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告白


 色とりどりに美しく咲き乱れる花の数々。きれいに舗装された赤レンガ造りの小道。前方に見える広場の噴水が見事な水のレースを作り、その横手にはそよそよと風に揺られながら、全長十メートルはあろうかという程のおおきな木が新緑の手をいっぱいに広げている。

 その緑の屋根の隙間から差し込んでくる、午後の陽光に包まれながら、アルトはひとり校舎の裏手にある大庭園のベンチに腰掛けていた。

 「……ああ、ここはいつ来てもとても気持ちがいいなぁ。やっぱりここを待ち合わせ場所にしたのは正解だね」

 陶然としたため息を吐くと、ちらりと周囲を見回す。

 周りには全くと言っていいほど人の姿がなく、あるとすれば前方の広場の花壇で老齢の庭師の人が花を手入れしている姿だけが見えている。

 ここはアルトがくつろぐための秘密スポットなのだ。……全然秘密になってはいないが。

 「ああ~このまま眠っちゃおうかな」

 そのうち眠気が襲いはじめ、アルトがあくびをひとつ噛み締めた時だった。


 ザッザッザッザッ。


 ふとこちらに近づいてくる足音と気配を感じて、アルトは振り返る。

 「シリウスどうしてここに?」

 「ほっほっほ、探したよアルト。少し君と話がしたくてね。隣、座ってもよいかの?」

 「ここで人と待ち合わせをしているから少しだけなら」

 「かまわんよ。わしもこれから会議があるから長居はせん。どれ、よっこらせっと」

 アルトが少し左にずれて作ったスペースにシリウスは腰掛けると、ふたりの間に長い沈黙が続いた。

 やがてその沈黙を破るようにシリウスがぼそっと呟く。

 「先週はお疲れじゃったのうアルト」

 「……さぁて、一体なんのことかな?」

 すっとぼけて明後日の方角を向くと、シリウスはくっくっくっと喉を鳴らしながら笑い始めた。

 一体なにがおかしいんだ?

 アルトは少しむっとするとシリウスを睨みつける。がシリウスはそんなアルトを見ても特に意に介した様子を見せず、瞳の奥をきらりと光らせた。

 「おぉ、すまんすまん。からかうつもりはなかったんじゃ。……だが、そんな風に怖い顔をしてとぼけても無駄じゃよ。わしは全て知っておる。

あの後、君達のところに駆けつけてきた警備隊の方々は事の一部始終を君達から聞いたそうじゃのう。その彼らからの報告によると、セリナ君を誘拐して淫らな行為を行おうとした生徒達は全て、誘拐されたセリナ君自身が捕まえた事になっておる。……じゃがアルト。あれは君の仕業じゃろ」

 「なんだ。やっぱり気づいていたんだ」

 「当たり前じゃ。いくら強いと評判のセリナ君でも、あれだけの数の選抜組の生徒たちを、

加えてそこにふたりの生徒会メンバーも同時に相手にして、無傷で捕らえられることなどできんよ。

 ……まあ、警備隊の方々は上手くごまかしたようじゃが」


 ああ、そのことか。

 

 その時のことを思い出しながら、アルトは苦笑した―――――


 あの後今まで隠れていた (というより無理矢理隠した) ミシェルがひょっこりと顔を出して、

 『こんなところでふたりでいちゃつくなぁ―――!』 と怒鳴られ、(そもそもなんで握手をしていただけでいちゃついていることになるんだ?) 慌てて手を離したアルトとセリナは、ミシェルと協力して気絶していた男達を紐で縛り上げることにしたのだ。

 そしてようやく全員を縛り上げたところで、これまでの騒ぎを聞きつけた警備隊の人達がアルト達のいる倉庫に駆けつけて来たのだ。

 『な……いったいどうしたんだこれは!』

 彼らは愕然とした顔で芋虫状態になっている男達を見て、セリナとミシェルを見て、次いで不審なものをみるような目でアルトを見てきた。

 この場で唯一顔の割れていない人間だったからである。

 そしてアルトは大量の冷や汗を流しながら、警備隊の人達から集まる視線を一身に受けていた。


 (や……やばい。なんとかしてごまかさないと、このままじゃ僕がこれをしたことが全部ばれちゃう。かといってこれだけの人数をセリナが一人で倒しました~なんて無理があるし。ミシェルが戦えないことはきっとみんな知っているだろうし……あぁ~どうしよう)


 警備隊の人達をどうにかごまかさないとと、アルトは一人テンパりまくる。

 その姿はさきほどまで選抜組の男達を一捻りで倒し、生徒会メンバーふたりをあっさりと倒した人間とは到底思えないほど情けないものだった。

 そんなアルトをよそにセリナが意を決して前に一歩踏み出す。そして開口一番。

 「警備隊の皆さん。この人達は私を浚って酷いことをしようとしていたんですが、私が全員捕まえました。そしてこのふたりは私を心配してここに来ただけで、今回起きた事件と何も関わりがなく、彼らがここに来たときには全てが終わっていたんです」 

 なんと大胆にも自分ひとりで片付けた説を提唱したのである。


 (えぇぇぇぇ。セリナが力を隠したい僕にわざわざ合わせてくれるのはとても嬉しいんだけど、それはちょっと無理があるんじゃ……)


 これにはアルトも渋い顔をさせられた。そしてその顔のままミシェルを見る。ミシェルもアルトと同じ気持ちなのか微妙な表情をしていた。

 セリナの返答を聞いた警備隊の人は、険しい顔のままゆっくりと唇を動かすと……

 「いやぁ~そうだったんですか! さっすがセリナさん! これだけの人数を相手にできるなんて、マジはんぱねぇっす!」


 ……はい!?


 アルトは思わずずっこけそうになった。よく見てみると、みんなうんうんとばかりに首を縦に振っているではないか。


 ――――信じたのか!? 今の話を!? どう考えたっておかしなところだらけでしょ! っていうか幾らセリナの言ってることだからってもうちょっと疑おうよ!

 

 アルトは心の中でツコッミを繰り返す。

 そんな中警備隊の人達はセリナを取り囲んで、お祭りのようにハイテンションで騒ぎ始めた。

 「これだけの数を無傷で捕まえてしまうなんて、さすが天才魔法少女の名は伊達ではないですな!」

 「あ……ありがとう」

 「お、俺魔物討伐で颯爽と魔物を退治していくセリナさんを見てファンになったんですけど、今日のこれを見て大ファンになりました! それでもしよろしければ、俺に魔法を教えてもらえませんか? あ、あと剣も!」

 「あ、ずりぃぞおまえ! ぬけがけすんなよ! ……セリナさん。ふつつか者ですが俺もよろしくお願いします!」

 「おいっ! なに気取ってやがるんだおまえは! いつもはああ~疲れた~街の警備なんてやってられるかって言ってるくせに!」

 「う、うるせぇ! おまえも同じようなことを言ってるじゃねぇか!」

 警備隊の人たちは、誰がセリナに魔法を教えてもらう、いやお前みたいなやつはだめだ、なんだとこのちんかす、などと当人のセリナを無視してぎゃあぎゃあと互いの悪口を言い合う。そして最終的には取っ組み合いの喧嘩へと発展してしまった。

 

 ――――ああ、なんて醜い争いを繰り広げているんだろう。この人達が警備隊をしていて本当に街の安全は守られているのだろうか?


 アルトは少し遠い目をしながらセリナを見る。セリナは呆れ顔で取っ組み合いを続ける警備隊の人達を眺めていた。


 ……まあ、なんだかんだで自分の秘密を守ることができたから結果オーライだよね。なんか納得がいかないんだけど。


 アルトは深いため息をひとつついた――――


 ――――とこれまでがあの夜の後に起きた一連の流れである。


 「……それにしても、僕のことを話に出されてセリナから脅されたり、肝心なときにいなかったり、シリウスはほんとに使えないよね。今回は僕がいたから大事に至らなくてよかったものの、僕がいなかったらいったいどうしていたんだよ。もうちょっとそこのところを考えるべきだ」

 「ほっほっほ、すまんのうアルト。わしも忙しい身である故、どうしてもセントクレアを離れなくてはならん時があるんじゃよ。

 ……それに勘違いしてもらっては困るのじゃが、わしはなにも君の話を引き合いに出されたからセリナ君と君を組ませたわけではない」


 え、そうなの!?


 てっきりそうだとばかり思っていたのである。するとシリウスは慈しむような視線をアルトに向けてきた。

 「君とセリナ君を組ませたのには他にもいろいろと理由があるのじゃが、一番の理由はわしもセリナ君と同じ気持ちだったからじゃ。……つまり、君がとても心配だったからじゃよ。

 じゃがわしは当初セリナ君の申し出に首を縦に振る気など毛頭もなかった。君がセリナ君と組むことを嫌がるのは火を見るよりも明らかじゃったし、セリナ君が 『もしアルトと一緒に組んでもらえなかったら、彼のことをみんなにばらすわ』 と言ったことも、その表情を見れば明らかに本気じゃないと分かっていたからのう」


 セリナはそんなことをシリウスに言ったのか!? ばれたら間違いなく退学ものだよ。


 セリナって意外と腹黒いんだね。と埒にも無いことを思った瞬間だった。

 

 「じゃがわしがセリナ君の申し出を一度断った後、セリナ君は一生懸命に何度も何度も頭を下げてきたんじゃよ。 『お願いします。アルトは私の命の恩人なんです。その彼があんなに哀しそうにしているのを私は見ていられません。何とかしてあげたいんです。彼は私を助けてくれた。だから今度は私が彼を助けてあげたいんです』 そのセリナ君の言葉を聞いて、わしは百八十度意見を変えたんじゃ。

すなわちセリナ君の申し出を受け入れようと思ったんじゃ。

 ……のうアルト。セリナ君はとても義理堅い、優しい子じゃ。君が今まで行ってきた “行為” も決して救いが無かったとは言えんのではないかの?」

 これには流石のアルトも閉口させられた。

 何か言葉を発しようとしても、唇が錆びた車輪のようにまったく動いてくれない。

 シリウスはなおも続ける。

「君が他人と深く関わることを怖がるようになったその気持ちはよく分かる。あんなことが起きてしまえば、誰がそうなってしまってもまったく不思議ではないからの。……じゃがアルト。ちょうど今のわしと君との関係もしかり、また君を心配して君の力になりたかったセリナ君もしかり、人というものは皆知らず知らずのうちに新しい関係を築いていくものなんじゃよ。それは例え魔法が使えないただの一般人であろうとも、魔法が使える者であろうとも、魔法剣士であろうとも同じ事じゃ。それを怖がって否定してはいかん」

 最後にそうしめくくったシリウスがにっこりと微笑むと、アルトは自分の履いている茶色いブーツに視線を落とした。


 とちょうどその時アルトと待ち合わせをしていたセリナが、ふたりの座っているベンチにやってきた。

 「お待たせアルト。……あれ、隣にいるのはひょっとして校長先生?」

 「ほっほっほ、こんにちわセリナ君。……そうかなるほど。アルトが待ち合わせをしている人は君だね。これからアルトとデートかい?」

 なにを言っているんだこのじいさんは。

 アルトはようやくいつもの調子に戻ると、眉間に皺をぎっちりと寄せる。いっぽうシリウスの言葉をまともに受けてしまったセリナはアルトとは対照的に顔を真っ赤にした。

 「ち、違います! 私とアルトはそんな仲じゃありません!」

 「……そうか。じゃあアルトとは上手くやっておらんのか」

 シリウスはいかにもとってつけたように、白い眉を悲しそうに下げた。

 「それも違います! 私とアルトはちゃんとした、普通の関係です!」

 むきになって反論するセリナに、シリウスは意味ありげに目をきらりと光らせた。

 「ほうほう。セリナ君の言うちゃんとした普通の関係とは、いったいどういうものを指すのかね?

普通という定義は人によって違ってくる。それこそ恋人同士が普通という人もいれば、愛人同士が普通という人も中にはいるじゃろう。……ところでセリナ君は前者と後者いったいどっちじゃ?」

 「ぁ……ぅ……」

 シリウスの一見正しいと思える無茶苦茶な理論 (だいたい例えが極端すぎるだろ!) が展開されて、セリナは返答に詰まってしまう。

 やれやれ、しょうがないなぁ。

 アルトはセリナに助け舟を出すことにした。

 「その辺でセリナをからかうのはやめなよ。いい年して自分より遥かに年下の、それも自分の生徒をいじめるなんて趣味が悪いよシリウス。……それともシリウスはそっちの方向に興味があるのかな? だったらすぐに自警団の人たちに報告しないと。ここに不審人物がいるので今すぐ拘束してくださいって」

 にっこりと笑いながらとんでもないことを言う。

 セリナは少し目を丸くしながらアルトを凝視した。

 アルトとシリウスが知人同士であるということは知っていたのだが、アルトがここまでずけずけとシリウスに物を言っていたとは知らなかったのである。

 しかしシリウスは嫌味を言われたのにもかかわらず、嬉しそうに頬を緩めると

 「いやはや手厳しい意見をどうもありがとう。しかしわしはそんな趣味はないから自警団の方々は呼ばなくてもよい。……では老いぼれはそろそろ失礼しようかの。これから会議もあるのでな」

 灰色のローブを翻して、シリウスは去っていった。

 

 「え~と。……と、とりあえず隣に座ってもいいかしら」

 「う、うんいいよ」

 シリウスが去ったことでなんとなく間が悪くなってしまったふたり。歯切れ悪くセリナがそう言ってアルトがそれを了承すると、セリナは少し控えめにアルトの隣に座った。

 沈黙が続く。

 アルトは隣に座るセリナの様子を横目でちらりと覗き見た。

 相変わらずセリナは眉を吊り上げた不機嫌そうな顔をしていた。せっかくの美人が台無しである。しかしアルトは知っている。セリナの内面はとても真っ直ぐで、純粋で、優しいものだということを。

 そして天使という異名は、自分のような歪んだ思考の持ち主にはふさわしくない。セリナにこそ真にふさわしいのではないだろうか。

 隣に座るセリナの綺麗に整った横顔を見て、心の底からそう思った。

 とその時口を閉ざしていたセリナがようやく口を開いてくれた。

 

 「そういえば前々から思ってたんだけど、アルトってみんなの前で猫被っているわよね? それとも腹黒いって言うのかしら?」


 ……やっぱり前言撤回しよう。


 「猫を被っているって……。もともと僕は普段周りの人に接しているように温厚で人畜無害な性格なんだ!それを例えば君とか、君とか、君とかが勝手に狂わせてきたんだろ。それに僕が猫を被っているなら、セリナも同じようなことを僕にしてたじゃないか」

 「そ、それは……。だって仕方ないじゃない。私ってもともと人見知りするタイプだから、人前に出るとどうしても緊張しちゃうの。それでアルトの時は 『なんとかしてあげなくちゃ』 て思って余計に緊張したから、なおさら言動とか態度とかがきつくなっちゃったのよ」

 セリナは一瞬言葉に詰まった後、あっさりと開き直る。そしていままでのセリナなら絶対にありえないことなのだが、目を嬉しそうに細めて優しく微笑んできた。

 「でも私は少し嬉しいかな。アルトが校長先生だけじゃなくて、私にも本音を言ってくれるようになったこと」

 今度はアルトが言葉に詰まってしまう番だった。

 ――――あの日以来、セリナの自分への態度がすっかり変わってしまったのである。

 アルトに対して悪口は一切言わなくなり、部屋に戻っての “座学” も廃止。積極的に話しかけてくるようにもなって、時折こうして笑いかけてもくれる。

 アルトとしてはあまりの対応の違いっぷりに戸惑いを隠せないのだが、変に気を使ってギクシャクする必要がなくなったので大変楽である。

 しかしこんな風に、セリナが自分の心の壁に触れるような発言をすることだけは勘弁してほしかった。

 決して嫌なわけではない。むしろ逆だから困ってしまうのだ。


 口をもごもごさせ、言葉に詰まっているアルトを滑稽と思ったのか、遂にセリナは破顔する。

 ……やっぱりなんか調子が狂うなぁ。

 アルトはどこか釈然としない気持ちでそれを眺めていた。

 

 「そういえばアルト、私をここに呼んでいったいどうしたの?」

 笑うのをやめたセリナは、小首をかしげながらアルトに尋ねる。

 ただアルトにここで待ち合わせと言われただけなので、アルトが何の用事で自分を呼んだのかが分からなかったからである。

 しかしアルトはその質問には答えず、雲ひとつない澄み渡った空の、遠くの一点をじっと見つめていた。やがて閉じていた唇をゆっくりと開いていく。

 「……昔、ある所にひとりの戦争孤児の少年がいました」

 「……はい?」

 セリナは素っ頓狂な声を上げる。

 「二十年前の戦争が終わっても、大陸の北部地方では民族間の闘争や紛争が今でも絶えません。そういった戦争孤児は少年以外にも吐いて捨てるほどいました」

 アルトはちゃんと私の話を聞いているのかしら? そう思ったセリナは再びアルトに声をかけようすると、

 「……いきなりで分けわかんないよね。でもセリナにはきちんと言っておいたほうがいいと思って。……天使と呼ばれたとある少年のお話」

 セリナはようやく理解した。これは “アルト自身” の話だということを。そしてこれから先、アルトが何を話そうとしているのかを。

 「セリナは聞きたい? これから面白くもなんともない無い話が延々と続くけど」

 セリナは姿勢を正すと、ゆっくりと首を縦に振る。返答は既に決まっていたことだった。

 「それじゃあ少し話し方を変えて話すね……」

 それを見たアルトは弱々しく微笑むと、淡々とした口調で語り始めた――――

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