07.オリュンポスの放送があったので疑心暗鬼になりました
突如、街に声が戻った。
電気も水も、来ない。
通信も遮断されたまま。
しかし、ビルの外壁に設置された非常用スピーカー、
発電機で動く一部の公共端末から、同じ音声が流れ始めた。
『――市民の皆様へ』
それは、何度も聞いた声だった。
オリュンポス・デジタルの公式アナウンス。
クリアな音質、無駄のない間。安心感を覚える声。
『現在、国内では出所不明の放送による誤情報が確認されています』
広場に集まっていた人々が、顔を上げる。
『これらは、政府機関を装ったテロ行為の可能性があります』
「テロ……?」
誰かが呟く。
『市民の皆様の安全を最優先するため、当社は独自の判断で、病院・救急・一部重要施設の緊急復旧を開始しました』
ビルの広告用の画面に、映像が流れる。灯りのついた病院。
手元のラジオは、むき出しの導線とティッシュペーパーを乗せたみすぼらしい板だ。
『無秩序な非公式インフラに騙されてはいけません。国家転覆の片棒を担ぐことのないよう、情報の遮断を推奨します。』
鉱石ラジオを非公式インフラとする警告。
これは鉱石ラジオへの、オリュンポスからの宣戦布告だ。
商店街の片隅。
鉱石ラジオを囲んでいた人々の間に、沈黙が落ちた。
ラジオからは、相変わらずノイズ混じりの政府放送。
淡々と避難所、水の配布、医療拠点に関する情報が流れている。
――誤情報。
――テロリスト。
――装っている。
「……どっちが本当なんだ」
若い男が、ラジオを見下ろして言った。
「本当に、病院が動きだしたのか…?」
「オリュンポスが言ってるんだから、そうなんだろう」
「鉱石ラジオの”政府”は、本物なのか…?」
答えは、ない。
別の場所では、口論が始まっていた。
「オリュンポスが言ってるんだぞ!」
「助かる命があるなら、従うべきだろ!」
「でも、ラジオの情報通りに水をもらえたよ!」
「一体、何を信じればいいんだ!!」
荒い声に連鎖し、ヒートアップしていく。
疑いが、相手ではなく選択そのものに向けられていく。
誰もが、選択を間違うことを恐れている。
蓮は、少し離れた場所で、その様子を見ていた。
鉱石ラジオを握る手に、汗が滲んでいる。
オリュンポスの声は、いつでも安定していて、安心感をおぼえる。
一方で、このラジオの声は小さく、途切れがちで頼りない。
「……俺たちが、間違ってるのか…?」
誰にともなく、蓮は呟いた。
もし、佐藤がテロリストだったなら。
放送をしているのが、本当に政府を装った何かだったら。
「…俺は、また、信じるものを間違えていないか――?」
蓮は、目を閉じた。
「信じるべきは、どっちだ。何を根拠に、信じればいい…?」
街は、その選択を迫られていた。




