番外編 勇気の証明2
ミシェルとセリナが友達同士になってから少し経って、今ふたりはミシェルの部屋でたわいのない話をしていた。
「……それでね、王族のセリナと仲良くなったって言った時のおじいちゃんのあの顔! 皺くちゃのアホウ鳥みたいな顔していたんだよ! あれをセリナに是非見せてあげたかったなぁ~」
ミシェルがその時の光景を思い浮かべながら笑うと、セリナも肩をふるふると震わせて笑い始めた。
「だ、駄目よミシェル笑っちゃ! ミシェルのおじいさんに悪いわ!」
「とかなんとか言いながらセリナも笑っているくせにぃ」
「だ、だってミシェルのおじいさんってあの背が低くて、頭がつるつるで、少し怖い人でしょ。そんな人がミシェルの言っていたような顔をしていたんだって想像したら面白くって……」
「いいんだよ好きなだけ笑ってあげれば、そのほうがきっとおじいちゃんも喜ぶと思うよ。だってセリナを始めて見た時、おじいちゃん言っていたじゃん。『もしわしがもっと若くて、死んだばあさんがいなけりゃ、きっと夜も眠れないぐらいおまえさんに時めいていたと思うなぁ』って」
「そ、そのことを思い出させないで~」
顔を赤くして恥ずかしがるセリナに、ミシェルはもう一度笑った。
ミシェルがセリナと知り合ってからまだ日も浅いのだが、ふたりはすっかり打ち解けていて、こうしてセリナを自分の家に招待するようにまでなっていた。きっとセリナとは波長が上手く合ったんだと思う。
友達なんていままでほとんど家に呼んだことが無かったのに変なの。と思いながらミシェルは次の話題を考え始める。すると急にセリナは笑うのをやめると、顔を引き締め真剣な表情になった。
「……ミシェル。実はね、今度私……魔物討伐に参加する事になったの」
そのセリナの告白にびっくりして、ミシェルは考える事をやめるとばっと顔を上げた。
「えぇ!? それってほんとう!? だって確か騎士団に入った人間か、傭兵か、もしくは魔法学校を卒業した者じゃなきゃ魔物討伐には参加できないって、魔法都市連合だかなんだかで決められていなかったっけ?」
「そうなんだけど……私は特別に国王様から許可してもらったの。その許可証もほら……」
セリナは服のポケットから茶色い紙を取り出すと、それをミシェルに見せる。
ミシェルはそれをざっと見て、あぁセリナならこういったこともありえるかなぁ~と思いながらセリナに許可証を返した。
なにせセリナはいじめられっ子にもかかわらず、剣と魔法の才能が周りの子より頭三つ分くらいは抜きん出ている。よって騎士団から目をつけられていてもまったくおかしくはなかった。
「……そっか。でもどうして参加しようと思ったの? 魔物との戦いは命を落とすかもしれないのに……」
遥か昔、まだ呂律もほとんど回らないほど小さかったとき、祖父と交わしたやりとりを思い出しながらミシェルはセリナに尋ねる。
「それはねミシェル。私、嫌な自分を変えたいのよ」
「嫌な自分?」
「そう……だって私、内気で怖がりで言いたいことも言えないいじめられっこでしょ? だから魔物討伐に加わって自分に自信をつけるの。そしていつか立派な魔法剣士になって、みんなから認めてもらえればいいなぁって思ったからなの」
セリナのその言葉には生きた感情が篭っていて、ミシェルは言葉に詰まってしまう。
しかし無理に明るく笑うと、
「ならいっぱい頑張らなきゃね! ……そうだ! 今度からセリナの剣をワタシが作ってあげる!」
「え!? ミシェルが!? とても嬉しいけどミシェルが鍛えたものを使って大丈夫かしら?」
「あ! ひっど~い! こう見えてもそれなりのものは造れるようになったんだからね。とりあえず下の工房に行こっか! そこで早速色々と聞かなきゃね!」
「え? あっちょっと!」
ミシェルはベッドに座っていたセリナの手を取ると、階下の工房へと引っ張っていった。
……心の中に生じた不安と恐れを打ち消すように――――
それからまた少し経って、遂にセリナが魔物討伐隊に加わって魔物討伐に行ってしまった。
ミシェルはセリナを見送った後、正門広場でセリナの帰りを待っていたわけだが、どうしてか非常に嫌な予感がしてならない。というのもここに運ばれてくる怪我人の数が異常に多いからだ。
セリナ……大丈夫かな……
とそこでレザーアーマーを着込んだ、ローグ騎士団らしき男が正門から大慌てでこの正門広場にやってきた。
「魔獣だ! 魔物の群れの中に魔獣がいた!」
男がそう喚くと、広場に集まっていた野次馬達の何人かが悲鳴を上げる。そうして避難しないと、と思ったのか彼らは一目散に自分の家めがけて駆け出して行った。
しかしミシェルはそれをどこか虚ろな表情で眺めていた。
魔獣、魔獣、魔獣――――。
男の言ったその単語が頭の中でリフレインし、昔祖父と交わしたやりとりをミシェルに無理矢理思い起こさせた。
『ねぇ、どうして私のパパとママはいつもお家にいないの? いつもどこにおでかけしているの?』
『……ミシェルのパパとママはね、遠い所に行ってしまったんだよ』
『遠いところ?』
『そう、遠い所。……つまり、もう会えないほど遠くに行ってしまったんだよ』
哀しそうにしているおじいちゃんの声が頭に響く。
そしていつからだろう?
ワタシの両親がワタシを生んでから少し経った後に、魔獣に殺されたのを知ったのは。
そこまで考えた後、ミシェルの心中に冷たい氷柱が突き刺さったような気がした。
セリナは大丈夫なのかな? もし、ワタシのパパやママみたいに魔獣に殺されたりでもしていたら?
……そんなのワタシ、ぜったいに嫌だよぅ!!
神様お願い! ワタシの友達のセリナをどうか守ってください! セリナはワタシの大切な人なんです! 失いたくないんです! だからワタシの友達を魔獣から守って!
ミシェルは自分の知っているありとあらゆる神様に心の中で祈りを捧げる。いつしかミシェルは胸の前で固く両手を組んでいた。
どれくらいそうしていただろう。ふと正門からたくさんの人の群れがぞろぞろと並んでやってきた。言わずもがな魔物討伐隊の人達である。
ミシェルはばっと顔を上げると、正門広場に近づいてくる一団の表情を見た。
彼らの表情はとても固かった。まるでこの世の信じられぬ光景を目の当たりにしまったかのようだ。
それを見ていよいよミシェルは不安になってきた。ひょっとして魔物討伐隊は全滅しちゃったの? セリナはどうなったの? そんな考えが脳裏をよぎる。
しかしミシェルのその考えはすぐに打ち消されることになる。
「もう大丈夫です。魔物の群れと、そして皆さんもうお気づきかもしれませんが魔獣は、無事退治いたしました」
魔物討伐隊の先頭に立っていた男が大声で広場に残っていた野次馬(ミシェルを含む)に声をかけると、野次馬達が皆一斉に恐怖から解き放たれた歓声を上げた。
しかしミシェルはまだ喜ぶ気にはなれない。そうセリナの安否を確認するまでは――――。
ミシェルは互いに抱き合って喜びを分かち合う野次馬達を無視して、一人魔物討伐隊の一団に向かって駆け出していくと、遠目からセリナを探し始める。
その魔物討伐隊の人達はまるで葬式にでも出席しているような表情で、ロザンヌの中央部に建立しているゼンタ城に向けて歩き始めた。
ミシェルは必死になって探し続ける。しかしどんなに探してもその中にセリナの姿は見あたらない。
やがて列の最後尾が消え、絶望がミシェルを蝕もうとした時だった。
ふと誰もいなくなってしまった正門の方向から、綺麗な栗色の髪をした誰かが歩いてくるのが見えた。
――――遠くからでもよく分かる。あの綺麗な栗色の髪は、間違いなくセリナだ!
ミシェルは感極まって大粒の涙をぼろぼろと流すと、そのままセリナに向かって駆け出していった。
「セリナぁ! 心配したようぅ!」
そうしてセリナの華奢な体にぎゅっと抱きつく。
ミシェルに抱きつかれたセリナは顔を赤くしておろおろとする。しかしミシェルが泣いていることに気付くと、身じろぎするのをやめてそっとミシェルの頭を撫で始めた。
「ごめんねミシェル、心配かけて。それとありがとう」
「ううん、いいんだ。気にしないで」
そう言ってミシェルはぐすぐすと鼻をすすりながらセリナから離れる。そして軽く深呼吸を一回すると、
「そういえばどうして魔物討伐隊の人達はみんな浮かない顔をしてたの? せっかく魔獣を倒したんだからもっと喜んでもいいはずなんだけどなぁ」
そう尋ねると、突如セリナははじけるような笑顔を浮かべた。そして少し興奮した様子で話し始める。
「そのことなんだけどねミシェル! 私、とってもすごいものを見たのよ!」
「すごいもの?」
ミシェルが聞き返すと、セリナが頷く。
「あのね、私……天使を見たの!」
思わずミシェルはずっこけて石畳の地面に頭をぶつけそうになった。天使なんて本当にいるわけない!
しかしセリナはミシェルのその反応が見えていないのか熱心に喋り始めた。
「本当にすごかったんだから! その子の剣が白銀に光っていてね! その剣を振っただけで、白い光がばぁ~って飛び出して魔獣を切り裂いてね! あっという間に魔獣を倒しちゃったのよ! それも一人で!」
あの子とはさっきセリナが言った天使なのかな? とかセリナの目の中に綺麗なお星様が見えるよぅとか思っていたミシェルなのだが、最後の聞き捨てならない台詞を聞いてそれらがどこかへぶっ飛んでしまった。
「いぎ! ひ、一人で!?」
「そうよ。その子たったひとりで魔獣を倒しちゃったのよ!」
あ、ありえねぇ……と思った。
なにせミシェルの聞いた話では魔獣は一人で倒すものではなく、屈強な魔法剣士達をたくさん集めて少しずつ弱らせるものだと聞いている。
それをたったひとりで倒すなんて、いったいどれだけの力と才能を持ってんだよ! と思わざるをえなかった。
そしてなんとなくだが魔物討伐隊の人達が浮かない顔をしていた理由が分かった。
つまりその天使なる子にたった一人で魔獣を倒されて、魔物討伐隊の面目が丸つぶれだったからである。
「それに強くて明るくてとっても優しかったし……私もあんな風になりたいなぁ」
今まで興奮していたかと思いきや今度はうっとりとした声音でセリナは話す。心なしかその背後には大量の花びらが舞っているようにミシェルには見えた。
そしてそんなセリナに苦笑していると、唐突にセリナは声を上げた。
「あっそういえば、これからお城のほうに行かなきゃいけないことすっかり忘れてた! それじゃミシェル、また明日学校でね!」
「うん、また明日ね」
そう言ってミシェルはゼンタ城の方角に向かって走っていくセリナの背中をしばらく見つめ続けた。
ひょっとしたら、セリナを助けてくださいっていうワタシの祈りが神様に届いたのかな。その子をそこに向かわせるっていうことで……まさかね!
一瞬思った馬鹿らしい考えを打ち消して、ミシェルは自分の家に向かって歩き始めた。
~~~~~☆~~~~~☆~~~~~☆
――――翌日。
基礎魔法学校の教室で、相も変わらずミシェルは呻いていた。
(あぁ~早く授業終わらないかなぁ)
しかしそこにはネガティブな感情は一切なく、嬉しさと楽しさが滲み出ていた。
というのもセリナという友達ができたおかげで、基礎魔法学校に通う意味がミシェルにも少しだけできたのである。つまり授業と授業の合間にセリナと会って、たわいもない話をすることがミシェルの目的だ。
これでセリナと同じ教室なら言う事ないんだけどなぁと思いながら先生の話を聞き流し、その時が来るのを待っていると、先生が授業終了の声を上げる。
それを聞くや否やミシェルは立ち上がると、小走りで教室を出た。
他の話は聞き流していたくせに、自分にとって都合のいいことはしっかり聞いているミシェルである。
(セリナの教室はワタシの教室よりも遠くって大変なんだよね~)
そうしてセリナの教室に向かって大理石の廊下を小走りで走っていたときだった。
「よぅ、あの時はよくもやってくれたな」
唐突に派手な服を着た男の子五人組がミシェルの前を遮った。
「げっ! あんた達は確かあの時のいじめっこ軍団!」
ミシェルは足を止めると、大きな声を上げていじめっ子軍団もとい貴族の男の子達を指差す。
「なんだしっかり覚えていたんじゃん。だったらこれから先、俺たちがおまえに何をするか分かるんじゃねぇの?」
男の子達は妖しく笑いながらそう言うと、自分の腰に提げてある金色の長剣に手をのばした。
それを見てミシェルは一歩二歩と後ずさる
ガシッ!
「な、なに!?」
「へへ、捕まえたぜ!」
するとミシェルは唐突に後ろから現れた男の子によって押さえつけられてしまった。
どうやらこの男の子達、ミシェルが逃げる事を予想して、あらかじめミシェルの後ろのほうにもう一人の仲間を配置していたらしい。
「は、離せ! この変態!」
ミシェルは男の子の手から逃れようともがくが、いかんせん魔法剣士志望の男の子と、普通人とそう大差ない女の子の力比べである。男の子の手から逃れられるはずがなかった。
「逃げられないようにずっとそうしていろよ。とりあえず先公が来る前にこの間蹴られた顔の仕返しだけはしなきゃなぁ」
以前ミシェルに足蹴にされた男の子がミシェルを押さえつけている男の子に指示を出すと、貴族の男の子達はゆっくりとミシェルに近づいていく。
ミシェルは必死に抵抗しながら、周囲にちらほらといた子に助けを求める視線を送る。
しかし誰も関わりたくないのか視線をついっと外してしまう。
(や、やばい! ほんとにやばい! それに怖い!)
今さらながら恐怖が滝のように押し寄せてきた。
そして貴族の男の子がミシェルの目の前にまでやってくると、金色の剣をゆっくりと抜き放った。
「どうせ治癒術かけてもらえば治るんだから、とりあえずお前の鼻をこの間の俺みたいにしてやるぜ!」
男の子が剣を振り上げる。ミシェルは固く目を閉じた。
その時だった――――。
「や、やめなさい貴方達!!」
突然の叱声が大理石の廊下に響き渡って、貴族の男の子はぴたりと手を止めた。
ミシェルはいつまでも痛みが襲ってこないのと、聞き覚えのあるその声に驚いて瞼を開く。
男の子達の背後に栗色の髪を逆立て、形の良い眉を吊り上げ、明らかに怒っている表情のセリナが見えた。
その手は腰に伸びていて、セリナのためにと自分が鍛えてあげた翠玉石の細剣を今にも抜き放とうとしている。
「……おいおい。誰かと思ったら、あの臆病で泣き虫のセリナじゃねぇか。突然大きな声を出すからびっくりして手を止めちまったよ」
貴族の男の子(以前ミシェルが顔面蹴りを喰らわせた子である)はセリナの顔を見てあざ笑った。
「なんでもいいからその子を離して。その子は私の友達なの。もしその子に何かするようなら、わ、私が許さないわ」
(セ、セリナ……)
ミシェルは嬉しさで胸がいっぱいになった。
周りの子は助ける素振りを一切見せなかったのに、セリナは友達である自分のためにいじめっ子達に立ちむかおうとしている。
少し大げさかもしれないけど、セリナとの友情が本物だと分かった瞬間だった。
「あはははは! これは傑作だ! 誰が誰を許さないんだって?」
男の子達はいじめられっ子であるセリナの主張を聞いて、げらげらと高笑いを始める。
するとセリナは小言で何事かを呟いて、軽く深呼吸をした。
――――そしてここからがじつに早かった。
高笑いをしている男の子たちをセリナはきっと睨みつけ、紫色の術式を灯した右手を男の子たちに向ける。
その術式が一瞬の光を放った後、眩い限りの光の束を放出。宙に白い残光を残しながら男の子たちに向かっていき、それが見事にミシェルを押さえつけていた男の子に直撃する。
そしてセリナの不意討ちの魔法を食らった男の子は三メートル程後方に吹っ飛んだ後、大理石の床に頭をぶつけて気絶してしまった。
とここまでの一連の流れが、僅か数秒の間に起こったことである――――。
これを見て男の子達はすぐに高笑いを止めると、信じられない! と言いたげな顔でセリナを凝視した。
ようやく自由になったミシェルも口をあんぐりと開けて、片手を上げたままのセリナを見た。
セリナは唖然としている男の子たちを睨みつける。
「こ、これでようやく私が本気だって分かったでしょ。こう見えて私、いくつか詠唱を破棄できる魔法をおぼえているのよ。それに詠唱を唱える速度だって貴方達よりも速いんだから!」
「だ、だからどうしたんだよ! 人よりも魔法が得意な事を自慢したいのか! セリナのくせに生意気だぞ!」
そうして貴族の男の子達は自失状態から復帰すると、「少しぐらい才能があるからって……」とか「天才とか言われて調子に乗りやがって……」など皆口々にセリナの悪口を言い始めた。
今までのセリナならこれでひるんでいただろう。しかし今日は違った。
「私に才能がある? 馬鹿言っちゃいけないわ! この世の中には想像を遥かに超えた才能の持ち主が存在するの! そんな人を私は昨日見た。そして気付いたの! 私みたいな人を天才とは呼ばない。真の天才は昨日会ったあの子みたいな人のことだって!それこそ私に才能があるなんて言ったら、魔獣を一人で倒してくれたあの子に対して失礼よ!」
「な、なに訳の分からないことを言ってるんだ! 結局は魔物討伐に参加できた事を自慢したいだけじゃないか!」
「そう思いたければそう思えばいいわ! ミシェル! 危ないから離れてて!」
「う、うん!」
いつになく強気のセリナに気圧されながら、慌てて男の子たちから離れる。
その間にもセリナは詠唱を唱えていて、あっという間に魔法を完成させてしまうと、男の子達の足元に薄く光る魔法陣が出現した。
「ちょ、ちょっと待て! 早まるな! は、話せば分かる!」
男の子達は急に血相を変えはじめ、セリナを説得しようと試み始めた。なんだかんだでこの男の子達は、セリナの実力をちゃんと知っているのだ。
「わ、私だって、いつまでもいじめられてばかりじゃないんだからね! 『ライジング・ミスト!!』」
しかし男の子達の説得は徒労に終わり、セリナの魔法が放たれる。
大理石の廊下に男の子達の悲鳴が響いた――――
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「……まったくぅ。どうしてあいつらじゃなくて私達が罰を受けなくちゃいけないんだよぅ」
「ご、ごめんねミシェル。あなたまで巻き込んじゃって」
「いいんだよ別に。だって私達友達でしょ」
セリナに向かってにかっと笑うと、ミシェルはまた空き部屋の窓を拭き始めた。
あの後、先生が駆けつけてくる前に逃げようとしたミシェルだったのだがそれは敵わなかった。
なぜならいじめっ子たちをこらしめたセリナが、急に糸の切れた人形のようにへなへな~と地面に座り込み、立てなくなってしまったのだ。
きっとセリナもいっぱいいっぱいだったに違いない。なにせいじめられっ子がいじめっ子に立ち向かったのだから。
よってミシェル達は逃げる機会を失い、先生たちに捕まって、こうして学校中の窓を拭かされることになったのだ。
勿論魔法の使用は厳禁である。
「それにしても本当にびっくりしたよ~。セリナが急に強気になって、あの男の子たちに魔法をぶっ放すんだもん。……でもこれでいじめられっ子を卒業だね」
ミシェルが明るい口調でそう言うと、セリナは嬉しそうに頬を緩ませた。
「だとしたらそれは全部あの子のおかげよ」
「あの子?」
「昨日私を助けてくれた天使みたいな男の子。あの子が言ってくれたの。自分を変えるには “小さな勇気” さえあればいいって。私はさっきそれを試してみただけなのよ」
「ふぅ~ん、小さな勇気かぁ。いい言葉だね」
「でしょ。……他の人達はあの子のことを化け物だって言ってたけど私はそんな風には思わない。いつかあの男の子のような魔法剣士に私はなりたい」
セリナの口調はやけに力が篭っていた。しかしここでセリナの明るい笑みに影が差した。
「……でも私、せっかく危ないところを助けてもらったのに、あの子にお礼を言うことができなかったのよ。あの子。自分を怖がる人たちを見て、寂しそうな顔をするとすぐに帰っちゃったから……だから、それがほんとうに……」
心残りだわ。哀しくそう呟いたセリナに、ミシェルは明るく笑いながら励ました。
「大丈夫だよセリナ。いつかまたその子に会える日がやってくるよ。そしてその時にちゃんとお礼を言えばいいんだよ」
ミシェルがそう言うと、セリナの暗い表情がぱっと華やぐ。
「そうよね。また、会えるよね」
「うんそうだよ。……あっそうだ! いじめっ子に立ち向かった今日と言う日を記念して、セリナにとびっきり可愛い装飾品を作ってあげる! それでもしいつかその子に会える日が来たら、それをつけてその子に会いなよ!」
「えっ!? で、でもつい最近この剣を造って貰ったばかりだけど……いいの?」
「いいんだよセリナ。だって私達友達でしょ」
「あ、ありがとうミシェル!」
そうしてふたりは明るく笑いあった後、再び窓を拭き始める。
もはや一点の曇りも残っていなかった。
――――後日、ミシェルは白い花をあしらった髪飾りをセリナに作ってあげた。
セリナはとても喜んだ後、それを大事に自分の家の机に閉まい込んだ。
いつかそれを着ける日が来ることを祈って――――。
そしてそれからしばらく経って、セリナとミシェルは白銀の天使ならぬ、さ迷える天使に出会う事になる――――。
余談だが、あの貴族の男の子達がセリナをいじめていた理由はセリナへの嫉妬も含まれていたのだが、一番はやはりセリナに恋をしていたからである。
そしてその男の子達がセリナと同じ学校に入ってネイグトの仲間になるわけだが、結局彼らの思いが叶わなかったことは言うまでもないことである