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アルトの受難 3

 

 一方その頃、アルトはというと――――

 (はあ~いったい僕はこんなところでなにをやっているんだろ)

 夕日が僅かにしか入ってこないこの路地裏で、選抜組らしき五人の男達にアルトは囲まれてしまっていた。

 話を戻すとこうである。

 レイ達と別れ、学生寮の自分の部屋に戻ろうと夕方のセントクレアの街中を歩いていた矢先、いきなりこの男達に囲まれ、「ちょっと面貸せよ。セリナさんのパートナーの落ちこぼれ君」そう意地汚く笑われながら、この路地裏に連れ込まれたのだ。


 男たちはアルトをねめつけながら、しきりになにかにやにやとしている。

 この先自分の身になにが起こるのか容易に予想がついたのだが、一応尋ねてみた。

 「あのぅ僕になにか用ですか?」

 男たちはげらげらと笑いながらそれに答える。

 「なにか用ですか? だってよ。こいつマジ馬鹿じゃね?」

 「おいおい、あんまりいじめんなよ。こいつあまりにも弱いからきっと頭ん中も貧弱なんだよ」

 そしてひとしきり笑った後に本題を話し始めた。

 「なあ、落ちこぼれ君。おまえ、セリナさんとパートナーを組んで一緒の部屋に住んでいるそうじゃねぇか。落ちこぼれにしては随分と生意気なんじゃねぇの?」

 「そうそう。俺たちでもほとんど話しかけられないのに、それをおまえがねぇ……正直、まじむかつくんだよねぇ」

 「それに訓練ではいつもセリナさんに守られてばかりでやられっぱなし。正直言って同じ男として情けねぇよなぁ。……なぁおまえ、ほんとに男なのか? なんかやけに女顔だし、細っこいし、下ほんとについているのかよ? なんだったら今俺たちの前で脱いでみせろよ。確認してやるからよ」

 毒をすり込むように言って、男達はまた下品に笑いはじめる。


 (あ~~最悪だ。完全にセリナさんと組んでとばっちりを受けた。……どうしようかなぁ? このまま――――)


 逃げようか――――


 一瞬本気でそう思った。

 しかし自分はここでは女の子であるセリナに守られてばかりの、情けない落ちこぼれなのだ。そんな今の自分が魔法剣士として現役でやれるほどの実力を持つ、選抜組のこの男達からまんまと逃げおおせてしまったら、明らかに周囲の人間から怪しまれる。そうしてまたあの時のようになるのがアルトは嫌だった。どうしようもなく嫌だった。

 しかしアルトが一瞬だけ逃げようと思って、その足を動かしたのを男達は見逃さなかった。

 「……待てよ。どこに行くんだよ。俺たちから逃げられると思ってんのかよ?」

 男達は続ける。

 「おいっこいつ、随分と反抗的な態度を取りやがるな。少しぐらい怪我をさせるくらいなら別にかまわねぇだろ。おいっおまえら! こいつに人生の厳しさをみっちり教えてやろうぜ!」

 「「「「おう!」」」」」

 男達が威勢良く声を上げると、各々刃引きされた武器に組み込まれた魔導石に魔粒子を流し込み始めた。各々の武器が主の意志を受けて、対応された魔導石の色に変色し始める。

 そうしてアルトの近くにいた一人の男が、その両手に魔導石が組み込まれた手甲つきの拳を振り上げた。

 アルトも反射的に腰に差してあった孔雀石の長剣に手を伸ばす。が、無理に自制をしてすんでのところでそれを抜くことは押さえた。

 (……だめだ。僕はもう普通に生きるって決めたんだ。今の僕は普通組で落ちこぼれのアルトなんだ。そんな僕が選抜組五人を一度に相手にしたら絶対に周りから怪しまれる。そして僕の過去に誰かが気づいてしまったら……)

 脳裏に“あの出来事” がフラッシュバックして、ぶるっと全身が凍りつくような寒気に襲われた。

 アルトの顔から血の気がさぁっと消え失せ、頭をぐらつかせるような眩暈が表れ、体の中の臓物がそのまま吐き出そうな吐き気に見舞われる。

 そうこうしているうちに男の拳がアルトの頬に入った。

 アルトは石造りの地面に叩きつけられてしまう。

 殴られた部分がじんじんと傷みだし、口の中が切れて鉄の味が充満し始める。

 痛みに吐き気に眩暈。三つの苦しみに翻弄され、アルトはすぐには立ち上がることができずにその場で呻いた。

 「ぎゃははは! おいなんだよこいつまじ弱ぇじゃん。なんでこんな奴が俺ら選抜組と一緒に訓練受けてるんだよ。マジ気持ち悪いんですけど」

 アルトは唇をかみ締める。そして自分を襲う眩暈や吐き気、痛みに堪えながら、のろのろと鈍臭くさそうにして立ち上がろうとした。

 「おら! 遅すぎなんだよ! この腰抜けやろう!」

 しかし立ち上がろうとした矢先に空気を裂く音が鳴った。次の瞬間には腹に激痛と悪寒を感じて、アルトはまた呻くことになった。

 「おいおいこいつ本当に弱すぎ。……なあおい、さっきからだんまり決め込んでないでなんとか口きいてみろよ。セリナさ~ん。助けてくださ~~いって言ってみろよ。おまえのお守役のパートナーさんがすっ飛んでくるかもだぜ」

 「だめだめ、こいつひ弱だから俺たちに少しやられただけでもうグロッキーだよ。お楽しみはこれからだっていうのに―――――」

 男たちは怪しく笑いながらアルトを殴る、蹴る、武器で叩きつけるを繰り返し始める。


 (……ひょっとしたらこれでよかったのかな。僕は他人からこうされてもなにも文句が言えない。今までそれだけのことをしてきたんだから……ねぇレオン、カリン。あなた達はこのまま僕がこいつらに殴り殺されれば、僕を許してくれるのかな?)

 様々な苦しみに見舞われて、アルトはそんな破滅的な思孝に辿り着いた。アルトの漆黒の瞳がなにも映し出さない虚無的なものになる。

 そして断続的に続く痛みさえもどこか他人事のように感じながら、アルトはただただじっと男達のされるがままにさせていた――――



~~~~~☆~~~~~☆~~~~~☆~~~~~



 どれくらいそうしていただろうか。


 ふいに男達の笑い声を裂く、激しい叱声が暗い路地裏に響き渡った。

 「貴方達っ!! そこで一体何をしているのよ!!」

 「げ、や、やばい! おいおまえら。とっととずらかるぞ!」

 「「「「お、おうっ」」」」

 一人の男の声を合図に、男達は靴音を慌しく鳴らしながら脱兎のごとく逃げ出し始める。

 「あ、貴方達待ちなさいっ!」

 聞き覚えのある綺麗なソプラノの声に、アルトはふと男達に殴られて腫れ上がった顔を上げた。

 そこには整った眉を吊り上げ目を怒らせながら、路地裏に入ってくるセリナの姿があった。


 セリナは生徒会の集まりが終わって、自分の学生寮の部屋に戻るところだったのである。しかしその途中でこの路地裏に入る小道からやけにうるさく人の声が聞こえてきたので、不審に思ってその小道を曲がるとアルトがやられていたこの場所に偶然たどり着いたのだった。


 「うぅ……セリナさん? どうしてここに?」

 アルトは体中痛む体を無理に起こし、掠れた声でセリナに尋ねる。

 逃げた男達を追おうとしていたセリナは体中傷だらけでぼろぼろのアルトに気づくと、息を呑むような声と共に口に手をやった。そして血相を変えて慌ててアルトに駆け寄ってくる。

 「アルト!? 大丈夫……じゃないよね。待ってて、今すぐ治癒術をかけるから」

 そう言うとセリナは今にも泣き出しそうな顔でアルトに治癒術をかけ始めた。

 小さな詠唱を一言、二言呟くと、セリナの両手にぼうっと暖かな光が燈る。それをアルトの傷口に上から添えるような形でかざす。するとさんさんと光が降り注ぐお日様の中を歩いているような、そんな優しくて穏やかな感覚にアルトは包まれていった。

 そしてセリナに治癒術をかけられながら、アルトはぼーっとした頭で流石だなと思わざるをえなかった。

 治癒術の効力はひとえに術者の腕前によるものである。

 こうして受けてみるとセリナの腕は中々のもので、大抵の怪我なら傷一つ残さずに治せるかもしれない。

 しかし治癒術も万能ではない。外見上の傷は治せても体に受けたダメージまでは治すことはできないのだ。

 さらに怪我が大きければ大きいほど、後の行動に支障が出てきたり、治癒術の効き目が無くなったりもする。

 しかしアルトの怪我は見た目と違って、それほど酷くは無かったらしい。

 程なくして体中を走っていた痛みがするすると引き始め、アルトの怪我は何事もなかったかのように完治してしまった。



 セリナはアルトの傷が治って少しほっとしたような表情を見せた後、唇を尖らせ、きつい視線をアルトに浴びせてきた。

 「もうっ! あ、あなたって本当に弱すぎよ! アルトがこんなでも、さっきのやつら少しも怪我をしていなかったわ! 悔しかったらすこしぐらいあいつらに怪我を負わせてみせなさいよ! ほんとにめ、迷惑ばかりかけるんだから! ね、ねぇちょっと! 私に対してなんとか言ったらどうなの!」

 アルトはそれには答えないで、無言のまま気だるい体を起こして立ち上がる。そうしてきょろきょろと辺りを見回した。

 光があまり入ってこないこの場所のせいか、いつの間にか日は既に沈んでいて空には星がきらきらと瞬いている。アルトが男達にやられているうちにいつの間にか夕方から夜に早代わりしていたのだ。

 アルトはくるりと振り返った。そうして申し訳なさそうにしてセリナに謝る。

 「……ごめんセリナさん。見苦しいところを見せて。僕が弱いばかりに、いつも君に迷惑ばかりかけているね……本当にごめん」


 するとどうしたことか、あれほど偉そうで、あれほど強気で、あれほどアルトに対して嫌味ばかり言っていたセリナのその大きな瞳から、突如宝石のような大粒の涙がぽろぽろとあふれ出でてきたではないか。


 突然の出来事にアルトはぎょっとして目を見はった。

 (えっ!? 一体どういうこと!? なんでセリナさんが泣いているんだ!?)

 さっきみたいに自分を罵倒したかと思えば、今は震えて泣いている。セリナが何を考えているのか分からず、アルトは混乱するばかりである。

 一方アルトを混乱させた当の本人は、幾筋も頬を伝う涙を拭おうともせず、悲痛なか細い声を発した。

 「ひっく……どうして……どうして、ここまでして自分の力を隠そうとするの? ……どうして、心にも思っていないことを、いつも笑ってごまかしながらい、言うの? ……わ、私から何度も酷い事を言われて、みんなからも馬鹿にされて、こんなになるまで殴られても何もしないなんて……ずっと黙っていようと思っていたけど、もう限界よぉ。……アルトあなた、本当はとても強いんでしょ。……アルトは私のことなんて覚えていないのかもしれないけど、私はあなたのことをずっと覚えていた……私は、あなたの昔の事を、ちゃんと知っているんだからぁ!!」

 (な、なんだ? なんか、いつものセリナさんよりもだいぶギャップがあるような――――……いや、それよりもさっきのセリナさんの言葉。セリナさんはさっきなんて言った?

 

 

 

 “僕の昔の事を知っているだって” !?)



 「えっ一体なんのことかなぁ? 僕の昔って?」

 心の内で吹き荒れる動揺の嵐を必死で抑えながら、当たり障りの無い笑顔を浮かべてすっとぼけてみせる。

 しかし今のセリナにはそれがまったく効かなかった。

 さらに顔を哀しみと苦痛で歪めた後、透き通るような碧眼の瞳に涙を浮かべながら、きっと強く睨み返してくる。

 「とぼけないでよ! 私はちゃんと知っているんだから! 『白銀の天使』 その呼び名に聞き覚えがあなたにはあるはずよ! なんていったって 『白銀の天使』 本人なんだから!」

 セリナに突きつけられるようにそう言われて、体中の体温が一瞬で失われていくのをアルトは感じた。


 やめてくれ!! 僕をその名で呼ぶな!! 僕はもう普通に生きていたいんだ!!


 大理石のように顔を硬くこわばらせ、だんだんと震え始めるアルトをよそに、セリナはアルトにとっての呪いの単語を叫んだ。


「アルトは昔 “魔導剣士だった” !! ……どう! 違う!」

 

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