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8.それぞれの生存戦略と紅白旗

※前話に引き続き長めです。残酷描写があるため、苦手な方はご注意下さい

「カピヤバでも、リグリス侯爵領のような封じ込め方をしている土地はあるの?」


 合同演習に向けての移動中、同じ幌馬車に乗るアランへ問い掛ける。私の希望が通って、演習前にログス麦の畑が見学出来ることになったから、いまは畑へと向かう道だ。


 第三王子とは言え王族なので、馬車の位置は長く連なる馬車列の真ん中後ろ寄りだ。露払いでも殿しんがりでもない、安全な位置。


 幌馬車の中にいるのは、アランと従者であるアントン、アランの侍女であるイーダ。それから護衛騎士が数人。演習に護衛騎士なんて恥ずかしいが、まだ見習いで正式な騎士でない以上は、それが学校と王家の妥協点だった。これでも、数人が幌馬車内なだけで、護衛騎士としてもずいぶんな譲歩なのだ。本来は全員騎馬で哨戒したいところを、大仰にしたくない私の意を酌んで、半数を幌馬車に置いてくれているのだから。


 常に私の側に控えているアントンはもちろんのこと、討伐隊として騎士に囲まれ慣れているアランとイーダも、同じ幌馬車に騎士が乗っていることを気にしない。


 私が幌馬車に乗るお陰で、今回は行軍に不似合いな馬車の同行がずいぶん減ったらしい。それでもまだ、贅を尽くした馬車に乗り、大勢の世話係を連れた者がいると言うのだから、呆れるが。

 彼ら彼女らは、なんのためにヒドロ騎士団付属騎士訓練学校へ通っているのだろうか。まさか、騎士になってのちも、紋章付きの馬車に乗り、戦えもしない世話係を引き連れて戦場に向かうつもりなのだろうか。


「カピヤバの場合は、見付けたら即時根絶やしが鉄則だから、収穫まで生かしたりはしないね」

「なるほど」

「それに、そもそもユフテルウサギのような小型種だと、繁殖を待たずに大型種の餌になるだろうから」


 つまり、ユフテルウサギ程度簡単に捕まえて食べるような戦闘力の魔物が跋扈している、と。


「それなのに、よく助言を求められて案を出せたね」

「ぼくが実際に見たことはないけれど」


 アランは、問われれば惜しげもなく知識を与える。

 知識を秘匿して利を得ようなどとは考えもしない。分け与えた知識で魔物が倒され、ひとが守られるならば、それで良いと思っているからだろう。


「火魔法を使う大型の魔物が、炎で獲物を巣から焼き出しているところを、目撃したひとが結構いるんだ。人間でも、魔物に家を焼かれた者がかつてはかなりいてね。いまでは防火対策をしたからそんなことはないけれど。焼き討ちは有効と言う知識は、魔物から与えられた、と言うわけだ」

「火魔法で、焼き出しするような、知識のある魔物が存在する、の?」


 それはとてつもない脅威ではないだろうか。


「いや。今はいないか、ヒトには見つからないような場所にしかいないと思うよ。少なくとも、コエルス王国ではね。カピヤバではもちろん、それ以外での土地でも、現地の見回りと討伐隊による殲滅で、知恵を付ける前に倒せているから」


 アランが優しげな笑みを浮かべる。


「とても良い流れが出来ているよ。早期発見と殲滅は大事だからね。魔物は生活環が短いからあっと言う間に増えるし進化する。その前に、弱く知恵のない魔物のまま倒せれば、被害も減らせるし危険も少ない」


 そう言う意味ではと、アランが表情を険しくさせる。


「リグリス侯爵領でも、本当はユフテルウサギの発生地まで足を運んで殲滅戦をすべきなのかもしれない。だが、ユフテルウサギがいるお陰で、あの地の大型魔物が人里まで出て来ずに済んでいると言う面もあるから、カピヤバとしても強行策は押し付けられなかった」

「リグリス侯爵領に、大型魔物が生息しているのかい?」


 アランが頷く。


「実際に調べたわけではないから断言は出来ないけれど、情報から見てその可能性は極めて高いと思う。ユフテルウサギは発生地で、発生するかたわら喰われて減らされている。だからこそ、発生地の外から見張るだけで封じ込められていたんだ。でなければ発生と繁殖の速度から見てとうに、ユフテルウサギの爆発的な増加でリグリス侯爵領は壊滅していた」


 恐ろしい予測を、あっさり口にする。


「大喰らいだが好戦的ではない魔物だと、四代前のカピヤバは判断したんだ。だから、発生地ではなく、発生地の周りを焼き討ちすることを提案した。発生地の外に出るなら殲滅するけれど、発生地には手を出さないと、大型魔物に意思を示すことで、リグリス侯爵領の民の安全を担保出来ると考え、実際百年、かの地は大きな魔物被害がない」


 そう言う意味でも、リグリス侯爵領は興味深おもしろいんだと、アランは苦笑した。


「カピヤバは魔物を殺すと決めているから、リグリス侯爵領のようなやり方はしない。けれど、リグリス侯爵領は、"大型の魔物と共存すればほかの魔物の襲来を抑制出来る"と言うことを示している」

「魔物と、共存」

「そう。例えば、竜の生息域にほかの大型魔物は生きられない。竜の縄張りに入るなり、捕食されるからだ」


 他国の話だけれどと、アランは語る。


「その関係性を利用して、あえて竜の生息域に暮らす民族もいるそうだよ。上空と地上は竜に差し出して、人間は地下で暮らしているらしい」


 その話は、聞いた覚えがある。


「タルピニ族、だったかな」

「そう。タルピニ族」

「地下に住むのは知っていたけれど、竜の生息域だったとは知らなかった」

「ああ、そうだね」


 アランが首を傾げて笑った。


「鶏が先か、卵が先か。タルピニ族としては、まずタルピニ族が地下に住んで、あとから竜が来たと言うことにしているから。けれどそれだと、わざわざ地下に住んだ理由がわからないよね。彼らは、宗教を理由と言っているらしいけれど、宗教と言うのは非合理なようでいて、合理的な要因を持つことが多いから」


 タルピニ族が聞いたら怒り出しそうだが、宗教や歴史なんてそんなもの、と言う考えには同意出来る。得てして歴史と言うものは、時の統治者に都合の良いよう捻じ曲げられるものだ。真実がどうだったかなんて、定かではない。


「竜の住む土地で、それも、本来人間が生きるに向かない地下で、それでも生き続けられていると言うことは、その生き方になにか、欠点を越える利点があるのだと思う。そう考えた時、ぼくに考え付くのは竜以外の大型魔物を避けられることだ」


 種類によるけれど竜は案外寛容な種もいてねと、アランはこともなげに語る。

 多くの人間にとって、竜は並べて厄災であり絶望だ。劣翼竜ワイバーンならまだしも、ほかの竜は竜であると言うだけで危険度特種に分けられる。まるで普通の動物のように種を語ったり、まるで人間のように寛容さを語ったりは、しないし、出来ない。


 けれどアランに、あるいはカピヤバにとっては違うのだろう。あくまで倒すべき魔物で、だからこそ、知ろうとする。


「敵対しなければ小さな生きものは害さない種も多いんだ。そう言う種であれば、共生を試みる価値はあるのかもしれない」

「竜と共生か」


 想像し得ない話だ。けれど、アランの仮定が確かなら、実際に成功している民がいると言うこと。


「受け入れ難い話ではあるよね。だからこそ、リグリス侯爵家も報告出来なかったのかもしれない。四代前にカピヤバが授けたのは、魔物と共生していると、思われてもおかしくない策だ」

「魔物は殲滅するものと考えているカピヤバが、よくそんな策を授けたね」

「覚悟や考え方の違いだからね」


 竜なんかより、アランの方がよほど寛容に感じる言葉を、アランはなんの気合いもなく口にする。


「全員にカピヤバのような生き方は出来ないよ。魔物と共生してでも生き延びると決めるなら、それもまた覚悟で、生存戦略だ。否定する気はない」


 アランが笑う。好戦的に。


「魔物を利用して生き残ろうなんて、狡猾な人間らしいでしょう?同じ生き方をしようとは思わないけど、嫌いじゃないよ、その狡猾さと覚悟は」


 ごくりと生唾を飲んだのは、私だったか、それとも、騎士の誰かだったか。


「同じ生き方が出来ないからこそ、興味があるんだ。どんな思いで、それを続けているのか。受け入れているのか。だから今回、偶然とは言えこの合同演習に、」


 アランの言葉が不自然に止まる。どこか愉しげだった表情が、一瞬にして険しいものに変わっていた。


「……討伐後、か」


 しばらくして呟いたアランへ、視線で問い掛ける。


「危険度二種の魔物の気配がしたんだ」

「ユフテルウサギ?」

「いや。ハイヤムオオイノシシだと思う。もう討伐されたみたいだから、危険はないよ。ただ」


 アランは眉を寄せて、幌の隙間から外をうかがう。


「ここは、ハイヤムオオイノシシの発生域じゃない。大きくて力が強いから危険度が高く設定されているけど、基本的には魔物や魔力植物を食べる種だから、人里で見ることは少ないんだ。なんで、こんなところにいるのか」

「理由によっては、討伐隊を呼ぶことになるかな」

「そうだね。少なくとも報告は上げておいた方が良いし、合同演習は中止すべきだ。ハイヤムオオイノシシは好んでヒトを襲いはしないけれど、もし暴れるならその巨体も牙も危険だから」


 ひと月、同僚たちの実力を見ていたからだろう。アランの判断は非情だった。


「いまの実力じゃ、大多数は相手しても死ぬだけだ。フィニー、次の休憩の時にでも、統括担当の教官に、演習中止を申し入れられるかな?」

「もちろん。ここにいるなかで、いちばん実戦に近いのはアランだ、その意見は重視すべきだよ」

「ありがとう。少なくともログス麦の畑は、焼き討ちのお陰で比較的安全なはず、だか、ら、」


 馬車列の行く先を見つめていたアランが、また言葉を止めて瞠目する。


「おかしい」


 その一言で、にわかに馬車内に緊張が走った。


「ログス麦が育ち過ぎてる。一年じゃ、あんなに大きくはならないし、穂だって頭をもたげるほど実りはしない。まさか、焼き討ちを、していないのか?」


 やおら立ち上がったアランが、馬車前方の幌を跳ね上げる。畑は長い馬車列の先頭が、ようやく辿り着いたと言うところだったが。


「イーダ!」


 右手を掲げて叫んだアランに、イーダがなにか筒状のものを投げる。見もせずに掴み取ったアランが、筒を構えて魔法を放った。衝撃に、馬車が揺れる。


 前方で、甲高い悲鳴が上がった。


「馬車を放棄して、全軍転進しろ!!レンド、シリル!丁度良い馬貸して!!イーダ、行くよ!!」


 飛び出しかけたアランが、踏み留まって私を振り向く。


「理由はわからないけど焼き討ちをしていなかったみたいだ。あの様子だと、三年目の麦だ。あの広大な麦畑が一面、ユフテルウサギの巣穴になっている。すべて、焼き払うよ」


 アランの声は低く、表情は険しい。


「ユフテルウサギの個体数が多過ぎる。下手に火を放つと、火の輪を越えた個体が四方に散る。それを防ぐために、あえて一箇所空けて火を放って、逃走方向を操作する」

「その穴を、アランが?」


 頷いて、アランは笑った。


「大丈夫。一羽残らず、ぼくが殺すよ。一羽たりとも、抜けさせはしない」

「騎士を援護に」


 首を横に振られた。


「連携が取れない相手と共闘出来る状況じゃない」


 言って、アランがまた魔法を放つ。


「それより、撤退の誘導を頼みたい。実戦に慣れない見習いが恐慌状態になるのがまずい」

「わかった。私も、」

「フィニーは」


 アランが片手を伸ばし、私の頬をなでる。


「ここから前に出ないで。そばで守れなくて、ごめんね」


 予想外の状況だったのだ。アランの非ではない。けれど、それでも責められるのが、討伐隊の日常なのだろう。


「あとのことは、私がすべてどうにかする。アランは思うままに動いて」

「はは。そんなこと言われたら、失敗が許されなくなるね」


 アランは笑うと、馬車から馬へと飛び移った。大声で指示を出しながら、魔物の巣窟へと馬を駆る。


「防災課討伐隊だ!火急の状況につき、この場は我々が預かる!!見習いは落ち着いて安全域まで転進しろ!馬車は放棄して良い!!繰り返す。馬車を放棄して、安全域まで転進しろ!!馬車を放棄して、安全域まで転進しろ!!」


 いつの間に取り出したのか、振り回すのは赤と白に染め分けられた旗。この国で、緊急退避の意味を持つ旗だ。入学時、最も大事な知識として真っ先に教えられる知識であり、その後も演習や訓練で何度も見せられ、瞬時に反応しなければ罰則を与えられる旗だ。ヒドロ騎士団の見習いで、知らない者はいないはずの旗。


 見たら逃げろと、頭より身体が反応する。同僚たちはすぐさま馬車から飛び降り、列を成して全速転身を開始した。

 そんな同僚を尻目に、アランとイーダは馬を走らせる。


「殿下」

「ここは安全だ。これより前へは出ない代わりに、ここで見届ける」


 アランの、日常を。


「わかりました。どうぞ」


 従者のアントンが差し出したのは、遠眼鏡だった。


「気が利くじゃないか」

「炎を直に見ないようにだけ、お気を付けください」

「わかっている。アントン、きみは護衛の騎士に指示を。最低限を残して、見習いの避難誘導に回せ」

「承りました」

「頼んだよ」


 頷いて、遠眼鏡を覗く。畑の境界の少し手前で馬を降りたアランが連接棍フレイルを構えて、同じく馬を降りたイーダを庇いながら畑へと走り込む。


「?」


 なぜ、火を放たず畑に。

 疑問はすぐに解けた。


 アランに庇われながら、イーダが畑から少女らを引きずり出す。


「畑に、入り込んだ同僚がいたのか」


 収穫前の畑だ。見学は外からだけで、立ち入る予定はなかった。つまり、彼女らは指示もなく畑に侵入したと言うこと。立ち入って、ユフテルウサギに襲われて、動けなくなったのだろう。


 アランがこんな距離から魔法を連発していたのは、そう言う理由だったと言うことだ。


 眉が寄る。


 アランは体内魔力保有量が貴族の中でも稀に見る高さで、魔力の精密操作が上手ければ宮廷魔導士が額突いて弟子になってくれるよう求めただろうと言われるほどの逸材だ。しかし残念ながら魔力操作の才には恵まれず、出来ることと言えば敵味方の境なく、ドカンと派手に吹っ飛ばすだけ。

 だからアランが戦闘において魔法を使うと言うことはほとんどなく、イーダが投げたあの筒は、アランがいざという時に、味方を殺さず魔法を放てるよう、カピヤバ領在住の魔導士魔術師が一丸となって作り上げた、特別製の魔導具だ。とにかく余計な魔力を削り取って適正威力で放つことに注力されているので、魔力効率がとことん悪く、魔力お化けのアランでないととても連発は出来ない品らしい。


 あの、愚か者たちのせいで、アランがそんな、いざと言うときだけしか使わないような魔導具を使わなければならなかった。


 自然、表情は険しくなった。


 しかも少女らは自分から馬に乗ることすらせず、イーダに押し上げさせ、馬に括り付けられている。

 その間もアランは襲い来るユフテルウサギを連接棍で叩き落とし、畑の境界から出ようとするユフテルウサギを魔法で牽制していた。


 なんて、足手纏いな、邪魔者。


「殿下」


 護衛騎士の指示を終えたらしいアントンが、低く私を呼ぶ。


「顔が険し過ぎます。周囲の見習いが不安に思いますから、控えて下さい」


 息を大きく吸って、長く吐き出す。


「ああ。すまないね」

「いえ」


 遠眼鏡の向こうでは、ようやく邪魔者を排除出来たアランが畑の境界に沿って二重に作られた柵の間に立っていた。おそらくあそこに、火魔法で焼き討ちを行う機構があるのだろう。

 主人と違ってこちらは精密な魔力操作に長けるイーダが、魔道具を操って作動させる。


 アランが、魔力を込めたのだろう。煉獄にでも迷い込んだかと思うような火柱が、天へと向けて立ち上がった。アランが立つ位置の対極から、二重の柵の間を環状にぐるりと、アランの立つ周囲一部だけ欠けて。

 さらに炎の環の内側から環の欠け目に向けて、じわじわと津波のように、炎が魔の手を広げて行く。泡を喰って飛び跳ねるウサギが、あっという間に焔に呑まれる姿が、遠眼鏡のお陰で良く見えた。のたうち回って、黒く燃え尽きて行く。

 炎に気付いたウサギたちが、慌てて逃げ出し始める。炎のない方へと、一目散に。


 けれど、その先に待ち構えるのは、連接棍を構えたアラン。

 ウサギは畑の境界を越えるや否や、畑へと叩き返される。

 身体の一部を弾けさせながら吹っ飛んだウサギが、別のウサギにぶつかって両者潰れて落ちる。落ちたウサギは逃げ惑うウサギたちに踏み荒らされ、肉塊となって行く。その上にまた、潰れたウサギが落ちて。


 燃え盛る炎もあいまって、まさに地獄絵図の様相だった。


「な、何故、収穫前の畑に火を!?」


 背後から聞こえた声に振り向く。

 彼は……リグリス侯爵の次男か。


「ログス麦の畑が、ユフテルウサギの温床と化していた。いつ、氾濫し周囲に害を為すか知れない状態だったため、緊急措置として焼き討ちを」


 はっきりと、告げる。


「私が許可した」

「そんな!あの麦がなければ、我が領は……!殿下は我らに、飢えて死ねとおっしゃるのですか!?」


 ならば魔物の温床を見逃せと?


 私の視線が冷え込んだからだろう。アントンが小さく咳払いを漏らす。


 仕方が、ないだろう。リグリス侯爵領の失策の尻拭いで、アランはいま命を張ることになっている。とうてい、許せることではない。


「こちらへ来て、見ると良い」


 腕を引き、馬車に引き上げて、遠眼鏡を押し付ける。


 文句があるなら見れば良いのだ。あの、地獄を。


「あの量の魔物のいる畑で、あなたはどうやって無事収穫を行うつもりだったのかな」


 炎の赤、だけではない。まだ、炎に呑まれていないはずの畑すら、飛び散った血肉で稲穂も葉も茎も赤く染まり、遠眼鏡なしで見れば、風で揺れる赤い麦畑はまるで燃えているようだ。

 遠眼鏡で見れば、毛皮やら臓物やらが散って血が滴っているので、燃えていないのは一目瞭然なのだが。そしてその奥の炎のなかでは、何百のウサギが熱さにのたうち回りながら、消し炭すら残さず焼かれている。


 リグリス侯爵次男が、ぎょっとして投げ出した遠眼鏡を、アントンが取り留めた。


「な、な、な」


 腰でも抜かしたか、リグリス侯爵次男が馬車の床へへたり込む。


「緊急措置が必要と判断した上での焼却処理だ。国から支援が行われる。ただ」


 果たして、誰の指示で、ログス麦の焼き討ちが止められたのか。


「原因を作った者がいるなら、相応の罰は受けて貰うことになるだろう」

「わた、しは……っ」


 やはり。

 薄々勘付いてはいたが、この状況には、目の前にいるリグリス侯爵次男が関わっているのだろう。

 果たして、次男の独断なのか、侯爵家全体の判断なのか。

 なんにせよ、リグリス侯爵家は重い罰を受けるだろう。


 ことは、ユフテルウサギの氾濫だけの問題ではない。アランは、ユフテルウサギが大型の魔物の餌になると言っていた。

 餌の生息域が拡がれば、捕食者も生息域を広げかねない。本来ここには生息していないはずのハイヤムオオイノシシの出現も、おそらくはユフテルウサギが増えたせいだろう。

 大型の魔物が、氾濫する危険性があったのだ。そうなれば、被害はどれほどになったか。


 もちろんすぐに、討伐隊が派兵されるだろう。だが、到着までの時間で、どれだけの命が奪われる?被害域は、どこまで拡がる?


 もし、討伐隊でも手に負えないほどの氾濫だったならば、リグリス侯爵領どころか国が滅んでいた可能性すらある。


 そんな状況でも、討伐隊は、アランは国のため前線に立つのだ。


「あなたは」


 救いようのないほど愚かなお前は。


「今回、私の婚約者が演習に参加していたことに、感謝すべきだよ」


 アランがいなければそもそも、演習でこの畑に近付くこともなかっただろう。同じリグリス侯爵領でも、演習予定地は平野ではなく山地だった。

 ユフテルウサギの増殖は知られぬまま見過ごされ、臨界点で突然牙を剥いていただろう。


 討伐隊は、現地の報告や要請に応じて遠征を行う。その土地のものが報告を怠れば、後手に回るしかないのだ。

 派兵が決まれば移動速度は随一の隊とは言え、兵をそろえて移動するとなれば、到着まで最短でも数時間、長ければ数日掛かる。


 最短で着けたとしてもその数時間で畑の麦はもちろん、人的にも物的にも甚大な被害が出ておかしくなかった。


 それに比べれば、一面の麦畑の麦が焼き払われたくらい、まだ軽いものだろう。


「もしリグリス侯爵家が原因で、他領にまで被害が及ぶような魔物の大氾濫が起きていたなら、一族処刑は免れなかっただろうからね」


 もはや返す言葉もなくし、リグリス侯爵次男は身を震わせる。


 ここに来たのが長男ではなく次男であったことは、リグリス侯爵家にとってせめてもの幸運だろう。次男の独断であったことにすれば、もちろん監督責任は問われるにしろ、主犯になることは防げる。家の取り潰しは免れる、かもしれない。


 それもこれも、アランが氾濫前に気付き、いまこうして人間にはひとりの死者も出さないよう、イーダとたったふたりで殲滅戦をしてくれているからだ。


 行くも地獄、残るも地獄。進退極まったウサギたちは、ならばと炎の壁突破を考えたようだが、点火直後ならばいざ知らず、すでに炎の壁は厚く立ち塞がっていて、果敢に飛び込もうとも突破出来るものはいなかった。

 もし、点火時点で全体を覆っていれば、火の手が十分でないうちに、突破する個体が出ていただろう。

 アランの予測と策は、正しかったと言うことだ。


 ウサギが生存の道を見出せぬまま、火の手は迫り。なればと集団でアランに向かおうとも、一匹たりとも逃さず打ち倒される。


 連接棍は血か肉か、真っ赤に濡れているにもかかわらず、アラン自身は血の一滴も浴びず、怪我もしていないようだった。


「殿下」


 リグリス侯爵次男でも、アントンでもない声。

 振り向けば、合同演習の統括担当の教官だった。


「見習いはすべて、安全域まで退却しています。護衛の騎士に誘導を指示していただき、ありがとうございます」

「礼ならアントンに。指示をしたのは彼です」

「いえ。カピヤバ嬢は、この位置は安全だと?」

「ここから前には出ないようにと」


 つまりはここまでは安全と言うことだ。


 教官は頷き、でしたらこの場に残っていただいた方がよろしいでしょうと言う。首を傾げた私に、ひそめた声で告げる。


「取り乱している者がいます。聞き苦しいことも、訴えているので。まさか助けられておきながらあのような。退学も、視野に入れるべきかもしれません」


 もしやあの、畑に入り込んだ者たちが騒いでいるのだろうか。


「カピヤバ嬢がいたことは、この領にとっても、人命を守る意味でも、幸運でした。が、見習いにとっては手放しで良いとは言えないかもしれません」


 私を不快にさせるとわかっていて、この教官は話している。無言で、先を促した。


「カピヤバ嬢は、見習いでありながら討伐隊の小隊長にしても問題のない実力だそうです。本人に告げられてはいないでしょうが、討伐隊総隊長の評価なので、信頼に値する評価です。だからこそ、危なげなくユフテルウサギを討伐出来ています。

 彼女の実力ゆえのことと理解出来ている見習いであれば問題ありませんが、彼女の実力も自分との実力差も理解せず、彼女を軽んじている者は、同じことを自分も出来ると考えかねません」

「討伐隊と同じ働きが出来ると?」


 討伐隊は、精鋭ぞろいだ。魔物との戦闘に限定するならば間違いなく、コエルス王国でカピヤバ伯爵領軍と並んで双璧と呼べる実力者集団。

 その、討伐隊ですら、毎年のように殉職者が出る。

 魔物討伐とは、それだけ難しく危険なものなのだ。


「危険度二種の魔物の討伐が、簡単だとでも言うつもりですか?」

「カピヤバ嬢を遠目に、素人目で見ると、そう感じかねない、と言う話です。なにせ、ユフテルウサギを、可愛らしい野生動物、と言うほどの素人ですから」


 ああ。

 怒っていたのか。彼も。


「残念ながら、この状況では合同演習の続行は難しいでしょう。ですから、彼らが別の方法で、現実を知れるよう、なにか学内で可能な演習を提案するつもりです。たとえば」


 教官が燃え盛る畑へと目を向ける。

 炎から逃げようとアランへ襲い掛かるユフテルウサギは、悪鬼のような表情で、とても可愛らしい野生動物には見えない。


「実際にユフテルウサギと触れ合ってみる、とか」

「怪我人が多発しかねませんよ」

「幸いにも、我が国の医療技術は発達していますから」


 教官は穏やかに微笑んでのたまった。


「医療班を大勢控えさせた状態で行えば、すぐ治せるでしょう。学内であればそう言った体制が可能です。自分にしろ相手にしろ、実力を見誤る危険性は、軍でもたびたび問題になりますからね。必要性も、訴えやすい」

「なるほど」


 確かに、国庫から予算を付けて学ばせている見習いが、すぐに犬死にをしては無駄金になる。


「口添えが必要なら私でも、あるいは父でも、後ろ盾になりましょう。国軍が強くなることに、否やはありませんから」

「ありがとうございます。では、小官は戻りますが、殿下はここで、カピヤバ嬢の帰還をお待ちください。怪我はないにしろ、多少疲労はして戻るでしょうから、馬車で休ませてあげて頂きたい」

「わかりました。気遣いに感謝します」

「いえ。では」


 立ち去る上官を見送り、畑へ目を戻す。

 すでに、畑全体が、火柱となっていた。ときおり火達磨ひだるまの姿で飛び出して来るユフテルウサギを、アランが火柱へと叩き戻す。けれどそんなウサギも、ついにはいなくなって。


 アランは黙って、燃え盛る炎を眺めていた。直に触れずともあの位置では熱いだろうに、離れることなく、連接棍をいつでも振れる状態で。


 しばらくして、頷くと、イーダに声を掛ける。とたんに炎が勢いをなくしたから、魔導具を止めるように指示したのだろう。

 魔導具を止めても、すでに着火した火までは消えない。

 そんな火まで消えるのを待って、アランは畑だった焼け野原へ足を踏み入れる。


 まだ熱いだろう。ぎょっとするが、アランが足を痛めた様子はない。どうやらアランが火傷しないよう、イーダがなにか魔法を使ったようだった。


 畑をつっきり、その先、おそらく、ユフテルウサギの発生域であろうところまで向かおうとしているのだろう。

 焼け野原の畑とは打って変わって、そこは未だ、青々とした草や木々が、そよそよと風に揺られていた。


 改めて、リグリス侯爵領の魔導具の、発展度合いを思い知る。あれだけの火柱が、周囲に全く延焼も影響もしないとは。

 だからこそ思う。なぜ、それほど発展した技術を、ふいにしてしまったのかと。


 アランは魔物発生域の手前まで行くと、ドン、と地面に連接棍の柄を打ち付けて、なにかを宣言したようだった。その後、イーダとなにやら会話して、イーダだけが戻って来る。


「アランは?」

「今回のことで、ユフテルウサギ以外の魔物も活性化した可能性があるそうです」


 イーダが片手に持っていた筒を示す。片手に収まるほどの筒は、軍で火急の文書を送るためのものだ。


「しばらくは魔物に詳しい者を、警戒のために駐屯させるべきとのご意見です。こちらを、最寄りの防災課支部まで届けて頂けますか?」

「つまり」


 アランがあそこに残った理由は。


「防災課の人員配置まで、アランがあそこで哨戒を行う、と言うことかな?」

「はい。わたしも荷物を回収して戻ります。さすがにお嬢さまを、水も食事もなしに立ちっぱなしでいさせるわけには行きませんから」


 合同演習は野営も行う予定だった。確かに食糧やテントも含めた野営装備は用意されている。


 とは言え女性ふたりだけ、それも片方は婚約者を、こんなところで野営させられるかと言えば。


「レンドとシリル、それからエドモンドとユグノーを連れて行って貰えるかな。魔物との戦闘では役に立たないとしても、きみたちが休憩中、哨戒に立つくらいは出来るだろうから」


 イーダは、ぱちりと目をまたたいて私を見たあとで、苦笑した。


「助かります。ありがとうございます」


 その言葉はおそらく、彼女の優しさなのだろう。荷物をまとめるイーダを横目に、護衛騎士にふたりの手伝いを頼み、アントンに文書配達の手配を依頼する。


 喉まで出かかった、私も共に残る、と言う言葉は、どうにか胸の内に押し込めた。


「おそらく、見習いはこのまま帰還することになるだろうけれど、魔物が氾濫する危険性があった以上、場に立ち合った私まで帰還するわけには行かない。王宮に報告し指示を仰ぐことになるが、おそらく監査官の派遣までは、私が領館に滞在することになると思う。だから、必要なものやことがあれば、遠慮なく私に言ってくれるかな」


 それでもとイーダの背中に言えば、振り向いて、お嬢さまに伝えておきますと答えが返った。


「おそらく監査官より防災課の人員配置が先んじると思いますが、防災課の方もお嬢さまの意見を求めるでしょう。殿下の帰還とあわせての帰還が、丁度良いくらいになるのではないかと」

「だと良いね」


 見習いの役目ではないと思わなくもないが、ほかに任せられる者もいない。教官たちは見習いの面倒で手一杯だろうし、この領の人間は信頼出来ないのだ。


 荷物をまとめ終えたイーダを見送ってから、うつむいて深く息を吐く。


 ほんとうは、アランから離れたくない。

 アランが討伐隊の遠征を休む期間は、ガーデンパーティまでの予定だ。ここでの滞在が延びれば、もう共にはいられないまま、アランの休養期間が終わるかもしれない。

 そうなれば、次にまた会えるのは何ヶ月後か。


 ぐ、と歯を喰いしばって、顔を上げた。


 せっかく、アランが人的被害を出さずに収束させたのだ。私が処理に手抜かりをして、その功績にケチを付けるわけには行かない。


 ならばわがままを言っている場合ではない。この国の王子として、アランの婚約者として、やるべきことを、果たさなくては。

拙いお話をお読み頂きありがとうございます


今作の残酷描写は今話がピークです

お疲れさまでした


続きも読んで頂けると嬉しいです

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