エピローグ.たとえ悪の道を歩むことになったとしても
「みんな、騙されているんです!!」
まだ言うのかと、もはや感心すら覚える。
「どうして、わかってくれないんですか」
きゃんきゃんと訴えていた娘が、弁護側と対の席に着いた私へ目を向ける。
「こんな、ひどいこと。アランさまに唆されて、悪に染まっては駄目です!!」
黙殺しても、良いところだった。
けれど。
「裁判長、発言をしても?」
「殿下。ええ、発言を許可します」
「ありがとうございます」
裁判長の許可を得て、進み出る。
過失ではなく故意の魔物誘致罪なんて、滅多にない犯罪だ。ひとびとの関心は高く、それだけに、傍聴席は立ち見まで出るほどの超満員だった。
そんな法廷を見渡して、口を開く。
「彼女は我が婚約者を、悪だと断言しています。魔物も罪なき野生動物であり、食糧として狩る以外の殺傷をすべきてないと。ゆえに、討伐隊の見習いとして、カピヤバ伯爵家の娘として、魔物を駆除する我が婚約者、アラン・カピヤバ伯爵令嬢は、悪であると」
発言が、聴く者の頭に行き渡るのを待って、問い掛ける。
「みなさんは、どう、お考えでしょうか」
騒ごうとしたからだろう。被告人席の女は喋れないよう魔法で黙らせられていた。
それ以外の者からも、発言が出ないことを確認してから、続ける。
「先日、婚約者から問われました。カピヤバ伯爵領の民の、強さの理由を知っているかと。そのとき私は答えられず、婚約者に答えを聞きました。みなさんは、わかるでしょうか」
考える時間を与えてから、告げた。
「婚約者は、アラン・カピヤバ伯爵令嬢は答えました。『迷わないから強いのだ』と。カピヤバ伯爵領の民は、決めているそうです。『なにを置いても、捨てても、失っても、魔物は殲滅する』と」
水を打ったような静けさ。声を失くすひとびと、ひとりひとりの顔を、見渡す。
「聞いた時、私も、みなさんと同じような反応をしました。言葉にするのは簡単なこと。けれど、実際に行うのは、とても、とても難しいことです。ですが」
胸に片手を当て、しっかりと顔を上げる。胸元には、アランから譲り受けた世界樹霊の燃え残り。安全の確認されたそれを、ブローチに加工して着けていた。アランの瞳にそっくりな、夜色の石。
「それを、私の婚約者は、アラン・カピヤバ伯爵令嬢は実行しています。彼女は覚悟している。たとえ、どんな誹りを受けようと、なにを犠牲にしようと、魔物を殲滅することを。……アントン」
移動台を押しながら徐に歩み出たアントンが、台に掛けられていた布をどける。台の上に載せられた。一部が焼け落ち、あちこち破れ煤けて、ボロボロになったそれは、ガーデンパーティでアランが着ていたドレスだ。
「被告人が魔物寄せの笛を吹いたのは、学校行事のガーデンパーティの最中でした。笛でおびき寄せられたのは、劣翼竜と世界樹霊。アラン・カピヤバ伯爵令嬢は、私にその場の全員を逃すように頼み、自分は護衛の侍女ひとりだけを連れ、ドレスのまま殲滅に向かいました。これは、アラン・カピヤバ伯爵令嬢が、そのとき着ていたドレスです。どれだけ、危険な戦いだったか、おわかり頂けるかと思います」
みなに見えるように、アントンがゆっくりと移動台を押して、法廷をぐるりと回る。みな身を乗り出し、じっとボロボロのドレスを見つめた。
「その、たった二週間前にも、アラン・カピヤバ伯爵令嬢は、侍女とふたりで魔物の大群に立ち向かいました。ユフテルウサギの大群、その数、推定三万羽」
ヒッと、息を呑む者がいた。気持ちはわかる。私も聞いた時は、青褪めたのだから。
「ユフテルウサギの氾濫での都市壊滅事例が、歴史上何度も起きていることは、ご存知の方も多いのではないでしょうか。その際のユフテルウサギ発生数は、多くて十万、少ない時で、二万ほどだったと」
そう、発生数から言えば、壊滅してもおかしくなかったのだ、リグリス侯爵領は。その危機をアランが抑え込んだから、人的被害が出ずに済んだ。ただただ、幸運だったのだ。
「離れた位置からでしたが、私はアラン・カピヤバ伯爵令嬢に襲い掛かるユフテルウサギの大群を、見ていました。あれは、野生動物などと言う、生易しい存在ではなかった。意思を持ってヒトを襲う天災です、魔物は。我々の命を守るために、殲滅しなければいけない」
胸元のブローチを、強く強く握り締める。
「たとえ、どんな犠牲を払っても」
私の声が、絞り出すような苦渋に満ちたものだったからだろう。ドレスへ散ったりもしていたひとびとの意識が、また私へ集まった。
苦しみに歪む顔を曝け出して、私は言葉を続ける。
「魔物寄せの笛の際も、ユフテルウサギの殲滅も、幸い大きな怪我をした方はいませんでした。多勢に無勢で殲滅に挑んだ、アラン・カピヤバ伯爵令嬢も軽傷です。すべてはアラン・カピヤバ伯爵令嬢の、努力に裏打ちされた実力あってのもの。けれど、その、アラン・カピヤバ伯爵令嬢でさえ、討伐隊の遠征では大怪我を負うことがあります。メタルスライムから民を守るために片腕と片脚を失い、劣翼竜のブレスを浴びて全身に火傷を負って戻ったのは、たった二ヶ月前の話でした」
ざわりと、法廷がざわめく。そんな怪我を、伯爵令嬢が?と呟いたのは、果たして貴族か平民か。
「今このときもアラン・カピヤバ伯爵令嬢は、いいえ、彼女だけではありません。討伐隊の、隊員全員が。そして、各地で自分の土地を守る、領軍の兵たちが。己の身を削って、魔物と戦っているのです」
ゆっくり一呼吸溜めて、問い掛ける。
「それを悪だと、間違いだと、私は言いたくない」
ふたたび静かになった法廷で、声を張る。
「魔物も同じ、生き物かもしれない。同じ生き物である魔物を殺すことは、悪かもしれない。たとえ今は善と判じられても、後世では悪と罵られるのかもしれない。それでも私は、民を守るために戦う兵を、我が婚約者を、支え、讃えたい。
それが悪だと言うのならば、私は悪で構わない。たとえ悪の道だとしても、民を救えるならば、私は魔物の殲滅を肯定します。それが私の、覚悟です。誰に唆されたわけでも、騙されたわけでもない。実際に魔物害を間近に感じ、戦う現場に身を置いた、私自身の判断です。だから」
視線を、被告人席に向ける。
「悪と罵るなら、アランではなく私を。魔物殲滅が領則に等しいカピヤバ伯爵領で育ったアランより、己で見て判断して、魔物を殺すことを是とした私の方が、ずっと悪だろうから」
被告人は、呑まれたように間抜け面をしていた。
息を吐いて、裁判長を振り向く。
「裁判中に、済まなかった。発言は終わりだ。続けてく、」
「アランさまは!あなたを愛してなんかいないのに!?」
私の発言が終わったことで、黙らせる魔法を解かれたのだろう。私の背中へ、被告人の女が声を投げ付けた。
「わたしはっ、フィニーさまを愛しています!!誰よりも!!それなのに、あなたを愛さない婚約者の方が、大事だって言うんですかっ!?」
支離滅裂だ。だが、手痛い攻撃だった。
下手な答えを返せば、アランの評判に傷を付けることになる。
「被告人、裁判と関係のない発言は、」
「構わない。裁判長。先に脱線させたのは私だ」
片手を挙げて裁判長を止め、被告人席へ目を戻す。
「自分を愛する相手しか愛さないし、大事にしないとでも、言うつもりだろうか」
アランと私は、愛し合って婚約したわけではない。アランと私の婚約は、あくまで国とカピヤバ伯爵家との契約で、アランに私を愛す義務なんてないのだ。
私がアランを愛しているのは、ただ、私がそうしたかっただけ。勝手に恋に落ちただけだ。
「たとえ国中の民が私を悪と罵ろうと、私は国と民を愛し続けるし、王族として国と民を守り続ける。同じように、たとえアランが私を愛さないとしても、私は婚約者として、いずれは夫として、アランを愛しているし、愛し続けるし、大切に思う。私の心は私のものであって、相手の心に左右されるものではない」
言い切って、胸元のブローチをなでる。大きな石だ。法廷の誰の目にも、そのブローチが夜色をしていることはわかるだろう。そして耳聡い者ならば、それがアランの倒した世界樹霊から取れたものであることも、私がアランの瞳の色を常に身に着けていたいと言ってブローチへ加工させたことも、知っている。
「幸いなことに、アランも私を愛してくれているけれど。アランが私を愛していないなんて、どこから嘘の話を聞いたのだろうね?」
アランも大いに協力してくれた、関係良好政策が効いているのだろう。私のこの発言を疑った者は、私と被告人の女くらいのものだったようだ。
「ああ、アランに会いたいな」
「殿下、口に出ています」
「済まない。無意識だった」
ドレスの回覧を終えたアントンと言葉を交わし、被告人へと目を戻す。
「これで答えになっただろうか。では、裁判長、中断させて済まなかったね。続けてくれ」
問いの形は取ったが、答える間は与えなかった。
私がこれを答えとしたのだから、否やを言わせる気はない。
アランは国の誰に責められようと、魔物を殲滅することを止めないだろう。アランは私の婚約者や、この国の貴族である以前に、カピヤバの民だから。カピヤバは国の庇護を失ったとしても、問題なく存続出来るだけの力がある。
アランを、カピヤバ伯爵家とカピヤバ伯爵領を、失って困るのはむしろ国の方。
そんなアランの婚約者に据えられた私の役目は、なんとしても、この婚約を存続させ結婚まで漕ぎ着け、王家とカピヤバ伯爵家の繋がりを強くすることだ。
だから私の、魔物についての発言は、役目から外れないものだ。その後の、アランへの想いの吐露など、役目そのもの。
私がアランに添い、アランとの仲を良好に保つことは、国に認められているのだ。
「法廷でまで婚約者への溺愛を語って見せたと、新聞に書かれそうですね」
席に戻った私に、アントンが小声で言う。
「事実だから問題ない、と言いたいところだが」
新聞にまで取り上げられると、さすがにアランの耳に入りそうだ。
「なにか懸念がおありですか?」
「アランの負担に、ならなければ良いと」
「イーダ殿が巧くやるでしょう」
それもそうか。
「ならばむしろ、大々的に取り上げて欲しいものだな。この、ブローチの話も合わせて」
アランが学校に滞在しているあいだは、いつでも会えると言う利点と同時に、とんでもない弊害があったのだ。
アランが、モテ過ぎる、と言う弊害が。
だからここで、きっちり、牽制しておきたい。アランが誰の婚約者なのかを、忘れられては困るのだ。
「……男の嫉妬は醜いですよ」
「なんとでも言え」
アランが私を愛していないと叫んだ女の声が、耳に残っている。
そんなこと、わかっているとも。だとしても、王子として婚約者と不仲なんて噂は立てさせないし、アランの婚約者の座を誰かに譲る気もない。
「戯言ですよ。彼女は虚言しか言わない。わかっているでしょう」
「わかっている」
被告人の女の言葉に、根拠などない。それでも心が揺れたのは、私がアランに、愛されている自信がないからだ。
「カピヤバは現状、王家に叛意などない。だから、なにも問題なんてない」
アランは分別のある令嬢だ。事実、必要性を認めて討伐隊の任務から離れている期間中、私と関係が良好な様子を見せ続けた。研究者が莫大な金額で買い取ると申し出た世界樹霊の燃え残りも、あっさり私に贈ってくれた。不仲を疑われる隙なんて、ひとつもなかった。
意志の強いひとなのだ。きっと、一生を通して、己の本心など隠し通してしまうだろう。
「私はアランを愛しているし、アランもそれは同じだ。アランと私はいずれ、国中に認められて結婚し、理想のおしどり夫婦と歴史に名を遺すさ」
私もそうだ。王族として、そう言う教育を受けて来た。
厳しい表情を造って、裁判の行方を見詰める。
「だから憂いは、全て払う。たとえ、悪の道を進むことになったとしてもね」
拙いお話をお読み頂きありがとうございます
本編はこちらで完結となります
長らくお付き合い頂きありがとうございました!
このあと蛇足のお話をひとつ追加するので
よろしければそちらもお読み頂けると嬉しいです




