生徒会の遊戯2
そんな風にセリナが意味深な発言をしたマリアを不思議に思っていると、女性たちの輪の中にケヴィンがやって来た。
「お~い、お嬢さん達。俺のこと忘れてない?
ていうかミシェル。ちゃんと聞こえてたぞ。俺はへなちょこなんかじゃない。
マリアちゃんの剣の腕が凄くて、容姿も綺麗で、動くたびに揺れるその殺人的な胸部がとても眩しい。その三つの要素が揃っていれば、どんな敵だって魔導剣士だってお手上げさ。
だから俺がマリアちゃんに負けたのは、もはや仕方のない事なんだよ」
そしてもっともらしい口調を真似てそう言うと、やれやれといわんばかりに首を振った。
(……やっぱりこいつどこか頭がおかしいわ。ていうかケヴィンが負けた要素の二つは、戦いとはまったく関係のないことじゃない)
セリナは冷ややかな視線をケヴィンに投げながら、心の中でツッコミを入れる。
「……マリアさん。この変態を今すぐ自警団の人達に引き渡しましょう。そうすればワタシのパートナーはひょっとしたらマリアさんになれるかもだし、学校の風紀も改善できるしで一石二鳥です」
「……そのほうがいいかもしれませんね。では早速手配をお願いしてきます」
ミシェルが蛆虫を見るかのような目でケヴィンを見ると、マリアは早速自警団の人達がいる詰所へと向かおうとする。
「ちょっと待って! マリアちゃん! 冗談だって冗談! 本気で行かれると俺マジであいつらに逮捕されちゃうから!
ていうかミシェル! おまえいったい俺のことがどんだけ嫌いなんだよ! 少しは新しくパートナーになったこの俺様に感謝してだなぁ……」
「へ? 感謝? なにそれ? 食べられるの?」
「真顔で言われるとめちゃめちゃ腹立つ~。
……くそっ。どうしてこんな幼女と俺がパートナー同士に。
せっかくセリナちゃんの一件でむさい野郎とおさらばできて、素敵な美女(もしくは美少女)を俺の愛の巣に招き入れる予定だったのに、それがよりにもよってお前なんて……っ! ジェリウスはそこまで俺に苦行を負わせたいのか!」
「それはこっちの台詞だよ! どうせならワタシはマリアさんと一緒になりたかったのにぃ!
あんたなんか元のパートナーと永遠にいちゃいちゃしていればよかったんだよ! 同じ犯罪者同士!」
「セリナちゃんとマリアちゃんの前でいったいなんてことを言うんだ! このつるぺた幼女!!」
「なんだとうぅ! この下半身暴走主義!!」
そうしてミシェルとケヴィンはメンチを切りながら、お互いの悪口を言い合い始めた。
――――実はこの前のセリナの一件で総勢十八名もの生徒が退学となり、処分を受けたのだが、その中にマリアとケヴィン、そしてミシェルのパートナーがいたのである。
……まあ、マリアもケヴィンもミシェルも以前のパートナーとはお世辞にも折り合いがうまくいっていたとは言えないため、丁度いいと言えば丁度いいのだが。
しかし退学になった人物がこれだけ多いと、同じ学年。同じ選抜組同士で新しく組ませる事は難しい。
そこで同じ生徒会メンバーであるという理由だけで、普通組のミシェルと、選抜組でもあり最年長でもあるケヴィンが一緒に組まされることになったのだ。
そして数と組み合わせの関係で偶然あぶれてしまったマリアは、実力が伴っているという教師のお墨付きもあり、特例でパートナーをつけないという方向に決まったのである。
(それにしてもこのふたり。お互いを邪険に扱っているけど険悪さはあまり感じられないし、仲が良いのか悪いのかよく分からないわ)
ぎゃーすか、ぎゃーすかと言い合っているミシェルとケヴィンを見て、セリナは冷静にそう分析する。
すると隣にいたマリアが突然手を叩いた。
「そこまでです二人とも。痴話喧嘩はやめてください」
「「ワタシ(俺)はこいつなんかとは夫婦じゃないですよぅ(よ! マリアちゃん)!」」
まさに息ぴったり。以外にも相性がいいんじゃないかと思えてきてしまう。
「とりあえずそういうことにしておきます。「「えっちょっと待っ――――」」 ですが、ここにみなさんを呼んだのは遊ぶ為ではありません。ある意味ではこのセントクレアの将来を左右する事象について、みなさんから意見を貰う為に呼んだのです。
そこのところを誤解しないでください」
「「……はい」」
ケヴィンとミシェルはしゅんとなって、マリアに謝る。
ふたりがようやく静かになると、マリアは無表情のまま、淡々とした口調で喋り始めた。
「まずは今、私達が置かれている状況から確認してみましょう。
この前起きたセリナの一件でネイグトとギルトは学校から追放され、セントクレアの主力となりうる生徒会メンバーは現在たったの三人しか残っていません。
ここからいったいどういった事態が起こりえると思いますか?」
「……えっとぉ、魔物との戦いに支障が出る?」
ミシェルが挙げた答えに、マリアがゆっくりと首肯してみせる。
「そのとおりです。三人しかいない以上、前みたいに二人で討伐に向かうのは少々厳しいですね。
私達が留守の間に他の国や都市から応援の要請があるかもしれませんし、何があってもいいように必ず一人はここに残らなければ。
するとそうなってくると一人当たりの負担がとても大きくなって、魔物との戦闘で大きな怪我を負うことがあるかもしれません。
しかしそれ以上に重大なことが起こり得ます。それはいったいなんだと思いますか?」
「え? なんだろう……?」
分からなくなってミシェルが首を捻ると、代わりにケヴィンがそれに答えた。
「万が一魔獣が現れた場合、俺達だけじゃ太刀打ちできない可能性がある……でしょ」
「その通りです。ただでさえネイグトやギルトがいても厳しいのに、主力となる生徒会メンバーがたったの三人しか残っていないようでは、討伐はおろか撃退すら難しいでしょう。それは自警団の皆さんと協力して戦っても同じことが言えます。
なぜならば魔獣はある一定レベル以上の攻撃を加えないと、傷を負わせることが出来ないからです。おまけにそのほとんどが再生能力を持っているので、長期戦になればなるほどこちらが不利になってきます。
……今の私達の状況について分かりましたか?」
「「はぁ~い」」
ケヴィンとミシェルは子供のように手をあげて、二人同時に返事をした。
「つまり私が言いたいのはそういった事態に備えるために、新しい生徒会メンバーを選んでおきたいのです。
そこでみなさんに質問なんですが、このセントクレアで生徒会メンバーの候補者になりうるほどの実力者を誰か知っていますか?」
平坦な口調でそう尋ねてきたマリアは、最後にセリナをちらりと見た。
――――来たっ! この話。
セリナは余計なことを話さないように十分に警戒して身構る。
実はこれこそが、今日セリナが生徒会の集まりに出たくなかった理由である。
というのも先日の一件について他の人達はうまくごまかせたのだが、マリアをごまかすことはできなかったのだ。
あの後魔物討伐から帰ってきたマリアは事の次第を聞いた後、自警団の人達が持ってきた報告書と自分達の出した証言に矛盾があることを見つけて、セリナに何度もあの日のことを追求してくるのである。
本当にあなた一人で倒したんですか? と
つまり自分は疑われているのである。
その証拠にこの話を切り出してきたのも、皆に問いかけているように見えて、本当はセリナ一人にだけ問いかけているのである。
他に生徒会メンバーの候補者になれるほどの実力者を知っているんじゃないかと。
もしそうじゃなかったら校内選抜戦が始まって、色々な人の実力が公の場で明らかにされるまで、こんな話はしてこない筈である。
(……まあ本当に知っているんだけどね。これ以上無いくらい最高の候補者が)
もちろんそれは先日の一件をたったひとりで解決した影の功労者であり、今の状況を作ってしまった自分のパートナーのアルトである。
アルトはこの学校に来る前は魔導剣士として大陸中を駆け巡り、多くの魔獣達をその手で屠り続けていたのだ。
その詳しい実力に関しては判断材料が少なすぎてよく分からないのだが、先日の件を踏まえると、おそらく自分達三人がかりで襲いかかっても彼に勝つ事はできないだろう。
なにせ魔導剣士は普通の魔法剣士千人に匹敵すると言われているのであって。
もちろんそれについては明らかに誇張だとセリナは思っているが、それでもアルトの実力が飛び抜けていることに変わりはない。
そんなアルト以上に良い候補者など、このセントクレアはおろか大陸中を虱潰しに探しても見つからないだろう。
(でもアルトにこの話を薦めても、絶対に断られることは目に見えているわね。それに私もそんなことはしたくないし)
しかし今のアルトは剣を捨て、普通の生活を送ろうとしている。
その理由はアルトが良かれと思って強力な魔獣を倒し続けたことがかえって裏目に出てしまい、化け物扱いされて、畏怖の対象となってしまったからというのもあるのだろうが、一番の理由はやはり敬愛していた養父が、アルトの常識外れの力とその才能に嫉妬して自殺をしてしまい、その影響を受けた養母も養父の後を追ってしまったことが、アルトの中で一番大きいのだろう。
そしてその結果としてアルトは自分の力を憎むようになり、罪の意識に苛まれ、今でもそれらの哀しみを全て抱え込んで生きている。
そんなアルトに生徒会の勧誘などできるわけがない。
(……少なくとも私はアルトの望むようにさせてあげたい。
私の夢は叶わなくなるけど、あなたが昔のように笑っていられるようになるのならそんなことはどうでもいい。
だってあなたは私を助けてくれたんだもの。
優しい言葉をかけてくれたんだもの。
そんなあなたを助けるのは人として当然でしょ)
心の中で先ほど別れたばかりのアルトに、セリナは優しく語りかける。
ふいにアルトが居心地悪そうにしながら口をへの字にして、自分に嫌味を言っている姿が思い起こされ、セリナは僅かに頬を緩ませた。
「セリナ? この状況で含み笑いをするということは誰か心当たりがあるようですね。それはいったいどこの誰ですか?」
――――いけないっ! 警戒していたのについ!
今さら墓穴を掘ったことに気づいても後の祭りである。
マリアは、おまえがなにか隠しているのは分かっているんだよ。さっさと吐けや! とでも言いたそうな眼差しでセリナを注視していた。
「……だ、誰もいないわよ。そんな人」
セリナは一応すっとぼけてみた。
「本当ですか? 思えばこの間の件から妙に貴方の周囲で不審な臭いがしてくるんですよね。
例えば生真面目な貴方にしては報告書が随分と雑だったり、最近妙に嬉しそうにしていたり、かと思えばこの間の件について私が何か尋ねると急によそよそしくなったりと、正直怪しいところだらけです。
……セリナ。ひょっとして私達になにか隠していることがありませんか?」
「か、隠している事なんて何もないわよ」
(……マズイ。これ以上この話題を続けられるとケヴィンにも怪しまれちゃう。なんとかして話題を変えないと……)
マリアから視線を逸らしながらいろいろと案を練ってはみるものの、さっぱり思い浮かばない。
そしていよいよセリナが慌て始め、いつこの場でボロが出てもおかしくない状態になった時に、ミシェルが救いの手を差し伸べてきた。
「そうなんだよみんな。実はセリナはみんなに隠している事があるんだよ。
それはね……つい最近、セリナに恋人ができたの」
「「……え?」」
と思ったら、超ド級の爆弾発言をこの場に落とした。
これには流石のマリアも驚いたのか、いつもの無表情を崩して目を丸くしていた。
というかそんな事実はセリナ本人も初耳である。
「なんだと! おいミシェル! それはいったい誰だ! どんなちんかす野郎だ! ていうかつい最近付き合い始めたっていうのは本当なのか! もしそうだとしたらまだ打つ手はある!
セリナちゃんの気持ちが本格的に憎き怨敵に傾かないうちに、セリナちゃんのファンクラブと徒党を組んでそいつを粛清してやる! そしてセリナちゃんをその暴漢から救ってやるんだ!
さあ言えミシェル! そいつの名前は!」
ケヴィンが目をぎらぎらと血走らせながら、ミシェルに詰め寄る。
その構図こそが、まさしく幼女に襲い掛からんとする暴漢のようにセリナには見えた。
(……まあ、一応話を逸らすことができて助かったわ。でもミシェルはいったいどうする気なのかしら?
本当は私にそんな人なんて――――)
「えっとぉ~それじゃあ今、名前を言っちゃうね」
「え!? ちょっと待ってミシェル!」
セリナはここでやっと気づいた。ミシェルは適当な人物の名前を挙げて、ありもしないことをでっち上げる気なのである。
そしてそれに最も適任だと思われる人物はおそらく……。
マズイ! 早く止めなきゃ!
いったい何がマズイのかよく分からないのだが、セリナは慌ててミシェルを止めようとする。
しかしミシェルはセリナの腕をすり抜けると、妙に悪戯っぽい笑みを浮かべた。
「それじゃいっくよ~。その人の名前はア――――」
「きゃぁぁぁぁあああ!! ダメぇぇぇぇええ!!」
「――――アイマフさんだよ!」
…………へ?
自警団長アイマフさん♂ (48歳)
【もさっとした野性味溢れる髭と全身の筋肉の隆起が凄まじく、一部生徒からは神と崇められている、ちょっとダンディなおじさん。というかオッサン】
「……まあ、人それぞれの好みというものがあるので、私から言うことは特に何もありません」
「……は、はは。セリナちゃん……嘘だよね。嘘だと言ってくれ。
そうじゃないと俺、明日からの希望が一切なくなって生きる気力をなくしちまう!
ていうか野郎を血祭りにあげてもいいかな? 一生生まれ変われないようにしてもいいかな?」
マリアの視線がいつもと違って妙に温かい。
ケヴィンは余程ショックなのかじめっとしたオーラを纏って、石造りの床にのの字を書きながら、物騒な言葉をぶつぶつと呟き始めた。
「…………ミシェル。ちょっといいかしら」
「あはは。いったいどうしたのセリナ。目が据わっちゃってるよ?」
全く悪びれた様子のないミシェルを、セリナは思いっきり怒鳴りつけた。
「ミシェル! あなたがいつも変なことを言うから私に関しての妙な噂が流れるんでしょ! ツ、ツンデレだとか! 女王様だとか! どうせ嘘をつくのならもうちょっとマシな嘘をつきなさいよ!」
「え? じゃ、じゃあセリナちゃんがアイマフの旦那と付き合ってるっていうのは……」
「そんなのミシェルの嘘に決まってるでしょ! この馬鹿っ!!」
今度は尋ねてきたケヴィンをセリナが怒鳴りつけると、何故かケヴィンは恍惚な表情を浮かべた。
「ああ。セリナちゃんに『馬鹿っ!!』て言ってもらえて、俺ほんと幸せだわ。なんかこう背筋がぞくぞくしてくるね。
君の罵声に乾杯」
「なによその意味不明な台詞は! ていうかほんとに気持ち悪い!!」
唐突にぶるっとした寒気に襲われて、セリナは自分の体を掻き抱く。
「ほらね。こういう奴がいるからセリナは女王様なんだよ」
「ミシェルは黙っていなさい!!」
こうしてセリナは二人を床に正座させ、次の講義の時間までお説教をくどくど続けたことで、なんとかマリアからの追求を免れたのである。
「……やれやれ。まあでも、ある程度怪しい人物の目星はついてるんですけどね」
……一時的にではあるが。