表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

6/9

06.閑話:制御不能な希望

古い地下施設に非常灯の明かりだけが光っている。

湿ったコンクリートの匂い。


胸ポケットの奥で、短く振動する感触。

佐藤は、配管の継ぎ目にレンチをかけたまま、耳に指を当てた。


「……こちら、佐藤。聞いてる」


返事は即座に返ってきた。

ノイズ混じりの、低く落ち着いた声だった。


『こちら中央。状況報告だ』


佐藤は周囲を一瞥する。


「どうぞ」

『中波および鉱石ラジオに関する情報が、市民レベルで拡散を開始している』


佐藤の手が、一瞬だけ止まった。


「……早いな」

『想定より二段階上だ。ネットワーク依存なし。複製性が高い』

「そうか」


佐藤はレンチを回し、管を伝わる微かな振動で圧を確認する。

水は、安定して流れている。


『発信源は単一ではない。すでに各地で独立した放送・配布が確認されている』

「もう奴さんには止められねぇな」


一拍、間があった。


『……佐藤、君の判断か』


佐藤は鼻で息を吐いた。


「若いのが動きたそうにしてたから、教えただけだ」

『理由は』

「いい目をしていた」


震えながら、しかし無線機を受け取った姿を思い出し、口角が上がる。


『現在の指示を伝える』


声が、少しだけ硬くなる。


『第一。非公式インフラについて、現場では黙認とする』


佐藤は目を細めた。


『第二。物理系ライフラインの部分復旧を優先。公式復旧を装わず、最低限をつなげ』

「了解」

『第三。市民への直接指示は、放送に一本化。デジタル回線は使用不可』


佐藤は、小さく笑った。


「……やっと、腹くくったか」


無線の向こうから、紙をめくる音がした。


『オリュンポス側も、アナログ拡散に気づいたようだ。情報操作が始まっている』

「残り時間があまりねえってか。これでも不眠不休で全力でやってるんだがな」


佐藤は、工具箱を閉めた。


『一点、確認だ』

「何だ」

『君の管轄区域にいる青年――渡奈辺わたなべ 蓮についてだ』


佐藤の目が、わずかに動いた。


「……あぁ」

『彼の行動が、想定を超えている』

「そうか」

『制御できるか』


佐藤は少し考え、そして笑った。


「無理だ。地獄を見た人間は、必死でもがくんだ」


無線が、沈黙する。


「制御できねぇからこそ、今回は意味があるんじゃないのか?指示されたから動く人間だけじゃ、国は持たねぇ」


長い沈黙のあと、無線が低く応えた。


『……記録には残さない』

「そりゃ助かる」


どんな結果になっても、こちらに責任は負わせないという宣言だ。

佐藤はわずかな間、目を閉じた。無線が切れる。


佐藤は天井を見上げ、深く息を吸った。

工具箱を肩に担ぎ、階段を駆け上がる。


地上では、誰かが紙に図を書き、誰かがラジオを組み立て、誰かが声を待っている。

地上で戦っている、あの「あんちゃん」の顔を思い出しながら、佐藤は呟いた。


「……俺も、負けてられないな」


その声には、覚悟と誇りが混じっていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ