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告白 2

 戦争孤児だった少年は毎日を死への恐怖に怯えながら過ごしていた。当然食べることもままならなかったから、盗みを働いてなんとか飢えをしのいだり、それでもダメな時は臭いゴミを漁ってたりとかしていたなぁ。

 でも少年は幸運だった。

 少年が九歳になったある日、とある国のスラム街で、偶然で出会った若い夫婦に少年は拾われたんだ。

 その若い夫婦の夫がレオン。妻がカリンという名前だった。

 少年はとても嬉しかった。

 その若い夫婦に会うまではゴミ程度にしか人に見られていなかったし、正直あんなに優しくされたのは生まれて初めてだったから……。

 ふたりについて説明をすると、レオンは傭兵で、ここから遥か北のセイムって言う雪の振る小さな街を拠点に活動をしていて、カリンはそのレオンを支える錬金術師だったんだ。

 それでレオンはとても強くってね。もうそこんじょそこらの傭兵や騎士団の人間なんか目じゃなかったよ。

 そんなレオンに憧れたのと、戦争孤児時代に恐怖で怯えながら過ごしていた自分をどうしても変えたくて、ある日少年はレオンに剣と魔法を教えてもらえるようにお願いをしてみたんだ。

 レオンは 『おまえみたいなガキが剣と魔法を扱うなんて十年早いと思うけど、まあ物は試しだ。教えてやるよ』 とぶっきらぼうにだけどそう言ってくれた。

 でも少年は剣の腕はともかく、魔法の才能はからっきしだった。おまけに術式がうまく働かない体質だったから、レオンが教えてくれる魔法を、少年はまったくと言っていいほど扱うことができなかったんだよ

 要するに少年は落ちこぼれだったんだ。

 レオンにも 『おまえはもう魔法はあきらめろ。……なぁに。魔法が使えなくても普通に生きていくぶんには関係ないさ』 なんて言われてショックを受けて、一晩中部屋で泣いていたこともあったなぁ。

 ……でも少年はあきらめなかった。

 こうなったら自分の使えるものは全て使ってでも、レオンのように強くなってやる。そう思い始めて少年は魔粒子をそのまま扱う魔法を極めようと思ったんだ。自分が扱える魔法はそれだけだったからね。


 そしてそれが少年の運命を大きく変えることになった。


 少年はレオン達に内緒で、まずは魔粒子を自分の手足のように動かすための訓練を始めてみた。そしてその訓練をやっているうちにあることに気づいたんだ。

 自分が自然魔粒子を扱えるということと、体内魔粒子と自然魔粒子。異なるふたつの魔粒子を融合させることができるということに。

 その事実は少年にとってまさに天啓だった。

 少年は早速、魔粒子同士を融合させるための訓練を始めることにしたんだけど、始めのうちはあまりうまくいかなかった。

 ……まあ、常識外れなことをしているんだからそれは当たり前だよね。

 でも少年は何度も何度も失敗を重ねて、時には魔粒子の制御に失敗して死にかけたりしたこともあったけど、血反吐を吐くような訓練を繰り返すうちに、やがてはそれを完璧に扱えるようになっていったんだ。

 少年は早速そのことをレオンとカリンに報告した。

 ふたりは初めこそ少年の言った事を信じてはくれなかったけど、最後にはちゃんと信じてくれて、少年のことを褒めてくれた。

 少年はとても嬉しかった。

 今まで自分は大した魔法をひとつも扱う事のできない価値の無い人間だって、卑屈に思っていたからね。これでようやく認められたって思うことができたんだよ。


 そこから少年は貪欲なまでに強さを求め始めた。


 もっと認められたい。もっと褒められたい。そして少しでも憧れのレオンに近づきたい。その一心で少年は努力を重ね続けた。

 気づいたら少年は憧れだったレオンの実力を遥かに飛び超えていて、魔獣をひとりで倒せるようにまでなっていたんだよ。

 そしてそのことが魔法都市連合の耳に入って、少年は晴れて魔導剣士として認められることになった。その時に広まっていた 『白銀の天使』 という名前と共に。

 ……少年が十二の時だった。

 しかし少年は魔導剣士という称号に関しては、別段どうとも思っていなかったんだ。

 『レオンのように強く優しい魔法剣士になって、いつかあのふたりに恩返しをするんだ』 そのためだけに少年は強くなろうとしていたから、少年にとって魔導剣士はただの通過点にしか過ぎないものだったんだよ。

 

 ……だからだったのかな。この時少年が、既に大きな過ちを犯していることに、気づくことができなかったのは。


 少年が魔導剣士になってから少し経ったある日、突然レオンは大怪我を負ってしまい、一生魔法が使えない体になってしまったんだ。

 少年がどうしてそうなったのかその理由をレオンに尋ねると、レオンは 『魔物との戦闘でヘマしてこうなった』 としか言わなかった。

 少年はもうこれ以上レオンに何も聞けなかった。

 そしてそんなレオンとレオンを介抱するようになったカリンを、本気で心配するようになった少年は、ひとりで各地を廻ることにしたんだ。

 収入を得るあてがほとんどなくなってしまったふたりを、今度は自分が助ける番だと。そしてお金の無い貧しい人達のために自分の力を使おうと……そう思うようになっていった。


 そこから少年は歪み始めた。


 少年は仕事で得た巨額の大金をレオンやカリンの生活費にあてるだけじゃなく、お金の無い人達にも寄付していったんだ。

 勿論少年はすぐに英雄扱いされて、少年がお金を持って来る日を待ち望む人達が右肩上がりに増えていったよ。

 しかしそのせいで少年の稼いだお金はすぐに底をついてしまい、また稼いでは一文も無くなっての繰り返しだった。

 でもそのことに気づいた少年にできることは一つしかなかった。魔物と魔獣を倒し続けることだった。

 ……今思えば本当に安易な考えだよ。幼稚って言ってもいいのかもしれない。もっと別の、いい解決方法だって、考えればあったかもしれないのに……。

 ……話を元に戻すけど、そんな背景から少年は、常識離れの力をなりふりかまわず使うようになって、ひたすら魔物や魔獣を倒すようになったんだ。

 時に一世紀以上も前からその首に賞金がかけられていた、強力な魔獣をたったひとりで相手にしたこともあったけ。

 おかげで少年は完全に化け物扱い。

 少年が何度も死に掛けてまで稼いだお金を受け取ってくれる人は次第に少なくなっていって、やがてはひとりもいなくなってしまった。

 ……きっとみんな気づいたんだろうね。魔物や魔獣なんかよりも、そいつらをたった一人で狩り続ける少年のほうがよっぽど怖くて恐ろしい存在だっていう事に……

 

 でもそんなことにもめげずに、少年は剣を振り続けた。

 僕の力を必要とする人はまだたくさんいるに違いない。それに僕にはレオンとカリンがいる。そのふたりのために僕が頑張らなくちゃ――――

 それが皆に拒絶されてもなお、剣を振るい続ける少年の動機だった。

 しかしここでも少年は気づいていなかったんだ。

 自分の思いがただの自分勝手なエゴに過ぎないことを。そして自分の見ているもの全てが、ただの幻想だということに……。


 ある日少年が長い仕事を終え、久しぶりにレオンとカリンの元に訪れると、レオンはいきなり少年のことを罵り始めたんだ。

 『おまえはいいよなぁ、そこまで強ければさぞかし満足だろう。そして俺のことを影でいつも悪く言っているんだろう? いつでも誰にでも明るく笑っているみたいにして――――』

 少年は凍りついたようにその場に立ち尽くしてしまった。

 自分にいつも優しくしてくれたレオンが……尊敬してやまないレオンが……深い絶望に陥った目で少年を睨みつけていたんだから。

 そ、そして……レオンはこう言ったんだ。

 『お前は何も知らないだろう。俺が魔法を使えなくなった原因は魔物にやられたからじゃない。 “ひとりで” 魔獣と戦って完膚なきまでにやられたからだ!』

 そうしてレオンは、少年に毒を浴びせるように次々と自分の心のうちを明かしていった。

 自分がずっと魔導剣士になりたかったこと。

 でも自分よりも遥かに年下の少年が先に魔導剣士になってしまって、内心では快く思っていなかったこと。

 少年にできるなら自分にだってできると思って、ひとりで魔獣と戦って重症を負ってしまったこと。

 その怪我が原因で魔法を使えなくなってしまった自分を惨めに思うようになってしまったこと。

 そして今では少年のことを恨むようになったこと……。

 少年にとって初耳の話を、レオンは延々と呪詛のように喋り続けた。

 

 ……そうして一通りレオンは喋り終えると……凄絶な顔で少年のことを指差して……


 『おまえのその才能さえなければ! 俺はこんな風に惨めに思うことはなかったんだ! おまえさえ俺の前に現れなければ、俺は、俺はーーーー!!』


 そう叫んだレオンは……隠し持っていたナイフで……










 自分の喉をかき切ったんだ……。

 









 ……少年の止める暇もなく、レオンは少年への恨みの言葉を残して逝ってしまった……。

 そしてレオンの死から数日経った後で……今度はカリンが……セイムの街で一番高い建物に登ると、少年の目の前で飛び降りて逝ってしまった……


 ひとり残された少年はここでようやく気づいたんだ。


 自分の力は他人を不幸にし、人を傷つけるためのものでしかないということを……。そしてレオンが苦しんで……追い詰められていたことにすらも気付かなかった……とんでもない愚か者だということを……


 アルトは必死に落ち着いて話をしようと思ったのだが、それは叶わなかった。だんだんとその声音が激しさを増していき、無理矢理押し込んでいた感情があらわになっていく。

 「……少年は馬鹿だった。とんでもない愚か者だ。レオンが少年と比較をしてとても苦しんでいたときに、少年はただへらへらと笑いながら、自分の力を使い続けていたんだから!

 そいつさえいなければ! あんなに幸せだったふたりは死なずにすんだ! そいつさえいなければ! レオンは自分を惨めに思うことはなかったんだ! そいつが!! ふたりを殺したんだっ!!」

 「……アルト」

 「だから少年は誓ったんだ! もう二度と自分の力は使わない! 他人にもあまり深くは関わらないって! 少年は不幸を撒き散らす堕天使なんだから!  

 ……でもほんとうは少年にだって分かっているんだ! そんなことをしても何もならない。どんなに激しく後悔しても、過ぎてしまった時を元に戻したくても、レオンとカリンはもう生き返らないっていうことを!」

 「アルト!」

 「……なら少年はいったいどうすれば罪を償える? どうすればふたりに許してもらえる? 魔導剣士を辞めて、剣を捨てて、いままで培ってきたものをすべて捨てて、それでも何も変わらない。いったいどうすれば!!」

 「アルト! もういい! もういいから!」

 セリナはアルトの頭を勢いよく抱き寄せた。


 ――――温かい。


 セリナの、花の香りをさらによくしたようなふわっとしたにおいや、心地よい体温を感じて、アルトはようやく我に返った。

 そうして彼女に抱かれているとなんだか妙に落ち着いてきて、心の奥底にしまい込んだ筈の感情が一気に溢れてきて、アルトはセリナにしがみついて慟哭し始めた。


 生まれたての赤ん坊のように声を上げて泣くアルトの頭をセリナはしっかりと抱きしめる。そして自分もぽろぽろと涙を流しながら、震える声で喋り始めた。

 「……ありがとうアルト。私にこんなっ……つらいことを話してくれて。私……傷ついているあなたになんて言ってあげたらいいのか分からないけど……ただ……アルトは優しくて、お人好し過ぎるのよ……」

 セリナは壊れ物を扱うかのようにそっとアルトの頭を撫で始める。

 そんなセリナに何も言わず、アルトはただひたすらセリナの胸の中で泣き続けた。

 自分の涙が枯れてしまうまで――――


 そして今日この日、あの雪の日から被り続けていた仮面が、初めて音を立てて崩れてしまった。

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