過去を捨てた天使の戦い 3
「……ば、ばかな。せ、生徒会メンバーの俺が……普通組の……こんな弱そうな奴に、負けるなんて……」
ネイグトが悔しそうにそう呟いたのとほぼ同時に、アルトの制服の右袖部分がぼろぼろと焼け落ちる。
そしてネイグトは口から血を吐くと、どさっと地に倒れ伏した。
ネイグトの剣撃はアルトの右腕を掠っただけだった。
そしてアルトの剣撃はというと、ネイグトの腹にもろに入って、その周りの骨を砕いてみせた。
本来アルトの星霜剣は、その出力を上げた状態であれば、例え自分の使っている武器が刃引きされていようとも問答無用で人が斬れてしまう物騒な魔法である。
しかしアルトはネイグトの胴体に剣が届き、その体を真っ二つにする前に、星霜剣の出力を瞬時に弱めて威力を抑えてやったのだ。
――――さあ、後はギルトとかいう金髪の男だけだ。
そう思ってアルトは振り返る。すると大小それぞれ五つに光る白い魔法陣が明滅をしながら、アルトの周囲の足元に顕現した。
アルトは少し目を見開く。そして冷静な口調でぽつりと呟いた。
「これは……魔粒子の特殊変化術か」
「はぁーはっはっはぁ! 油断したね君! そうさ! この術で副会長もはめたんだよ!」
ギルトが勝ち誇った笑みを浮かべながら、高らかにそう叫ぶ。
その時今までずっと黙って事の成り行きを見守っていたセリナが、身を捩じらせながら声を上げた。
「アルトはやく逃げて!! その魔法は――――」
しかしセリナは透き通る空色の瞳を大きく見開いて、途中で言いかけたその言葉を切らしてしまった。
なぜならばほんの一瞬だけ、アルトがセリナに柔らかく微笑みかけたからである。
三年前ギガンテスに殺されそうになったセリナを助けたときのように。
そしてそれは “あの日” 以来、アルトが罪の意識に苛まれてしまってからは、誰に対しても見せなくなってしまったものであり、セリナがアルトに惹かれるようになった原点だった。
セリナは惚けたように静かになる。
ギルトはセリナの言葉を引き継いで一層声高に叫んだ。
「もう遅い!! 二人ともネイグトにばかり気が向いているからこんな目に会うんだ! 君もこの術の餌食になってもらうよ!!」
そして藍色に光る藍玉石のレイピアを大きく振りかぶると、倉庫の地面に突き刺す。するとアルトの周囲で明滅を繰り替えす、大小五つの白い魔法陣が一際強い光を発すると、そこから濃い灰色の霧が噴出された……
~~~~~☆~~~~~☆~~~~~☆~~~~~
濃い灰色の霧がアルトの体を埋め尽くし、倉庫内を一気に充満していく。
魔粒子を術式で睡眠毒に変換。それを大小それぞれ五つの魔法陣から地に突き刺した剣を合図に放出するというのが、この術の大まかな原理である。
そしてそれはアルトだけではなく、錠に繋がれたセリナと、今まで影でこそこそと事の成り行きを見守っていた男二人を襲った。
「ギ、ギルトさん。な……なんで俺たちまで――――」
男二人はそのまま地面に倒れこんで眠ってしまう。
しかしセリナは先ほどまでこの術で強制的に眠らされていたので、その体に耐性がつき眠らずにすんだ。そしてそのセリナはアルトのいた所をずっと見つめていた。
また昔のようにアルトに笑って欲しい。
そう思ったのは、曖昧な笑みを浮かべながら他の人と話をしていたアルトを、遠くからこっそりと覗いていたときだった。
アルトはどうしてあんなに苦しそうにしているの?
哀しそうにしているの?
そして……どうして人を怖がって避けているの?
あの日ひだまりのように暖かくて、まぶしいアルトの笑顔を見たセリナにとっては、それを見破る事くらい造作もないことだった。
私あなたのそんな顔を見たくない。私まで哀しくなってきちゃう。
何とかして昔のあなたのように笑って欲しい。
心の壁を取り除いて欲しい。
そしてあの時言いそびれていた御礼をちゃんと言いたい。
「あの時私の命を助けてくれて、どうもありがとう」って。
そんな想いから、選抜組であり副生徒会長である自分とパートナーを組む事を確実に嫌がるであろうアルトを無理矢理巻き込み、散々酷い悪口を言ってきた挙句、アルトの過去を暴き、アルトの逆鱗に触れ、そして拒絶された。
本当に自業自得である。
アルトに嫌われてもまったくおかしくはなく、今だって自分を助ける義理も無ければ恩も無く、例えアルトが自分を見捨てたところで自分は何も文句が言えないし、言う気もない。
少なくともアルトにはセリナに報復する権利があるのだ。
にも関わらずアルトはどこで知ったのかは分からないが、この倉庫にやって来た。
ネイグトとギルトの罠にまんまと嵌まり、彼らに捕まってしまった間抜けな自分を見捨てずに、助ける為に。
しかも彼らと戦って、その正体がばれてしまうかもしれないというリスクを侵してまで。
なんで? どうして? と思う反面、不謹慎にもそのことがとても嬉しかった。
さらにほんの一瞬ではあったが、セリナにあの時を彷彿させる様な微笑をアルトは見せてくれた。
心配要らないよ。僕に任せて。という言葉では表されない、明確で柔らかな意思表示。
それを見ただけで、胸の中に熱い何かがとくとくと音を立てて流れ込み、胸の中をいっぱいに満たしていくのをセリナは感じていた。
セリナはアルトの姿を確認すべく目をこらす。
しかしアルトのいた場所を中心にギルトの魔法が放たれたので、濃度の濃い灰色の霧が視界を封じ、アルトが無事かどうかまったく分からない。
魔粒子の特殊変化術は、その名の通り特殊な術式を使用した特殊な魔法のため、対抗手段が少なく、魔法と魔法とを相殺したりすることがうまくいかない。
さらに三週間ほど前にアルトが話したとうりなら、アルトは術式を使用した本格的な魔法を一切使うことができない。
それはすなわち、この魔法の効果を解除する反対魔法などが一切使えず、この魔法の効果からは逃れられないということになる。
だがそれでもアルトなら――――とセリナは思っている。
だってさっき大丈夫だ。僕に任せてって私に伝えてくれたじゃない。
だからアルトは絶対に大丈夫。
セリナはほぼ確信に近い想いを抱いていた。
とここで濃い灰色の霧が徐々に薄れていき、まずギルトの姿を確認することができた。
「どうだい。この『狂眠の調べ』の味は。この術は同じ相手に複数回使用しても効果はないんだけど、一回だけなら例えそれが魔物の上位種であろうとも、有無を言わさず強制睡眠させる事ができるんだ。
さっきまでさんざん調子に乗って正義のヒーロー気取りのことをしてくれたみたいだけど、結局は無駄だったみたいだねぇ。
ひとまず眠っているうちに、命知らずにも生徒会メンバーと選抜組の僕らにたてを突いてきた、間抜けな普通組君にやられた借りを返さなきゃね」
そしてギルトはその手に持つ藍玉石のレイピアを妖しく光らせながら、ゆっくりとその場から歩を進め始める。
その時だった。徐々に薄れていく灰色の霧の中で声がしたのは。
「僕は別に正義のヒーローを気取っているわけじゃないんだけどね。そんなものになる気もないし」
「――――っ!!」
ギルトがはたとその動きを止める。
だんだんと薄れていく灰色の霧の中から先程の声の主が姿を表す。それはやはりアルトだった。
「物の試しにと思ってわざと受けてみたけど、あまり大したことない術だね。正直期待はずれだった。」
いったい君は何がしたかったの?
そう言いたげな、実になんともない表情でギルトに皮肉をたぁぁぁぁぷりと込めて言い放つ。
ギルトは大袈裟に背を仰け反らせ、口をぱくぱくとさせながらアルトを指差した。
「き、君! な、なんでこの術をまともに受けてそんな平気な顔をしていられるんだ! ふ、普通の人間なら絶対に眠っているはずだぞ!」
「普通の人間ならね。でも残念ながら僕にその程度の睡眠毒は効かないよ。僕を毒でなんとかしたければ、最低でも魔獣の第一形態にも効くほどの毒じゃなきゃね」
動揺を隠し切れないギルトにアルトは不敵に微笑む。
ああ、やっぱりアルトは凄い。
どうしてギルトの魔法が効かなかったのか。そんな疑問よりも感嘆の気持ちの方がセリナの心の中で勝っていた。
「ま、魔獣だと……一体、なにを馬鹿なことを言ってるんだ君は。まるでその目であの化け物達を見てきたような言い草じゃないか」
ギルトが狼狽して一歩後ろに後ずさる。
どうやらギルトは魔獣をじかで見たことが一度もないらしく、本や巷間伝承の中の知識でしか魔獣のことは知らないらしい。
「そんなことは別にどうでもいい。おまえには関係の無い事だ。そして今の僕にも」
――――関係の無い事だ。
厳しい口調でそう言い切ると、アルトは地を蹴って、神速のスピードで一気にギルトの眼前に踊りこんでいく。
そしてそのままのスピードを保ちながら、空いているほうの手で思いっきりギルトの顔を殴りつけた。
「ぐえっ!!」
筋力プラス加速分の拳がギルトの顔にめり込み、鼻血を吹きながらギルトは後ろに飛ばされる。そのまま団子虫のようにごろごろと倉庫内の地面を転がると、やがて地面にキスをしながらだらだら鼻血を流すという、とても悲惨な状態で気絶してしまった。
~~~~~☆~~~~~☆~~~~~
ふぅ、やっと終わった。
ギルトが動かなくなったのを確認すると、アルトはさっと倉庫内を見回す。
総勢十八名もの男達がどれもこれもひどい有様で地面に倒れ伏し、無秩序に置かれていた木箱はそのほとんどが木っ端微塵に吹っ飛んで炭となり、倉庫内の地面は自分の魔法のせいで地割れが起きてしまっている。
アルトはそれをどこかやるせない気持ちと漠然とした何かを消化しきれない気持ちで見つめながら、自分の体の中に渦巻いていた熱を解き放った。
――――魔粒子の性質変化と呼ばれる魔法の中に、魔粒子活性と呼ばれるものがある。
魔法を扱う者なら誰もが一番最初に習うものであり、その内容は至って簡単なもので、自身に備わる体内魔粒子を活性化させることで、自分の肉体をも活性化させるというものだ。
だが本来の用途で扱えば、魔粒子活性の効果は体調の不良を軽く整える程度のものでしかなく、しかも気休めにもならない程の効果でしかないので、魔粒子活性でギルトのあの魔法を防ぐのは普通は不可能である。
ところがアルトの場合はその体内魔粒子を活性化させた所に、さらに武器に流していた融合魔粒子を自分の体内に直接流し込む。
そして体内魔粒子と融合魔粒子。ふたつの魔粒子で肉体を満たして、この魔法の効果を至高のものへと昇華させたのだ。
その具体的な効果は、主に体内毒素の高速浄化や、簡単な怪我や傷などを一瞬で治す回復力などが挙げられる。
アルトは魔粒子活性を解くと星霜剣を展開させたままセリナの元へと向かう。そして錠で繋がれたセリナの目の前にくると、白銀のブレードを一閃、二閃させる。
するとセリナを拘束していた錠がまっぷたつに斬り裂かれ、それが虚しく地面に落ちて、カラランと寂しげな音を奏でた。
セリナは動きが自由になり、まず自分の両腕を見ると、次に顔を上げてアルトを上目遣いでじっと見つめた。
アルトは星霜剣を解除して、孔雀石の長剣を腰に差してあった鞘に収めると、ふとセリナのある一点が目に入ってきた。そしてなかなか言い出しづらかったのだが意を決して口を開く。
「え、え~とぉ……と、とりあえずその服をなんとかしようか」
「服? ……――――っ!? きゃ、きゃあ!!」
セリナは一度きょとんとした表情になった後、アルトに言われたことを理解したのか瞬時に顔が林檎みたいに赤くなっていく。そして両手を使って慌てて自身の胸を隠した。
アルトの顔も真っ赤になる。あまり意識していなかった分その衝撃が大きかったのだ。そして本当に今さらなのだが、手で顔を覆ってそちらを見ないようにした。
セリナは急いで乱れた制服を直していき、それを終えると、顔を赤くしたままぷくっと頬を膨らまし、アルトを睨みつけてきた。
「……見たでしょ」
「見てません」
「色は何色だった?」
「……ピンク」
「―――――っ!! ほら!! やっぱり見たんじゃない!!」
「ご、ごめん!! だってどうしたってこっち来た時にそれが見えちゃうよ。悪気は無かったんだ!不可抗力だって!」
冷や汗を流し体をのけぞらせながら、まるで妻に浮気を問い詰められている夫のような台詞を吐くアルト。土下座をも辞さない必死な表情でセリナに謝り続ける。
さすがにセリナの魔法を喰らって、まわりで伸びている男達と一緒に並べられるのはごめんだった。
しかしセリナは以前のようには怒らず、いやむしろアルトの反応が余程面白かったのか、鈴の音を転がしたようにくすくすと笑い始めた。
「ふふふ、変なの。あれだけの人数を軽々相手にしておきながら、どうしてそんなに私に怯えてるわけ?
いいよ別に。特別に許してさしあげる。……あっでも私にそれを言う資格なんてないよね」
セリナの華やいだ表情が一瞬で曇る。
そして少しの間気まずい空気が流れると、セリナがぽつりと呟いた。
「……アルトの魔法って、魔粒子をそのまま使ってるんでしょ。私今まで気づかなかった」
「……いや、普通はすぐに気づくと思うよ。なにせ術式も使っていない、詠唱も唱えていない、他の動きも見せていないとくれば、魔粒子をそのまま使った魔法しか後は当てはまらないからね。てっきりセリナなら気づいていたとばかりに思っていたよ」
「だって普通、魔粒子を直接魔法として使っても大した効果を発揮しないじゃない。それにあの時は……や、やっぱりなんでもない!」
セリナはまたもや顔を赤くすると、ぷいっとそっぽを向く。
今までのアルトだったらこのセリナの反応を見て、ああ、怒っているな、不機嫌だな。と思うところだったのだが、ミシェルからセリナのことを聞いた今となってはそうは思わなかった。
きっとセリナは不器用なんだ。目つきとか態度とかはきついけど、中身はこんな自分なんかを心配してくれるとっても優しい女の子なんだ。
そう思い始めていた。
そしてそんなことを思っていると、どうにも固くなっていた心が柔らかくほぐされていき、いつの間にかアルトは自分の力の秘密をセリナに語っていた。
自分が普通は絶対にできない、体内魔粒子と自然魔粒子を融合させることができること。
その融合させた魔粒子が凄まじいエネルギーと破壊力を秘めている事に、魔導剣士になる前に気づいたこと。
自分の扱う魔法の多くは、魔法を扱う上での基本中の基本である魔粒子を使った魔法を、至高のものへと昇華させたものだということ。
そしてなぜ自分にこんなことができるのか? それが今でも分からないこと。
それらをなるべく分かりやすく丁寧にセリナに話していく中で、アルトは内心この自分の奇天烈な行動にただただ驚くばかりであった。
自分の力の秘密を見破られた場合はともかく、自分からそれを進んで話した事はあのふたりとシリウス以外には今だかつて一人として存在しない。
自分の力は周囲との確執を生み、滅びを招く。
それを十分に思い知らされた筈なのに、自分の口から出てくる言葉は魔粒子といった単語ばかり。
これを奇天烈と呼ばずして、いったいなんと呼ぶのだろうか?
しかしセリナはアルトが危惧していたような反応はいっさい見せず、むしろその陶磁器のような白い頬を綻ばせながら、熱心にアルトの話を聞いていた。
そしてアルトがひととおり話し終えると、大変驚いたことに、セリナはやけに興奮した様子で話し始めた。
「……そうなの。自然魔粒子を扱えるだけでも常識外れなのに、さらにそれと体内魔粒子を融合させることができるなんて……。やっぱりアルトはすごいわ! ほんとうにすごい!」
まさかセリナにそこまで褒められるというか賞賛されるとは思わず、アルトは胸のうちに抱えている複雑な気持ちに心を悩まされながらも苦笑した。
とここでセリナの喜々とした表情にまた影が差す。
「……ねぇ、どうしてアルトは私を助けに来てくれたの? もちろんアルトが私を助けに来てくれたことはとても嬉しいわ。……でも私はアルトが嫌いな、魔導剣士時代の頃のあなたに戻って欲しくて、無理矢理アルトをパートナーにしたのよ。不正までして……。
どうしてアルトがここを知ったのかは分からないけど、アルトには私を助ける理由なんて無かったはずよ。ねぇ一体どうして?」
アルトは立ち上がると薄暗い照明が灯る天井を仰いだ。
「さあ、どうしてだろうね」
「……え?」
アルトからまさかそんな答えが返ってくるとは思わなかったのか、セリナは素っ頓狂な声を上げた。
そんなセリナの透き通るような空色の瞳をアルトはじっとみつめた。
「僕自身も本当に分からないんだ。ミシェルが君がさらわれたって言って僕に助けを求めに来たんだけど、僕はそれを断った。……僕はもう自分の力を他人に見せないと決めたから。誰のためにも戦わないって誓ったから。もう面倒ごとはごめんだって、そう思ってた。
でもその前にミシェルが君のことについて全部話してくれてね。なぜかその時自分の心がひどく落ち着かなかったのは覚えてる。そして気づいたら体が勝手に動いていて、部屋から飛び出していたんだ」
そう言ってアルトはしゃがみ込むと、穏やかな視線をセリナに向ける。
「でも僕はミシェルから聞きたいんじゃなくて、君から、君自身の言葉で、君のことがちゃんと聞きたい。だから教えてくれないかな? どうして僕に冷たく接していたの? どうして僕とパートナーを組みたいと思ったの?」
柔らかく、そして優しく問いかけると、セリナは真珠のような涙をぼろぼろとこぼしながら、震える声で喋り始めた。
「私……アルトのことをとても尊敬していて……アルトのようになりたいってずっと思ってて……そしてあの時言いそびれたお礼をちゃんと言いたくて……」
「うん」
「……でも、ここで再び見たときのアルトは……とても哀しそうで苦しそうで……まわりの人とあまり関わらないようにしていて……」
「うん」
「それがとても心配で……気になって! ……アルトと一緒に組みたいって思ったの。アルトの力になりたいって思ったの。だってあなたは私を助けてくれたから……!」
「うん」
「……事あるごとにアルトに突っかかっていったのも、私にだけは本音を言ってもらいたかったからなの。私の悪口でもなんでもいい。多少アルトに嫌われてもいいから、アルトの本音が聞きたいって……」
「うん」
「……だけど私、昨日アルトに怒鳴られて、嫌われたって思った時すごく哀しかった。自分の尊敬している人に嫌われるのってこんなに痛くて、苦しいことだなんて全然知りもしなかった。
……って私いったい何を言っているのかしら。こんなのアルトにとっては全然関係ないことなのにね」
「うん、そうだね。……でもそんなことを言ってくれるのは君が初めてだよ……ありがとう」
アルトは感情を込めてそう言うと、すっと自分の右手を差し出した。
「昨日は君のそんな気持ちを知りもしないで、酷いことを言ったりしてごめん。一度言ったことは取り消すことができないけど、どうか昨日僕が君に言ったことは忘れてほしい。
……それで、もし君が、こんな自分勝手な奴とまだ組む気があるのなら僕はもう何も言わない。僕は喜んで君をパートナーとして受け入れるよ」
セリナはこれでもかというぐらいに目を丸くした後、真珠のような涙を流しながら嬉しそうに目を細めた。
「え……っ!? ほ……ほんとうにいいの? 私とパートナーを組むこと、アルトは嫌じゃない?」
アルトはゆっくりと首を縦に振ると、それからそっと微笑む。造りものではない本当の笑顔で。
「……ありがとうアルト。それと、今までずっと言えなかったけど、あの時私を助けてくれて本当にありがとう」
「どういたしまして。……それとまた君に迷惑をかけるかもしれないけど、これからよろしくね」
セリナはアルトの手を取りぎゅっと握ると、アルトもそっと握り返した。
触れ合った指先はこのまま溶けてしまうのではないかと思うくらい温かかった。