6.晩餐会の規律
またこのパターンか! とソレルは内心ひとりごちた。
カタリナの美貌にあてられた紳士が、一目惚れしてしまうのを前にも見たことがあるのだ。
とはいえ、悪名高い「破天荒令嬢」にアプローチできる猛者はそうそういない。
まず、カタリナの美貌、教養、魔力、財力、人脈、諸々のハードルが高すぎる。
それに、カタリナの父であるサン・ラザール公爵も怖い。
彼の機嫌を損ねた者は、いつのまにやら社交界から消えているという噂まで普通にあるのだ。
そんなわけで、カタリナに恋をしたものの、どうにもならず、指をくわえて彼女を遠くから眺めている者は、社交界にまあまあいる。
カタリナ本人は、気がついているのかいないのか、ちょっとわからないが。
「バティスト?」
フレデリックが、訝しげに友人の眼の前で手を振った。
「……あ、ああ。レディ・カタリナ。お目にかかれて光栄です」
さすが子爵家の子息。
バティストは、なんとか立て直した。
ついでと言わんばかりに、カタリナはフレデリックとバティストにソレルを紹介してくれた。
早速、バティストに妙に警戒したような視線を投げられて、ソレルはうへあとなった。
「待たせてしまった。私たちが最後かな?」
そこに公爵夫妻がやってきた。
後ろに、淡い緑の晩餐用ドレスを着たクレールの姿も見える。
「あとはジョルジェット?
あの人、いつも支度が遅いんだから」
言いながら、イレーナはクレールをチラ見して軽く眉をひそめた。
晩餐に秘書も加わるのが、気に食わない様子だ。
「今日は、男性が一人多いからね。
こういう時には、クレールに入ってもらうのがいい」
公爵は軽く説明すると、そこにベージュのやたらとふわふわしたドレスを着た中年の貴婦人がよたよたとやってきた。
もとは濃いピンクだったのだろうが、白髪がだいぶ増えて、淡いピンクに見える髪を、既婚女性の風習に従ってふんわり結い上げている。
蒼い眼はまるっこく、顔や体型もまるっこい。
ソレルは、ジョルジェットにも紹介してもらい、一同、ヴェルモットを味わって、ようやく正餐室に入場ということになった。
流れるように、シムノー公爵がメインゲストであるカタリナをエスコートしながら先頭に立つ。
その次にゲスト男性では最上位のリュイユール伯爵が、公爵夫人をエスコートし。
公爵夫人に次ぐ地位の女性はレディ・イレーナなので、バティストが彼女をエスコートし。
続いて、フレデリックが、レディ・ジョルジェットをエスコートする。
自然に形成された列に、平民のソレルは平民のクレールを見様見真似でエスコートして加わり、殿を務めた。
正餐室は、やはり羽目板張りの重厚な作りだった。
頭上には、大きなシャンデリアが3つ。
奥の壁には、詰めれば大人が五人くらい入れそうな巨大な暖炉。
真ん中に、二十人くらい着席できそうな長いテーブルがあり、真ん中に公爵夫妻が向かい合わせに着席した。
続いて、公爵の右手にカタリナ、左手にイレーナ、その向こうにバティスト。
公爵夫人の左手にフレデリック、右手にルシアン、その向こうにジョルジェット。
誰も指示していないのに、地位に応じて規律正しく、男女が交互に着席していく。
皆、互いに序列の感覚が身についているのだ。
自分はどこに座るんだろうとまごついていたら、フレデリックの左にクレールが座ったので、ソレルは慌ててその向かい、カタリナの右手に座った。
クレールが呼ばれたのは、ゲストでただ一人の平民である自分と、釣り合いをとるためかもしれない。
めいめいの後ろに、給仕がつき、晩餐が始まる。
アミューズは、フォアグラのムース、夏野菜のタルトレット、ズッキーニの花のフリット。
スープは、トパーズのような色味の冷製コンソメ。
オードブルは、カエルの足のフリットと、うずらのガランティーヌ。
カエルが苦手なソレルは、うわ、となったが、思い切って食べてみると、くさみもなく、普通に美味しかった。
魚料理は、カワカマスのクネル。
赤いソースはなんだろうと思ったら、どうもザリガニのようだ。
食器は、透明感のある乳白色の器の縁に金泥を施したもので、シムノー公爵家の象徴であるアザミの文様が入っている。
冷たいものは、カットガラスの器に盛られて出てくるが、そこにもアザミ。
料理の度に取り替えられるワインのグラスは、それぞれ微妙にかたちが違い、ワインの特徴に合わせているようだ。
もちろん、どの皿も美しく盛り付けられている。
これが、貴族の「普段の夕食」なのかとソレルは驚嘆した。
食器の管理をするだけで、きっと大仕事だ。
ソレルだって、実家は使用人を数名置いている地主だが、この豪奢さとは比べ物にならない。
会話は、公爵夫妻とカタリナ、ルシアンを中心に、美術展の話題で盛り上がっている。
イレーナも、彫刻には一家言あるようだ。
ま、被害者の身内であるルシアンがいるところで、トレヴィーユ荘の毒殺事件の話はできない。
そこまで美術に詳しくないソレルは、流し聞きしながら正面に座るクレールをそっと盗み見た。
クレールは気配を消しているが、会話を十分理解できているようで、小さく頷いたり、微笑んだりしている。
不思議な女性だな、とソレルは思った。
慎ましやかに振る舞っているが、こういう席にも場馴れしている様子だ。
大粒のオパールのネックレスと揃いのイヤリングは、ベアトリスが貸したのだろうか。
ふと、クレールの隣のフレデリックが、妙にクレールを意識しているのに、ソレルは気がついた。
彼女に視線を向けまい、向けまいとしながら、結局チラチラ見ている。
彼女の気配を慕うように、左肘がほんの少し彼女の方に寄りすぎている。
クレールが初恋の人だとか、そういうアレなのだろうか。
フレデリックは子供の頃からこの城に遊びに来ていたのだろうから、十代半ばでクレールと出会っていたら、普通にありえそうだ。
たとえば、15歳のフレデリックが、23歳の美しいクレールに恋をした、とか。
既に成人とみなされている現在のフレデリックが、伯父の秘書であるクレールに用もないのに接触するのは難しい。
だが、半分子供、半分大人という微妙な年頃の時なら、そのへんも緩かっただろうし、もだもだと悩みがちな時期の光として、フレデリックの眼に映ったのかもしれない。
とはいえ、本気で恋をしたとしても(そして、クレールが応えたとしても)、傍系王族を母とする侯爵家の子という立場で、平民の秘書と結婚するなど言い出せば、廃嫡の憂き目は免れないが──
最初の肉料理として子羊のロースト、口直しに白ワインのソルベが出て、そろそろメインのジビエが来るという時。
それまで、大人しく話を聞いていたジョルジェットが、おずおずと口を開いた。
「ところで、ルシアン卿……
その、コンスタンスに連絡はされたんですか?」
ちょうど会話が途切れたタイミングで、ジョルジェットの声は正餐室に響いた。
コンスタンス。
確か、ルシアンの母親の名前だ。
「トレヴィーユ荘事件」直後、早々に実家に戻って、夫が亡くなるまで別居していたはず。
呼び捨てにしているし、ジョルジェットは、ルシアンの母親の親しい友人なのだろう。
「連絡? 私がですか?」
ルシアンは、眼を見開いた。
妙に、芝居がかっている。
「彼女の実家、ド・トレモン伯爵家が、私とのつきあいを復活させたいと、あちこちに働きかけているのは知っています。
あちらとの間を取りなそうとされる方は、あなたが初めてではありませんので。
ですが、縁を切ったままでいいのではありませんか?
私にとっては、赤の他人のようなもの。まったく問題を感じません」
ルシアンは、美しい微笑を浮かべてジョルジェットを見やった。
「ルシアン卿。それはあんまりじゃありませんか!
女は、命がけで子を産むんです。
その言い草は、母という存在そのものを侮辱しているわ!」
イレーナが眉を寄せて、ルシアンをなじる。
「おっしゃる通りなのでしょう。レディ・イレーナ。
とはいえ、私は母親のことを何も知らないんです。
知っているのは、自分が声をかけると、父がいつも寂しげに微笑んでいたこと。
私はレディ・コンスタンス似らしいので、父は無情にも去っていった妻を思い出していたんでしょうね」
ルシアンは、微笑みを崩さないままグラスを口元に運んだ。




