2.アラン・カピヤバと言う少女
※引き続き怪我の描写があります。苦手な方はご注意下さい
イーダとアランと保健医のあいだで、どのような会話が交わされたのだろうか。治療が終わったアランは片脚がないまま、車椅子に腰掛けていた。
「明日まで車椅子で移動して、一週間は校内から出なければ、明日の午後からは片脚で訓練して良いって」
四ヶ月も逢っていなかったと思わせない軽さで、アランは微笑んだ。保健医とアランのどちらもに要求を飲ませたイーダの手腕に、感服する。
「なら、今日は少し時間が取れるかな?久し振りだし、散歩でもしながら話したいな」
「お嬢さま、中庭でカルビナが咲いているそうですよ」
私の提案に、すかさずイーダが援護をくれる。たまに言動がぶっ飛んでいるイーダだが、王子妃候補の侍女に抜擢されるだけあって、やはりただの戦闘狂ではない。
私の提案にはピンと来ていなかったようすのアランは、イーダの言葉に反応する。
「カルビナが……見たいな」
少し悔しくはあるが、せっかくの好機を逃す手はない。車椅子の後ろに回り込んで、介護者用の持ち手を握った。
「じゃあ、行こうか」
「フィニー、押さなくても自分で」
「それ、バレたら保健医に怒られるだろう?私が案内したいんだ。任せてくれないかな」
「う……わかった」
「ありがとう。怪我は、もう痛くないのかい」
車椅子を押しながら、アランに話し掛ける。正式な社交や外交の場でもない限り、エスコートなどさせてくれないひとなので、これはこれで新鮮だし楽しい。
「うん。綺麗に治して貰ったよ。早く訓練したい」
「それは明日までお預けね。いくら治癒魔法で治ったと言っても、定着するまで不安定なのだから、大事は取らないと長引くよ」
相変わらずの婚約者が無茶しないよう、釘を挿しておく。長引いて長くそばにいられるのならば歓迎だけれど、変に後遺症や痕でも残ってしまうのは嫌だ。
アランもそれは嫌なのか、眉を寄せて頷いた。
「それは嫌だね」
「だろう?今日は大人しく、私のエスコートで我慢して」
「うん」
首肯したアランが、車椅子の背もたれに身を預ける。
「脚は、なににもがれたの?」
「メタルスライム。腕もね」
ぎゅ、と顔をしかめて、アランが答える。
「みな上空の劣翼竜に気を取られて、足許がおろそかになっていたんだ。メタルスライムの群れに突っ込みかけた現地の自警団員を助けようとして、脚をやられた。返り血、と言うか返り体液?で腕もやられたし」
「メタルスライム相手に足技を出されるから、みなさん驚いていましたよ」
「凄く溶けた。もうやらない」
「そうしてくださいませ」
言葉の足りないアランに代わって、イーダがさりげなく補足する。
蹴ったのか。メタルスライムを。
「まあ、お嬢さまより周りの、と言うか、助けられた自警団員がいちばん慌てていましたが」
「自分をかばって貴族のお嬢さまが脚と腕を溶かしていたら、それは焦るだろうね」
「上官は笑ってたけどね」
「それはお嬢さまが蹴りで一体倒したからでしょう。メタルスライムは普通徒手で倒したりしませんよ」
「たまたま出した脚が核に当たったんだよ」
スライムは基本的に一般人でも駆除可能なことを意味する危険度五種の魔物だが、メタルスライムに関してはその危険性から危険度三種に分類されている。生身で触れれば一瞬にして皮膚が溶け、長く接触していれば骨すら溶ける上、スライムのくせに魔法攻撃が通りにくく、なおかつスライムらしく物理攻撃耐性が高いのだ。
このためメタルスライムを倒す定石としては、遠距離からの高出力魔法か、核を狙った狙撃が推奨されるのだが。
「倒したの?メタルスライムを、脚で?」
「一体だけね。あとは連接棍で倒したよ」
アランはあっさりと言ってのけたけれど、メタルスライムは遠距離から倒すものだ。間違っても、近接武器で倒す魔物ではない。比較的リーチの長い連接棍であったとしてもだ。
「片腕と片脚を溶かした状態で?」
「後ろに恐慌状態になった自警団員たちがいたからね。ほかの討伐隊員は劣翼竜の方に手をさいていたし、腕と脚を片方ずつ溶かしたくらいで戦線離脱している場合じゃなかった。イーダの補佐も受けてたし」
「わたしは遠距離からナイフを投げていただけですが」
「でもイーダの方が多く倒してた」
「いえ、討伐数でしたらお嬢さまが二体多かったですよ」
目の前で主が腕と脚を溶かしても冷静だったらしいイーダが、訂正を入れる。
「ふたりで何体倒したの?」
「ええと、いっぱい」
「わたしが二十、お嬢さまが二十二です」
首を傾げてあいまいな数を答えたアランに続いてイーダが正確に答える。
メタルスライム四十二体をふたりだけで。正気の沙汰ではない。
「ずいぶん大きな群れだな。下手すると劣翼竜より危ないじゃないか。その群れのこと、事前に情報は?」
「なかったみたい。上官が該当支部に見回り強化を要請するって」
「劣翼竜は無事に?」
「うん。死人は出てないから」
それを無事と言うかは、怪我人の状態次第だと思う。
「怪我人はどのくらい?」
「重度から軽度までの火傷が十数人、軽度から中度の打撲や裂傷が数人。ブレスを吐かれちゃってね、かばいきれなかった」
アランとイーダの火傷はそのせいか。
これまたあっさり言ってのけたけれど、劣翼竜のブレスを切り捨てられる人間なんて、討伐隊くらいにしかいない。ちなみに討伐隊の主力騎士だと、中位魔法くらいなら平気で切り捨てるから、恐ろしい。
流れ行く窓の外の景色を眺めているアランの、傷ひとつない顔を見た。
「我が国の医療技術が秀でていることに、心から感謝するよ」
「そうだね」
アランが同意をくれる。
「怪我による引退を心配せずに、獲物と向き合うことが出来る」
その理由は、私とは違うものだったけれど。
「治るからと言って、あまり無茶をするのも良くないけれどね」
手を伸ばしてなでた亜麻色の髪は、さきの焼けちぢれたようすが嘘のようにさらりとすべらかだ。治癒魔法で代謝を上げられると髪が伸びるので、焼けた分伸びたと言うことだろう。つまりそれだけ、アランの怪我が重かったと言うこと。
「怪我をすればそれだけ動きが鈍る。たとえ怪我しても戦えたとしても、怪我が治るとしても、万全であれば救えたはずのものをこぼして後悔する可能性があるのなら、出来るだけ怪我は防ぐべきだよ」
「フィニー……」
アランが、私を見上げる。夜色の瞳に、私が映る。蒼月のような銀髪。冷たい群青の瞳。鏡で見飽きた顔だが、アランの瞳に映ると、なぜだか愛しく思える気がする。
目が合うことをこんなにも嬉しく感じる相手は、アランだけだ。
「そう、だね。うん。ぼくの考えが甘かったな。怪我しない戦い方か。意識するよ」
「そうして」
また私から離れていく目にさみしさを覚えながら、頷く。言ったことなど建前で、本音はアランに怪我して欲しくないだけだとしても、なにがアランの心を動かしたかわからなくても、アランが怪我しないようにすると言ってくれたそれだけで、私にとっては福音だった。
「フィニー、カルビナだ」
「ああ、あれか。入り口を回るから、少し待って」
目を輝かせるアランを愛らしく思いつつ、私はアランを中庭へと誘った。
拙いお話をお読み頂きありがとうございます
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