アルトの受難 2
少し戻ってアルトと別れたセリナとミシェルはセントクレアの五階に位置する生徒会室の前に来ていた。
セリナは豪奢な装飾品がふんだんに使われたその扉を、両手を使って勢いよく開く。
「やっと来ましたね。あなたたちで最後です」
セリナがちらっと中を一瞥すると、生徒会室の中央に位置する長方形方の大きな長机には既に四人の男女が席についていた。
「セリナ、ミシェル。ひとまずこちらに座ってもらえますか」
すると入り口付近に立っているセリナから見て正面の椅子。そこに座っている青くて長い髪を後ろに束ねた、正統派の美人がセリナとミシェルに座るよう促した。
彼女の名前はマリア・スカイロス。このセントクレア魔法学校でセリナよりも一つ年上の三年生であり、なおかつこのつわもの揃いの生徒会の面々を率いる生徒会長でもある。
「ええ」
「はぁ~い」
セリナはマリアに軽く一礼して挨拶をすると手近にあった空いている席に腰掛けた。弾力性に富んだふかふかの赤い椅子がとても気持ちが良い。ミシェルもセリナに習ってセリナの左隣の席に座る。
「いやぁ~マリアちゃんにセリナちゃん。今日もまた一段と綺麗に輝いているねぇ。どうだい二人とも、今晩俺と一緒に街で食事でも……」
セリナとミシェルが椅子に座るのを見て、ミシェルと同じ金色の長い髪を後ろに垂らし、体中に装飾品を身につけた、いかにも自分はチャライですとその顔で主張している男が、声高にセリナとマリアに声をかけてきた。
「断るわ。あんたと一緒に行くぐらいなら、まだ見ず知らずのおじさんと一緒に行ったほうがましよ」
「……ケヴィン。あなたのその女癖の悪さ、いい加減はやく治したほうがいいですよ。あなたは生徒会の副会長としての自覚が足りないです」
ふたりの冷ややかな視線もなんのその。ケヴィンと呼ばれたその男は全然堪えている様子は無かった。
「いやぁ~いつも手厳しいね二人とも。でもまたそんなところが俺にとってはたまらないんだけどね」
ケヴィン・マクガン。それがこのチャラい男のフルネームである。彼は軽薄そうで頭の悪そうな容貌とは裏腹に魔法剣士としての腕は確かで、セリナはあまり認めたくないのだが、自分と同じ生徒会副会長なのだ。おまけに彼自身は妙に勘が優れているところがあり、要は意外な切れ者なのである。
「ねぇねぇ~。なんでケヴィンはいつもワタシには声をかけないんだよ~」
ミシェルは自分だけケヴィンに声がかからなくて不満の声を上げた。ケヴィンは甘いマスクでミシェルににっこりと微笑むと
「いやぁ~俺は美がつく女性なら誰でも大歓迎よ。……でもミシェルは一応美少女って言えなくもないけど、どっちかっていうと俺の中では美幼女なんだよね~……そこの発育も悪いみたいだし」
さらりと超失礼なことを言う。
「ひどぉ~~~~い! それって私が子供で、幼児体型で、胸がつるぺたのまな板娘だっていいたいわけ~~~~~!」
ミシェルが目を三角にしながらケヴィンに掴みかかろうとするのを、セリナは慌てて引き止めた。 “幼女” “チビ” “胸” の三つの言葉はミシェルには禁句なのである。
「ミ、ミシェルなにもそこまでケヴィンは言ってないわよ」
「う、うるさ~い! ……ふんだ! どうせわたしの気持ちはセリナには分かりませんよ~だ。ひとりだけ発育がよくなっちゃって、強者の強みですかぁ。でも残念でした。胸の大きさならマリアの圧勝だね」
「い、いったいなんの話をしているのよ!」
乗り出した身を引っ込めて、顎に手をつきすさんだ状態になっているミシェルに、セリナは顔を赤くしながらも声を大にして怒鳴りつけた。
すると、ふいに誰かの視線を感じてセリナは訝しげにその方向に視線を向ける。そして誰にも気づかれないようにそっとため息を零した。
(……またこいつね。いい加減にしてもらえないかしら)
セリナから見て斜め前方にいる、褐色の肌にごつくていかつい顔の男が舐めるような視線をセリナに送っていた。
この男の名前はネイグト・フォニス。このセントクレア魔法学校の四年生である。
しかしセリナはこの男が大の大嫌いだった。
なぜなら自分を見てくるその視線がやけにねちっこくていやらしいし、なにかにつけてネイグトは自分と一緒に居ようとする。しかもこういったことはよくあるのでセリナは嫌悪感を抱かずにはいられない。文句の一つでも言ってやろうかしらと思ったのだが、せっかく集まったのに時間を先延ばしにはしたくなかったのでそれは控える事にした。
そしてミシェルとケヴィンが未だに言い争っている中、マリアが突然手を叩いた。
「それではみなさん。少しわたしの話を聞いてもらえますか?」
マリアのその一言を合図にミシェルとケヴィンが大人しくなり、部屋の空気が少し緊張に包まれる。
(……さすがはマリア)
セリナは心の中でマリアを賞賛した。マリアは常に無表情で人形みたいな人なのだが、いざ戦闘になるととんでもない戦闘力を発揮する。
その実力は凄まじく、天才魔法少女とセントクレアの校舎内外問わず、ひそやかにそう囁かれているセリナですらも内心舌を巻いているほどである。
マリアはミシェルとケヴィンが大人しくなったのを見てその無表情の顔が少し固くなる。そうしてゆっくりと話し始めた。
「あなたたちを今日ここに呼んだのは、この独立都市セントクレアに魔物の群れが接近しているからです」
「ほえ!? そうなんですかぁ!? でもでも、マリアさんやけに冷静ですねぇ」
「……セントクレアは魔物の繁殖地域と隣接している都市の為、そんなことは日常茶飯事ですからね。もう慣れました。本来ならわたし達は学業に専念すべきなんでしょうけど、この学校にはわたし達以上の実力者は皆無です。それに先生と街の自警団の人たちと共にこのセントクレアを守るのが、わたし達生徒会の昔からの役目ですから」
マリアは無表情のまま淡々と告げた。
この独立都市セントクレアでは、余程の非常事態を除いて、生徒が魔物と戦うことは固く禁じられている。それはいかに優秀な魔法剣士揃いと言われている選抜組でも同じことがいえる。
しかしセリナ達セントクレアの生徒会のメンバーだけは数少ない例外事項で、人を襲う魔物との戦闘を特別に許可されているのである。
そしてこの生徒会のメンバーが主にこのマルギアナの主力戦力となって、街の自警団の人たちと連携して魔物と戦うことになっているのだ。
時にはよその国や都市から依頼をされて魔物と戦うこともあったりするのだから、その道のプロである傭兵たちとほぼ同じ事をセリナ達はしていることになる。
……とはいえ、普通の魔物の群れぐらいならセリナ達生徒会メンバーだけいればどうということはないのだが、魔物の中の王。魔物の進化形態でもある脅威の生命体。魔獣が現れた暁には、自分達だけで倒すことがとても厳しいものになってくるのはセリナも否定できない。それほどまでに魔獣は強いしそれに手ごわい。
しかしそれでもこの生徒会がとても優秀な事には変わりはない。
そんな普通組、選抜組問わず最高の期待と羨望が集まる生徒会メンバーは、将来各国や都市を守る騎士団のエリート魔法剣士としてマルギアナ中へと輩出されたり、あるいはどの国や都市にも仕えず各地を点々として回る傭兵達の間でも、最高位の存在とまで言われている魔導剣士の道を目指すことになる。
魔導剣士とは、騎士団や自警団が総出になって戦うほどの魔獣を相手に一人で戦い、彼らを何度も屠り続けることを可能にする程の実力を備えた、一流を遥かに飛び越えた達人クラスの傭兵魔法剣士のことである。
一部の間では魔導剣士こそが、この世のありとあらゆる魔法剣士達の中でも至高の存在であるとまで豪語する者もいる。……とはいえ国を守る騎士団の人の中にも、やろうと思えば独力で魔獣を倒せるほどの実力を備えた者がいるところにはいるのだが。
しかし魔導剣士はその絶対値数が非常に少ない。
さらに彼らを雇うにしても法外とまで言われるほどの金がいるので、こんな騎士団もなにも結成されていない、生徒会メンバーが主な戦力であるこのセントクレアになんかは彼らは目もくれないだろう。
しかしそういった存在が一応セントクレアにはいないとはいえ、泣き言などは言ってはいられないのが現状である。
自分達の身ぐらいは自分達で守るわ。それがセリナの考えでもあるのだ。
「それでマリア。今回の魔物の数は一体どれくらいなの? ……まさか、その群れの中に魔獣がいたなんてことは――――」
「まさか。そんなことはないですよ。わたしのビジョンの魔法で何回も確認したからそれは確かです」
セリナが予想した最悪の事態を、マリアが自信たっぷりに否定をした。セリナはそれを聞いて少しほっとする。
マリアのビジョンという魔法は、魔粒子の特殊変化術に分類される。
魔粒子を術式を使って魔法エネルギーでも属性エネルギーでもない、別の特殊な力に変換させることを指すものだ。
とここでビジョンと呼ばれる術の内容について説明すると、まず魔粒子を術式を使って手のひらサイズの特殊な映像媒体に造り上げることから始まる。その手のひらサイズの映像媒体をあらかじめ見たい場所に設置して、またしても特殊な術式を組み込んでその場所に映像媒体を固定する。後は詠唱を唱えるだけで、見たいときにそこから送られてくる映像をいつでも見ることができるというのが、この術の大まかな内容である。
マリアはこれを使って、セントクレアに接近しつつある魔物の群れを発見したのだ。
「いやぁ~さすがはマリアちゃん。マリアちゃんがこの学校に来てから、警備隊の連中が都市外まで見回りをしなくて助かるってお礼を言ってたぜ。やっぱりマリアちゃんはこのセントクレアの宝物だね」
「ほんとほんと。マリアさんのビジョンって魔法、超~便利だよね。かなり遠い所の物をいつでも見ることができるし、ひょっとしたらそれを使えばテストの点数も見放題♪ あ~あ~私もそういったことができたらなぁ~」
「そう言ってもらえるとうれしいです。……でも、この魔法も万能ではありません。それこそ元のエネルギーとなる魔粒子の消耗が激しいので長くは使えないですし、異なる術式をふたつも使用するかなり複雑な魔法ですし、それに映像媒体から送られてくる情報は使用者の前に映し出されてしまうので、ミシェルが思うようなことはできないですよ」
平坦なマリアの口調にミシェルがへぇ~と言いながら、身を乗り出してマリアの説明に相槌をうつ。
するとセリナから見て対角線上の位置にいる、今までずっと黙っていた巻き毛の金髪の男が、気取ったようにえへんと咳払いをすると、その白い歯をきらりと光らせて嫌みったらしく言った。
「あの~会長とミシェル。僕としてはそろそろ話の続きを聞かせてもらいたいんですけど……」
「……そうですね。話を変えてしまってすみませんでした」
私全然っ気にしていませんからと言っているかのようなしれっとした態度でマリアが謝り、ミシェルはミシェルで歯を向き出しにしてい~っとこの男に威嚇する。
しかし男は特に気にした様子を見せず、自分の髪型が気になるのか金髪の巻き毛をまたいじり始めた。
この男の名前はギルト・ハーデュロイ。セリナが大嫌いなネイグトと同じ四年生である。
ギルトは同じ生徒会メンバーのケヴィンやネイグトと折り合いが悪く、なにかにつけては喧嘩ばかりしているのをセリナ達は何度も目にしている。
それもギルトの性格を考えればそうなるのも無理はないのかもしれない。
なぜならギルトは自分の存在を至上のものとしているナルシストなため、年も近くて同じような位置にいるケヴィンやネイグトがとことん気に入らないのだ。
そんなギルトなのだが、以前セリナが一年生の時に行われた生徒会メンバー同士による試合でギルトをこてんぱんに負かしてやったときがある。
その時ギルトはボロボロの体でセリナを下からねめつけ「……この僕が一年生に負けるなんてありえない。……この僕が一年生に負けるなんてありえない。……この僕が一年生に負けるなんてありえない」をずっとうわごとのように連呼していた。
正直あれにはいろんな意味でぞっとさせられた。
勘違いされると困るのだがセリナ自身は決して男嫌いではない。ただこの生徒会の男メンバーはみんな外ればかりね。そう思わずにはいられないのだ。
「それでは話を戻しますが、今回は魔物の群れに魔獣はいません。……ですが、魔物の数がいつもよりも少し多いのです。ですから自警団の方々と、この生徒会から二人のメンバーを投入して魔物との戦闘にあたりたいんです。そのためにもまずはその二人を選ばなくてはならないんですが……今回はネイグトとこのわたしマリアでよろしいでしょうか?」
マリアはそっとこの場にいる全員に了解を取るための目配せをした。
もちろんその決定に異論は無い。これで今日の生徒会の集まりも終りね。そう思ったときであった。
「おいおい会長、そりゃあねぇだろ。俺ぁこの間だって魔物退治に行ったんだぜ。今回は俺は行きたくねぇ」
なんとネイグトが椅子をいささか乱暴に鳴らして立ち上がると、その決定に難色を示したのである。もちろんそんなことは今までになく、やれと言われれば渋々ではあるがちゃんと行っていたのがネイグトなのだが、今日はどうしてか本気で嫌そうな顔をしている。
「ネイグト、おまえバカじゃねぇのか!? せっかくのマリアちゃんのお誘いを断るなんて……俺には信じらんねぇ」
ケヴィンがありえない生き物を見るような目つきでネイグトを見ると、ギルトがはぁ~とおおげさにため息をついた。
「やれやれ。これだから頭の悪い単細胞は困るね。自分の事しか考えてないから始末に置けないよ」
「なんだと! おいっ! そりゃおまえのことだろギルト! 言わせておけばいい気になりやがって……」
「おっなんだい。僕とやるのかいネイグト。僕としてはいっこうにかまわないんだけどねぇ」
ネイグトとギルトがお互いに凄みをきかせて睨み合い、お互いの武器に手を伸ばそうとすると、マリアが叱声を上げた。
「二人ともやめてください!! わたしは二人を喧嘩させる為に呼んだのではないんですよ! 喧嘩をするのなら訓練場で他の人の迷惑にならないように好きなだけしてください! ……その代わり施設を壊してしまったり、二人が大怪我を負っても、わたくし達生徒会はいっさい責任は負いません!」
マリアの有無を言わせぬ迫力に押されたのか、ネイグトとギルトは武器を取ろうとして宙に浮いていた手をすっと戻す。そしてお互いを見ないようにふんっと言ってそっぽをむいた。
一応この場での騒動を押さえることはできたみたい。いつもこんなだから頭が痛くなってくるけど。
セリナが頭に手をやり、マリアがはあっと軽いため息をひとつ吐くと、この険悪な空気をまったく読めていないのか、それともあえて読もうとしていないのか、ケヴィンが「はぁーい! はぁーい!」と子供のように明るく手を挙げた。
マリアがケヴィンに「なんでしょうか?」と尋ねると、ケヴィンは甘いマスクでにっこりと笑う。
「ネイグトが行かないんだったら俺が行っきまぁーす」
「ケヴィンがですか? ……分かりました、いいでしょう」
マリアが二つ返事で了承すると、ケヴィンがまさに宙に飛び上がらんとするほどにがたんと椅子を蹴った。
「やたっ! これでマリアちゃんとふたりきり~……おいっネイグト。後で変わりたいって言っても変わってやんねぇからな」
「そんなこと言わねぇよ。せっかくのチャンスだしな」
「……チャンス? なんかあんのか?」
「へっ、なんでもねぇよ」
ネイグトの意味深な発言にケヴィンが首を傾げる。するとマリアが話をまとめ始めた。
「では、今回の魔物討伐にはわたしとケヴィンで向かいます。ケヴィンは明日の日没までにセントクレアから南に少し離れたソルト平原にて待機していてください。そこでわたしと合流した後、警備隊の方々と共に魔物の群れに攻撃を仕掛けます。後の四人は生徒会室で緊急時に備えて待機。……以上です。この決定になにか不満がある方はいますか?」
「ありませーん!」「ねぇな」
ケヴィンはマリアと行くのが余程嬉しいのかハイテンションで声をあげると、ネイグトは満足そうに口元を歪めて笑う。
「では今回の生徒会の集まりはこれにて終了です。みなさんわざわざ忙しい中をすみませんでした。では解散します」
マリアが全くの無愛想のままみんなをねぎらうと、まず真っ先にネイグトが立ち上がった。
そしてセリナに対してにやっと怪しげに笑うと、扉を開けて生徒会室から出て行ってしまう。次いでギルトも生徒会室を後にした。
「いやぁ~今日はほんとについているなぁ。マリアちゃんと一緒に魔物退治ができるなんて。これで俺がかっちょよくて、頼りになるところをマリアちゃんに見せてやれば――――『ケヴィン。わたし今まで気づきませんでしたけど、あなたって実はとっても頼りになるんですね。わたし今日のあなたの戦いぶりを見てとても感動しました!』『……マリアちゃん。これぐらいは俺にとって朝飯前だよ。そんなことより君に怪我がなくてよかった』『まあ、ケヴィン。あなたは強いだけではなくて、とっても優しいのですね。……わたしそんなあなたが……』『マリアちゃん……』『ケヴィン……』……なぁ~んてことになったりして!」
「……あなたって真正の馬鹿でしょ」
「……うわっきもっ」
一人で猫撫で声を出したり、クールに決めようと妙に低い声を発しながら一人芝居を演じるケヴィンを見た女性陣の反応はとても冷ややかだった。
セリナは白い目でケヴィンを冷ややかに見つめ、ミシェルはその小さな体を掻き抱いてぶるっと身を震わせた。
「ちょっと二人共、冗談だって冗談。そこまで本気で引いて嫌がられちゃうと、冗談を言っている俺としてはかなり傷つくんだけど……ちょっとマリアちゃん、ふたりになんとか俺のフォローをしてあげてっ」
ケヴィンは整った眉を下げ以外にがっしりとした肩を落とすと、マリアに話を振った。
話を振られたマリアはいつもの無表情の中に、セリナ達よりも数倍低い温度の冷たさを宿して
「……無理です。あなたの、その全身から無駄に溢れている邪気はフォローのしようがありません」
「マリアちゃーーん! 何気に君が一番酷い事言ってるんだけどーーっ!」
マリアに止めを刺されて、ケヴィンは涙ながらにそう叫ぶとそのまま机に突っ伏してしまった。
はぁ~付き合ってられない。
セリナはやれやれといった感じで立ち上がる。するとマリアも立ち上がりセリナに歩み寄ってきた。そして机に突っ伏しているケヴィンや、その金髪の頭をつんつんと指でつついているミシェルには聞こえないように、セリナの耳元で囁いた。
「……セリナ、気をつけたほうがいいですよ。生徒会のメンバーを疑いたくはないのですが、ネイグトは絶対あなたに気があります。ひょっとしたらあなたに何かしてくるかもしれません」
これには少しびっくりして目を丸くした。気づいているのは自分だけだと思っていたのに、どうやらマリアも気づいていたらしい。
「とりあえずマリア心配してくれてありがとう。……でも私は大丈夫よ。いくらネイグトが生徒会のメンバーだからって、あいつぐらいの奴相手に私は遅れをとるつもりはないし、もし襲ってきたら襲ってきたで私が返り討ちにしてやるから」
セリナは明るく笑って力瘤を作るようなポーズを取ると、その腕に手を置いた。
「そうですか、ならいいんですけど」
しかしセリナがそう言ってもまだ心配なのか、マリアは無表情を崩し、眉を下げて、心配そうな視線を送ってくる。
「あ、そういえば今日、セリナのパートナーさんに会ってみたよ」
するとやぶさかにミシェルが、セリナ達の間に割り込んできた。
「へぇ~セリナのパートナーですか。たしか以前セリナから聞いた話では普通組の方でしたよね。わたしも是非会ってみたいと思うのですが……一体どんな方でしたか?」
「それは俺も気になるな。美人で強くて、生徒会にも入っていて将来有望なセリナちゃんのパートナーになれた運のいい奴は一体どんなやつなんだ? 野郎か? それとも美がつく女性か? もし野郎だったらゆるさねぇ!」
いつのまに復帰したのか、ケヴィンが執拗にミシェルに尋ねてくる。その表情は完全に本気である。
「う~んとねぇ、男の子だよ」
「ぐわぁ~~っ! 男かぁ~~! そいつ死ねばいいのに!」
一人暴走するケヴィンを完全無視してミシェルは続ける。
「えっとぉ、なんか女の子みたいな人でぇ~細っこくてなよっとした人でぇ~気が弱そうな人でぇ~」
「……ミシェル。わたしが聞きたいのは、普通組のその方が一体どれくらいの強さを持っているかということです。本当にセリナの実力に見合う人物なのですか?」
「あ、あはは。その人今日の選抜組との訓練ですぐにやられちゃって、皆にすごい笑われてたなぁ」
ミシェルはばつが悪そうに頭に手をやりながら笑うと、マリアは無愛想な顔をおもいっきりしかめた。
「そんな人とセリナが一緒ではその人も気の毒ですし、なによりセリナが大変です。生徒会に入っていますから自分の将来のこともかかっていますしね。……校長先生に言ってすぐにでも変えてもらいましょう。本来はもう駄目ですが、多分私が言えばなんとかなるはずです」
マリアは席を立つと早速、校長室に向かおうとする。
まさにアルトの思惑通りにいきそうになったのだが、意外にもアルトにいつもつっかかっているセリナが慌ててマリアの腕を掴むと彼女を引き止めた。
「待って! お願い! 私はできれば彼と一緒に組んでみたいの。マリア私は別に大丈夫だから」
息もつかせずにそう話すと、マリアとケヴィンが不審そうな視線をセリナに投げかけてきた。
「へぇ~あなたが他人の、しかも男の子をそんなに必死になって庇うとは……どこか怪しいですね」
「ぜ、全然怪しくなんかないわよ。一応私のパートナーとして選ばれたんだから、これぐらいの事はと、当然よ。そ、それに、私がそんなことを言ってパートナーを変えると、まるで私が普通組の人達を嫌ってるみたいに思われるじゃない」
マリアはいまだ疑いの晴れぬ眼差しでセリナをじっと見る。やがて根負けしたのかマリアはふうっと息をついた。
「まあいいでしょう。とりあえず今日はそういうことにしておきます。……でも、いつかちゃんとした話の場を開かせてもらいましょうか」
マリアはそう言うと、鞄を手に取り、後ろに束ねた青い髪を靡かせながら生徒会室を後にした。
なんとなく生きた心地がしなくなったセリナ。ミシェルのほうをさっと振り向く。ミシェルはあははと苦笑しながら身を乗り出すと、さっきのセリナ達のやり取りを見ていまだ不審そうに眉をひそめてるケヴィンには聞こえないように、ひそひそと耳元で喋り始めた。
「ふぅ~なんとかばれずにすんだね」
「あんなんじゃ隠している事がばればれよ。……というかミシェル。あなたは事情を知っているんだから、しっかりフォローしてよ。ミシェルのせいで、アルトは完全にマリアに目をつけられちゃったじゃない」
「だってぇ私アドリブ苦手なんだも~ん。それにちゃぁんと分かってるって、誰にも言うなでしょ。
任しておきなさ~い。こう見えてワタシはけっこう口が堅いのだぁ」
ミシェルはぱちんとウィンクをすると、にゃははと笑い始める。
「おいおい。俺をのけものにしてふたりでひそひそと内緒ごとですかぁ。かぁぁぁ、妬けてきちゃうねぇ~」
とここでケヴィンが話に割り込んできて二人を茶化した。
「うっさい! ケヴィン! ワタシは今セリナと話してるんだから邪魔しないでよね! この万年下半身発情男!!」
「ちょぉぉぉぉ! お、おまえぇ! 一体セリナちゃんの前でなんてこと言いやがるんだ! このツルペタ娘は!」
「なんだとぉぉぉぅ! 俺は女性に優しくするのがモットーじゃなかったのかよぉ」
「残念でしたぁ俺の優しさに幼女は含まれませ~ん」
「キィィィィィ! むかつく~!」
ミシェルは地団太を踏むと、調子に乗って言いたい放題言いまくるケヴィンに制裁を加えるべく、長机を飛び越えてケヴィンに掴みかかっていった。
(……本当に大丈夫なのかなぁ、もう)
ケヴィンの胸倉を掴み、あーだこーだ喚いているミシェルを見て、本気で心配になってくるセリナだった。