生徒会の遊戯
生徒会の招集がかけられていたセリナは、選抜組の訓練が終わって練武場を出た後、校舎の敷地内にある第二訓練場に向かっていた。
(ホントはあまり行きたくないんだけど……)
後ろめたい気持ちを確かに感じつつもセリナは、綺麗に舗装された石畳の道を、セントクレアの校舎目指して歩いていく。
やがて正門を抜けて、特に目立つところのない白い外壁の建物の前までやって来ると、そのままその中へと入っていった。
第二訓練場は第一訓練場とは違って、かなり広々とした造りになっている。
きちんと整備されていて使いやすく、廊下の天井に備え付けられている魔法を利用した照明も中の装飾も、随分と綺麗で華美だ。とても同じ訓練場とは思えない。
これも普通組と選抜組の違いなのかしら……とセリナはここに来たときにいつも思う。
実はセリナの家は王族で、普通の一般市民の家と比べたら雲泥の差がでるほどの金持ちなのだが、セリナ自身はそういった金持ちが好むようなものをあまり好まない。
例えば他の人との差別化を図って威張り散らしたりだとか、何不自由ない贅沢な暮らしだったりとか、装飾品過多でゴテゴテの服を着たりとかである。
よってセリナは、選抜組だけこういった整えられた環境を使う事にいつも疑問を抱いているのだ。
なんで普通組の人にも使わせてあげないのかと。
もちろんそうする意図もなんとなくだが分かっている。
そういう風に差別化を図ることで、普通組の人は選抜組の人に対抗心を抱き、頑張って追い抜こうとする。選抜組の人は校内入れ替え戦で普通組の人に負けて、立場を入れ替えられることを恐れて努力をする。その状態にすることを学校側は望んでいるのだろう。
しかし選抜組の優遇はいろんな所で発揮されていて、なんというかその環境にいるうちにやたらと傲慢になり、いつのまにか選抜組の人は普通組の人を見下すようになるのだ。
こうなるともはや毒以外のなにものでもない。是非とも解毒しなくては。
脳内で『普通組、選抜組平等化計画』を密かに構想しつつ、セリナは指定された部屋の前までやって来ると、その部屋のドアを開いた。
(あ、早速やってる。何か盗めるものがないかなぁ……)
中に入ったセリナは、入って早々いきなり分析を開始する。
「ケヴィン。反応速度が遅れてきていますよ」
「……うへぇ。さ、さすがはマリアちゃん。はぁはぁ。……やっぱり簡単には勝たせてはもらえないねぇ」
というのもセリナの視線の先には、マリアとケヴィンが己の技や魔法を駆使しながら、ひたすら真剣の武器を舞わしていたのだ。
「あっ、やっほーセリナ。もう訓練は終わったの?」
ここで、今まで手を組みながらぶつぶつ何事かを呟いていたミシェルが、セリナの存在に気づくと、駆け寄ってくる。
「ええ、そうよ。……ところでケヴィンの双剣が私が見たときよりも若干変わっているんだけど、やっぱりあれはミシェルが鍛えてあげたの?」
「うん、そうだよぉ。ケヴィンの奴が以前使っていた双剣が随分とヘタってきていたから、研ぐよりもいっそ鍛え直したほうがいいと思ってね」
ミシェルは明るく笑った後に、またケヴィンとマリアのほうを向き、考え込むような体勢でふたりをじっと眺める。セリナもふたりの戦っているほうを向いた。
マリアは、魔粒子の特殊変化術の術効率やその威力が上がる、蒼玉石の組み込まれた大刀を、女の身でありながら軽々と振り回している。
対するケヴィンは紅玉石と、風属性変化の威力の上がり幅が大きい風玉石の、異なる魔導石を組み込んだ、色の違う左右非対称の双剣を握り締め、肩で息をつきながらマリアの攻撃を防いでいた。
生徒会メンバーになると学校で使う武器とは別に、都市外で魔物と戦うための、刃引きされていない真剣の武器が必要になってくる。これはその真剣に慣れるための訓練なのだ。
……とはいえ、マリアもケヴィンも自分も真剣の扱いにはもうとっくに慣れていて、訓練というよりはむしろ、遊戯的な意味合いのほうが強くなってくるのだが。
しかし訓練は訓練。ふたりともある程度本気を出している。
とここでふたりは同時に動きを止めた。
いきなり部屋中が閑静な森の中のように静まり返り、ケヴィンの荒い息遣いのみが耳に入ってくる。
マリアは無表情のまま、ケヴィンは軽そうな笑みを浮かべながら、しかし虎視眈々と相手の出方を伺う。
――――最初に動いたのはケヴィンだった。
勢いよく地を蹴って、瞬く間のうちにマリアの間合いギリギリまで飛び出していく。
「……」
いっぽうマリアは端整な形の眉をぴくりとも動かさず、自分の間合い近くにまで接近してきたケヴィンを狙って、真横に大刀を振り払った。
蒼玉石という、深い大海をおもわせるような色の魔導石を組み込んだマリアの大刀が、宙に青い半円の軌跡を描きながらケヴィンへと迫る。
「うほっ! 容赦ないねぇ~!」
だがケヴィンは風切音が鳴るほどのマリアの攻撃を、色の違う非対称の双剣をクロスさせることで見事に防いでみせる。
そしてその状態のまま小声で一言二言詠唱を唱えると、ケヴィンの双剣が橙と若草。二色のオーラに包まれる。
魔粒子の属性変化技炎剣と、魔粒子の属性変化技風剣の、属性変化技複数同時使用だ。
この属性変化技複数同時使用は、残念ながら魔法の才能に光るものがあるとアルトをして言わせているセリナですらも、できない魔法である。
というのも属性変化という魔法は大変便利である反面、才能や資質によって起因されるため、使用者を選ぶ魔法なのだ。
つまりある程度の実力と才能がなければ、その操作の精密さと難しさで魔法に遊ばれるといった事態に陥りやすく、また自分の波長に合う属性も基本的にはひとりひとつなので、ふたつを同時に扱える人は滅多にいない。
だがケヴィンはそれを扱うことが出来る。
これだけを見ても、ケヴィンがそれなりの実力者だということが、誰にでも分かるだろう。
「いくぜぇマリアちゃん! 火傷すんなよ!」
そう言ってケヴィンはふたつの異なる属性の燈った双剣をぐいっと押して、マリアの大刀を押し返す。
そうして右手に握っている、炎の灯った紅玉石の太刀の方を持ち上げると、体勢を崩したマリアを狙って鋭敏な突きを放った。
するとその紅玉石の太刀の切っ先から属性エネルギー由来の、橙色の炎が迸る。
しかしほとんど間の無い至近距離だったのにもかかわらず、マリアはわずかに焦った表情を浮かべただけで、さっとケヴィンの炎を避けてみせた。
目標を外したか細い炎は、部屋の灰色の壁にぶち当たったかと思うと、まるで部屋の壁に吸い取られたかのように消えてしまった。
「……さすがです。ケヴィン」
そう呟くと、マリアは蒼玉石の大刀を斜めに振るう。
華奢で細い腕をしているにもかかわらず、鋭く勢いの乗った一撃が、技を放って硬直状態でいるケヴィンへ。
「まだまだぁ!」
だがケヴィンはすんでのところで体を後ろに反らして、マリアの斬撃を避けた。
そのままごろごろと灰色の石でできた床をケヴィンは転がっていくと、起き上がりざまに、二つの異なる属性を燈した双剣をすり合わせる。
すると二つの双剣から燃え盛る橙色の炎と暴風が巻き起こり、それが一体となって、ひとつの、大きな炎の台風と化していった。
炎が荒々しく渦を巻き、部屋中の温度をぐんぐん上昇させていく。そしてそのままの勢いを保ちながら、炎の台風は直立状態でいるマリアに直撃した。
大きな爆音が部屋中を揺らし、技の余波である橙の火の粉が、まるで無数の蝶々のように飛び交う。
「もうっ! 危ないじゃない!」
ケヴィンに対する文句を言ってから、セリナは瞬時にマジックバリアーを発動させて、自分とミシェルをその火の粉から守った。
「こら~ケヴィン! もうちょっと考えて技撃ちなよ! おかげでここにいる美女ふたりが、火傷するところだったんだぞ!」
隣にいるミシェルも不満なのかそう訴える。
「なぁ~に。これぐらいしないとマリアちゃんの練習にならないからな。俺なりの気遣いって奴よ。それにセリナちゃんがちゃぁんとマジックバリアーを張ってくれたじゃないか。やっぱ流石だねっ!」
「……セリナやマリアにはちゃんとした気遣いがあって、新しくパートナーになったこのワタシにはないわけ?」
「ない!」
「よ~し、即答とは上等じゃ! ワタシの鍛えてあげた武器を今すぐ返せ! そしてその武器であんたを血祭りにあげちゃる!」
「ミシェル少し落ち着いて! まだ危ないから」
セリナは目を三角にして今にも飛び出さんとしていたミシェルを、後ろから羽交い絞めにした。
「止めないでセリナ! ワタシには胸の小さい世界中の女性を代表して、こいつに天誅を下すっていう崇高な使命があるんだから!」
「それってただの私怨にまみれた仕返しじゃない! それにケヴィンは胸の小さい女性もオッケーなのよ。ただミシェルの場合はそれに付け加えて背も小さかったってだけで……」
「うわーん! セリナなんて嫌いだぁ!」
「えっ!? そこでどうして私が出てくるのよ!?」
突然泣き崩れてしまったミシェルに、セリナは訳が分からなくなって首を傾げた。
――――何か私、まずいことでも言ったかしら?
とそこでケヴィンの放った技の残り火の中から、半透明の光の膜を纏ったマリアが勢いよく飛び出してきた。
そして僅か四、五メートルの距離を一気に詰めていくと、蒼玉石の大刀をケヴィンの首めがけて横に振り払った。
「やべっ!」
ケヴィンは慌てて防御に移ろうとする。しかし先程の技の反動もあってか、マリアの攻撃にうまく反応できなかった。
そしてマリアの蒼玉石の大刀は、まさにケヴィンの首を飛ばさんとするぎりぎりの位置でぴたりと停止した。
「……これで、わたしの勝ちですね。お疲れ様でしたケヴィン」
マリアが無表情のまま淡々と告げる。
「いや~、あれをマジックバリアーで軽々防いじゃうとはねぇ。正直色々と傷つくわ」
ケヴィンは悔しさで身を打ち据えられるような表情をした……わけではなく、台詞の割に全然悔しそうにはしないで、軽佻浮薄の笑みをマリアに対して浮かべた。
「ねぇねぇセリナ。さっきのいったいどうなったのかまったく分からないんだけど」
いつのまにか泣き止んだミシェルは、セリナにそう尋ねた。
「ああ、単純よ。ケヴィンの技をマリアがマジックバリアーで防いで、ケヴィンの術技硬直時の隙を突いた。ただそれだけよ」
「でもケヴィンの技、相当凄かったよ。マジックバリアーってなんでも防げるもんだっけ?」
「そんなわけないでしょ。エネルギーの限界許容量を超える魔法や技を受ければ、あっさりと突破されちゃうわ。それでもマジックバリアーの耐久力は術者の技量と魔法エネルギーの大小に関係するんだけどね。つまり今回の場合はケヴィンよりも、マリアのほうが一枚上手だったってこと。やっぱり流石ね……って、これ誰でも知っていることよ!? しかもこの話、基礎魔法学校で何回もやったはずだけど?」
セリナがじっとミシェルの琥珀色の瞳を見据える。
「こ、細かい事は気にしない! 先生の言っていたことを聞いていなかったとしてもしょうがない!
とりあえずマリアが凄くてケビィンがへなちょこだったっていうことが分かった。それだけで十分でしょ」
ミシェルが頭に手をやってあははと笑うと、セリナはため息をひとつ零した。
「ありがとうございます。セリナとミシェル。そう言ってくれるのはあなた達だけですよ」
するとふたりが話していたことを偶然聞いていたのか、マリアがひょっこりと顔を出してふたりの間に割って入ってきた。
「またまたぁ。謙遜しないで下さいよぉ。マリアさんの剣や魔法の腕はかなりのものじゃないですかぁ。私たち以外にもマリアさんを褒めている人は大勢いますよぅ」
「……えぇ、そうですね」
「――――??」
セリナは時々気づくことがある。
この一歳年上の、賢明高雅という言葉がよく似合う先輩は、こんな風に哀愁漂う目を見せることがある事を。
何故なのかは分からない。
ひょっとしたら、何か壮絶な過去を経験しているのかもしれない。
……アルトと同じように。