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平和な日常 2


 あれからさらに時間が経過して。

 澄み渡る一面の青空は夕焼けで優美な茜色へと変わり、街を黄金こがねに染め上げる。

 人通りも日中と比べてかなり少なくなり、アルトとセリナが歩く通りはとても物淋しいものになっていた。

 さて、そんな二人なのだが、

 「……アルト。気づいている?」

 「うん、とっくにね。おそらく二人だ」

 ふたり横一列に並んで、何事かをひそひそと話し合いながら、後方の気配に気を集中させていた。

 実は少し前から、自分達の後を誰かがつけていることにふたりは気づいたのである。

 勿論相手の姿を確認しようとしてお互いが何度か後ろを振り返ってみても、あるのは気配のみで姿を確認するまでには至っていない。

 どうやら相手は相当慎重に行動しているようである。

 ただし、こちらをつけている相手は気配を消すのが下手らしく、居場所が筒抜けではあるのだが。

 「どうする? このままぱっと行って、どうして私達の後をつけてるのか問いただしてみる?」

 「いいけど、僕は面倒事はごめんだから見学させてもらうよ。相手を捕まえるのもぶちのめすのも君一人でやってね」

 「え~~~、か弱い乙女にそんなことを全部任せるのぉ。……まあやってあげるけど」

 誰がか弱い乙女だよ。選抜組の訓練で死屍累々の山を築きあげているくせに。

 アルトはじとっとした目をセリナに向けるが、それと同時に自分の気持ちを汲んでくれてありがたいとも思った。

 「それじゃああの建物の角を曲がったら、止まって待ち伏せをしましょう」

 「了解」

 アルトはセリナの提案に乗ると、歩くスピードを少し早める。

 案の定、自分達の背後にいる二つの気配が動き始め、後を追ってくる。

 しかし後ろを振り返るということはせず、セリナに言われた通り建物の角を曲がると、そこから少し離れた位置に待機。セリナと一緒に静かにその時を待った。


 『おい、急がないと見失っちまうぞ』

 『ま、待ってよ。私はそんなに足が早くないんだよ』

 (……ん? この声は、まさか……!)

 「……アルト。威力を抑えた無詠唱魔法をぶつけて捕まえるわね」

 「ちょ、ちょっと待った!」

 相手の正体を知ったアルトは慌ててセリナを止めようとするも虚しく、セリナは一気に術式を展開して眩い光球を撃ち出す。

 「ほら、頑張れケイト! いそがねぇと……って、ブルァァァァアア!!」

 「あ……」

 「れ、レイ君!?」

 セリナの魔法の犠牲者リストがまた一つ増えた瞬間だった。


 

~~~~~☆~~~~~☆~~~~~☆~~~~~



 「たくっ、ひでぇよ……相手が誰か確認もせずに、いきなり魔法をぶっ放して来るんだもんよ……」

 数分後、セリナの撃った魔法が威力の低い無詠唱魔法だったおかげですぐに意識を取り戻したレイは、石畳の地面に胡坐をかいてぶつくさ文句を言っていた。

 その服装は白いシャツに黒いズボンという、簡素で清潔感に溢れた格好である。

 レイの外見からして男らしい野暮ったいものを着るイメージがアルトにはあったので、意外という感想はいがめない。

 「うっ、わ、悪かったわね」

 セリナはバツの悪い顔をして謝る。

 「まあまあレイ君。怪我も無かったんだし、セリナ様もこうして謝っているんだし、許してあげようよ」

 すると、ケイトがふて腐れているレイに声をそうかけてきた。

 その服装は花柄のゆったりとしたワンピース。首元にピンク色のリボンがついている。

ケイトの可愛らしい外見によく似合った格好だ。

 「……まあ、ケイトが何でもなかったから俺はいいんだけどな」

 ケイトに仲裁されたレイは、夕日と同じような赤い頭をぽりぽりと掻くと、気だるそうに立ち上がる。

 「そういえば、どうしてふたりは僕達の後をつけていたの?」

 アルトが思い出したように話をふたりに振った。すると、

 「「え!? そ、それは……」」

 ふたり同時にハモッて、言葉を濁した。

 やっぱりこのふたりって仲が良いよなぁ。相性もかなり良さそうだし。

 返答に困るふたりを見て、どこかズレた感想をアルトは抱いていた。

 「ひょっとして、街で偶然見かけた私達を夕食に誘おうとしたんだけど、なかなか話を切り出せなかったとか?」

 「そ、その通り! 実はそうだったんだよ! な、なぁケイト!」

 「えっ!? そ、そうなんです! 

 ま、街で偶然見かけたふたりの関係がどうなっているのか気になったわけじゃなくて、ただ単純にふたりを食事に誘いたくて!」

 「ふふん、やっぱりね」

 まるで全て分かっているわと言わんばかりに、うんうんと頷き続けるセリナ。

 正直見当違いもいい所なのだが。

 しかしこういったことには存外鈍いアルトとセリナなので、彼らはそのことに全く気づいていなかった。

 「そっか。それじゃあ今日は四人で一緒に食べようか。寮の食事だけど」

 普段は馴れ合いを避けるアルトも、どうせこの流れじゃ断る事なんてできないしなぁと開き直り、そんな風にケイトとレイを促す。

 「そ、それじゃあ……」

 「ご、ご一緒させてもらいます……」



~~~~~☆~~~~~☆~~~~~☆~~~~~


 

 一時間後――――。


 「へぇ~セリナ様は魔獣と戦ったことがあるんですかぁ~!」

 「ええそうよ。……まあ、あれを戦ったって言っていいのかどうか分からないけどね」

 「でもすごいです! 私、魔法剣士志望じゃないですけど、そんな私でもセリナ様にはすごく憧れちゃいます!」

 「そんなに褒められるほど大層なことなんて何もしていないわ。それより、ケイトは私と同い年なんだから、私に敬語とか様付けなんてしなくていいわよ」

 「あっ、敬語は私の癖なんです。でもセリナ様がそう言うなら、今度セリナ様のことをセリナさんって呼びますね」

 「……なあアルト。俺たちが完全に蚊帳の外なのは、俺の気のせいなのか?」

 「……いや、気のせいじゃないと思う」

 意外にもセリナとケイトの波長がぴったりと合ってしまい、男性陣は蚊帳の外に。他愛の無い話でどんどん盛り上がっていくお互いのパートナーを見て、寂しい男二人は溜め息を漏らしていた。

 「それにしてもアルト。セリナさんってこんなにフレンドリーだったのか?

 や、確かに悪い人じゃないって元々知ってはいたんだけど、いつも目が吊り上がってて怒っているように見えていたし、犯罪者や不良染みた連中にはとても厳しかったから、俺の中では結構近寄りがたいイメージがあったんだけど……」

 アルトは首を傾げる。

 「う~ん、どうだろ。でも少なくとも人嫌いじゃないよ」

 「へぇ~そうだったのか」

 そう、その通り。セリナは目が少し怒っているように見えるだけで、あとは至って普通の女の子だ……て、魔法の才能がずば抜けているからあまり普通じゃないか。

 でも実のところ、何が普通で何が普通ではないのか、それはよくは分からない。

 魔法を扱える者が普通ではないとするのならば、自分達は間違いなく普通ではないし、魔法剣士になれる者が普通ではないとするのならば、自分やセリナは普通ではない。

 でも目の前で談笑しているセリナやケイトや、つまらなさそうに口に食べ物を運んでいるレイは、少なくとも普通だとアルトは思っている。

 少なくとも彼らは……

 

 「……それで、私は医術を極めたいと思っているんですけど、セリナさんは将来どの進路に進みたいと思っているんですか?」

 「えっ、私!? えっとぅ……」 

 ふとセリナ達の会話が耳に入ってきて、アルトはそちらのほうに意識を集中する。

 どうやらセリナとケイトは、将来の進路について話を進めているみたいだった。

 次から次へとよくもまあ話の種が尽きないよなぁと思っていると、この時妙な引っ掛かりを覚えた。

 (そういえば、セリナの夢っていったいなんだろう?)

 この学校に入ったのは、命の恩人である自分に会ってお礼を言うためだと言ったセリナ。

 だがここで再会したそいつは大きく変わっていて、そいつのために自分になにができるだろうと考えてわざと意地悪く接してそいつの本音をさらけだそうとし、その為に自分の将来までをも投げ捨てようとしたセリナ。

 そして、そいつのようになりたいと言ったセリナ。

 はたしてセリナは何を目指しているのか?

 生徒会に入っているぐらいだから、大体のところは予想できる。

 しかしセリナが自分に惹かれたのはあくまでも人間的な部分だけだろうし、本当のところは誰にも分からない。本人以外は。

 そんなわけで珍しく他人の考える事に興味を持ったアルトは、少し困った様子で言葉を濁しているセリナの次の台詞を待つ。

 セリナは様子を伺うかのようにちらちらとアルトの顔を覗き込んで、そしてゆっくりと唇を動かそうとすると――――。


 「あら? セリナではないですか。今日はみんなで夕食を頂いているんですね」

 休日であるにも関わらず選抜組の証である白い制服に身を包んだ、人形のように感情の乏しい女性がいきなり声を掛けてきて、アルトを除く全員が大声を上げた。

 「「「マ、マリア(さん)!? いったいどうしてここに!?」」」

  マリア? マリアって言えば、確か生徒会の会長じゃないか――――!

 びっくりしたアルトは、トレイを持ったまま無表情で突っ立っている、この青いポニーテールの女性をまじまじと眺めた。

 他の生徒達と違って生徒会の動向に一切興味の無いアルトは、生徒会メンバーについて知っているのは名前ぐらいで、彼らの顔すら見たことがなかったのである。

 「どうしてと聞かれましても、ここは私の寮です。私がここにいてもなんらおかしくはないと思いますが?」

 彼らの問いに、マリアは淡々とした口調で答える。

 「た、確かにそうだけど……でも食堂はうるさ過ぎるから嫌ですとか言って、いつも部屋で食べていたじゃない。今日はいったいどうしたの?」

 「たまには気分を変えてこちらで食事を取りたくなったんです。……少し席を詰めてもらってもよろしいですか?」

 セリナの質問に機械的に答えたマリアは、湯気の立っている食事の載ったトレイをテーブルの端に置くと、“アルト”の左隣に座ろうとする。

 えっ、どうして僕の隣!?

 心の中でそう突っ込みつつも口に出すことはせず、「あ、どうぞ……」と言って、座っている長椅子を横にずれる。

 マリアは能面のような無表情を保ったままアルトの左隣の席に着くと、愛想笑いの一つも浮かべないで黙々と食事を取り始めた。

 

 (き、気まずい……いったいどうしてこんなことに……)

 和気藹々とした食事ムードが一転、妙にぴりぴりとした空気がこの五人の座るテーブルを包み込む。

 今までケイトと軽やかに話をしていた右隣のセリナは、マリアを気にしている様子で、彼女の様子を伺うような視線を何度も送ってくる。

 アルトの前に座るレイはセリナとマリアの顔を何度も見比べた後、アルトの顔を見て嘆息をする。

 一方アルトと対角線上にいるケイトは、今にも泣き出しそうな顔でアルトを凝視していた。

 (みんな……僕のほうばかり見てないでなにか喋ろうよ。ていうか喋ってよ)

 正直に言って、こういった空気はとても苦手である。

 なんで僕がいつもこういった役回りをしなければいけないんだと心の中で愚痴りながら、アルトはこの妙に張り詰めた空気を変えるべく口を開いた。

 「そ、そういえば、マリアさんのパートナーの方は今どちらにいらっしゃるんですか? さっきから姿が見当たりませんけど……」

 「あ、アルト君、それは」

 「牢屋です」

 「………………」

 「もともと見放していたんですが、あの事件が起きてからは顔すらも思い出したくはありません」

 「………………」

 話題の選択を完全にミスった。

 まさか僕が潰したあの連中(ネイグトやギルト、その他諸々)の中に、マリアさんのパートナーがいたなんて!

 ……まあどうせ、他の生徒会メンバーの動きを把握する為に抱きこんだんだろうけど。

 しかしアルトの余計な一言のせいで、場の空気が一気に淀んだ状態に。

 レイやセリナが、どうしてくれんだよ。お前のせいでますます気まずくなっただろうが! などと言わんばかりの視線をこちらにぶつけてくる。

 だってしょうがないよ。僕知らなかったんだし。

 そういう思いを視線に込めてふたりに送る。

 そして、とりあえず他の話題を探してなんとかこの空気を清浄化しよう、などと性懲りも無くまた考えていると、



 「この前はとても大変でしたね」


 

 全くいたわりの気持ちが篭もっていないその声に、アルトははっとして顔をそちらの方向に向ける。

 マリアはいつの間にか食べるのをやめていて、アルトの顔をじっと覗きこんでいた……そう。まるでこちらの心の奥底を覗こうとしているかのように。

 背筋が薄ら寒くなってくるのを肌で感じながら、平静を装って尋ねてみる。

 「それは僕に聞いているんですか? それともセリナに聞いているんですか?」

 「もちろんあなた達二人にです。そしてこの前とは、ネイグト達にセリナが攫われて、“自分の手”で彼らを捕まえたあの日のことを尋ねています」

 抑揚の無い声で喋り終えると、セリナのほうに視線を走らせる。

 セリナはびくっと大袈裟に肩を揺らすと、マリアの視線から逃れるように顔を逸らした。

 「実はあの事件の報告には少しおかしなところがありました。それを不思議に思った私は自警団の皆さんに事件の詳細を問いただしてみたところ、セリナは術式を封じる特殊な錠で動きを拘束されていたと、本人から説明を受けたそうです。

 ですが、いったいどうやってセリナはそこから抜け出したんですか。普通は逃げられないと思いますけど?」

 「そ、それは……」

 「僕はたまたま錠の鍵がきちんとかかっていなくて、何度か動かしてみたら外れたとセリナから聞いています」

 セリナが返答に詰まると、アルトは今思いついたその場限りの嘘をまるで本当のことのようにぺらぺらと喋った。

 それに便乗して、セリナはうんうんとばかりに相槌を打ち続ける。

 「そうですか。……でもおかしな所はまだあります。セリナは十人以上もの生徒達をたった一人で捕まえたとされています。その中の大多数は選抜組の生徒。おまけにその中には生徒会メンバーがふたりもいました。にもかかわらず、彼らを捕まえたセリナの服には汚れどころか傷ひとつついていなかったそうです。いったいいつ、セリナはそこまで強くなったのですか?彼らを捕まえたにしても、もう少し傷を負ってもいいような気がしますけどね」

 このマリアの質問にアルトは少しむっとした。

 他人にはあまり深く関わらないと決めた筈なのに、面倒事は避けている筈なのに、この瞬間マリアが気に食わないと思ったのは確かだった。

 「碌な事しか考えない連中です。どうせ適当に訓練を受けていて、自ずから自分の腕を鈍らせていったんでしょう。それだけセリナが真面目で優秀だったというだけのことです……それとも、あなたはセリナが大怪我を負えばよかったと思っているんですか?」

 「まさか。それはあなたの誤解です。私はセリナに何事もなくてよかったと思っていますよ。ただ、少し気になったことを聞いているだけです」

 マリアは淡々とした口調を崩さずに返す。

 いっぽう蚊帳の外と化したレイとケイトだが、いつもと違うアルトの厳しい表情を見て、何か様子がおかしいと感じていた。

 「気になったこと? どうもあなたはさっきから」

 「それにしてもさっきから私は貴方としか話をしていませんね。私はセリナにも話を聞いているのですが?」

 マリアにこう言われては流石に黙るしかない。

 色々マリアに言いたい事があったのだが、真相を隠蔽したいという気持ちが勝り、アルトは素直に黙ってマリアの次の言葉を待った。

 マリアは相変わらずの無表情のまま周囲をちらちらと探って、

 「では回りくどい言い方をしないで単刀直入に言いましょう。……セリナ。あなたはあの日、ひとりで彼らを倒したわけではありませんね。少なくともあなたを助けた人物が他にいた……違いますか?」

 

 アルトとセリナに戦慄が走った。

 レイとケイトは目を見開いてセリナを見る。

 「な、何を言っているのよマリア。私よ。私がひとりで、あいつらを捕まえたのよ。私を助けてくれた人なんてほかに誰もい、いないわ」

 セリナは所々つっかえて喋る。

 動揺していることがバレバレなのだが、そんなことよりもセリナが自分なんかの為に嘘をついてくれることがアルトは嬉しかった。不謹慎だけどとても嬉しかった。

 しかしそんな喜びを感じているのもつかの間、マリアが抑揚のない声で問い詰めてくる。

 「実はセント新聞社にも渡していない情報が報告書に記載されていたんですよ。その内容は警備隊の方が駆けつけた時にセリナとは別にふたりの生徒がいた。ということなんですが、一人は生徒会メンバーでセリナとも仲の良いミシェル。

 そしてもう一人は……」

 ここでマリアは言葉を切ると、アルトを真正面から見据えて、

 「貴方ですよ。セリナのパートナーのアルトさん」

 突きつけるように言ったマリアのその言葉が、アルトの心を酷くざわめかせた。

 「ア、アルト。俺達、そんなこと一言も聞いてねぇぞ……?」

 「アルト君……それは本当なの……?」 

 レイとケイトはセリナを見るのをやめると、今以上に大きく目を見開いてアルトを見る。

 ふたりが何を動揺しているのかは知る由もないが、その声と視線がアルトにはとても痛かった。まるでふたりを裏切ったようなとても不快な気分になり、胸がジクジクと痛みで疼いた。

 いったいどうして……?

 三方向からの視線を一身に受けて、アルトは深く嘆息した。

 「今まで黙っていてごめん二人とも。確かに僕はあの日、セリナが捕まった廃倉庫にいたよ」

 レイとケイトが何かを言おうと口を開こうとする。しかし作られた笑みを貼り付けてそれを制すると、

 「でも僕がミシェルとそこに行った時には全部が終わっていたんだ。だから僕達がセリナを助けたとかそんなんじゃないんだよ」

 ……本当は、こんな苦し紛れの嘘などつきたくない。今すぐにでも真実を喋って楽な気持ちになりたい。

 でもそれは許されない――――絶対に。

 例えどんなことがあろうとも、自分の消し去りたい過去と力は一生隠し続けて、墓場に持って行かなければならないのだ。

 不幸というの名の灰を撒き散らさないためにも。

 「どうにも怪しいですね。セリナが捕まっている場所を貴方達がどうやって知りえたかという疑問もありますし、何よりその場に着いた時には全てが終わっていたなどというのは都合が良――――!」


 次の瞬間、マリアはいきなり弾けるように席を立った。

 この突然の行動を不思議に思って、アルト達はマリアを見る。

 なぜかマリアは鉄仮面のような無表情を崩し、ふっくらとした唇を震わせ、蒼い瞳をこれでもかという程見開いている。

 そのマリアは指をさっと動かし、

 「リクレイム」

 短い詠唱を唱えると、マリアの前面に光が収束していき、あるひとつの映像が映し出される。

 それを見たアルトは絶句した。

 ……いや、心の中はもう絶句どころの騒ぎではなかった。

 世界中の時が一瞬で停止し、深い暗闇の渦に突き落とされ、冷気が全身を侵食していくような気さえした。

 そのせいか全身が小刻みに震え始め、手には脂汗が、額や背からは冷や汗がじっとりと湧き上がってくる。

 ――――もはや誰の声も聞こえない状態だった。

 「お、おい……これって……」

 「こ、これってビジョンていう魔法ですよね。それで私達が今見ているのは……」

 「……見ての通りです。これはセントクレアから少し離れた位置にある映像媒体が記録した、今現在の映像です」

 マリアの説明を聞いたアルト以外の三人は、困惑の色を一層強くして息を呑む。

 マリアは平坦な口調から少し声音を硬くして言った。


 「セントクレアに魔獣が接近しつつあります。しかも第二形態の魔獣です」


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