出来事は突然に
独立都市セントクレア セントクレア魔法学校。
「今日から皆さん二年生の魔法生徒はパートナーを卒業時まで組んでいただくことになります。尚、部屋割りもこれからそのパートナーと卒業時までずっと一緒です。異論は一切認めません」
先生の厳しいその一言により、広い大講堂内に所狭しと押し込められていた普通組の生徒達が、がやがやとうるさくなリ始める。
その反応も当然だ。問答無用でパートナーを組まされ、さらには部屋割りまで一緒にされてしまうのだ。これで男女になってしまったところは、もうただただ気まずいの一言でしかない。
しかしアルトの耳には先生の話などほとんど入っていなかった。
(えっ!? そんな話、僕は聞いてないよ……きっとシリウスは、わざと僕にそれを話さなかったんだ)
アルトは他人と最低限度の係わり合いしかしたくないのだ。
にもかかわらず、このセントクレア魔法学校の校長でもあり、今の自分の一応の保護者でもあるシリウス・フォル・サルヴォ二アスはアルトがこの学校に入るときにはそんな事を一言も口にしなかった。
きっとそれを言えば、アルトがわざわざ遠い国から来て、この学校に入らなかった事が十分分かっていたからだろう。憤然としたやり場の無い怒りがアルトを襲う。
(……でも、仕方の無い事なのかな、これも)
しかしすぐに怒りは鎮火して、後にはやるせない気持ちが燃えた後の炭のように残ってしまった。
“一年前のあの出来事” からしばらくして、アルトは過去の自分と決別をし、自分をごまかしながら平凡な生活を送ろうとしていた。
しかしアルトは知らなかったのだ。
一部の例外対象を除き、十五歳になった魔法を使える者は、それが例えどんな人物であれ、必ず魔法学校に五年間在籍しなければならないことを。これは各国や独立都市の代表が取り決めた事なので、例えアルトがどの国や都市に行ったとしてもそれが必ず適応されてしまう。要は逃げる事が許されないという訳だ。
そんなこんなでいったいどこへ行こうとアルトが悩んでいたときにシリウスが「この学校に来ないかのぉアルト」……と随分と軽いノリで誘ってきてくれたのだ。しかも本来ならどんな年齢でも一年生からスタートしなければならないのに、アルトの年齢に合わせた二年生からのスタートで。さらには大変きまえのいいことに、学費や生活費のほとんど全てを援助するという破格の条件もシリウスはつけてくれた。
アルトとしては、それはいくらなんでもシリウスに悪いのではないかと思って断ろうとしたのだが、どうせ入るのなら自分のことを知らない遠くの国の魔法学校に入ろうと、アルトは決めていたので、少し思い直すことにしてそれから首を縦に振ったのだ。
だからこそシリウスから養われている身であるアルトは、自分の勝手な都合で駄々をこねるわけにはいかないのである。
「アルト君大丈夫? なんだか具合が悪そうだけど……医務室に行ってきたら?」
隣に座っているアルトが怖い顔で考え事をしていたのが偶然目に付いたのか、普通組の証である黒を基調にした上着とスカートに、中に白いブラウスを着た、一見大人しそうな感じの桃色の髪の少女が心配そうにアルトに声をかけてきた。
この子の名前はケイト・フェルメリアス。アルトと同じ、普通組の生徒である。
なぜなのかは知らないのだが、アルトはケイトと講義で一緒になる事が多い。そのうちケイトの顔を覚えてしまってからは、こうして近くに座ってふたりで話をする事が多くなっているのだ。
アルトはすぐににっこりと、人様向けの笑顔をその顔に貼り付ける。
「大丈夫だよケイトさん。少し先生の言った事にびっくりしていただけだから」
「そう。ならいいんだ。変なこと聞いてごめんね」
ケイトは申し訳なさそうにしながら手を合わせて、小声で謝ってくる。
少なくともアルトはケイトに嘘を言ってはいない。先生の言った事に驚いたのは事実だった。
ただアルトとシリウスが腐れ縁同士で、知人だということは伏せただけで……。
別段、それを知られたからどうだというわけでもないのだが、一応シリウスから口止めをされているため、それを誰かに言う気がアルトにはないだけなのだ。
アルトは先生の話を聞くべく、ケイトから視線を外して前を向いた。
「パートナーの名前は既に校内の掲示板広場に載せてあります。そして自分のパートナーの名前と部屋番号を見つけ次第、今日中に指定された寮の部屋に荷物をまとめて移動してください。……以上です」
淡々と説明すると、先生はさっさとこの大講堂から退出してしまう。その後、周りの生徒達が一斉にがやがやと騒ぎ始めたかと思うと、そのまま先生の後に習ってぞろぞろと退出し始めた。
アルトは周りの生徒たちの列が切れるまで、少し考え込む。
(大丈夫。普通にしていればいいんだ。人よりも秀でている事があって憎まれるのは僕はごめんなんだ。……だから、どうかこの学校で魔法剣士を目指している人とだけは一緒にはならないで欲しい)
神様なんてまるっきり信じていないのだが、今だけは素直に信じる気になれた。我ながら現金なものだと、自嘲気味に微笑む。
「アルト君……もしよければ私と一緒に見に行かない?」
なぜかケイトはその顔を林檎のように赤くして、少しもじもじしながらアルトを誘ってきた。
なぜそんなに顔を赤くしているんだろう? ひょっとしてケイトさんのほうが具合が悪いんじゃ?
ケイトの顔色を見て若干心配になってきたアルトなのだが、特に断る理由も無いので首を縦に振ると、そのまま彼女と共に掲示板広場へとむかって行った―――――