セリナの憂鬱と戦い 2
「ここまでよ! 随分と偉そうなことを言っていたけど、しょせんはただのホラだったみたいね。
魔物の群れがセントクレアに迫っているこの時にこんなことをして、果たして無事に生徒会にいられると思っているのかしら」
セリナは自分にも言い聞かせるようにしてネイグトを罵った。
結局自分は、ネイグトと同じ穴のムジナなのだ。
やったことが違うとはいえ、生徒会の信用を疑われるような事をしでかしたのは変えようもない事実だった。
そしてセリナはアルトとのパートナーが解消され次第、生徒会のメンバーにセリナがしてしまったことを打ち明けて、生徒会を去るつもりでいた。
この学校からも……
そんな後ろ向きなことを考えていたせいか、ネイグトが影でにやっと笑ったことにセリナは気づかなかった。
「……さすがはセリナだ。俺だっておまえにすんなり勝てるとは思っていねぇよ。
おまえは、あのクソ生徒会メンバーではおそらく一番強ぇからな。
……でも最初にも言ったろ、でまかせかどうか“俺が後で証明してやる”って」
「それは一体どういう――――」
ネイグトのその言葉に一瞬の困惑を覚えた刹那、突如セリナの背後で何かを破裂させたような音が鳴った。
セリナは思わず振り返ってしまい、ネイグトを視界から外してしまう。
「はっはぁ~! まさにグットタイミングだぜぇ!」
ネイグトは石畳の地面に落ちていた自身の広刃剣を拾うと、後ろに大きく飛び退いてセリナから距離を離す。
するとそのタイミングを今まで計っていたかのように、セリナの周りの地面から大小それぞれ五つの白く光る魔法陣が現れた。
その魔法陣が一瞬の強い光を放つ。次には濃い灰色の霧がふしゅーと音を立てて噴出し始めた。
鼻を突き刺すような強烈な臭いと、おもわず咳き込まずにはいられないその霧の不快感――――
セリナは手で口を押さえながら、きょろきょろとしきりに辺りを見回した。
(この術はおそらくあいつの術だ。……でもどうしてあいつがネイグトと一緒にいるの?)
セリナはこの術を生み出している元凶を探し続ける。
しかしもやもやと辺りを漂い続ける濃い灰色の霧はセリナの視界を完全に塞いでしまっていて、この術を放った術者を隠している。
おまけにその術者は気配を消しているみたいで、気配を読もうとしてもその居場所がつかめず、またこの魔法の効果を解除する反対魔法も今から唱えていたんじゃ間に合わない。
まさに八方塞がりの状態だった。
とその時、唐突に世界が歪み始めた。
(あ……やばっ。これは……ちょっとまずいかも)
セリナを耐え難い睡魔が襲い始め、濡れた石畳の地面に両膝をつく。
目に力を込めて、眠るものかと必死になってその眠気に抗った。
しかしセリナの努力は無駄に終わり、セリナは雨で濡れた石畳の地面にぱたっと横倒しになってしまう。
朦朧とする意識の中、セリナは自分を覗き込む男の顔を見た――――
その顔はセリナの予想通り、昨日ネイグトと一騒動が起きそうになったキザったらしいギルトのものだった。
それだけを確認すると、セリナは闇の中に意識を手放した。
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「やれやれ、やっと眠ってくれたか」
雨の中、顔に張り付く金色の髪をいじりながらギルトは石畳の上で眠るセリナに目をやった。
――――案外簡単に捕まえる事が出来て、少し拍子抜けだよ。天才が笑わせるね。
とそこで紅玉石の両刃剣を片手に、にやにや笑いながらネイグトが駆け寄ってきた。
そうしてすやすやと眠るセリナを満足そうに見やると、ぐふふと意地汚く笑う。
「おいおい、ギルト。おまえなかなかやるじゃねぇか。まさかあの天下の副会長さんをこんなにあっさり捕まえちまうなんてよぉ。これなら予備戦力を集めなくてもよかったんじゃねぇのか」
そう言って、ギルトとネイグトは後ろを見た。
石造りの建物の影に五人の人の姿が見え隠れしている。
セリナを捕まえる為に、彼らに気配を殺させてずっと待機をさせていたのだ。
要は保険のつもりだったのである。全く必要なかったが。
「君はいつでも猪突猛進に動こうとするし、しかもやたらと運にこだわっている。それがいけないんだよ。副会長みたいな実力者を相手にするんだったらもっと頭を使わなきゃね。
……とは言っても、今日は副会長自身もかなり調子が悪かったみたいだからこんなにあっさりと捕まえられたんだ。いつもの彼女だったら、ひょっとしたら僕達だけでは無理だったかもしれないねぇ」
ギルトがそう言ったことは決しても嘘でも無ければ謙遜でもなく、認めたくない事実だった。
「別にそんなことはどうでもいいだろ。ところでこれからどうする? このままここでやっちまうか?」
「だめだ。さっきの騒ぎで野次馬が騒ぎ始めるのも時間の問題だし、自警団の連中もうそろそろここにやってくる。自警団くらい僕達の力でどうにでもなるけど、それじゃ僕らのした事が校長の耳に届いて表に出てしまう。だから当初の予定通り、あの場所に副会長を運んでいくよ」
「ちっ、しかたねぇ。でもあそこまで行っちまえば後は……」
ネイグトは早くも浮かれているようだった。顔が完全にゆるみきっている。
そしてそのネイグトが膝を下ろし、眠っているセリナを肩で担いだ時だった。
急に自分たち以外の人の気配が現れたのと、ことんと小さな音が鳴ってネイグトとギルトは後ろを振り返る。
ざあざあと降りしきる雨の中、自分達から少し離れた位置で青ざめた表情のミシェルが目を見開いて立ち尽くしていた。その隣には白い傘がむなしく地面に転がっている。
ミシェルはいつまでもセリナが生徒会室に来ない事を心配して、ひょっとしたら学生寮の自分の部屋にいるのではないのかと思い、セリナの様子を見に行こうと雨がざあざあと降る中を飛び出して、この現場に偶然出くわしてしまったのだ。
ミシェルは少しの間立ち尽くしていて、その後百面相をすると、建物と建物の間の小道に入って姿を消してしまった。
少し計算違いのことが起きて、ギルトはちっと舌打ちをする。
「おいっどうする。今から追いかけて行ってミシェルも捕まえちまうか?」
ネイグトに尋ねられ、ギルトは数秒考える。
しかし遠くのほうで今までの一連の騒ぎを聞きつけた野次馬が「なんだ!? なんだ!?」と騒ぎ始めたのを耳にした。
「……いや、よしておこう。これ以上騒ぎを広げたくない。それに今校長は留守だし、他の生徒会の連中は魔物退治で忙しいはずだ。後で問い詰められても知らぬ存ぜずを貫き通せばいいのさ。
それにどうせ僕らはあの場所に行くから誰にも見つけられはしない。だから仮にミシェル一人ぐらい放っておいても、まったく問題は無いね」
「へへっ、それもそうだな。……おいっおまえら、さっさとずらかるぞ!」
ネイグトは建物に隠れている自分の部下たちに声を掛けた。それを合図に建物に隠れていた男達の気配が遠のいていく。
「それじゃ早速行くとするか。セリナと一緒に長い長い夜の遊びに」
そしてネイグトとギルトと、ネイグトに担がれ未だ眠ったままのセリナは、街灯が灯り始め、ざあざあと雨が降りしきるセントクレアの街のどこかへと、姿を消してしまった。