憧れのあの人は恋敵!?
「そういえば聞いたぞアルト。最近のおまえ、訓練で選抜組の連中相手にいい勝負をしてるそうじゃねぇか。魔法剣士志望じゃねぇのになかなかやるなぁ」
がやがやとうるさい廊下を三人で歩きながらレイが少し感心した様子で話を振ると、アルトは少しバツの悪そうな顔をした。しかしそれも一瞬だけのことですぐに謙遜した笑みを浮かべる。
「そんなことないよ。ほんのたまぁに勝つことがあるだけなんだ」
「でも勝つことができるんだろう」
「それは僕というよりはむしろセリナのおかげじゃないかな。セリナってほら、ほんとになんでもできちゃうから。攻撃だけじゃなくて、援護とか防御とかも簡単にしちゃうんだよね。だから普通組の僕でも選抜組の人に勝てる時がたまにあるんだよ」
「そっかぁ。でも俺にしてみればそれでも十分すげぇと思うけど……って、お前いったいいつからセリナさんのこと呼び捨てにするようになったんだよ。俺たちには君づけなのによ」
レイは歩いていた足を止めると、こいつ怪しいぞっというような目つきでアルトを眺めた。
言われてみれば確かにその通りだ。アルト君はいつでも私達にはさん付け、君付けをしている。でもセリナ様にはさん付けをしていない。
いったいどうしてなんだろう……
漠然とした不安に駆られたケイトはアルトの顔を覗き込んだ。それこそひとつの心情の機微も逃さないつもりで。
いっぽうふたりの視線を一身に受け止めることになったアルトは、自分が墓穴を掘った事に気づくと、少し慌てたように口を開いた。
「え、え~とぉ、セリナとは色々あったし……な、なんとなく、かな?」
穴が空くほどアルトの顔を見ていたケイトは、その表情から自分が危惧したものじゃないなと判断して、ほっとちいさな息を吐いた。
――――よかったぁ。もしこれでアルト君がセリナ様とできていたら、それこそ私暫くは立ち直れそうにないもん。
しかしそう思ったのはケイトだけでレイは違った。アルトの曖昧な回答を聞くと、ケイトと同じ鶯色の瞳をギュピィィィィンと怪しく光らせた。
「おいおい。セリナさんと一体なにがあったっていうんだよ。もしかしてあっちのことか、もしもしなくてもあっちのことか」
「ち、ちがうよ。それはレイ君の誤解だよ。僕はセリナとはなんにもないよ」
「またまたぁ。そんなこと言っちゃってぇ。怪しいやつはいつもそういう風に言うんだよアルト君」
レイは片手でアルトの細い肩をぽんっと叩いた。
「だから、ほんとに違うんだって!」
いつになくアルトはムキになって反論する。
そしてそんなアルトを見ているうちに今まで感じていた安堵がどこかへと消え失せてしまい、黒い感情がケイトを支配していった。
え……さっきまで違うんだって思っていたけど、やっぱりアルト君ってセリナ様と……
そう思っただけでどんどん気持ちが下降線を辿り始め、ついでに心臓が石のように重くなり息苦しくなってくる。そして哀しみに彩られたケイトの鶯色の瞳が徐々に潤みだし、この場で少し泣き出しそうになった時だった。
「あらアルト? それと……隣にいるのはひょっとしてお友達かしら?」
なんとこのタイミングで御本人と鉢合わせたケイト達。噂をすればなんとやらというのはまさしくこのことである。
セリナが現れたことで話が中断され、アルトはほっと肩を撫で下ろした。
いっぽうケイトは尊敬してやまないセリナが急に現れたことで、心の内を覆っていた暗雲が何処かへと消えうせてしまい、目の前にいるセリナを穴が空くほど凝視した。
腰にまで流れる艶やかな栗色の髪。その目は少し吊りあがってはいるものの、険悪さをまるで感じさせず、その中に存在する空色の瞳は宝石のように綺麗だ。
着ている服装と体型に目を向けると、体型はスラリとした八頭身。余分な贅肉など見ただけで皆無だと分かってしまう一方、出ているところはしっかり出ている。……羨ましすぎます。
服装はというと、もちろん選抜組の証である白い制服に、紅色のネクタイ。薄手の桃色のミニスカートに白いブーツ。そしてその前髪には白い花をあしらった髪留めが光っていて、セリナの美しさをより一層際立てていた。
あぁ、ほんとにセリナ様は綺麗だなぁ。きっと私なんかが何度生まれ変わっても、到底セリナ様には及ばないんだろうなぁ。
ケイトはセリナが恋のライバル(自分が一方的にそう思っているだけ)だという事も忘れ、例のごとく憧れと羨望の眼差しでセリナを見つめる。
するとその背後から、自分と同じ普通組の制服に身を包んだ金髪の少女? 幼女? がひょっこりと顔を出した。
「お~い。かっっわいくて綺麗なセリナちゃんに見とれる気持ちはよぉぉぉく分かるんだけど、ワタシのほうにもそろそろ気づいてほしいかなぁなんて……」
「うぉぉぉぉい、後ろにいたのかよ! 正直小さすぎて分からなかったぜ!」
セリナの背後にいた金髪の少女にケイトが驚いていると、レイが大げさに仰け反って声を上げた。
「ちょっとぉ! それいったいどういう意味ぃ! ひょっとしてあんた、ワタシが幼児体型でつるぺたで、ロリコンにしか受けない負け組みの人間って言いたいわけぇ!」
金髪の少女は目くじらを立てながらレイを怒鳴る。
「そこまで言ってねぇし! ていうか俺の言ったことからそこまで連想するってことは、自分でも薄々はそうだという自覚があるんじゃねぇのか」
金髪の少女に負けじとレイは反論した。しかしレイはまったく気づいていないようだった。自分がとても危険な発言をしたことに。
ケイトはレイにこの事を知らせたくて、わたわたと慌てたように手を振ったが後の祭りだった。金髪の少女は怒りで肩をわなわなと震わせると、レイに勢いよく掴みかかっていった。
「おいっこの鶏頭! あんまり舐めたことを言ってると痛い目にあわせるよ! ……ここにいるセリナが」
そしてどこぞのチンピラのような低い、ドスの効いた口調を真似ながら、なんともまぁ他人任せの発言をした。
――――あ、あなたがするんじゃないんですかっ。
思わずケイトはずっこけてしまった。
「ちょ、ちょっと、何そんな勝手なことを言ってるのよミシェル。ほら、少し落ち着いて」
今までアルトと揃って苦笑していたセリナだったが、ミシェルなる金髪の少女に歩み寄っていくと、レイの上着の裾を掴み、凄みを利かせて睨みつけている彼女を引き剥がす。
それを傍目で見ていると、セリナとミシェルの身長差が有り過ぎるせいか、子どもをなだめる母親の構図がケイトの頭の中に浮かんだ。
ミシェルはセリナに引き剥がされながら、ぷくぅぅぅっとその小さい頬を膨らませると、怒りの矛先をセリナに向けた。
「ふんだ! どうせセリナにはワタシの気持ちなんて分からないよ! ひとりだけそんなに大きく育ちゃって……う、羨ましくなんか、ないんだからねっ!」
「いったい何の話をしているのよ!」
セリナは林檎のように真っ赤になって叫ぶ。
そしてセリナはミシェルを叱りつけ、ミシェルはレイのせいにしたことで三人同士による、人の往来での口喧嘩が始まってしまった。
ケイトはそれらをあたふたとしながら見守る反面、心の中では自分の抱いていたイメージと少し違う目の前のセリナに驚きを隠せなかった。
とここで今まで傍観者でいたアルトが、苦笑いをしながらみんなを止めにいく。
「ほらほら、みんな喧嘩しないで。通行する人達の迷惑になってるよ。とりあえずセリナとミシェルはふたりに自己紹介をしよう」
そしてそう無理矢理話を繋げて、三人の言い争いを止めた。
セリナとミシェルはこほんとわざとらしく咳払いをすると、自分の自己紹介を始めた。
「……えっと、ふたりはもう私の事知っているかもしれないけど、セリナ・ソル・フィオフュシアです」
「ミシェル・ハイドラントだよぉ。ワタシの事はあんまり知られていないんだけどぉ、セリナとは同じ生徒会のメンバーで~す!」
えっ!? 生徒会メンバーだったんですか!?
ケイトは仰天して、開いた口が塞がらなかった。
生徒会とは、剣や魔法の才能がこの学校の中で群を抜いて優れている人が入る場所である。当然生徒会に入ることはとても厳しくて難しい。にもかかわらず、このミシェルという普通組の少女はその生徒会に所属している。いったいどんな理由でだろう?
「俺の名前はレイ・ガートラート。ここにいるケイトとはパートナーだ」
ケイトが頭の中で考え事をしていると、レイは簡単に自分の自己紹介を始めてケイトを指差した。我に返ったケイトは、あわあわしながら一歩前へ足を運ぶ。
「わ、わたしの名前はケイト・フェルメリアスです。よ、よろしくお願いします」
憧れのセリナを前に緊張した面持ちで喋ると、そのセリナが穏やかに微笑みながらケイトに手を差し伸ベてきた。
あ、どどど、どうしよう。
少し混乱して手を上下に移動させていると、セリナが有無を言わせずケイトの手を取った。
「気持ちは分かるけど、私と同い年なんだから緊張しなくてもいいわよ。それに私はアルトのパートナーだからこれからも時々会う機会があると思うし。だからその時はよろしくね」
優しいその口調に、思わずケイトは胸が熱くなった。
セリナ様って少し近寄りづらいイメージがあったけど、全然そんな事ない。とっても優しい。
セリナへの好感度がぐぐっと右肩上がりに上昇した瞬間だった。
「そういえば、セリナとミシェルはいったい何をしているの?」
アルトがセリナに話を振る。
「何をしているのって……これから選抜組の訓練を行う練武場に向かうところだったのよ。ミシェルは違うけど。……ひょっとしてアルト、訓練があることを忘れていたわね」
「……そ、そんなことないよ。それじゃレイ君とケイトさん。僕はこれからセリナと一緒に練武場に行くからこれで失礼するね」
「そっか。じゃあなアルト。訓練頑張れよ」
「ア、アルト君。ま、またね。あとセリナ様とミシェルさんも」
「ええ。これからよろしくね」
「よろしく~。……じゃあな! 鶏頭!」
「だ・か・ら! 俺は鶏じゃねぇぇぇぇぇぇ!」
レイの叫び声を合図に、みんなそれぞれの目的地へと足を運んでいく。しかし歩いている途中で少し気になって、ケイトはふと後ろを振り返った。
アルトは隣を歩くセリナの横顔を見て、なにやらとても難しい顔をしている。そしてケイトはその理由を一瞬で思いついた。
ま、まさかアルト君ってセリナ様の事を……
そ、そんなわけないよね!
不安はすぐに消えそうにはなかった。