05.鉱石ラジオを作ったので、布教しました
ブラックアウトした街は、静寂を通り越して死に絶えたようだった。
外資企業「オリュンポス・デジタル」によるインフラ封鎖。
スマホはただのガラスの板になり、人々は暗闇の中で怯えている。
「やれやれ……。仕方ねぇなぁ……」
突然、佐藤が立ち上がった。
慣れた手つきで棚の上にあったランタンに火を灯すと、古びた畳を力強く剥がす。
そこには、重厚な鉄のハッチがあった。
「……床下……いや、畳下収納?」
「ちげぇよ。重要拠点を繋ぐ『旧・政府専用洞道』への入り口だ。いろいろあってな、その上に住んでんだ。……あ、民間人には秘密なんだった。よそで言うんじゃねぇぞ、あんちゃん」
「は……? えぇ……?」
ぽかんと口を開けている蓮の前で、佐藤が素早く作業着に着替える。
頭にヘルメットをかぶり、ライトを点灯させた佐藤が蓮を見た。
「一緒に来るか?」
「は、はい……!」
放り投げられたヘルメットを装着する蓮の目の前で、ハッチが開かれる。
「約束だからな。ひと仕事やってやるよ!」
蓮は佐藤に続いて、暗く冷たい梯子を降りていく。 鉄の匂いと湿り気は、不快だ。
通路に降り立った佐藤は、慣れた手つきで古い無線機の周波数を合わせ始めた。
「……こちら『さくら1』。トンネルにいる。これよりインフラの迂回工事を施工する。法的責任はそっちで取ってくれよ」
無線の向こうから、重厚で、どこか聞き覚えのある男の声が微かに漏れる。
『……了解。感謝する。日本のインフラを、頼む』
無線機をポケットに仕舞う佐藤に、小声で蓮が尋ねる。
「……佐藤さん、今、誰と話してたんですか?」
佐藤はニヤリと笑った。
「昔、官邸の配管を直してやった時に知り合ったおっさんだよ。
口うるさいが、現場の意見は聞く奴だ」
「は…官邸?! おっさん、何者だよ…」
佐藤が、通路の先をライトで照らす。
「行くぞ、あんちゃん。デジタルで止められても、物理的なパイプは生きてる。手動でバルブを迂回させりゃ、水もガスも流せる。……だが、奴さんはおそらくデマを流すだろうーーそうだな、俺たちをテロリストにでも仕立て上げて、妨害といったところか。とにかく、時間との勝負だ」
「そんなバカな……!佐藤さんは、国を救おうとしているのに…!」
蓮の憤りの表情は、すぐに後悔へと変わった。
「……情報が操作されるのが、こんなに怖いなんて、知りませんでした。
インフラを止められた今、俺たちは正しい情報を得ることも発信することもできない……」
両手を握りしめ俯いた蓮に、佐藤が顎をなでる。
「……いや、政府が旧式の予備送信機を動かしてるはずだ。鉱石ラジオでも作りゃ、中波でそれを拾えるはずだ」
蓮は弾かれたように彼を見た。
佐藤もまた、蓮をまっすぐに見返し、二人はしばし見つめ合う。
そして、佐藤が口を開いた。
「あんちゃん、お前は地上に戻れ。無線機のこのつまみを回して、喋る時だけこっちボタンを押せば声が相手に届く。佐藤からの指示だと伝えて、鉱石ラジオの作り方を聞いて広めろ。…できるか?」
「俺が…情報を広める……」
蓮は自分の両手を見つめる。
今まで、この指先一つで世界に簡単に情報を拡散していた。
「……正直、すっげぇ、怖いです。今すぐ、逃げ出したいくらい」
そう言いながらも蓮は震える手を伸ばし、佐藤から無線機を受け取る。
「でも、やります。俺は、スマートインフラを広めた。たぶん、俺にも責任がある」
佐藤が、蓮の頭をガシガシと撫でた。
「あんがとよ。お前の行動は、俺達の背中を守る盾だ」
「プレッシャーかけるようなこと言わないでくださいよ!」
情けない声を出しながらも、蓮は鉄の梯子へと駆け出した。
その背を柔らかな眼差しで見送り、佐藤は顔を引き締め、通路の闇へと走り出す。
佐藤が向かった先は、街のインフラを司る中央管制センターの最深部。
そこは最新の電子ロックで閉ざされていたが、佐藤にとってはただの「金属の板」だ。
「通りますよっと」
佐藤がバール一本で扉をこじ開ける。
そこには巨大な配管と、錆びついたバルブが剥き出しで並んでいた。
佐藤は迷わずその奥へと消えていく。
一方、地上へ戻った蓮は、震える手で、佐藤がしていた操作を思い出し、無線機のツマミを回した。
「こちら――」
声が震える。
深呼吸をし、もう一度。
「渡奈辺 蓮といいます! 佐藤さんの指示で連絡しています! 鉱石ラジオの作り方を教えてください!」
無線の向こうで、一瞬の戸惑う気配があった。
しかし、すぐに野太い、信頼できそうな声が返ってくる。
『了解した。メモの準備はいいか。材料は、まずコイル用の導線――これはLANケーブルをバラして中の細い芯線を取り出せ。その他に、トイレットペーパーの芯、カミソリの刃、鉛筆の芯、刃を炙るライター。これはちょっと手間だが、ピエゾ素子を電子体温計から抜き出して使う。あとは、すべてを固定するための金属でない板だ。アンテナは街の街灯やそこらの鉄柵や梯子で代用し、アースはお前自身だ。 ……続けて、手順を説明する』
蓮は必死にメモを取った。
説明を聞き終わると、材料を集め、制作に取り掛かる。
分からないところを適宜尋ねながら、何とか一機の鉱石ラジオが完成した。
外に出て、街灯に導線を這わせ、もう一方の導線を握りしめる。
『……こちらは、政府臨時放送です。現在、主要インフラは――』
ひどいノイズだ。しかし、聞こえた。
「っしゃ…!」
蓮は小さくガッツポーズをとった。
そしてすぐに家の中に引き返し、紙とマジックを机に準備する。
材料、作り方、自分が分からなかったところ、回路の図。
できるだけ分かりやすく、簡潔に記載していく。
紙がなくなるころには、窓から登り始めた朝日が差していた。
蓮は完成したビラをつかみ、佐藤の家を飛び出した。
駅へ向かう道は、いつもと違う音に満ちている。
クラクション。
怒鳴り声。
静かだった街は秩序を失っていた。
辿り着いた駅では、改札が開かず人が溢れていた。
いつも次の電車の案内が流れていたスマート案内板は、真っ黒だ。
「何が起きているんだ!」
「政府は何をしてるんだ!!」
「どうしたらいいんだ!?」
蓮は深く息を吸った。
そして、殺気立つ人々に向けて声を張った。
「――情報が聞けます!」
数人が振り向く。
「政府の放送が、聞けます!」
疑いの目。疲れ切った顔。
蓮は、手にしたビラを掲げた。
「これを作ってください!電池はいりません!中波ラジオといいます!政府の放送が、聞けます!」
ざわめきが、波のように広がる。
「嘘だろ」
「変なのが来たぞ」
蓮は、近くにあった鉄の梯子に導線を触れさせる。
蓮のもっていた鉱石ラジオから、かすかな音がした。
――ザッ。
『……こちら、政府臨時放送……繰り返す……』
徐々に駅が静まり返った。
誰もが、音の出所を見つめている。
蓮の胸が、強く脈打った。
「……ほら」
震えながら、蓮は言った。
「放送が聞けます」
人々は、ゆっくりとビラを受け取り始めた。
受け取った人は、制作のため走って帰り始める。
蓮の用意したビラは、五分ももたなかった。
「もうないのか」
「知人にも渡したい」
最後の一枚が手から離れた瞬間、蓮の胸に焦りが込み上げた。
――全然足りない。
もっと作ってきます、と声をかけて蓮は佐藤の家へと走った。
机の引き出しを片っ端から開け、紙を探す。
古い書類、工具の説明書、新聞の切れ端。
書けそうな白紙が、ない。
「……どうしよう」
泣きそうになりながら言葉にした次の瞬間、蓮はハッと顔を上げた。
頭の奥で、佐藤の声がよみがえる。
――助け合わねぇと、生きていけねぇ。
蓮は転がるように、外に飛び出した。
商店街のアーケードの下で、非常灯だけがぼんやり光っている。
蓮は、腹の底から声を出した。
「誰か――!紙、持っていませんか――!」
シャッターの隙間からいくつかの顔が覗いた。
「ラジオのビラを作っています!政府の放送が聞けるやつです!」
しんと空気が止まる。
どこかから、誰かが言った。
「うち、コピー用紙が残ってるわ」
「チラシの裏が白い、使え」
「書ければいいなら、段ボールがあるぞ」
人が、蓮の周りに集まり始めた。
商店街の中央が即席の作業場に変わっていく。
段ボールが机として並べられ、鉛筆、ボールペン、マジックが置かれる。
「見本はあるか」
「分担して書けばいい、図は任せろ」
「実際のモノも、作って配れるだろうか」
誰かが指示したわけではなかった。
ただ、必要なことを、できる人がやった。
蓮は、気づけばあちらこちらに向かい紙を配り、説明をしていた。
「ありがとうございます、本当にありがとうございます…!」
「礼なんかいらねぇよ」
「聞けるなら、聞きたいだけだ」
アーケードの下で、希望が音を立てて積み上がっていく。
今まで見下していた老人たちへ、蓮は頭を何度も下げた。
***
その頃、駅を離れた場所では、別の流れが生まれていた。
蓮からビラを受け取った男が、自宅でラジオを組み立てた。
ノイズの向こうに、声が聞こえた。
彼は、ひとつ頷き、紙を探した。
手書きで、ビラと同じ図を書く。
自分なりに、少しだけ分かりやすく工夫を加えた。
そして、近所を回り、配る。
「電池はいらなかった。こうやれば、聞ける」
受け取った人が、また作る。
誰かは段ボールに書き、誰かは黒板に図を描き、誰かは出来上がったものを持ち、一緒に聞こうと声を掛けた。
コピー機も、ネットも、公式な回線も使われていない。
それでも、情報は広がっていく。
紙から紙へ。
声から声へ。
人から人へ。
オリュンポスの管理外で、インフラを一切利用しない情報の流れが、加速していく。
蓮は、商店街の真ん中でビラを書き続ける人々を見渡した。
「この人たちは、哀れな置いて行かれた人たちなんかじゃない。助け合いの大切さを知っている、尊敬すべき人たちだったんだ――」




