7.硬い沈黙
「レディ・イレーナ。あなたのような淑女の鑑と皆に仰がれる方が、結婚の誓いをいともやすやすと踏みにじり、妻としての義務を放棄した者をかばわれるとは驚きです。
婚家に悪評が立ったら、生まれたばかりの子を置いて実家に逃げ帰る。
それが妻というものなのですか?
それが母というものなのですか?」
イレーナは、言葉に詰まった。
ジョルジェットは、おろおろと視線を泳がせながらも口を開く。
「……そうは言っても、コンスタンスだって、ずいぶん苦しんだのですよ。
実家と、婚家の板挟みになって」
やはり、ジョルジェットはレディ・コンスタンスとかなり親しかった様子だ。
ということは、ベアトリスやイレーナもそうなのだろうか。
ルシアンは、ほんのりと笑った。
「そうですか。
しかし、うかがいたいのですが、レディ・コンスタンスはご実家に対して、なにか少しでも抗ったのですか?
ご存知ないかもしれませんが、彼女は自分のものを、すべて持ち出して実家に帰ったのですよ。
ド・トレモンが関わっていた証拠は、なに一つリュイユールに残さないと言わんばかりに」
ルシアンは、ジョルジェットを優しく見つめた。
「レディ・ジョルジェット。あなたは素晴らしいレースの襟飾りをされていますね」
「え、あ」
いきなり襟飾りを褒められて、ジョルジェットは戸惑った。
襟飾りは、ボートネックの襟から、肘より少し上まで覆うもの。
白地に、色とりどりの花模様を散らした見事なものだ。
ジョルジェットのベージュのドレスは、ベアトリスやイレーナのドレスよりかなり見劣りするが、この襟飾りのおかげで、貴族の女性としての面目がなんとか立っている感じすらある。
「そんなものが一つでも残っていたら、幼い私にとって、母を偲ぶよすがになったかもしれない。
しかし、彼女はなにも残さなかった。
いくら実家に命じられたとはいえ、残そうと思えば、なにかしら残せたはずです。
でも、彼女はそうしなかった。
手紙どころか、メモ一枚、レースの切れ端すら。
それだけ徹底して縁を切ったのに、今更、なにをどうしろというのです?」
「で、でも……」
すっとルシアンは表情を消した。
「個人的には、例の事件そのものより、妻に裏切られたことが父を苦しめ、命を縮めたのだと思っています。
私にとって、彼女は……いわば、父の仇なのですよ」
広いダイニングに、硬い沈黙が落ちた。
ふと、カタリナが、斜め前に座るルシアンにほんのり微笑んでみせた。
ルシアンが微笑み返して、わずかに肩の力を抜く。
「……ルシアン卿のお気持ち、お察しいたしますわ。
ユリアーナ大伯母様が、物事にはめぐりあわせというものがある、無理強いしても、良いことはないとおっしゃっていたのを思い出しました」
ユリアーナというのは、カタリナの大伯母だ。
ローデオン大公に嫁ぎ、現大公を産んだ。
閉鎖的なローデオン大公国から逃げ出し、「流浪の大公妃」と呼ばれながら大陸社交界の華と謳われた伝説的な女性だ。
美術愛好家としても名高く、汚名のせいで傾きかけたリュイユール伯爵家から、超事故物件扱いだったトレヴィーユ荘を買い取り、カタリナに遺している。
「ああ、ユリアーナ様がご健在だったら、そんなことをおっしゃりそうね。
あの方は、とにかく交渉事がお上手だった」
ベアトリスが、ほっとしたように頷く。
「めぐりあわせといえば、わたくしがサン・ラザール公爵家コレクションの展覧会を開くことになったのも、不思議なめぐりあわせですよね」
カタリナは、強引に展覧会の話に戻そうとしたが、不意に瞳がきらめいた。
身を乗り出して、公爵とイレーナ越しに、バティストに視線をやる。
「そうだ。バティスト卿、あなたが展覧会を開くことになったら、どんな物を展示するかしら?
大陸のどこからでも、好きな物を選んでいいってことにしましょうか。
あなたに、そんな話がめぐってくることだって、あるかもしれないじゃない」
「は!? わ、私ですか!?」
重い空気の中、できる限り存在感を消していたバティストが、いきなりカタリナに声をかけられて驚く。
「カタリナ。なぜこの私に聞いてくれないんだね?」
公爵が、わざと片眉を大げさに上げ、冗談めかして抗議した。
「伯父様にうかがったら、大陸美術史の概説に始まって、名作に傑作、それを描いた画家たちの解説で朝までかかるじゃないですか。
それに、大展覧会の主催者として、若い人の意見も聞かないと」
カタリナは、いたずらっぽく笑う。
フレデリックが、声を立てて笑った。
「だめですよ、バティストにそんなことを聞いたら。
彼は地質学専攻だし、魔石や鉱物に関しては、一家言あるんだから」
考え込んでいたバティストが、眼を上げた。
「なんでもアリなら、まずはエルメネイア帝国の帝冠ですね。
初代皇帝が討伐した錬龍から採取された魔石『レギウス』が嵌め込まれていることで有名ですが、両脇に配された一対のエメラルド・キャッツアイが素晴らしい。
稀少なエメラルド・キャッツアイ、しかもあの大きさでほぼ同じものが2つ揃っているのは、正に奇跡。
石好きで、一度じっくり鑑賞してみたいと願わない者はいません。
次に、大聖女猊下の錫杖に嵌め込まれた300カラットを超える緋色の魔石『慈愛の劫火』、覗き込むと炎のように光がゆらめくと言われていますが──」
堰を切ったように、バティストは早口に語り始めた。
そういうネームド・ストーンなら自分も意見がある、と公爵が乗っかる。
「あらあら。本当に朝までかかりそうね!」
ベアトリスが夫をからかい、リュイユール伯爵ルシアンと、その母コンスタンスの問題は、いったん棚上げとなった。
それから夏鹿のローストや、桃のコンポートが出て、晩餐はなごやかに終わった。
サロンで、コーヒーが供されることになる。
もう人数合わせは必要ないので、クレールは「では失礼いたします」と、お辞儀をして自室に下る。
ジョルジェットも、少し食べすぎたようだと言いながら、下がっていった。
ソレルは、ちょっと引っかかった。
ベアトリスはジョルジェットを気遣っていたが、イレーナは肩をそびやかしただけで無言。
むしろ、ジョルジェットが下がって、いかにもせいせいしたという表情だ。
この三人、見た感じ同世代だが、なにかあるのだろうか。
サロンは本館らしい、羽目板張りの部屋だが、床はダークグリーンのふかふかの絨毯。
柔らかそうなソファもいくつも置かれ、燭台なども優美なデザイン。
正餐室のように煌々と輝くシャンデリアはなく、壁灯やフロアライト、テーブルランプでほんわりと明るくしている。
落ち着いた雰囲気だ。
ベアトリスとイレーナ、カタリナは、火の入っていない暖炉を囲むように置かれたソファに座り、昨シーズンのファッションの総括と来シーズンの予想という、王道かつ無難な会話をはじめた。
しかし、自分はどこでどう過ごせばいいのだろう。
銀縁眼鏡の王太子秘書官ノアルスイユ
「お初の方は初めまして。今作では本編に登場しない男、ノアルスイユです。
作中、『トレヴィーユ荘事件』と呼ばれている毒殺事件では、レディ・カタリナにめっちゃこき使われました…あ、ちなみに『公爵令嬢カタリナの計略』という作品です。詳細はページ下のリンク参照で。
ところで今作、古城に集まった客人達、なんか揉め事起きそうな気配…という王道展開となり、『犯人はこの中にいる…!』とドヤ顔キメたくなりますが、その前に、『被害者がこの中にいる(はず)!』
最初の晩餐で無事揉め事も発生したこのタイミングで、皆様に本作の被害者を当てていただきたく存じます。
雑推理でもガチ推理でもメタ推理でも、占いでもダーツ投げでもアミダクジでもなんでもアリ!
予想は1人でも複数人でも全然OKです。殺人が発生するのは第15話(登場人物一覧を除く)ですが、15話公開後でも、なんなら完結後でもぜひ!
予想は、この回の感想欄にさっくりとお寄せください! お心のままにビシバシ予想していただければ幸いです。
いうて、若干名、未登場のキャラクターもいます。『晩餐の出席者の中に被害者&犯人がいると見せかけて、実はそっちやろ??』と裏をかいていただいても結構です!
ちなみに私は、
本命:イレーナ(性格キツい系マダム、お屋敷ミステリでわりと殺されがち)
対抗:バティスト(ちょいオタいいヤツ系貴公子。なんで殺されたのか、ほんとわかんなさそう)
大穴:ソレル(語り手が途中でいきなり殺されてた作品、どっかで読んだ。なんだったっけ…)
で行きたいと思います!」(眼鏡くいー)




