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臆病な天使と少女の告白2



「軽蔑? したければ勝手にすればいいじゃないか。僕は君に惹かれてくれと頼んだ憶えは無いし、逆に君に惹かれたいと思ったことなんか一度もない。

 それに君は何か勘違いをしているみたいだけど、僕は正義の味方でもなんでもない。だから仮に魔獣のせいでセントクレアが崩壊したとしても、僕は何も心が痛まないし後悔もしないね。そういう運命だったと割り切って、他の国か都市に引っ越すだけだ」

 セリナはそう言い放ったアルトの顔をまじまじと見つめる。

 そして優しく微笑んで、足元に咲いている月光花を踏まないように、ゆっくりとアルトに歩み寄って、

 「……嘘ね」

 漆黒の瞳がこれでもかというほど大きく見開かれた。

 「私はアルトのことをちゃんと見ていたから分かるのよ。あなたが嘘をつく時、ほんの僅かだけど瞳孔が小刻みに揺れ動くこと。もちろんそんな些細な動きじゃ嘘を見抜けない事のほうが多いんだけど、でも今ははっきりとその動きが見えたわ」

 セリナがそう言い切ると、アルトの表情がまた変化した。

 今度は苦痛に満ちた表情で、切れ切れに言葉を発する。

 「……僕は自分の力を憎んでいるとさっき言ったよね。でも……本当は少し違うんだ。

 ……怖いんだよ。他人とは違うことの出来る僕のこの力が、どうしようもなく怖い。そして僕の力を見て、また僕の近くにいる誰かが絶望して死ぬようなことになるんじゃないかって、そんな風に怯えながら毎日を過ごしてる……。

 だから……だから僕は剣を捨てたんだ。戦う事をやめたんだ。救いようのない奴が死ぬのは別にかまわないけど、普通の人達が死ぬ事にはとても耐えられないから」

 痛々しい顔のままアルトは続ける。

 「君の言ったとおり、さっきのは一人になりたかった僕が君を追い返すための嘘だ。多くの人が僕の目の前で死ねば心だって痛むし、きっと後悔もする。このままじゃいけないとも思ってる……でも、それでも僕は剣を取って魔獣と戦うのが嫌なんだ……」

 そう言った後、足元に咲き乱れている月光花に視線を落とす。

 それから一寸の間を置いて、セリナはゆっくりと唇を開いた。

 「……ねぇ、アルトはあの日、魔導剣士を辞めた理由を私に話してくれたわよね? その時私は泣いているアルトに何を言ってあげたらいいのか分からなくて、何も言う事ができなかったんだけど……でも、私は昔のアルトが間違ったことをしていたなんて、やっぱりどうしても思えないの!」

 アルトは驚愕の表情を浮かべながら、落としていた視線をセリナへと戻す。 

 君は正気か? と言わんばかりの顔だ。

 しかしセリナにしてみればアルトにそんな顔をされるのはとても心外だった。なぜならば……、

 「だって! あの時アルトが私を助けてくれていなければ、私はこうして生きていないの! あなたの目の前に存在していないの!アルトの力は私に絶望を与えてなんかいない。生きる喜びを与えてくれたのよ!」

 それがアルトが間違ったことをしたとは思えない理由だった。

 確かにアルトの力は常軌を逸脱していて、そのせいで他の人達を怖がらせてしまった事は事実だろう。

 いや、もしかしたらそう思われても仕方の無い事をアルトはしていたのかもしれない。

 傭兵に舞いこんで来る仕事は、必ずしも綺麗な仕事ばかりとは限らないから――――。

 だが、それでもアルトがセリナの命を救ったことに何ら変わりはない。もちろん他の死ぬはずだった多くの命達も。

 そのアルトの行動を間違っているとするのならば、この世界で正当と呼べる物など何一つ存在しない。

 多くの人の為に戦う――――それがセリナの追い求める理想の姿なのだ。

 「でも、アルトは間違ったことをしたって思っていて、一年前からずっと自分の事を責めているのよね。お養父さんの異変に気付く事の出来なかった自分がどうしても許せなくて……やっぱりアルトは優し過ぎるのよ」

 柔らかくそう呟くと、セリナはゆっくりと頭を下げて、

 「お願いアルト。私達にその力を貸して。私はなるべく犠牲を出さないで魔獣を倒したいの。アルトが嫌なのは分かってる。私が酷いことをアルトに強要していることも分かってる。でも……それでも、ここにいるみんなの日常を私は壊したくないのよ」

 視界にはアルトの足だけが映っていて、その表情を確認する事はできない。

 しかし身じろぎひとつせず、静かにアルトの反応を待つ。


 長い溜め息の音が頭に降ってきた。


 「……君はとんでもないお人好しだよ……もう重症だ」

 セリナは顔を上げると、頬をぷくっと膨らませて、

 「お人好しで悪かったわね」

 アルトは今までの苦しそうな表情を引っ込めて、口をへの字に曲げると、

 「うん悪い。十分悪い。激烈に悪い。最高に悪い。正直迷惑もここに極まれりだね」

 子供の様に頬を膨らませているセリナに対して、毒舌を振るいまくった。

 「なっ――――! そ、そこまで言う事ないでしょー! 私だってちゃんと真剣に考えて……」

 「でも……そういう人は僕は嫌いじゃないよ」

 言い返そうとしたセリナに、アルトは淡雪のように小さく微笑む。

 「……へ?」

 セリナは目をぱちくりとさせて、アルトの顔をまじまじと見つめる。

 アルトは何かを決意した様子で真っ直ぐにセリナと正対すると、

 「……分かった。君のお願いを受け入れるよ」

 その言葉を聞いただけで、歓喜で胸が一杯になった。

 そのままアルトの骨張った手を取って、感謝の気持ちを伝える。

 「ありがとうアルト! ほんとにありがとう!」

 「……ただし、それには一つ条件がある」

 

 ……えっ? 条件?

 

 淡々と呟かれたその言葉に勢いをそがれたセリナは、アルトの手を握ったままぴたりと動きを止めると、その状態のままアルトに尋ねる。

 「えっと……条件って、何? 私に出来る事なら何でもするけど」

 「ああ、その点なら大丈夫。夜伽の相手を務めろとかそんな無茶なこと言わないから。ちゃんとセリナにも出来ることだよ」

 冗談めかしてそう言った後、アルトは真剣な表情に戻って一言、二言セリナに言った。


 ……え? そ、そんなの――――。


 「そんなのダメよ! 絶対にダメ! ダメッたらダメッ!」

 セリナはアルトの手を離すと、アルトの出してきた条件を一蹴する。

 しかしアルトはしれっとした表情で、

 「でも出来るでしょ。セリナなら」

 「そりゃ今の作戦状況なら出来なくもないかもしれないけど……でもその条件だって相当無茶なお願いよ。第一その条件を私が呑むと思ったら……」

 「でも現状そうすることが最上の道だと思うよ。君にとっても僕にとっても」

 アルトに的確な意見を突かれて、セリナはしばし押し黙る。

 確かにアルトの言うことも一理ある。というか確実に正論だろう。

 なぜならアルトの条件を呑むことこそが、セリナの思いを叶える為の一番の近道なのだから。

 さらに言えば、二人の利害関係も一致している。

 アルトの出した条件を断る理由など普通ならどこにも存在しない。

 しかしそれで本当にいいのかとセリナは思うし、何より私情が働いてそんな条件を呑むわけにはいかないと頭が訴えている。

 「お願いだセリナ。そうしないと僕は戦えない」

 アルトが真剣そのものの表情で訴えてくる。

 妙なことになったわと、ぐるぐると悩む頭でセリナは思った。

 ついさっきまでお願いする立場だったのに、今は逆にお願いされる立場になっている。

 そして今だなお目で強く訴え続けてくるアルトに押されて、遂にセリナは折れた。

 「……分かったわよ。何とかやってみるわ。でもその代わり失敗しても文句言わないでね」

 「うん……ありがとう」

 暗がりの中でアルトは満足そうに微笑む。

 これからの先行きが別の意味で不安になってきたセリナだった。


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