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出来事は突然に 3

 


 それから少し経って意識を取り戻したアルトは、赤い顔のままものすごい形相でこちらを睨みつけ、腕を組んで仁王立ちをしているセリナの前で正座をさせられていた。

 セリナが自分を見る視線はとても冷ややかなものがあり、なにやらいわく言いがたい殺気を含んでいる。

 こいつ、余計な事言わないようにここで殺したほうがいいかな? みたいな。

 (……こ、怖い。セリナさん怖い)

 あまりにも怖すぎて、アルトはセリナの顔をまともに見ることができずにいた。

 もちろんセリナは今はちゃんとした、白いフリルのついたワンピースを着用している。

 「もう!! あなたって本当にデリカシーがない人なのね! 普通はノックなりチャイムを押すなりするでしょ! 一体何を考えているのよ!」

 「す、すいません。ついうっかりしていて忘れていました」

 セリナのもの凄い剣幕に、自然と背骨が丸まって背中が縮こまってきてしまうアルト。

 「まあいいわ、私は心が広いから特別に許して差し上げる。……今度やったらたたじゃおかないけど」

 もう十分酷い目に遇ったけどね。

 随分と上から目線でものを話すセリナに思わずそんな言葉がアルトの口から出掛ったが、すんでのところでそれを抑える。

 こんなことを言ったあかつきには本当に殺されてしまうだろう。

 するとセリナが腰に両手を当てると、眉を吊り上げ不機嫌そうな顔をしながら、自身の目の前で正座をしているアルトの顔を覗き込んできた。


「……で、あなたはさっき一体私の何を見たのかしら?」

 

 えっ!? それを僕が今、ここで答えなきゃいけないのか!?


 このセリナの際どい質問をあははと笑ってごまかそうとしたアルトなのだが、セリナの剣幕と有無を言わせない迫力がそれを許してはくれなかった。仕方なしとばかりにおそるおそる口にする。

 「……えっとぉ……な、なかなかスタイルがよろしくていらっしゃるんですね」

 途端アルトの顔めがけてセリナの手近にあった小型の機械時計が、びゅんと勢いよく飛んできた。

 それがアルトの額に見事に当たると、頭上にちかちかと盛大に火花が飛ぶ。

 ジンジンと傷む額を手で押さえ、呻いているアルトをよそに、セリナが顔を真っ赤にしながら声を荒げた。

 「誰がバカ正直に答えなさいって言ったのよ!! 私が言いたいのは、さっきのことはきれいさっぱり忘れてって言ってるの!! なにがスタイルがよろしくていらっしゃるんですね、よ。このエロ男!!」

 だったら最初からそう言ってくれればよかったのに。そう思ったのだが、アルトにそれを言う権利はなかった。

 「……分かったよ。僕は何も見てないし、何も起こりませんでした」

 まだ痛む額をさすりながら、半ばやけくそになって喋る。

 「そう、それでいいのよ」

 セリナはふふんと満足そうに微笑んだ。

 そしてここでようやくアルトはセリナのその外見に意識を向けることができた。そして感心する。


 (うわっ、たしかにこれはなかなかの美人さんかも)


 彫刻のように綺麗に整った顔立ちに、雪のように白くてきめ細やかな肌。透き通るような空色の碧眼に、栗色のさらっとした髪を腰まで落とし、その前髪には白い花をあしらった髪留めを着けている。背は女性にしては高く(自分がマルギアナの一般男性の平均よりも低いということもあるのだが)自分とほぼ同じくらいで、その体には余分な贅肉など欠片もない様子でありとても華奢で細い。にもかかわらず出ているところはしっかり出ている。

 まさに文句のつけどころがない完璧な容姿とそのプロポーションであり、中性的というか、平凡な顔立ちである自分とは違って、まさに神に愛されているとしか思えないほどだ。もちろん自分は神様などこれっぽちも信じてはいないが。

 しかしここでちくりと、何かがアルトの脳髄を刺激する。

 (……あれ、でもどこかで似たような人に会った気が?)

 なぜかアルトはセリナを見て、初めて会ったとは思えないようなデジャブを感じた。

 しかし自分の気のせいだろうと思ってアルトはさして気にも留めなかった。

 いっぽうセリナはあいかわらず唇を尖らせながら、ツンと澄ました顔で不機嫌そうにこちらを睨みつけている。

 (ああ、怒ってる怒ってる。……まあ初日からこんなことがあれば嫌われるのも無理ないかな)

 他人と深い関わりを持たないと決めたとはいえ、アルトは心の中で若干へこんでいた。

 そしてこの気まずい空気をなんとかすべく、アルトは自分の自己紹介を始める。

 

 「とりあえず初めまして。僕の名前はアルト。ちなみに僕に苗字はないよ。セリナさんはもう分かっているかもしれないけど僕は普通組だよ。僕のことはアルトって呼んで。……とりあえずこれからよろしく」

 アルトが友好的な笑みを顔に貼り付けてそう話すと、なぜかセリナは急にこちらをちらちらとせわしなく見てきた。そして所々つっかえながら喋り始める。

 「私はセリナ・ソル・フィオフュシア。……ふぅん、あなたが私と組む普通組の人なんだ。な、なんかやけに細くて女の子みたいで、と、とても弱そうね。こ、こんなんで私と一緒に選抜組の訓練を受けて本当に大丈夫なのかしら」

 あれ、僕の顔になにかついているのかなぁ?

 セリナの自己紹介を聞いたときのアルトの感想である。

 そしてちらちらとこちらの様子を伺うように見てくるセリナに少し疑問に思いながらも、セリナの嫌味を受け流し、謙遜した様子でアルトは話す。

 「うんそうだね、正直言って色々と不安だよ。僕は普通組の人間だから、剣や魔法の腕なんかは選抜組であの生徒会の副会長を務めている君なんかとは比べ物にならないだろうし、正直今いる選抜組の誰よりも僕は弱いし、劣っていると思うよ」

 アルトがそう言うと、なぜかセリナは苦しそうな哀しそうな表情をして顔を歪めた。

 しかしそれも一瞬のことで、すぐにまたアルトをぎろっと睨みつけるとぷいっとそっぽを向いてしまう。

 (……あれ、僕、何かセリナさんの気に触るようなこと言ったかなぁ?)

 アルトはおそるおそる口を開いた。

 「あ、あのぅ……」

 「……なに?」

 「えっと、セリナさんは僕に対して何か怒ってる?」

 「……怒ってないわよ」

 そう言っているが、そっぽを向いて不機嫌そうにしているのだから怒っているように見える。……というか、確実に怒っているでしょこれ。やだなぁ面倒ごとはごめんなのに。

  なぜセリナが怒っているのかまったく分からないのだが、とりあえずアルトは謝ることにした。

 「……えっと、その……ごめん」

 「なんであなたが謝るの?」

 セリナは振り向くと目を丸くした。そうしてため息混じりに息を吐く。

 「あなたねぇ、そうやってなんでもかんでも他人の顔色を伺ってすぐに謝るのはやめた方が良いわよ。そういうことをしていると、いずれ他の人からの信用を無くすから」

 「……うん、そう……だね」

 わざとではないのだろうが、セリナのきついその一言がアルトの心を深く抉った。


 “信用” その二文字はアルトにとってはとてもとても縁遠い物だった。

 たぶんこれから先一生かかっても、自分が得られる物ではないだろう。そうアルトは思っている。

 そして以前の自分はセリナが言っているような人間ではなかった。毎日をびくびくしながら過ごしてはいなかった。

 しかしさいは既に投げられてしまったのだ。彼女の言うようにできたら、それはどんなにいいことか――――


 しかしセリナはアルトのその曖昧な回答が気に入らなかったのか、さらに眉を吊り上げ眉間に皺を寄せると

 「あなたそんな風に私の言ってる事を真に受けて、それで本当にいいの? なんだこの女はとか思わないの? 私にこんなこと言われて少しは悔しいとか思わないの? ……それでへらへら笑っているなんて、馬っ鹿みたい」

 毒気のたっぷり篭った口調で刺々しく言い放ち、セリナはアルトの脇をすり抜け今いる部屋を出て行ってしまった。


 一人部屋にぽつんと残されたアルトは、哀しさやら苦しさやら悔しさやらで顔を歪める。

 (……へらへら笑っている僕が馬鹿みたいだって……)

 アルトの人当たりの良い笑みは何処へやら、今は眉間に皺を寄せ、怒りで手を固く握り締めていた。

 (僕だって、好きで毎日へらへらしているわけじゃない!)

 そこで急に、一人の男の憎しみに満ちた声がアルトの頭の中でぐるぐると反響を始めた。

 

 『おまえはいいよなぁ。そこまで強ければさぞかし世界も違って見えて満足だろう。

 そして俺のことを影でいつも悪く言っているんだろう? いつでも誰にでも明るく笑っているみたいにして――――』

 『おまえのその才能さえなければ! 俺はこんな風に惨めにはならなかったんだ! おまえさえ俺の前に現れなければ、俺は、俺はーーーーっ!!』

 さらに今度は女の深い絶望に染まった哀しい声がアルトの脳内で木霊する。

 『……そう、あなたのせいでレオンは――――』

 ――――この声は……そうカリンのものだ。

 

 (……そうだ。僕はもう自分をごまかして生きていくと決めたんだ。昔の僕を捨て去るとあの時固く誓ったんだ。セリナさんに少し言われたぐらいでこんな風に思うなんて、きっと僕はどうかしていたんだ。)

 アルトはよろよろと立ち上がると、各部屋に備え付けられている筈の鏡を探し始めた。そうしてお目当ての物を見つけると、その前でにこりと笑ってみせる。

 相変わらず自分の仮面はどこも壊れてなどいなかった。




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