悩みと戸惑い
自分の隣を歩くセリナを、アルトは何処か浮かない気持ちで見つめていた。
思い出すのはこの間の出来事である。
アルトはセリナの熱意に負けて、禁断の過去を話す決意を固めた。
しかしそれはあくまでも魔導剣士をやめた理由だけを話そうと思っていたのであって、決してそれ以上のことを話すつもりなどなかったのだ。
だが、結局はセリナに余計なことを話したばかりか、心の奥底に閉まっていた思いを全てぶちまけ、あろうことか彼女に泣きついて醜態をさらしてしまった。
あの後どれだけ気まずい思いをしたことか。
アルトはセリナに気づかれないようにこっそりとため息を零す。
セリナは優しくてお人好しなのだ。
そんな人にあんなことを言って、僕は彼女の同情でも誘っていたのか?
僕はもう誰とも深く関わらないとあの時誓ったのに?
……つまり僕はそういう奴なんだよセリナ。卑怯者で、愚かな道化師なんだよ僕は。
そんな自己嫌悪に陥っていたアルトの気持ちを察したのか、セリナは頬を膨らませ、形の良い眉を吊り上げた。
「もうっ。私の顔を見ていったいなんて顔をしているのよ。……ひょっとしてアルト。私がこの前インタビューを受けて、セント新聞に載せちゃった台詞にまだ怒っているの?」
セント新聞に載せちゃった台詞とセリナが言ったところで、ぴくりと肩を揺らす。そして今まで抱いていた自己嫌悪などすっかり忘れて、その勢いでセリナを怒鳴った。
「あたりまえだろう! いったいどうして僕の台詞なんかを新聞に載せたんだ! っていうかどうして君が僕の台詞を覚えているんだ!
そのせいで僕は自分の言った台詞に悶えるっていう変な体験をすることになったんだぞ! 現在進行形で!」
「だって仕方ないじゃない。私が本当にあいつらをやっつけたわけじゃないんだから、急にインタビューを受けて簡単に他の台詞が出てくるわけないでしょ。
それと私、アルトの言った事なら一字一句余すことなく全部覚えていて、暗唱することだって出来るわ」
「……へー例えばどんな」
アルトは少し怖くなって恐る恐る尋ねてみる。
セリナはこほんと軽く咳払いをすると、アルトの口調を真似て、少し低い声で喋り始めた。
「それで、もし君がこんな自分勝手な奴とまだ組む気があるのなら僕は何も言わない。僕は喜んで君をパートナーとして受け入れるよ」
――――うわっ。本当に覚えていたよ! しかもそんな恥ずかしいところを!
セリナに余計な事を言うのは絶っ対にやめようと思った瞬間だった。
「……ほら、なかなか凄いでしょ私」
恥ずかしさで悶えているアルトの傍らで、セリナは得意げにふふんと笑う。
「そんなこと全然自慢にならないよ! ……ていうかセリナ、絶対に反省してないでしょ」
「何言ってるのよ。アルトが私に言わせたんじゃない」
セリナがつんっと澄ました顔をする。
とここでセントクレアの街中を歩いていたアルト達は練武場に到着した。そしてふたりは大きなという形容すらも陳腐な表現になってくる、巨大な玄関口から中へと入っていった。
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「ねぇ、どうしてアルトは最近、真面目に訓練を受ける気になったの?」
土のフィールドで対戦者である選抜組の生徒と相対し、今にも試合が始まろうとしているところで、隣にいるセリナがそう問いかけて来た。
アルトが振り向くと、セリナはなおも続けた。
「と言ってもあくまで前よりは、なんだけどね。でもアルトは面倒事は嫌なんでしょ。特に自分の力を使うことが。それなのに……ねぇ、どうして?」
このタイミングでそれを聞く?
これから試合が始まるっていうのに。
……どうやらかなり余裕があるみたいだね。
人の事を棚に上げて、アルトはにっこりと笑ってみせる。
「どうしてって……、少し気が変わったっていう答えじゃだめ?」
「だめ」
空白の間が一切無しの即答に、アルトは苦笑した。そして降参と言わんばかりに両手を軽く挙げる。
「だってしょうがないじゃないか。僕が負け続けたせいでパートナーである君の成績が落ちて、後で行く宛が無くなりましたって言われてもどうしようもないし。そんなことで君に恨まれるのなんて、僕はごめんだから」
「そんなこと言わないわよ! ほんと失礼しちゃうわ!」
フグのように頬をぷくっと膨らませて、ぷりぷりと怒り始めるセリナ。
しかしこう言うのもおかしな話になってくるのだが、自分がどれだけ嫌味を言おうとも、いつもセリナはどこかで嬉しそうにしているのだ。
今でも怒っている表情は見せているものの、その透き通るような空色の瞳は嬉しさで彩られている。
僕に嫌味を言われてそんなに嬉しいの? と不思議に思っていると、先程言われたセリナの指摘を思い出して、アルトは心の中で自問自答をする。
(……確かにセリナの言うとおりだ。僕はいったいどうして、真面目に訓練を受けているんだろう?)
――――数年前まで、アルトは傭兵魔法剣士の中でも最高位の存在である魔導剣士だった。
ところが一年前に起きたあの出来事から、アルトは自分の力を憎むようになり、平凡で普通の生活を望むようになる。
そんなアルトにとって、立派な魔法剣士を目指すための選抜組の訓練を受ける事は、苦痛以外のなにものでもなかったのだ……最近までは。
つまり最近では自分の気持ちが変わりつつあるのだ。
選抜組との訓練である程度の成績を修めなくちゃ。そして適当に訓練を受けて全部負け続けて、セリナの足を引っ張り続けたくない。
そう思い始めている。
もちろんアルトが適当にやって負ける事もあるし、相変わらず選抜組との訓練は嫌なものでしかない。
しかしあからさまにそうは思わなくなってきている。
……いったいどうしてだろうか?
「それでは武器を抜いて両者は前に!」
そんな風に考え事をしていると審判である先生の声がして、アルトは我に返る。
言われたとおり腰に差してある孔雀石の長剣を引き抜くと、セリナと一緒に前へと歩み出た。
「それじゃ、今日はアルトが前衛をお願い。」
「今日はって、いつも僕が前衛じゃないか」
「男の子なら細かいことは気にしない。さっ始まるわよ」
「うわっ、超理不尽」
アルトがそうぼやくと、そこで試合開始の合図がして、アルトとセリナはそれぞれの剣を構えた。




