第9話 「空を突く石の巨塔」――シバの女王のオベリスク(アクスムの石柱群)
エチオピア北部、ティグレ地方の古都アクスム。ここに、世界遺産「アクスムの考古遺跡群」の象徴として、巨大な花崗岩の石柱(ステラ/オベリスク)が林立している。高さ20mを超えるものも珍しくなく、最も大きいものは倒れた状態で33m超、重量550トン以上とも言われる。これらは紀元前〜紀元後、特に3〜4世紀頃のアクスム王国時代に作られたもので、現地では「ハウェルティ(hawelti)」と呼ばれ、王の墓標や権力の象徴、または祖先崇拝の記念碑と考えられている。
(アクスムの北部ステラ公園の全体像。複数の巨大オベリスクが立ち並ぶ様子。背景に緑の丘と青空が広がる実写写真)
アクスム王国は紅海交易で栄えた強大な王国で、独自の文字(ゲエズ文字)、貨幣、キリスト教を早くから受け入れた文明だった。石柱の多くは多段の「窓」や「扉」のような彫刻が施され、まるで何階建てかの建物を模したようなデザイン。最も有名な「アクスム・オベリスク」(高さ24m、重量160トン)は、1937年にイタリア軍によってローマに持ち去られ、長い交渉の末2005年に返還され、2008年に元の場所に再建された。
(アクスム・オベリスクのクローズアップ。精密に彫られた多段の窓や扉の模様、頂部の半円形がはっきり見える実写詳細)
最大の謎は「どうやって運び、立てたのか」。硬い花崗岩を一枚岩から削り出し、数十トン〜数百トンの巨石を数km運び、垂直に立てる技術は、現代でも驚異的。鉄工具が限定的だった時代に、どのような方法(ロープ、土坡、レバー、集団労働?)を使ったのか、完全には解明されていない。倒れた最大の石柱は、建設中に失敗した可能性が高いとされる。
この石柱群は、**シバの女王(メケダ女王)**の伝説と深く結びついている。エチオピアの古書『ケブラ・ナガスト(王たちの栄光)』によると、シバの女王はソロモン王を訪れ、息子メネリク1世を生み、彼が契約の箱をエルサレムからアクスムに持ち帰ったとされる。アクスムには「シバの女王の宮殿跡(ドゥングル宮殿)」や「シバの女王の浴槽」と呼ばれる遺跡もあり、地元ではこれらの石柱が女王の時代や王国の栄華を象徴すると信じられている。
(アクスムの石柱群と周辺遺跡の風景。遠景に宮殿跡や教会が見える実写で、歴史の深みを感じさせる)
アクスムはUNESCO世界遺産に登録され、地下墓室や王の墓も発掘されているが、石柱の正確な目的や、巨大石を扱う技術の全貌はまだ謎のまま。シバの女王の黄金の都、失われた文明の記憶、そして契約の箱の伝説……アクスムの石柱は、静かにそれらのロマンを語り続けている。
※このエピソードはすべて実在の歴史的事実とUNESCO登録情報、考古学的知見に基づいています。
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