たち、変な目で見られちゃってるじゃない」
セリナが慌ててミシェルをたしなめた。
(なんだろうこの強烈にハイテンションな子は。なんかセリナさんの友達みたいだけど……)
そんなふたりのやりとりを、アルトが一人取り残されて見ていると、ミシェルはここでようやくアルトの存在に気づいた。ふむふむと口に手をやりながらアルトを値踏みするように眺めてくる。そしてミシェルはいきなりアルトを指差して大声を上げた。
「ああーーーーっ!! もしかして! このいかにも弱そうな女顔の男の子がセリナのあ――――」
「きゃぁぁぁぁぁぁぁ!! 言っちゃだめぇぇぇぇぇぇぇぇ!!」
今度はセリナがもの凄まじい勢いでミシェルに突っ込んでいくと、すかさずミシェルの背後を取って彼女の口を両手で塞ぐ。
そのあまりの早業にアルトはぽかんと口を開けた。そして動かしづらい顎をなんとか動かして言葉を発する。
「僕がセリナさんのあ? 一体なんのこと?」
「あ、あなたには一切関係のないことよ……ほ、本当になんでもないんだから」
アルトが不思議に思って聞き返すと、セリナはミシェルの口を塞ぎながら、リンゴのように顔を真っ赤にしてアルトを睨みつけてくる。
「……ふがーっ!ふがーっ!」
「セリナさん、ミシェルさんが死にそうになっているよ」
「――――えっ!? あっやだっ! ミシェル大丈夫?」
セリナは慌てて口を塞いでいた手をどける。解放されたミシェルは酸欠なのかその場でふらふらと頭を揺らした後、後ろを振り返った。
「こら――――っ! ワタシはそんなに強くないんだから、少し加減してよね! もう少しで天国のお花畑が見えるとこだったんだぞ!」
「ご、ごめんねミシェル」
セリナはその細すぎる肩を下げてしゅんとなって謝った。
いつも強気でつんつんとしていて、自分の前では嫌味を雪解け水のようにたらたらと流すセリナが、こうしてミシェルの前でしゅんとなっている光景はアルトにとってとても新鮮だった。いやむしろこれは珍事と呼べるんじゃないか。
アルトがそんな失礼なことを思っていると、ミシェルが場の雰囲気を盛り上げるように元気一杯の声をあげた。
「いいよ別に。他の奴が同じ事やったら鉄拳と金槌が飛ぶけどセリナだから特別に許ーす!……ところでこちらさんのお名前は?」
そうしてミシェルは今まで忘れていたかのようにアルトの名前を尋ねてくる。
「僕の名前はアルト。一応セリナさんのパートナーだよ。……とりあえずよろしく」
「この人ったらパートナーとして全然役に立たないのよ。一人でやった方がまだ気が楽なくらい」
アルトが人当たりの良い友好的な笑みを浮かべながらそう言うと、セリナは唇を尖らせながらばっさりとアルトのことを切り捨てた。
(そこまできつく言わなくても……まあ、今の僕じゃそれは事実なんだけどね)
やっぱりアルトは心の中で少し傷ついていた。
「ふぅん、そうなんだぁ。アルトって名前随分と変わってるね。あ、ワタシの名前はミシェル・ハイドラント。ワタシは見ての通り普通組なんだけど、セリナちゃんとは昔からの親友で、同じ生徒会のメンバーで~す」
きゃぴきゃぴと、とんでもないことをミシェルは言った。
……えっ、そうなの!?
アルトは驚きで目を丸くする。
「せ、生徒会のメンバー!? 君が!? 僕が言えた義理じゃないんだけど、正直そんな風には全然見えない」
生徒会はこの学校で極めて優れた剣や魔法の才能の持ち主が集まるところである。よってセリナを初めて見たときに、なんとなくそんなオーラがあるなぁと思ったりもしていたのだが、目の前の少女からはそんなオーラなど微塵も感じられなかった。
「アルト、ひどぉぉぉぉぉぉい。ワタシはちゃんとした生徒会のメンバーだよ! ……まあ、ワタシの場合みんなとは少し事情が違うんだけどね」
ミシェルは腕を組み始めてうんうんと頷く。
なにがみんなとは少し事情が違うのだろう?
そんなアルトの表情を読み取ったのかセリナは、
「ミシェルはあなたと同じ普通組なんだけど、そのミシェルが生徒会のメンバーに選ばれた理由は、ミシェルが魔法を使って様々な武器や防具を加工することができる錬金術師だからよ」
「錬金術師!? ミシェルさんの年っていくつ?」
「私と同じ十七」
それを聞いてなおさら驚いた。
「ミシェルさん僕と同い年だったの!? ……ていうか錬金術師って物に魔法をこめて魔装具にしたり、武器に魔導石を組み込めるようにするための魔法の扱いが複雑で、なかなか錬金術師自体が育たないから、僕と同い年の錬金術師って滅多にお目にかかれないんだよね」
アルトは少し感心して上から下までまじまじとミシェルを眺める。
人は見かけによらないというのはまさしくこのとうりである。
「ふっふっふ、そのとうりなのだぁ~……でもよくそんな細かい所まで知っているね。普通の人だけじゃなくて、選抜組の人もそこまでは知らないんだけどなぁ」
ミシェルは得意げに笑った後、小首をかしげながら不思議そうにアルトを見てくる。
(しまった! そこまで誰も知らなかったのか)
アルトは少しだけ眉尻を下げ、手を握り締める。
「……僕の知り合いに錬金術師がいたから、その人から聞いたことがあるんだ」
そう言ってなんとなくミシェルを見ることがいたたまれなくなると、セリナの方を向いた。
なぜかセリナはこっちを見て泣き出しそうな哀しそうなそんな複雑な顔をしていた。しかしアルトがセリナを見ていることに気づくとすぐにまた顔を赤くして、ぷいっとそっぽを向いてしまう。
そんなセリナを見てアルトが苦笑いを浮かべていると、訓練終了の合図であるベルが鳴った。
「あっもうこんな時間。じゃあアルト私は生徒会の集まりがあるから先帰ってても良いわよ。それと、くれぐれも私の衣裳部屋を覗かないように。もし覗いたら……」
「わ、分かっているってセリナさん! それ、もうこの三週間で何十回も聞かされたんだけど」
「あ、当たり前でしょ! あなたみたいなむっつりスケベには、な、何回言っても言い足りないくらいよ。私のいないうちに下着があなたに盗まれたりでもしていたら、こ、こっちもたまったもんじゃないわ!」
セリナは所々つっかえながら、眉を吊り上げて怒鳴る。
いつの間にかセリナの中で自分はむっつりスケベと認定されているらしい。下手な誤解を招くといけないのだが自分はむっつりスケベではないし、女性の下着を漁る怪しい趣味も持っていない。
至って普通の十七歳の男の子のつもりだ……一応は。
「分かったよ。とりあえずまた後でね」
アルトは造られた笑みを浮かべると、手を軽く振る。
それを見て、またセリナは顔を赤くすると、
「あなた、ほ、ほんとに弱くて使えない人なんだから、す、少しは魔法を使えるように勉強しなさいよ!」
そう捨て台詞を残して、ミシェルと一緒に練武場の出口へと言ってしまった。
ここでふうっと息を吐くと、くるりと背を向けて、息苦しいばかりであるこの練武場をアルトも後にした。