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平和な日常


 穏やかで暖かな午後の陽光。澄み渡る一面の青空。お洒落なテーブルと椅子が整然と並べられている開放感たっぷりのテラス。すぐ近くに生えている植え込みの木も、花壇に咲き乱れている花も、全てが生き生きと輝いているように見えて、思わず感嘆の溜め息が零れてくる。

 そしてここにも輝いているものが……

 「きゃ~~~! このチョコレートケーキすっっっごくおいしい! このアイスとミックスジェラートも素敵! もう最っ高!」

 テーブルの上に凝った作りのデザートをずらりと並べ、目をお星様の様にきらきらと輝かせながら、至福の表情でそれらを頂いている悪魔セリナ

 ひとつひとつ甲高い歓声が上がる度に、アルトは空の財布をいじりながら深い嘆息をつきまくった。


 結局約束は履行され、セリナは自分が最初に提示した数の、実に三倍ほどの量を店主に頼んだ。……拒否しようとしたアルトを無理矢理押さえ込んで。

 おかげでシリウスから貰った今月の生活費のほとんどがぶっ飛んでしまい、またオルシュの瓶も落としたせいで、当分の間は一切お酒を口にする事が出来なくなってしまった。

 ……セリナめ。そこまで僕をジリ貧生活に陥れたいのか! というかいっそのこと外見が分からなくなるぐらいぶよぶよに太ってしまえばいいのに!

 そんな風に心の中で悪態をつきながら(本人に直接言え? さすがにそれは無理! 内容が内容だから絶対殺される……!)、アルトはふてくされた黒猫のようにテーブルに突っ伏す。

 そんなアルトを見たセリナは咎めるような視線を送ると、

 「ちょっと、お行儀が悪いわよアルト。もっとしゃきっとしなさいよしゃきっと」

 「……じゃあ僕にも少しだけ分けてよ」

 「ダメよ。これは私のものなんだから。それに気のきかないニブ男が女の子の食べ物を食べさせてもらえると思ったら大間違いよ」

 頬をぷくっと膨らませながら、ぷいっとそっぽを向くセリナ。

 何をそんなに怒っているんだろう? ああひょっとして……

 「その服、なかなか似合ってるね」

 セリナの嫌いな、作られた笑みを意図的に浮かべてお世辞を述べると、そっぽを向いていたセリナがぐるんと目を剥いて、指を突きつけてきた。

 「今さら気づいても遅いんだから! それに絶対そんな風に思ってない癖に!」

 「やれやれ、ひどい言い草だなぁ。せっかく褒めてあげたのに……セリナってめんどくさい(ボソッ)」

 「聞こえたわよアルト。どうやらあなたには痛いお仕置きが必要みたいね」

 底冷えするような口調でそう呟いたセリナは、テーブルに立掛けていた翠玉石の細剣に手を伸ばす。

 「嘘嘘! ごめん! 調子に乗った僕が悪かったです!」

 ブンブンとはちきれんばかりに首を横に振り、冷や汗をだらだらと流しながら仰け反るアルト。もはや完全に尻に敷かれているのであった。


 「まあいいわ。許してあげる。……でも次はないわよ」

 最後にぎろりと殺気の篭もった眼差しを向けられて、今度は狂ったように首を縦に振り続ける。

 そうしてセリナが不機嫌顔のまま再びデザートに手をつけ始めたのを見て、アルトは首を動かすのを止めると、セリナに気づかれないようにそっと溜め息を漏らした。

 なんだかんだで、今日のセリナの服装はよく似合っているとアルトは思っている。

 アルトはいつも通りの黒い制服であるのに対して、セリナは白と水色を基調とした薄手のワンピースに、軽めの毛糸で編まれたカーディガンを合わせたいでたちである。身長が高くスタイルも良いセリナにはまさにぴったりのコーディネートだ。

 靴はヒールのついた靴(僕の身長……)を履いていて、シカのように細くて華奢な脚が惜しげもなくむき出しにされている。

 胸元にはミシェルから作ってもらったらしい、少し上等な作りのネックレスが陽光に照らされて煌き、栗色の艶やかな髪をぐっと惹き立てているのは、いつも前髪に留めている白い花をあしらった立派な髪留め。

 全てが完璧な芸術か何かの様に思えてきてしまい、一緒にいるのはもちろん、普通に褒める分にも気後れして、なんだか恥ずかしくなってきてしまう。

 それでもなけなしの勇気を出してセリナを褒めてあげたのに、結果はこのザマ。いったい何がいけなかったんだろう? 女の子って本当によく分からない。

 しかしセリナからしてみれば部屋を出る前に気づいて欲しかったのだが、女性に慣れていないアルトがそれを知る由もなく、本当に女の子の考える事はよく分からないよ、と心の中で繰り返す。

 

 するとむすっとした顔のセリナが、自分の手元に置いてあるバニラアイスクリームをスプーンで掬うと、それをそのままずいっとアルトの眼前に突きつけてきた。

 「……んっ」

 「うん? なにこれ?」

 「……可哀想だから少し恵んであげようかと思って……んっ」

 「いや、くれるのは嬉しいんだけど……この状態で?」

 この状態とはすなわち、セリナにバニラアイスを乗せたスプーンを突きつけられていることを指す。

 他人から、そして曲がりなりにも異性から食べさせてもらうのは、なんというかものすごく恥かしい。

 何度も繰り返すが、アルトは女性慣れしていないのである。

 そんな煮え切らない反応を見せるアルトに業を煮やしたのか、セリナはぴきぃーんと眉を吊り上げると、

 「もう! 男の子ならぐだぐだ言っていないでさっさと受け取りなさいよ! ほらっ!」

 「あがっ――――!?」

 バニラアイスの乗ったスプーンを、細剣を扱う要領でグインと伸ばす。

 そしてそれを無理矢理アルトの口に突っ込んだ――――というより、喉に鋭敏な突きを突き立ててきた。

 「……どう? お味は?」

 「ゲホッ! ゴホッ! ……君は僕を殺す気か!」

 思わず椅子から転げ落ちてしまったアルトは激烈に痛む喉を押さえ、涙目になりながらセリナを怒鳴った。

 正直味もクソもない。少しひんやりした物が口に入って、後は脳天を貫くような痛みである。

 女の子から食べ物をあ~んしてもらえれば、健全な男児なら誰でも至福の境地にぶっ飛ぶであろう! などという意味不明な迷句を遺した王様が昔いたらしいのだが、至福? 痛みの間違いではないのだろうか?

 「大げさね……――――っ!  ププッ! やだもうアルト! なにそのヘンな顔! バニラが口から垂れてるわよ!」

 セリナはアルトの顔を見て急に吹き出すと、そのまま腹を抱えて大爆笑し始める。

 理不尽な何かを確かに感じつつ、アルトは静かに席に座ってテーブルに置いてあるナプキンで自分の口元を拭う。

 まったく! 誰のせいだよ誰の! やっぱり気を許してセリナに奢らなければよかった! 

 アルトはすっかりふて腐れた様子で、今だ腹を抱えて笑い続けるセリナを不機嫌面で眺める。

 

 ……でも、こんな日常も案外――――

 

 悪くはないな――――ともアルトは思う。

 だから、今は素直になって彼女を静かに見守っていよう。こんな、恐怖の権化でしかない自分を見て、明るく笑ってくれる彼女を。


 アルトは何事かと心配してやって来たウェイターに大丈夫だと告げると、今だ笑い続けるセリナへと向き直っていった。



~~~~~☆~~~~~☆~~~~~☆~~~~~



 「あ~おいしかった。またあの店に行きたいわね」

 「僕はもう二度とごめんだけどね」

 あれから少し時間が経ち、無事? に全てのデザートを完食し終えたセリナの提案で、ふたりは街中をぶらぶらと歩き回っていた。

 「それにしても、何の目的も無しに君と一緒に街中を出歩くのは、ちょっと遠慮したいんだけど……」

 ゆっくりとした歩調で石畳を踏みしめながら、少し前を歩くセリナに遠慮がちに訴える。

 「あら。今日はどこでも一緒に行くって言ったのは誰だったかしら?」

 ヒールのついた靴を履いているにも関わらず、軽いフットワークでくるりと振り返ると、つんと澄ました様子できり返してくる。

 「それはそうなんだけどね……」

 どうやら何も気づいてなさそうだなぁ。と心の中で思いながら、渋々アルトはセリナの後を、刷り込みされたヒヨコのようにひょこひょことついて歩く。

 実はさっきの店を出るまで全く気づかなかったのだが、セリナと一緒に街を歩いているとそこかしこから妙な視線が飛んでくるのである。

 つまりすれ違う男達が皆、なにやら敵意と殺意の篭もった目で、自分のことを睨みつけてくるのだ。

 正直に言って精神的に疲れてくる。

 おまけにヒールのついた靴をセリナが履いて一緒に並ぶと、彼女の身長が自分のをいよいよ超してしまい、低身長という変えようの無い現実を嫌でも見つめなければならない。

 ていうかむしろ、セリナの背が高すぎるのがいけないんだ!

 セリナの身長を少しだけでもいいから分けてもらえないかなぁと、前を歩くセリナのさらさらと揺れる栗色の髪を見ながら、アルトが恨めしく思っていると、

 「あっ、あれすごく可愛い!」

 通りの店の一角を見ていきなり高い声を上げると、荷台を引く竜車の地竜さながら猛然と駆け出していく。

 「ま、待ってよセリナ!」

 それを慌てて追いかけるアルト。

 セリナが足を止めた場所。それは可愛いアクセサリーや小物を並べている小さな露店だった。


 「へいいらっしゃい! お嬢さん達いったい何になさいます?」

 まるで獲物を狙う狩人のような目つきで商品を物色し始めているセリナに追いつくと、いかつい坊主頭の店主が気安くそう話しかけてきた。

 「…………僕は男です」

 店主の一言で一気に不機嫌となったアルトがぶっきらぼうにそう告げると、店主は心底驚いたのか、アルトの顔を穴が空くほど凝視してくる。

 「お、男!? 嘘だろ!? でも言われて見れば確かに、セントクレア魔法学校の男子の制服を着ているなぁ。……実は性別を偽って入学したなんてことは……」

 「そんなことしませんよ! 僕はれっきとした男です!」

 「そうだよなぁ……」

 店主は少しがっかりしたようにうな垂れる。

 それは、自分がもし女の子なら、店の品を買い上げてくれるかもしれないという淡い期待があったからなのだろう。

 女の子に間違えられたこっちにしてみればいい迷惑だが。

 「う~んあれもいいわねぇ。でもこれもなかなか……」

 いっぽう、セリナはお店の品物を一心不乱に眺め続けて、ああでもないこうでもないとぶつぶつ呟いている。

 そして、その中からおもむろに二つを取り上げると、

 「ねぇアルト。どっちのほうがいいかしら?」 

 「え? どっちって……」

 セリナに意見を求められて、アルトは言葉を濁す。

 セリナの左手には、見るからに安っぽい薔薇の形をしたブローチ。いっぽう右手には、同じく安っぽいガラス細工をあしらった可愛い兎のバレッタ。

 早い話が別にどちらでも構わない。

 しかし、その旨を伝えたら確実にセリナが怒るであろうことは、女心に疎いアルトでも分かりきっていた。

 というわけで、慎重をきたして十分に考え抜き、アルトがセリナに提示した答えは……

 

 「両方買えばいいんじゃないかなぁ」

 「両方はダメなの! ていうかアルトって、本当はどうでもいいんでしょ!」

 くわっと目を剥いてあっさりと却下されてしまい、それどころか考えている事まで見透かされてしまう。

 本当に女の子の考えていることはよく分からない。

 「へっへっへっ、彼女に怒られちゃったね兄ちゃん。女心ってやつが分かんないと愛想つかされて逃げられちゃうよ」

 すると、今までのやり取りを見ていた店主がやけにニヤニヤしながら、そんなアドバイスを寄越してくる。

 「ああ、僕達は別に」

 「別に私達は付き合ってるとかそんなわけじゃないんです! そんな風に言われると困ります! 冗談もほどほどにしてください!」

 アルトが店の店主に説明しようとすると、林檎のように顔を赤くしたセリナが、声を大にして全力でアルトとの関係を否定した。

 ……セリナ。確かに僕と君はそんな関係じゃないし、これからもずっとそうだけど、でもそこまで嫌がられると僕は傷つくよ?

 否定をする分にはいっこうに構わないのだが、もうちょっとオブラートに包んだ言い方をして欲しいとアルトは思った。

 「へぇそうなのかい? まあ俺はその辺の事情はどうでもいいんだけどな。とりあえず、どっちにするんだいお譲ちゃん?」

 「う~ん……それじゃあこっちにするわ」

 セリナが選んだのは薔薇の形をしたブローチだった。

 「へいまいど! お譲ちゃんは美人だから、お代は特別に二百クルにまけとくよ!」

 「び、美人って、私は別にそんな……」

 よく言うよ。どうせ元から二百クルの癖に。

 こういった場所では恒例のお世辞に心の中で皮肉を述べると、店主の言葉を真に受けて恥かしがってるセリナの横で、アルトはズボンのポケットを漁り始める。

 そうして、そこから数枚の銅貨を取り出すと、

 「ではこちらで」

 「ア、アルト!?」

 店主にそれらを渡して薔薇のブローチを受け取ると、目を丸くして驚いているセリナに薔薇のブローチを突き出す。

 「はい。これ」

 「えっ? でもさっきアルトにデザートを奢ってもらったばかりよ? これまでアルトに奢らせるのはさすがにちょっと……」

 「そんなこと今さら気にしなくてもいいよ。どのみち二百クルぽっちじゃ、お酒のひとつも買えないし。僕の気まぐれだと思ってくれれば」


 そう。これはただの気まぐれだ。決して、この間の話を聞いてくれたお礼などではない。

 僕は例え、僕の秘密を知っているセリナであっても、あまり深くは関わらないと決めているのだから。


 何故かそんな言い訳がましいことを心の中で繰り返しながら、アルトは半ば強引にセリナの手のひらにブローチを乗せる。

 「アルト……ありがとう。大切にするわね」

 セリナは安物のブローチをまるで百カラットの宝石を扱うかのように、そっと両手で包み込むと、目を嬉しそうに細めてアルトを見つめてくる。

 アルトは、なんだかおなかの辺りが急にむず痒くなってくると、今のセリナからついっと視線を逸らした。

 

 ――――結局、店の店主に冷やかされるまで、彼等はずっとその場所に突っ立っていた。


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