エクストラ.前略 ぼくが死んだあとの世界へ
タイトルが不穏ですが内容は不穏ではないです!
『前略 ぼくが死んだあとの世界へ。
この手紙が届く頃には、ぼくは死んでそのことも知れ渡っているのだろう。討伐隊の遠征に同行するにあたって、万一のためと遺書を書くように言われた。これは、防災課本部で保管され、ぼくが死んだら家族に届けられるらしい。
家族、とは、誰のことだろうか。今であれば、カピヤバの両親か兄弟が家族と言うことになるだろうけれど、もしもこの手紙が届くのが、今から何年も経ったあとならば、ぼくの家族は全く違う形になっているかもしれない。
誰が読むかわからない手紙と言うのは、書きにくいものだね。
ぼくが死んだあとの世界で、これを読んでいるのはいったい誰だろうか。ぼくがすぐには死ななくて、順当に結婚したならば、そこにいるのはフィニー、きみなのかな。
きみは、ぼくの死を悲しんでくれているのだろうか。ぼくと結婚して、きみは幸せだった?
最後だから、きっと、ぼくは一生話さなかったであろうことを、こっそり教えてしまおうか。
フィニーは、ぼくとフィニーの婚約が、王家が望んでカピヤバ伯爵家に乞うたもの、と思っているよね。実際、話を持ち掛けたのは王家だし、カピヤバは王家の要請を受ける形で婚約を了承した。
でもね、ぼくとフィニーの婚約は、ぼくが望んだものでもあるんだ。婚約の話が来たとき、両親は、断っても良いと言って、ぼくに話してくれたからね。
相手が、フィニーだと聞いて、ぼくが、それなら縁談を受けたいって、両親に答えたんだよ。
初めて会ったときに、結婚するならこのひとが良いと、唯一思ったひとが、フィニーだった。
ふふ。驚いたかな。
フィニーは義務として、この婚約を受け入れて、婚約者だから、ぼくを大事にしてくれているのかもしれない。フィニーは優しいから、結婚して妻となっても変わらず、ぼくを大切にしてくれるだろうね。だからぼくは、このことをきっと一生話さない。それでも、フィニーの婚約者になれて、ぼくはとっても幸せ。フィニーの奥さんとして過ごす日々も、きっと幸せで溢れていただろう。
だからね、フィニー。
これを読んでいるのがフィニーなら、ぼくはきみからもう、一生分の幸せを貰ったから。
きみはもう、ぼくを忘れて、これからの人生を幸せに生きて。
ぼくの遺産が残るなら、それはすべて、きみにあげる。きみのこれからの幸せのために、役立ててくれたら嬉しい。
ぼくの愛する旦那さま。どうかこの先は、自由に、きみの幸せを追っておくれ。愛している。さようなら。
さて、これを読んでいるのがフィニーでないなら、ぼくがとても早死したか、フィニーとの婚約がうまく行かなかったと言うことだね。
両親か兄弟なら、親不孝な娘ですまなかった。
遺産があるなら、好きに分けて欲しい。家と領地に役立ててくれ。
もしもフィニーでない誰かがぼくの夫となって、この手紙を読んでいるならば、破り捨てて構わない。これは過去の遺物だ。幼いぼくの残した戯言だよ。きっと別に遺言を作ってあるはずだから、そちらを読んで貰えるかな。
もしかしたら、我が子が読んでいる可能性もあるのかな。夫より長生きするなんて、なんだか不思議な気持ちだけれど。きみの父は、フィニーなのかな。それとも、別の誰かかな。きみを授かったあとすら従軍を続けていたなんて、悪い母親だね。ごめんね。
それでもきっと、母はきみを愛していたと思うよ。
遺産があるなら、きみの幸せに役立ててくれ。悪い母からの、せめてものお詫びだ。
伝えるべきことは、伝えられたかな。
それでは、ぼくが死んだあとの世界へ。
どうかこれまでと変わらず、幸せであってくれ。
草々 アラン』
「フィニー?なに読んでるの?」
手元を見下ろして固まった私に、妻が呼び掛ける。
防災課の本部を移すにあたっての荷物整理で、出て来たこの遺書をイーダは妻ではなく私に渡した。
相変わらず、イーダには敵わない。
「アラン」
最愛の妻を呼ぶ。
「どうかした?」
首を傾げる妻に、なんと言えば伝わるだろうか。
「私もね、結婚するならアランが良かったよ。アラン以外とは、婚約も結婚もしたくないよ」
「いきなり、なんの話?」
きょとん、とする顔は、あの頃と変わらず愛らしい。持っていた手紙を渡して、続ける。
「それから、すまないけれど、もし私より先にアランが死んだとしても、忘れるなんて絶対に無理だ。なんなら、あとを追うと思う。きみのいない世界なんて、耐えられないから。だからできれば、私より長生きして欲しい」
アランは手紙を見下ろして、目を見開いた。
「……読んだ?」
「うん」
「どうしてフィニーがこれを」
「イーダから貰った」
アランが眉を寄せ、額を押さえた。
勝手な行動を怒る気持ちはあれど、彼女の行動は自分のためと、理解もしているからだろう。
「これは、昔に書いたもので」
「うん。訓練学校の頃だね」
「…………書いてある内容は、」
ここまで言い淀むアランも珍しい。
「嘘を書いている?」
「……いや、嘘ではない、かな」
「そう、良かった」
いや、良くはないか。どうだろう。
少なくとも、本当に遺書として、もうアランがいない状況で読むことにならなくて良かったと思う。
「ねぇ、アラン」
まだきみは、私が義務として、きみを愛している振りをしていると思っているのだろうか。だとしたら、どう言えば信じて貰えるだろうか。
「フィニー、そのね、さすがにぼくでもね」
アランが目を泳がせて、告げる。
「義務で八人も、子を授かるとは思っていないよ?」
「アランの子供は、何人いたって良いものだよ」
まだ目立たないお腹をなでたアランに、反射的に答える。
喜ばしいことに、アランが血を分けた子らは、みなアランに良く似ている。愛おしくて仕方がない。
「うん」
「愛しているよ。きみと、子供たちを、心から」
「ありがとう」
はにかむアランは愛らしい。学生時代と変わらず。いや。日ごと夜ごとに増す愛情のお陰で、あの頃よりもっとずっと愛らしく感じる。
「ぼくも、愛している」
ああ、そうか。
この言葉を、私は額面通りに信じて良いのか。
「ねぇ、アラン」
「なあに?」
「きみは、幸せ?」
妊娠と、乳飲み子の世話のために、アランが前線に立たなくなって久しい。兵の指導や指揮は変わらずやっていて、目覚ましい成果を上げているけれど。
それは果たして、アランの望む活躍の形だろうか。
「……らしくないことを、言うから、一回しか言わないよ」
アランが目を伏せて、やっと聞き取れるような声量と早口で言う。
「愛するひととの子供を授かって、愛するひとと共にその成長を見守る以上に、幸せなことなんてこの世にはないよ」
ああ。今日も妻は世界でいちばん愛らしい。これ以上なく愛おしいのに、次の瞬間には過去最高を超えて来る。
「そうだね。私も、完全に同意するよ。私を幸せにしてくれて、ありがとう、アラン。これからも、末永くよろしく」
不要になった遺書を妻の手から取って机に置き、愛しい妻を抱き締める。
心の底から、湧き出る言葉が口を突いた。
「ああ、幸せだ」
蛇足までお付き合い頂きありがとうございました!




