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天使の逆鱗

 

「そうしてアルトがギガンテスを倒してくれたおかげでローグは救われた。もしあなたがあの時来てくれなかったらと思うと、ほんとうにぞっとするわ。

 ……アルトはあの時、みんなが敵わなかったギガンテスをひとりで軽々と倒しちゃったよね。そのせいで他の討伐隊の人から気味悪がられて、さっさと帰されちゃったけど私はそんな風には思わなかった。あなたのその強さに、明るさに、そして優しさに私は憧れた。そうしてあなたのようになりたいと思い始めたの」

 「まず私はアルトから言われた “小さな勇気” それを胸に刻みながら生き始め、嫌な自分を少しずつ変えていった。そしていつからか、私はまたあなたに会ってみたいと思ったの。私は早速、あなたについていろいろと調べはじめた。『白銀の天使』 『さまよえる魔剣士』 『魔粒子マスター』 これは全てあなたの異名よ。他にもあなたが史上最年少の魔導剣士だったことや、多くの人の為に誰も敵わないような魔獣と戦うためマルギアナ中を回っていたこと、そんなことが調べていくうちに分かっていったわ。……でもあなたの素性や詳しい情報に関しては、なにひとつ満足のいくものは得られなかった」

 「私はとても後悔したわ。あの時あなたはすぐに帰っちゃって、私は助けてくれたお礼を言うことが出来なかったし、せめて名前だけでも聞いておけばよかったって。

 そんなときふと思いついたの。こうなったら頻繁に魔物と戦える場所に行ってみよう。そうすれば、いつかまた私を助けてくれたあの魔導剣士に会えるかも。そしてもし会えたら、あの時助けてくれたお礼をちゃんと言って名前を聞くんだって。私がセントクレア魔法学校に入ったのもそんな期待があったからなの」


 セリナは話しながらちらっと前の席に座っているアルトを見た。

 アルトは手を固く組み合わせ、青白い顔で目をつむっている。その姿がまるで神に許しを乞う罪人のようにセリナには見えた。

 そんなアルトを見ているとますます苦しくなって、胸が詰まって切なくなってきたのだがセリナは話を続けることにした。

 そして一息ついたところで、アルトがゆっくりと閉じていた目を開いた。

 「なるほど。そして君はこのセントクレアに来た僕に気づいたってわけか。……でもそれは少しおかしいな。ひょっとしたら僕がよく似た人違いだったのかも知れないし、さっきセリナさんは僕のことを偶然知ったって言っていたよね。それは一体――――」

 「そのことなんだけど、今から三月以上も前に魔物を討伐した報告をするためと、校長先生から頼まれた資料を持ってくるように言われて、私は校長室に行ったの。その時校長室の扉が少し開いていて、中で校長先生が誰かと話しているのが聞こえてきたわ。その誰かさんは校長先生のことを呼び捨てにして、随分と親しそうに話していたから、きっと校長先生のお知り合いの方が来られたんだと思って、一度出直すために私は来た道を引き返そうとしたの。

 ――――その時だったわ。

『特別な事情が無い限り十五歳になった魔法が使える者は、魔法学校に入らなければならない。 “魔導剣士を辞めてしまった” 君はもう普通の人間に戻ってしまったんだ。君がこれから普通の生活を送る為には、今からでも魔法学校に入学しなければいけないよ』

 校長先生のその声が聞こえてきて、私ははっとなって足を止めた。私がずっと会いたいと思っていた魔導剣士は自分と同い年ぐらいの人だって分かってた。それにあんな小さな歳で魔導剣士になっていた人なんて、私が調べた限りじゃ聞いたこと無かったしね。

 ……そして、私はいけないことだと十分分かっていたんだけど、気配を消して僅かに開いていた校長室の扉から中を覗きこんでみたの。そこには校長先生と、私があの時会った子を少し成長させたような男の子がいたわ。……それが、ちょうどあなただった」

 アルトは深いため息をひとつついた。

 「……そうか。あの時扉の向こうで少しだけ人の気配がしたから誰かいるのかなと思ったんだ。でもここは人も多いし、すぐに気のせいだと思って気にしなかったんだけど、あれは君だったんだね。……気配を殺しながら人の話を聞くなんて、随分酷い事をするよ」

 低い声で苦々しくそう言われて、セリナはずきんと胸が痛んだ。

 しかし自分は彼にそう言われても可笑しくない事を “すでに” してしまったのだ。

 今更弁解する余地も残されていなければするつもりもなかったし、またそれを隠すつもりも一切無かった。

 だがセリナはまだアルトに肝心なことを聞いていない。アルトがこの学校に来てから三月以上経過したわけだが、その時からずっと気になっていたことがあるのだ。

 早速セリナは自分が一番気になっていたことをアルトに尋ねてみた。

 「ねぇ、アルトは一体どうして魔導剣士を辞めちゃったの? 私が憧れたあなたは、まぶしいぐらいに生き生きとしていて優しく笑っていたのに。今ではすごく適当で曖昧で、作られた笑みしか見せてくれない。そんなアルトを見ていると私、とても哀しくなってくる。あれからいったいあなたに何があったの?」

 話していくうちに今まで必死になってこらえていた気持ちが徐々に溢れかえり、セリナの感情がどんどん昂ぶり始めていく。

 「アルトはっ、どうしてそんなに自分の力を隠そうとするの? どうしてっ、他の人をそんなに怖がっているのよ? ねぇどうしてっ、いつも哀しそうに笑っているのよ? ……やっぱりレオンっていう人のせいなの?」


 『レオンは悪くないっ!!』

 

 突然椅子からはじけるようにアルトは立ち上がると、大きな声でセリナを怒鳴った。

 セリナはびくっと肩を揺らすと、アルトを凝視する。

 アルトは今までセリナにどんなに酷いことを言われても、理不尽なことを言われても、セリナの嫌いな人当たりの良い至極曖昧な笑みを浮かべていただけだったのだが、今では眉間に皺をぎっちりと寄せ怒りの表情を剥き出しにしてセリナを睨みつけていた。おまけにアルトの怒りが強烈なプレッシャーとなってセリナに重たくのしかかり、満足に息をすることすらさせてもらえない。

 そんなことを知ってか知らずか、アルトはいつもより二オクターブは低い声で心の毒を吐くようにして話し始めた。


 「……そうか。君はあの場所でこそこそと盗み聞きをしていたからレオンの事まで知っているのか。……だったら教えてあげるよ。僕が魔導剣士を辞めたのは、レオンとカリンを僕が殺してしまったからだ!」

 「殺した!? 一体あなたに何が―――――」

 「悪いけどこれ以上君に話すつもりはない」

 セリナが聞き返すとアルトはきっぱりと切り捨てた。そうして視線をセントクレアの校舎がある方角へ向けて睨みつける。

 「……そうか、それで納得した。だからシリウスは僕と君を組ませたのか。こうして僕の過去を知っている君と話をさせて、僕を説得させ、また僕を魔導剣士の道に戻そうとしているんだな。今思えば、君があの場にいたのも果たして偶然かどうか―――― ……シリウス、随分と余計な事を」

 違う、違うわ!!

 今度はセリナがはじかれるように席を立った。

 「違うわ! それはアルトの誤解よ! 校長先生は何も悪くないし、私がふたりの話を聞いていたことも、魔導剣士時代のアルトに私が会ったことがあることも、私が打ち明けるまでは校長先生は何も知らなかった。……私とアルトが組む事になったのは、私が校長先生にアルトのことを話して、“ずるをして無理矢理組ませてもらった” からなのっ!! 勝手なことをして本当にごめんなさい!!」


 このセリナの告白に、アルトはびっくりして目を丸くした。

 「なんだって!? ……どうして、一体どうしてそんな馬鹿なことをしたんだ! それじゃまるで、君が僕と組みたいだけにシリウスを脅したようなものじゃないか! パートナー選びで不正をして、他の人にバレたりでもしたら君は真っ先に退学にされるぞ。ほんとうに何を考えているんだ!」

 そしてアルトは不機嫌顔のままセリナをなじり続ける。

 「おまけに君のやっていることは全部滅茶苦茶だ。僕に会いたくてお礼を言いたかったとか言っているわりには、君は僕の痛いところを突いてくる悪口を平然と言っていたし、かと思えばさっき君が言ったようにシリウスを脅して不正を犯してまで僕と組んでみせたり。……君がなにをしたいのか僕にはさっぱり分からないよ」

 大袈裟に首を振ってみせ、わざとらしいため息をつく。

 ぽたっ、ぽたっ。

 セリナの頬を大粒の涙がはらはらと滑り落ち、それが床に落ちて弾けた。

 流れてくる涙も拭わぬままセリナは震える声で喋り始める。

 「……だってアルトが……いつも哀しそうな、寂しそうな顔で無理をして笑ってたから、アルトのためにと思って……」

 「……僕のため?」

 アルトが心底嫌そうに眉をひそめた。

 「……アルトは気づいていなかったかもしれないけど、私は……アルトがここに来てから……ずっと遠くであなたのことを見ていたから分かるの。……アルトが他の人に合わせて無理に笑ったり、その後で苦しそうな表情になったり、哀しそうな顔でうつむいたり……そういった所も全部見てた。……だから、だから私は、少しでもあなたの力になれたらいいなって思って、また昔の明るいあなたに戻ってほしいなって思って―――――」

 そこまでアルトは聞くと、目を怒らせながら再びセリナを怒鳴り始めた。

 「誰が! いつ! 昔の僕に戻してくれと君に頼んだんだ! 僕は昔のように戻りたいなんてこれっぽっちも思っちゃいないし、そんなこと望んじゃいない! ……君は自分のしていることが全て正しいと思っているみたいだけど、それは君の傲慢だ!」


 傲慢――――


 アルトに言われたその言葉がセリナに深く突き刺さり、何度も何度も頭を反響する。

 「さらに君は僕に散々言いたい放題言っていたけど、それも僕のためなのか?」

 「そ、それは……」

 意地悪くそう言うアルトに、セリナは言葉を濁す。そしてそんなセリナにアルトは冷たい眼差しを向けると、一層声高に怒鳴った。

 「君は分かっていないみたいだから教えてあげるけど、君のやっていることは僕の知られたくない過去を無理に暴き、他人の顔を泥のたくさんついた靴でずかずかと平気で踏み荒して、勝手に心の中に入りこもうとしているようなものだ! ……正直言ってこれ以上不愉快なことはないよ! もう僕の生活をかき乱さないでくれ! いい迷惑だ!!」

 突きつけられるように叱声を浴びせられて、セリナは暗い奈落の底に突き落とされたような気分になった。


 私のした事は、やっぱり間違っていたのかな――――


 心臓が鉛のように重たく感じ、手足がまるで自分の物ではないかのように顫動せんどうする。

 そして涙は滝のように溢れだし、留まることを知らずに頬を滑り落ちた。

 セリナは嗚咽が漏れそうになるのを必死になってこらえると、頭を深く下げた。

 「……ごめん、なさい。本当に……ごめん。私もう……アルトには会わないから。……パートナーも校長先生に言って……解消してもらうね」

 所々喉がつまり、声が途切れ途切れになったが何とかそう言葉を紡ぐ。

 アルトはずっと泣き続けるセリナを見て急に居心地が悪くなったのか、軽くみじろぎすると深いため息を一つついて部屋から出て行ってしまった。


 一人部屋に残されたセリナ。冷たい床に両膝をつき両手をぎゅっと胸の前で握ると、胸がズキズキと痛み始めまた嗚咽が漏れそうになる。それをなんとか押しとどめようとしたが結局ダメだった。

 熱い物が喉からこみ上げてきて、セリナはその場でむせび泣き始めた。

 「ぐすっ、ひっく……私、アルトに本当に嫌われちゃったよぅ! 私……私……」

 そしていつまでもいつまでも、流れてくる涙を拭わずにセリナは一晩中泣き続けた。

 結局アルトは夜が明けても部屋に戻ってくることはなかった。




~~~~~☆~~~~~☆~~~~~☆~~~~~



 セントクレアの夜は日中の騒がしさと打って変わって、とても静かである。

 セントクレアの一般市民は日が落ち始めると、自分の家へ戻り、夜の食事を済ませ自分たちが崇拝する神に夜の祈りを捧げれば後は寝るだけなのだ。よって子供がいつも遊んでいる遊戯広場は今はがらんとしていて、石畳の通りも人っ子一人見ることはおろかその靴音さえ聞くことができないほど物静かである。

 

 そんな夜の街の一角――――

 とある街外れの場所の一角に男達は集まっていた。

 「おいっ聞いたか? 明日早速計画に移すってよ」

 「おいおいまじかよっ! 長い間待っていた甲斐があったぜ。こりゃ念入りに準備しとかねぇとな!」

 「準備ったって、俺たちに何ができるよ? 実際にやるのはあの人達だ。あの人達に俺たちの手助けなんて必要ねぇだろ」

 「違げぇねぇな。まあどうせ俺たちの出番はほとんど無いだろ。それにあの場所に行けば誰も気づかないだろうし……ああ、明日が楽しみだなぁ」

 石造りの建物の影に隠れ、男達はにやにや笑いながら何ごとかを企んでいる様子。

 しかし幸か不幸か、彼らの姿を見たものは誰もいなかった――――

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