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悩みと戸惑い2

 

 最初に動いたのは対戦相手のふたりの生徒だった。

 ひとりは黄色の魔法陣をその手に灯しながら詠唱を始め、もうひとりは長剣を手に勢いよく駆けだす。


 ――――よし、今日は勝とう。


 それらの動きを目でしっかりと追いながら、アルトは長剣を握り締める手に力を入れた。

 「アルト。それじゃあ走ってくる人をお願い」

 「了解」

 アルトが少しだけまともに戦うようになって余裕が出てきたのか、あまり緊張感のないセリナのその声にぶっきらぼうな返事を返すと、アルトも疾走を開始した。

 駆けてくる選抜組の生徒へと向かう最中で、アルトは孔雀石の長剣に魔粒子を流す。

 アルトの魔粒子を感じた孔雀石の長剣は銀色から黒一色へさあっと色変わりしていく。

 そして選抜組の生徒とアルトは勢いよくぶつかっていった。


 ――――ギギィィィン!


 金属と金属同士が密接する切り結んだ状態。

 選抜組の生徒は握る剣に力を込め、アルトを押し返そうとする。

 しかし今日は勝つと決めたのだ。アルトも負けじと剣に力を込めて対抗する。

 「ちっ! 普通組が調子に乗りやがって……」

 選抜組の生徒はそう毒づいて剣を引くと、横なぎに剣を振るってきた。長剣の剣身が吸い込まれるようにアルトの胴に。

 (……遅いよ)

 しかし体に当たる直前で反応し、アルトはその剣をたやすく受け流した。そして遠心力を効かしてブンッと一回転。今度はあべこべに、攻撃を受け流されてがら空きになった胴へ蹴りをお見舞いする。

 「がっ――――!」

 アルトの蹴りは綺麗に決まって、選抜組の生徒はごろごろと土の地面を転がった。

 だが本気で蹴ったわけではないのでまだ余裕で動けるだろう。一撃で倒してしまっては流石にヘンだと思われてしまう。自分はあくまでも選抜組よりも弱い普通組のアルトなのだから、その通りに演じないといけないのだ。

 アルトはスピードをさらに落として選抜組の生徒に追いすがると、むくりと起き上がった生徒に合わせて孔雀石の長剣を横に振るった。

 

 ――――ガィィィィン!


 長剣同士が火花を散らし、両者は再びがっちりと斬り結ぶ。

 「……くっ速い! こいつ、つい最近までクソのように弱かったのに、急に強くなりやがって……」

 早くも額に冷や汗を流しながらそう呻くのを耳にして、アルトは内心片腹痛くなってきた。

  アルトは屈強な魔法剣士達が何人も集まって倒すであろう魔獣を、一人で倒すほどの実力を持っている。

 そんなアルトに「こ、こいつ急に強くなりやがって……」なんて言っても、アルト自身は今でもまったく本気を出していないので、不謹慎だが可笑しくなってきてしまう。

 ……とはいえ、今の自分ではとても昔のように戦うことが出来ないのも事実なのだが。

 アルトと選抜組の生徒が斬り結んでいると、後方にいたもうひとりの生徒が、唱えていた詠唱を完成させた。

 アルトに向けて、黄色の魔法陣が灯る手をさっと前に突き出すと共に、大きな声で術名を唱える。

 『フレイム・ランス!』

  術名を唱えたと同時にアルトと切り結んでいた生徒は離れ、魔法を唱えていた生徒の、その手に光る魔法陣が強い光を放った。

 瞬間橙の炎が出現し、虚空で渦を巻いて一点に収束。一箇所に集まった橙の炎は術者の意志を受けて熱線となり、アルト目掛けて飛んでいった。

 橙色の熱線は途中で曲がったりぶれたりすることなく、一直線にアルトへと迫る。

 それは先程の生徒が唱えた魔法の名と同じく、炎の槍がアルトの細い体を貫かんとしているかのよう。

 しかし熱線がその身に迫っているにも関わらず、アルトは地面に縫い付けられたかのようにその場から微動だにしなかった。

 土のフィールド外で待機している応急救護班は、自分達の仕事がやって来ると思って息を呑む。

 とここで唐突に変化が起きた。

 アルトに迫っていた橙色の炎の槍が、突如不可視の壁にぶつかったかのようになって、アルトの眼前で消滅してしまったのだ。

 (……さすがセリナ。強度もタイミングも完璧だ)

 「くっ! セリナさんのマジックバリアーか!」

 心の中で改めてセリナの実力に感嘆していると、魔法を放った生徒が悔しそうにしながら、アルトの後方にいるセリナを見やった。


  マジックバリアーというのは、マルギアナの魔法剣士達に広く普及している、魔法エネルギーによる防御術だ。

 生徒の放った魔法がアルトに届かなかったのは、セリナがこの魔法を唱えてアルトを守ったからである。

 実際うっすらとだが、シャボン玉のような半透明の膜が、アルトを包み込むように覆っていた。

 もちろんアルトはセリナがこの魔法を唱える事を知っていて、あえて何もせずにじっとしていたのだ。

 「ふふふ、残念だったわね。次はこっちの番よ。『ライジング・ソード!』」

 連携攻撃をあっさりと防がれて、まごついている選抜組の生徒二人に、セリナは紫色の魔法陣が灯る手をさっと向ける。

 するとその魔法陣から紫電の雷が体現され、何もない空間の一点に集まっていった。

 (うわっ、術名だけを唱えて魔法を完成させたよ。といっても無詠唱魔法にしては威力の強すぎる魔法だし……ということは、一度唱えた魔法をホールドしていたのかっ)

 そんなこと普通は出来ないはずなのに、やはりセリナは魔法の才能に光る物がある。

 などと、アルトが本日二度目の感心をしていると、セリナが造りだした紫電の剣はバチバチと派手な音を上げながら、二人の生徒に向かって飛んでいった。

  対戦相手のふたりはセリナの魔法を防ぐことも忘れて慌てだす。そしてセリナの放った魔法は、先ほど魔法を唱えた生徒のすぐ目の前に落下した。土のフィールドを穿って大量の砂埃を巻き上げる。

 「ぐあぁぁぁぁぁ!」

 一人の生徒の体に電流が流れ、大きな悲鳴を上げると、その生徒は糸の切れた操り人形のようにぱたりと倒れてしまう。

 それとほぼ同時にアルトは走り始めて、濛々と立ち込める砂埃の中に突入していった。

 (これだけ砂埃が舞ってると何も見えないなぁ。 ……まあ、僕には全く関係ないけど)

 アルトは視覚からの情報をあっさりと捨てると、相手の発する気配と音を探る。

 そうしてすぐに相手の位置を掴むと、地を這うかのような低い姿勢で駆け出し、きょろきょろとあたりを見回していた生徒の鳩尾を、魔導石が組み込まれている長剣の柄の部分で思いっきり殴りつけた。

 「なん、だと……。セリナさんならまだしも……普通組の、雑魚にやられるなんて……」

 選抜組の生徒は心底悔しそうにそう呟くと、力なく土の地面に倒れ伏していった。


 「……しょ、勝者、セリナ・アルトペア」

 審判を務めていた先生は、少し言葉を濁しながら試合終了の合図を出した。

 先生の認識では、セリナ ≫ 選抜組 ≫ アルトの構図が成り立っている。

 なので普通組のアルトが、しかも今まで実力のじの字も出ないような脆弱な生徒が、いきなり選抜組相手に勝ちを修めるようになったのだから、驚きを隠せないのだ。

 しかしアルトは先生が試合終了の合図を出したことには全く気づかず、苦渋に満ちた眼差しを自分の足下で気絶している生徒に向ける。

 

 ――――その際、遥か昔に言われた言葉が、突如鮮明になって思い起こされた。


 『君からは大いなる才能と並々ならぬ力を感じる。この調子で行けば、君は多くの人々を救う英雄にだってなれるだろう。

 ……だが、決して忘れてはいけないよ。君の力が他人との間に確執を生むことを。そして全の為に戦う事が、必ずしも正しい道だとは限らないということに……』

 

 (……本当にそのとうりだ。僕の力は周囲の人間に破滅を招く。そして僕は剣を捨てて、普通の生活を送ると誓った。

 それなのに……どうして今の僕は、自分の考えと矛盾したことをやってるんだ?)

 

 出来うる事なら面倒ごとには巻き込まれず、一生剣を捨てたまま、平和で平凡な時を過ごしたい。

 でも選抜組との訓練を適当にやって、セリナの足を引っ張りたくない。

 ふたつの意見がアルトの中でぱっくりと割れ、ああだこうだと、頭の中で好き勝手な主張を始める。そしてそのせいで、コーヒーと紅茶をミックスさせた物を、直接飲み下したような不快感に見舞われた。

 (ああ~もうっ! いろいろと考えすぎてもやもやして、本当に嫌になっちゃうなぁ)

 「アルト、お疲れ様」

 とここで後ろから声が掛かって我に返ると、アルトは振り返る。アルトの後ろには大輪の花のような笑顔を浮かべたセリナの姿が。

 (……まったく。どうして僕がまともに戦っただけで、そんなに嬉しそうにするんだか……。

 ――――はっ! いけないっ! またナチュラルに考えごとをしてた! ……考え出したら止まらないから、もうやめよう)

 自分の頭が熱を出さない内にアルトはそう判断する。

 そしてセリナがアルトに明るく微笑みかけたことで、凄まじい殺気がアルトに集中していたのだが、それにも気づかずに、ふたりはフィールドの後方へと下がっていった。


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