出来事は突然に 2
アルトとケイトが綺麗に舗装された白い石造りの道を歩いていくと、そこは既に人でごったがえしに溢れていた。
「うわ~すごい人の量だね」
「……うんそうだね。これはどうやら、上級生まで見に来ているね」
この広場はとても広いため普通はどれだけ人がたくさん集まってもそれなりの空間が空く筈なのだが、今は自分のパートナーを確認するために集まった二年生と、野次馬と化した上級生の存在があったため、この広場は人でいっぱいに埋め尽くされていた。
早い話がどこをどう進めばいいのか全く分からない。
しかしそこでちょうどよく人の流れが変わリ始めると、前の人の波が一時的にではあるがさっと開けた。
「すいませーん。そこを通してください」
「お願いします。通してください」
アルトとケイトはそのチャンスを逃さず、人の波を掻き分けながら前へと進んでいく。
しばらく押したり押されたりを繰り返していると、やがて広場の一番奥にある木製の掲示板へとふたりはたどり着いた。そこには白い大きな紙が貼られていて、その周囲をぐるりと生徒達が取り囲み、皆一様にはしゃいでいるのが見えた。
「ラッキィィィーーーー!! 俺、基礎魔法学校時代からの友達の、エイトと一緒だァァ!! 初対面の奴とじゃなくってよかったぜェェ!!」
「いやぁぁぁーーーー!! わたしきもい奴と一緒じゃん、マジ最悪!! ……ねぇマーナ、私と変わってもらえない?」
「いやよ!! 私、カイ君とせっかく一緒になれたんだもの。変わるなんてとんでもない!!」
「おいっ!! なんで僕があんなブスと一緒なんだ。僕はブス專じゃないんだぞ!!」
(……みんな言いたい放題言ってるなぁ)
時に激しく体全体を使って喜びを表現する者や、顔をこれでもかというぐらいにしかめて思いっきり相手を罵る者、声にならない声を上げて卒倒する者を見てアルトとケイトは苦笑した。
これで人生が決まるわけじゃないんだから、そんな過度なリアクションしなくても……
そんなドライな意見を抱きながらケイトを連れて掲示板の前に立つと、そこに書いてあるはずの自分の名前を探し始めた。
(え~っと、アルトアルトはっと……。――――っ!? は!? えっ!? ど、どうしてなんだ!?)
神様の陰謀!? それとも仕事に疲れて先生が血迷った!?
ひどく混乱しながら、きっと自分の見間違いだと思って自分と相手のパートナーの名前を何度も何度も確認する。だが何度見てもそれが自分の見間違いではないということが分かっただけだった。
「うーんと……あっ私はレイ君と一緒かぁ。よかったぁ知っている人で。……ねぇねぇアルト君は?」
そして何も知らないケイトの明るい声が耳に届かないほど、アルトは呆けてしまう。
ありえない、これからどうしようという言葉を、ずっと頭の中で繰り返していた。
~~~~~☆~~~~~☆~~~~~☆~~~~~
セントクレア魔法学校の学生寮は多くの棟数が存在する。学生寮自体はセントクレア魔法学校の敷地内にはなく、綺麗に整えられた石造りの街の中に建てられているのだ。よって外観や中身はそれぞれ各学生寮ごとで違ってくるのだが、ひとつだけどの学生寮にも当てはまる共通点がある。どの学生寮の廊下も暗くて長いことだ。
そんなあるひとつの学生寮の廊下を、アルトは荷物を両手にてくてくと歩いていた。
(う~~ん。まさか僕のパートナーがあのセリナさんだったなんてね)
天井では魔法が付与されたガラス細工の照明がジジジと鈍い光を放っている。なんだかんだしているうちに日がすっかり暮れてしまっていたため足元がかなり暗い。下に敷かれている赤くて長い絨毯に足をとられないよう注意をしつつ、アルトは自分のパートナーになってしまったセリナについて思い出し始めた。
アルトはセリナとまだ一度も面識が無かった。しかし彼女の存在や噂だけはアルトの耳にも入っている。
セリナは入学時に一年生が行った実力試験で優秀な成績を修めたことにより、強い魔法剣士であると学校から認められたエリート集団。すなわち選抜組のひとりなのだ。
そしてさらに彼女はこの学校の中でもより凄い剣や魔法の才能の持ち主達が集まる、生徒会の副会長でもある。
魔法剣士とは魔法や武術、剣などを本格的に扱う者のことで、騎士団やギルドなどに身を置き、人を襲う魔物の退治をすることが主な仕事内容である。
……しかしもし仮に戦争が起きてしまえば、真っ先に前線に投入されるのもまた、彼等魔法剣士達なのだが。
しかしそんなシビアな事実に反して、魔法剣士という職業はどの国や都市を覗いてみても人気がとても高い。
さらに騎士団に入ることができれば俸給も高くなるので、一般人とそう大差がない普通組の人達でも魔法剣士の道を目指している者がとても多いのだ。
そんなわけで、セリナは『天才魔法少女』と校内で噂されるほどの魔法剣士なのだが、彼女が噂されているのはなにも強さに限ったことではない。
その類まれな美貌で、この学校のアイドルの一人として密かに噂されていることも含まれる。
もちろんアルトはまだセリナに会ったことがないので、噂の彼女が一体どんな容姿なのか想像もつかないのだが、色んな人達の話によると……
『あっ? セリナちゃんについて教えてくれ? そうだなぁ……一言で言えば可ぁ愛いくて美人だよなぁ~。少し不機嫌そうでつれない所とかまたなんともこう男心をくすぐるというか……いわゆるツンデレって奴?』
『…………「馬鹿っ!」て言われたい女性と彼女にしたい女性ナンバーワンの女王様だ』
『き、貴様は……っ! セリナ様のパートナーになった女顔の男だな……っ! 貴様に話すことなど何も無いっ! 我等の女神はお前なんかに絶対に渡さないぞぉぉぉぉーーー!』
……などと、こんな恥ずかしいことを平然と言ってのけていた人達を信じるのなら、彼女は相当の美人ということなのだろう、多分。
ていうか後の二つはいったい何!? 彼らの頭の中では彼女の認識はいったいどうなってるの!?
しかし、アルトが気にしているのは彼女の容姿や強さではなかった。
セリナ達選抜組はそれなりに実戦で戦えるほどの優秀な魔法剣士しかいないのだ。よって普通組のアルト達とは授業のカリキュラムがだいぶ変わってきてしまい、魔法の訓練や座学も魔法剣士向けになっていて、だいぶきついものになっている。
するとどうだろう。セリナのパートナーになってしまったアルトは座学は抜きにしても、他は必然的に選抜組と同じことをしなければならなくなってしまったのだ。
なにせこれからの訓練はパートナーと二人一組で行うのであって。
普通の生活を送る事を心から願っている者にとって、これほど面倒なことはないだろう。
「あ~あ。こんなことになるって知っていたら、わざわざこんなところには来なかったのになぁ」
重い荷物を両手でぶらぶらと振り回しながらアルトはひとり愚痴る。しかしそこでふと疑問に思ったことがあって足を止めた。
(……おかしいな。僕が聞いた話によると選抜組と普通組とが組むことはまずなかったらしいのに。しかも相手は生徒会副会長。)
創立してから千年以上もの歴史があると謳っているこのセントクレア魔法学校でも、選抜組と普通組がパートナーを組むことなどまずなかったことらしい。なぜならば普通組と選抜組との力の差が歴然としているからだ。
まあそれでも魔法や武芸の成長には個人差があるので、二年生になる頃までに強くなっていたりして、選抜組とほぼ同じくらいの実力を持った人達もいるにはいるが、それにしたってかなりの少数派である。
にもかかわらず自分は選抜組のセリナとパートナーを組まされている。とりわけ目立った成績を修めているわけでもないのにだ。おまけに彼女は生徒会の副会長。どう考えてもこの決定は不自然である。
(……これはひょっとしたらシリウスが一枚絡んでるのかもしれないな)
だとしたらアルトはすぐにでも入学時に支給された武器を片手に校長室に乗り込んでいき、シリウスを脅してセリナと組むことをやめさせる心積もりである。
しかしシリウスがこんな先の見える意味の無いことをするのだろうか? 理由も無しに?
さらに将来のことはあまり考えていない自分は放っておくことにして、選抜組であるセリナはこのセントクレア魔法学校の成績や活動状況によって、今後の進路がおおきく左右されてくる。生徒会に入っている分、周囲からの期待はとても大きいはずだ。
そんな彼女にとって普通組の、とりわけ目立った成績を修めていない自分と組ませるという、この人選はちょっと酷すぎる。
親の立場になって考えてみても、こんな奴と自分の子供を組ませたくないと思うのが人情だろう。
少なくともシリウスは自分の独断と偏見で期待の芽を潰して、この学校の評判を下げるようなまねはしない。
生徒第一に考える人なので自分とセリナを組ませることに必ず難色を示すはず。
だがそれでも自分はセリナとパートナーを組まされている。何かがおかしい……
(シリウスは他に何か理由があって、彼女と僕を組ませたのか? じゃあ一体何故――――?)
アルトは徐々に不信感を覚え始めたが、今はとりあえずそのことを忘れることにして、またふたたび歩き始める。
すると今度は代わりに、まだ会ったことのないセリナへの罪悪感が、ふつふつとアルトの心の奥底からこみ上げてきた。
(……しかし、僕と一緒になってほんとにセリナさんには悪い事になっちゃうな)
しかしどれだけ罪悪感を感じていても、やめる気などアルトにはさらさらない。
自分をごまかして普通に生きていく事と決めたのだから。
それに僕と組んでいてあまりにも酷くなるようなら、セリナも周りの人も僕を見限って、本来なら許されないパートナー変更も特別に許してもらえるかもしれない。そうなれば彼女の問題も僕の問題も全て万事解決だ――――。
本当にそうなればいいのにと思いながら荷物を両手にしばらく歩いていると、やがて掲示板で確認した部屋の番号が書かれている、金属製のプレートが視界に飛び込んできた。そこでアルトは足を止めると、小さなドアの前で少しの間立ち尽くす。
なぜかそのドアがやたらと大きく、すごく重たいもののように感じられたのだ。
新しい環境になるせいか、他人と深く関わりあう事を望まぬのに他人と一緒の部屋で住むことになってしまったせいか、それとも一応女の子と一緒に生活するハメになってしまったせいか、少しおおげさに心臓がアルトの胸を叩く。
そして普通組の人が着る黒を基調とした制服の上から少しの間だけ胸を手で押さえて、軽く深呼吸をすると、アルトは金属製のドアノブをがちゃりと回した。
(よくある話ではここで女の子が着替え中とかあったりするけど、さすがにそれはないよね)
そう思って各部屋に備え付けのチャイムを鳴らさなかったのがアルトの間違いだった。
アルトが緊張したまま部屋のなかに入ると、自分のすぐ目の前に広がっている広い部屋の中で、選抜組の証である白を基調としたその制服から普段着に着替えようとしていたのか、普段着の着替えを手に上も下も下着姿のままのセリナが、アルトの視界に飛び込んできた――――
アルトは固まる。セリナも固まる。
思考が完全にどこかへと飛んでしまい、アルトはどうしたらいいのか全く分からぬまま、蝋人形のように体を動かせずにいた。
――――数秒後、セリナがまず我に返ると、その白い顔を一瞬で真っ赤に染め上げる。
そうして体をひねって自身の体を隠すと、この不埒な不届き物を排除すべく、凄まじい大音響で叫んだ。
「きゃぁぁぁぁぁぁぁ!! 早く出てってよ、このばかぁぁぁぁぁぁぁ!!」
「――――ごっごめんっ!! 悪気は無かったんだっ!!」
セリナの、隣の部屋どころかもうこの学生寮中の全ての部屋にまで聞こえたんじゃないかっていうぐらいの甲高い叫び声で、アルトの停止していた思考がようやく戻り始めてきた。
顔がものすごい勢いで熱くなっていくのを肌で感じながら、手で顔を隠し必死になって苦し紛れの弁解をし始める
しかしセリナは目を怒らせ眉を吊り上げると、片手をアルトに向けて突き出してきた。
「だから!! さっさと出てってよ!! この変態っ!!」
途端、セリナの手から紫色に発光する魔法陣(術式)が展開される。
詠唱もなしにその紫色の魔法陣がちかっと光ると、次の瞬間にはアルトに向かって眩い限りの光の束が放出された。
勿論そんな至近距離で放たれた魔法を動揺したアルトが避けきれるはずも無く、もろに直撃して、開け放たれた玄関口から後ろの石壁へと吹き飛ばされていった。
(なんでこんなお約束的な出来事が現実世界で起きるんだよ! ていうかそんな所で着替えをしないでよ!)
飛ばされながら呑気にそんなことを心の中で愚痴っていると、やがて廊下の壁にしたたかに頭をぶつけて、アルトは意識を手放してしまった。