1.愛しの婚約者の帰還
※怪我の描写があります。苦手な方はご注意下さい
「アラン!」
「ん、フィニー?」
寝かされていた状態から、ひょいと起き上がったアランが首を傾げた。
「そんなに急いで、どうし、」
「カピヤバ嬢!」
アランの言葉をぶった切って、保健医がまなじりをつり上げる。
「起き上がらない!!治療中ですよ!?」
「止血は済んでいるのだから、そんなに慌てなくても」
「自分の状態を、よく理解して動きなさい。あなたは絶対安静です!」
保健医は片手でアランを診察台に押し付けると、私を見遣って目礼した。
「ご覧の通りですので、治療が終わるまでしばしお待ちを」
「ああ。邪魔してすまなかったね」
「ご心配なさらずとも、わたくしの権限で一週間は医務室に監禁致しますから」
「一週間!?そんなに、」
「黙りなさい。アラン・カピヤバ」
異論がありそうなアランをねめつけ、保健医が私に扉を示す。
「服を脱がせますから、殿下は退室して頂けますか?」
「ああ。わかった。アラン、外で待っているから」
「うん。またね」
けろりとした顔で別れを告げるアランを横目に医務室を出ると、見慣れた、けれど会うのは久し振りの侍女が私に向かって頭を下げた。アランの幼少期から護衛兼側仕えをしている、敏腕侍女だ。わずかながら魔族の血を引くと言うイーダは、もう四十を過ぎたと言う話だが、未だに二十歳にも届かないような若々しい見た目をしている。
「久しいね、イーダ。四ヶ月と一週間と二日振りだ」
「ご無沙汰しております」
私が許しているので、イーダは普通に受け答えをする。
「帰還には、まだ掛かるかと思っていたけれど」
「その予定でしたが」
イーダが医務室に目を向け、眉を下げた。
「お嬢さまが強制帰還させられまして」
「良識ある上官で良かったよ」
「ええ。さすがに片脚を落としては役に立ちませんから」
お嬢さまは無茶が過ぎるのですと言うイーダも、頬にガーゼを貼っていた。
「イーダは、火傷かな」
アランの焼けちぢれた髪を思い出して問う。
「ええ、恥ずかしながら炎にあおられました。お嬢さまほどではありませんが」
「火傷もしているのか」
「軽いものですよ」
「イーダの軽いは信頼出来ない」
残念なことに目の前にいるのは、致命傷以外はかすり傷だくらい言ってのけそうな女なのである。
「お嬢さまが嫌がったので担架に縛り付けられましたが、自力帰還可能な怪我でしたよ?」
この通りだ。ため息をついた私は、悪くないと思う。
「部位欠損、それも、左腕丸々と右脚根元からの欠損は、軽い怪我とは言わない」
「死ななきゃ治して貰えますから」
「だからって」
だめだ。イーダをまともに言い負かそうとしても無謀と言うもの。
「その治療費は国庫からだよ?」
「不必要な負傷は、ひとつもありませんから」
イーダが私を見上げて、きっぱりと宣言する。
「国民を守っての負傷です。敵も倒しました。あくまで、職務に忠実に動いたがための負傷です。なんの問題が?」
「見習い騎士とは言え、伯爵令嬢がする怪我じゃないよ」
「嫌気がさしましたか?」
「それはない」
痛ましい姿を思い出して顔をしかめながらも、投げられた問いには迷いなくきっぱりと否定を返した。
「怪我を心配はするよ。四ヶ月以上も逢えなくてさみしくもあった。でも、命懸けで国を守ってくれているアランを、否定するつもりはさらさらない」
防災課の仕事は多岐にわたる。洪水や津波、地震や噴火、山火事などの自然災害に対する予防対策や事後支援はもちろんのこと、盗賊や戦争などによる人災や街中での火災への対策や、獣害対策、虫害対策も、防災課の職務だ。そしてその防災課予備軍である防災科で、アランの所属する討伐専攻は、討伐隊の予備軍になる。防災課討伐隊の従事する職務は、魔物や凶悪な犯罪集団への対処。具体的には、戦って、倒すことだ。
魔物溜りの多い我がコエルス王国は狂暴な魔物の出現が頻繁に起こるため、圧倒的に危険で、仕事量の多い専攻になる。
そしてアランは去年、三年生でありながら目覚ましい活躍を見せたため、四年生となった今は見習いの学生と言う立場でありながら、ヒドロ騎士団防災課討伐隊期待の新人として主力に数えられている。自然、アランの出動回数は学内でも、他に差を付けての首位に位置する。
遠征の多い討伐隊に同行しているので、当然ながら学舎にいる時間は短くなり、授業はほとんど欠席。座学は課題提出で、実技は実地の功績で読み替えすることにより、単位を取得しているそうだ。この辺の柔軟さは、騎士訓練学校ゆえだろうか。
このところもアランは遠征続きで、今日は実に四ヶ月と一週間と二日振りの帰還である。
それを、悪いと言うつもりはないが。
「でも、すまないね、イーダ」
婚約者と逢えなくて寂しい、と言う気持ちは、私も人並みに持っているわけで。
「どんな理由であれ帰って来てくれて嬉しいと思ってしまうのは、許してくれるかい」
「……はぁ」
イーダがため息をついて、困ったように苦笑した。
「わかりました。医務室に監禁は無理にしろ、一週間は遠征を控えて頂きます。元々、どうしても受けなければならない授業が貯まって来ていると、教師からも警告を受けていたところですので」
「ありがとう」
微笑んで頷いた私を見上げて、イーダがなにか考えるように首を傾げた。
「少々、失礼しても?」
「え?」
「右脚の再生を止めて参ります」
「なんだって?」
「脚がなければ戻れませんから」
「いや、イーダ」
それは、やりすぎでは。
「そもそも片脚を落とした程度で帰還させられるなど、実力不足ですからね。好い機会です。片脚がなくても戦う訓練を致しましょう」
「待っ、」
止める間もなく、イーダは扉をすり抜けて消えてしまう。
「どうしてカピヤバの領民はこう、戦闘狂なのか」
「頼もしくは、ありますが」
ほどなくして聞こえて来た保健医の怒声に、私とアントンは顔を見合わせて苦笑した。
拙いお話をお読み頂きありがとうございます
破天荒ヒロインからしか得られない栄養があると思いませんか
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