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【本日(1/13)一挙完結】

本作は全9話の短編連載です。

18:00より10分おきに更新し、18:30に完結いたします。

よろしければブックマーク等で完結まで見守っていただけますと幸いです!

午後八時十五分。

乗り合わせた乗客はみな無言で、あるのは電車の音だけだ。


窓に映るれんの顔は、道端に捨てられたコンビニ袋のように見えた。

踏まれ、薄汚れ、破れて風に転がるが、だれも見向きもしない。


新卒で入社して三度目の春。

期待に胸を膨らませて袖を通したスーツは、今では蓮の身体を縛り付ける拘束衣のようだった。

冷たいスマホの画面には、学生時代の友人たちがSNSにアップしたシャンパングラスが眩しく輝いている。

蓮は、逃げるように画面を流した。


「石の上にも三年、か……」


入社式で言われた言葉は、錆びた楔のように蓮の胸に刺さっている。

三年間耐えた結果がこれだ。昇給はわずか数千円。額面は増えても、そこから引き去られる住民税や社会保険料はそれ以上の勢いで膨らみ、満足に貯金もできない。

会社という「石」は、ただ冷たく、重く、蓮を押し潰そうとしているようにさえ感じられる。


電車に揺られながら、目的もなくタイムラインを眺めるのが蓮の日常だった。

面白いと思った投稿にいいねを押し、時々シェアをする。

厳しい現実から目を逸らすことで、なんとか気を紛らわ日々を過ごしていた。


スクロールしていた蓮の指が、止まった。

情報のゴミ山の中に、あまりにも鮮烈な一枚の画像があった。


抜けるような青空と、ガラス張りの超高層ビル群。

その中心で、輝くような笑顔の女性がこちらを見ている。

清楚な白のセットアップ、知的そうな眼鏡、柔らかく編み上げられた茶色の髪は、おくれ毛が首筋に流れている。


【日本の若者たちへ。まだ『沈没船』の甲板を掃除し続けるつもりですか?】


そのキャッチコピーに、蓮の目はくぎ付けだ。

その女性―Mitsukiの投稿内容を確認する。


『あなたが今日残業して稼いだお金の半分は、会ったこともない高齢者の延命と、非効率な旧時代のインフラ維持に消えています。これを「連帯」と呼びますか? いいえ、これは「搾取」です。』


蓮は、心臓の鼓動が速くなるのを感じた。

自分の不満に、これほど鮮やかな名前を付けてくれた人は初めてだった。


『政府は国民のことなど考えていません。彼らにとって重要なのは、議席に座り続けることだけ。唯一の救いは、彼らがしがみついている「日本の権利」を切り離し、グローバルな資本に解放すること。民営化こそが、若者の手取りを増やす唯一の特効薬です。未来をアップデートしましょう。』


Mitsukiの言葉に、蓮の中にある「善意」と「焦り」が巧みに編み上げられていく。

「民営化」だとか「グローバル化」が何なのか、具体的なことは蓮には分かっていない。

ただ「アップデート」という言葉は、とても魅力的な言葉に感じられた。


「……悪いのは政府。……アップデート、か」


蓮はふと周りを見回した。

幅広い年齢の乗客たちは、いずれも疲れた顔で視線を落としている。

蓮の正面では、作業着を着た中年の男性が、腕を組んで居眠りをしている。

その姿が、蓮の脳内で自身の将来像と重なった。


「…冗談じゃない」


蓮は蔑みの目で男性を見下ろし、スマホへ視線を戻した。

Mitsukiの投稿の「シェア」ボタンを押す。


『マジでこれ。政治家はクソ。日本、終わってる。』


短いコメントを添え、蓮は送信ボタンを叩いた。

投稿の完了を知らせるメッセージが表示される。


この時、彼はまだ知らなかった。

これが、日本の息の根を止めるための、ライフラインを切り売りする「競売の木槌ガベル」の音だということを。

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