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3.愛しいきみとパーティへ

 アランが見たいと言ったカルビナは、鮮やかな紅桔梗べにききょう色の、ラッパ型の花だった。お香のような少し煙がかった甘い香りをさせている。


「カルビナはね、花が痺れ薬になるんだ」


 言いながらアランが花に手を伸ばすので、思わず掴んで止める。


「フィニー?」

「触って大丈夫なの?」

「ああ。強く掴まなければ大丈夫」

「香りに害は?」

「少しだけれど、鎮静効果がある。落ち着くでしょう?」


 目を閉じて香りを吸い込むアランに合わせて、花の匂いをかぐ。手は、取ったままにした。


「そうだね」

「この香りの成分は、全草に含まれているのだけれど、特に茎に多く含まれていてね。濃縮すると、劣翼竜ワイバーンですら殺せる強力な麻痺毒になるんだ。でも、低濃度で香りをかぐ分には鎮静剤で、開花時期の花は致死性のない痺れ薬。興味深おもしろいよね」


 興味のあることを語るアランは、生き生きしていてとても愛らしい。手を掴んだまま、そんなアランを眺める。


「カピヤバで咲くなら育ててみたいところだったのだけど、残念ながら湿度にとても弱いそうでね。雪の多いカピヤバでは、上手く育たないと育てさせて貰えなかったんだ。開花時期も短いから、なかなか機会に恵まれなくて。咲いている実物を見るのは、初めてだよ」


 怪我の功名だとほころんだ顔を見ていると、これがメタルスライムを蹴り殺す猛者とは信じられない。


 星屑を集めて紡いだような亜麻色の髪に、猫に似た釣り気味の目は夜色。少し日焼けした肌には、そばかすが散っている。貴族令嬢としては外れた外見だが、私にしてみれば世界一可愛い最愛の婚約者だ。


 こんなに可愛い少女が、国中を飛び回って日々魔物や賊から国を守っている。


「薬草が好き?」


 問えば少し、驚いた顔で振り向かれた。


「あれ、ごめん、変なことを訊いたかな」

「いや、えっと、いつもは毒草好きなんて怖い女だって、笑われているから」


 笑っているのはきっと、討伐隊の仲間だろう。


 きっと心ない相手から顔をしかめられたこともあるだろうに、彼女のなかにはそんな有象無象の言葉など残らず、ただ信頼する仲間たちにからかわれたことだけが残る。


「薬草も毒草も好きだよ。食用になる植物もね。全部、先人が命懸けで集め残してくれた知恵だから」

「そうだね。先人の知恵と植物には、いつも助けられる」

「うん!」

「薬草に興味があるなら、宮廷医師と薬師の残した研究記録を見せようか」


 アランが、まんまるに目を見開いた。


「良いの!?」

「私の婚約者だし、私と一緒に閲覧するくらいなら許可が取れると思うよ」

「見たい!!」


 顔を輝かせるアランは、抱き締めてキスしたいくらいに可愛い。


「わかった。許可が出るのに一週間くらいかかるから、それまでは遠征に出ずに待っていてくれる?」

「約束する!」

「ふふ、喜んでくれるなら良かった。許可が出た日に補習で行けないなんてならないように、頑張って補習を進めてね」

「頑張るよ!イーダ、手配よろしくね」

「かしこまりました」


 アランに答えたイーダが、私に目を移す。その目が、お見事、と言っていた。


「では、明日以降の段取りを詰めて参ります。殿下、申し訳ありませんが、そのあいだお嬢さまを見ていて頂いても?間違っても、車椅子から降りたりしないように」

「ああ、もちろん」


 王族との縁談を受けられるだけあって、カピヤバ伯爵家は裕福だ。イーダはあくまで側仕えの筆頭であって、その下に数人の部下を持つ。

 離れる必要のない場面でアランから離れるのは、だから、私への気遣いなのだろう。アントンも、さりげなく距離を置いて控えている。


「アラン、良ければもう少し中庭を見て回ろうか。カルビナ以外にも、珍しい花があるかもしれない」

「良いよ!」


 肯定を受けて、名残惜しくも手を離し、車椅子を押す。アランは楽しげに、動き出した景色を眺め始めた。


「今年に入ってからはあまり学校にいないから、中庭を見て回っていない」

「それまでは見て回っていたの?」


 どちらかと言うと余暇も訓練や勉強に充てるような性格のアランが、中庭を散策していたなんて知らなかった。知っていたら、同行させて貰ったのに。


「うん。敷地内は一通りね。どこになにがあるか把握しておかなければ、緊急時に地の利を活かせないでしょう?滞在場所はこまめに見回って把握しておくようにと、言い含められているんだ」


 アランはどこまでもカピヤバだった。


「特に植物のあるところはね、植物を味方に付ければ、より有利に動くことが出来るから。どんな植物が植えられて、どのくらい繁殖しているかは、頭に入れて常に情報更新をしておかないと」

「植物は、生き物だからね」

「そう。昨日生い茂っていた草も、今日にはすべて枯れているかもしれない。ヒトの手が入っている場所なら、刈り取られたり植え替えられたりもあるし」


 植物に限らないけどねと、アランは笑う。


「容易に通れると思っていた箇所が、今日は荷物で塞がれているかもしれない。丈夫な床板だって腐食されれば脆くなる。あると思っていた建物が取り壊されているかもしれないし、何百年そこにあった巨木も、雷に打たれれば焼失する。だから、常に最新の状況を把握しておくことと、いろいろな状況を予測しておくこと、不測の事態にも慌てずすぐ次の策を考え実行に移れることが大事だよ」


 言うは容易いが実行出来る人間がどれだけいるか。


「それなら」


 ゆっくりと車椅子を押しながら問う。


「中庭のあとは校内を回るかい?しばらくは学内にいるのだろう?」

「上官の判断次第ではあるけれど」


 うーん、と首を傾げてアランは答えた。


「一週間はイーダがもぎ取るだろうし、上官としても、ぼくの出席日数不足は気にしているみたいでね」

「そうなの?」


 その割には、私の婚約者をずいぶん連れ回してくれているけれど。


「防災課は周囲の協力なしに成り立たない。とくに討伐隊は、現地の協力が不可欠だ。領主の許可がなければ防衛線も引けない。もちろん、現地でも顔繋ぎはして貰っているけれど、せっかく領主の血縁者と顔を繋げる場所があるのに、使わないのはもったいないと」

「なるほど」

「一月後に合同演習があって、その二週間後にガーデンパーティがあるだろう?ガーデンパーティはわからないけれど、合同演習までは、学院に残って出るように言われるかもしれない」

 

 一ヶ月も、アランが学内に。それなら、私と共に過ごす時間も、少しは作って貰えるだろうか。


「婚約者にも少しは愛想を使っておけって」

「え?」


 なにげなく続けられた言葉に、思わず固まる。


「討伐隊は危険だし遠征ばかりだから、独身だったり、離縁されたひとだったりが多くて。上官も若い頃、婚約者に逃げられているし」


 ちょうど、そこにあった花に興味を惹かれたらしいアランは、止まった車椅子を気にした様子もなく言う。


「とりわけぼくは女だから、令嬢らしくないと咎めもせずに、好きにさせてくれる婚約者なんて奇跡だから、捨てられないようにって」

「令嬢らしく、って」


 そんなもの。


「アランは令嬢である前にカピヤバなんだから、そんなこと、私が気にするはずないのに」


 カピヤバを婚約者にする時点で、覚悟すべきことだ、そんなものは。


「そうやって理解してくれることが、当たり前じゃないって、まあ、先輩方を見ているとさすがのぼくでもわかるよ」


 振り向いて、アランが私を見る。


「ありがとう、フィニー。あんまり良い婚約者じゃなくて、ごめんね?」

「そんなこと」


 もう少し、私にも気持ちを向けてくれたら。そう思ったことがないと言えば、嘘になるけれど。


「命を賭して」


 けれど彼女の功績を思えば、そんな些細な不満など、物の数ではない。


「国を守るアランに、この国の王族として、心から感謝しているよ」

「婚約者、としては?」


 痛いところを突かれて、瞬間言葉に詰まってしまった。いまさら取り繕ったところで、きっとアランには見抜かれてしまう。


「醜い私を許してくれる?」

「フィニーを醜いと思ったことはないけれど、許せるかどうかは、話を聞いてみないとわからない」


 正直なアランに苦笑し、どうか嫌わないでと祈りながら言う。


「ほんとうは、ずっとそばにいて欲しいし、危ないところへ行くのも、危ないことをするのもやめて欲しい。アランが好きだから、痛い思いや苦しい思いはして欲しくないし、もしもアランが死んでしまったらと思うと、ぞっとする。どこにも行けないように閉じ込めて、安全なところで私に守られていて欲しい」


 おそらく、私の婚約者がアランでなければ、簡単に叶ったこと。


「それは、嫌だな」

「うん」


 取り繕わないアランに、笑って頷く。腕を伸ばして背中から抱き締めれば、消毒液の匂いがした。


「そんなのはアランじゃない。私はアランが好きだから。アランにはアランらしくいて欲しいし、幸せでいて欲しい。だから、アランは、私のことなんて気にせず、好きにしてくれれば良いんだよ。でも、そうだね。それでも私のことをかえりみてくれるなら」


 すべらかな髪に顔を寄せ、頬擦りする。


「戻って来たときに、会いに来て。こうして、きみが生きていると、確かめさせて」

「フィニー」


 アランの左手が、私の頬に触れる。温かい、血の通った手。ついさっきまで、欠損していた手。


「戦っていないときに、ちらりとでも私のことを思い出してくれれば、それで良いよ」

「欲がないね、フィニーは」


 そんなことはないのだ。嫌われたくないから、見せないだけで。


「そうでもないよ。だって」


 討伐隊に、他者の協力が必要なんて、好都合だ。


「戦っているアランに思い出して貰えるかもしれないって、喜んでいる」

「どう言うこと?」

「人脈が必要なら私を頼って。これでも王族だからね。人脈と権力は持っているよ。個人のわがままで使って良いものではないけれど、国防のためならなにも問題はない」


 と言うか、王位を継がない第三王子である私が、ヒドロ騎士団付属騎士訓練学校に所属しているのは、騎士団の要職に就くための下積みだ。つまりいずれは、私がアランの上司となる。困っている部下のために尽力するのが、上司の役目だ。


「それは、助かるけれど」

「防災は迅速が肝要だろう?使えるものは使うと良い」


 国民の命に関わることだ。ほんの少しの遅れが、数百人の命運を分けることだってあり得る。


「もちろん濫用は良くないけれど、アランならむやみに使ったりしないだろう?国王ちちも、きみの上官も、きみを信頼している。だから、大丈夫だよ」


 現地との渉外、それも貴族相手の交渉を行うのは、ある程度上の立場の人間だ。後方支援の渉外担当もいるが、急を要する場合やもめる場合、高位貴族との交渉が必要な場合は作戦責任者の将官か参謀が出ることになる。

 討伐隊の上官がアランに貴族との人脈を求めるのは、もちろんアランが伯爵令嬢であることもあるだろうが、なにより実力と人柄から、彼女が上に昇り詰めることを確信しているからだろう。


 政治的な理由もあるとは言え、王族との婚約を結び続けられる家と令嬢でもある。


 婚約に関しては、アランが普通の令嬢と行動範囲が被らな過ぎて、蹴落とす隙が得られないことも大きいだろうが。


 ヒドロ騎士団防災課討伐隊は、国内で現地の手に余る戦闘が必要な事態が起きれば、全国どこへだろうと駆け付ける。討伐隊の世話になったことのない領地は国内にひとつしか存在せず、よほど精鋭の私兵や自警団を持つ領地でない限り、討伐隊にそっぽを向かれては困る。その討伐隊内でも稀少な女性隊員かつ、現役で活動しているなかではもっとも若い兵であるアランは、討伐隊全員の妹分として、それはそれは溺愛されている。迂闊に彼女を害そうものならば、討伐隊全員の怒りを買うだろう。


 討伐隊の仕事の危険性、求められる迅速性、重要性をわかっていながら従わないと言うなら、そんな相手には王族の権力を振りかざして問題ない。むしろ、国家反逆罪でお家取り潰しでも良いくらいだろう。


 微笑んだ私を見上げて、アランは少し首を傾げたあとで。


「緊急性が高いときは、頼らせて貰うよ」


 私の言葉を受け入れてくれた。総合的に判断して、頼って良いと結論着けたのだろう。


「そうして。それから」


 アランは基本、学校にいない。討伐隊について各地を飛び回っているので、夜会や茶会に参加することもない。私の婚約者として王城に上がることはあるが、ヒドロ騎士団付属騎士訓練学校に所属している私たちの正装は制服として支給される軍服だ。


 つまり。


「もし、ガーデンパーティに参加するなら、衣装も装飾品も私に手配させて欲しい。カピヤバ伯爵家にも、私から伝えるから」

「え、いや、それは」

「第三王子としての予算を使わな過ぎだと城の経理部から苦言を貰っていてね。使い込みも良くないが、使わな過ぎもそれはそれで悪いそうだ。服や装飾品を作ればそれだけヒトが動き、経済が回るから」


 アランは今年、おそらく一着も社交用の衣装を仕立てていない。いやむしろ、下手するとすべて支給品で済ませて、下着や寝間着すら仕立てていない可能性すらある。騎士団支給の下着は動きやすさを重視したもので、決して悪い品ではないが、生地は安価な綿や麻だ。飾り気もない。貴族なら男でも、そんな安い生地は着られないと下着は自分で用意している。

 しかしカピヤバの人間ならば、むしろ機能性を重視し、動きやすく通気性も良い下着を重宝するだろう。


 アランは第三王子の婚約者として、望めば王家の予算で衣装も装飾品も最高級のものを揃えられるのに、私にそれをねだったことはない。数少ないドレスをまとう機会も、裕福なカピヤバ伯爵家ならば、王族の隣に立って問題のない衣装を仕立てられるので、私が手配する余地などなかった。


 私も騎士訓練学校への所属を印象付けるために、許される限りは支給の軍服に徽章を着けて人前に出ている。結果として、私もアランも、第三王子の衣装代として割り振られている予算を、ろくに使わずに過ごしてしまっているのだ。


 せっかく、婚約者同士そろってガーデンパーティに参加出来るなら、二着一具の衣装をふたりで身にまとい、アランが私の最愛の婚約者であることを、みなに知らしめたい。


「そ、れは、気が回らなくて」

「いや、私としては兄上や第二王妃の使い込みで、経済など十分に回っているだろうと思うのだけれど、彼らは贔屓の仕立屋や商家ばかり使うからね。兄さまや母さまが均衡を保とうと動いているが、追い付かないらしい。手助けしてくれると嬉しい」


 アランは他人の心の機微に疎いが、馬鹿ではない。


「わかった。上官に、ガーデンパーティまで参加したいと伝えてみるよ」

「わがままを言ってすまないね」

「わがままなんて思っていないよ。僕の方がずっと、好きにさせて貰っているから。普段、社交も手伝えていないし」


 表情を曇らせたアランに、気にすることはないと首を振る。


「私は将来、軍属になる予定だ。領地を持つことはないし、軍人として政治や外交に関わることはあるだろうが、専門にはならない。アランはそんな私の妻になるのだから、社交なんて討伐隊の上官程度にこなしてくれれば十分だよ」


 冗談めかして言えば、アランは少し笑って、


「上官は、普段の交渉は部下に任せているけれど、あれでやる気になったら交渉は巧いよ。あのひとを目指すなら、もっと精進しないと」


 と、肩をすくめた。

拙いお話をお読み頂きありがとうございます


続きも読んで頂けると嬉しいです

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