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12.夜の瞳を持つひとよ

 アランは森の二割ほどを消し炭にし、ボロボロになって戻って来た。


「アランっ!」


 抱き締めた私の腕の中で、アランが困ったように言う。


「ドレス、駄目にしちゃった。お義母さま、怒るかな」

「きみが無事なのが大事だよ。母さまも怒ったりしない。泣きはするかも」

「泣かせるのは嫌だなあ」


 あのあと、避難完了より早いくらいで到着した討伐隊は、封鎖を優先しアランの応援に行かなかった。

 派手に炎が上がる森を見て、むしろ行けば邪魔だと判断したらしい。


「本気のアラン強ぇな」

「普段は本気で魔法打たねぇからな」

「更地にする覚悟がいるからな」

「味方も巻き込むしな」


 苦笑して言い交わす討伐隊の面々に、アランの周りにいるのが彼らで良かったと思う。強力な魔力を、恐れるのではなく強いと言う彼らだから、アランは自然体で過ごせるのだ。


 とにもかくにも数時間の激戦ののち、火が消えたのを確認した討伐隊が残党殲滅に進軍し、入れ替わりでアランが戻った。


世界樹霊ユグドラトレントは?」

「倒したよ。でも、やっぱり危険度特種は違うね」


 抱き締めたまま離れない私を気にする様子もなく、アランが懐からなにやら取り出す。


「ほかの樹霊トレントは炭も残らず燃えたのに、世界樹霊ユグドラトレントだけ核みたいなものが燃え残ったよ。魔力結晶かと思ったけど、魔力はないみたい。なんだろうね?」


 アランが私に見せたのは、林檎ほどの大きさをした夜色の塊だった。ほとんど光を反射させないそれは、まるで最上級の黒金剛石のようで。


「アランの瞳の色だね」


 思わず呟き、手を伸ばす。


「フィニー、欲しい?」


 それに気付いたアランが、私が触らないよう遠ざけながら問う。


「あ、いや、そんな、つもりじゃ。アランの成果だから」

「欲しいならあげるよ。と言っても、安全の確認が取れて、危険性とそこまでの有用性が、ないことがわかってからだけれど」


 確かに、世界樹霊ユグドラトレントなんてそうそうお目に掛かれる魔物じゃない。と言うか、お目に掛かりたくはない。その遺物となれば、調べたい研究者はいるだろう。


「研究が必要だろう?私が個人的な希望で貰うわけには行かないよ」

「八つあるから、一つくらい大丈夫だと思うよ」


 時が止まった気がした。


「八つ?」

「うん」

「一個体から、八つが?」

「ううん」


 アランはこともなげに首を振る。


「一個体からは一つだよ。ただ、八体いたから」

「八体。世界樹霊ユグドラトレントが?」

世界樹霊ユグドラトレントが。あの森に樹霊トレントがいるのは知られていたけれど、まさか奥地でそんなに育っていたなんて思わなかったよ。こちらから近付かない限りは襲って来ない魔物だから、見逃されていたね」


 それはもはや、国家単位の危機だったのではないだろうか。


「危険度特種が八体」

樹霊トレント系でなかったら、危なかったね」

樹霊トレント系だろうと、危険度特種は危険度特種だろう?」

樹霊トレント系の最高位だから特種にされているけれど、特種のなかでは討伐が楽な方だよ。打撃に強いのが厄介だけれど、動きが鈍いから」


 さらっと言ってのけたあとで、でも、と難しい顔になる。


「普通の火だと燃やせないかも。動くし生木だから、火が着きにくいし延焼の危険性が高い。むしろ光合成の出来ない夜に、水責めして窒息死させた方が……いや、大き過ぎて無理かな」


 うん。


 アランだからあっさり倒せたと言うことが、よくわかった。


「八個あるならひとつ貰っても良いかな」

「うん。安全だったらあげるね」

「安全じゃないかもしれないなら、アランもあまり触らないでね」

「わかった」


 アランが世界樹霊ユグドラトレントの残骸をしまい込んだところで、保健医がやって来る。


「殿下、そろそろカピヤバ嬢の治療を」

「ああ、そうだね」


 頷くが、腕を解けない。


「フィニー?」

「殿下?」


 手が、震えていた。


 視界が、ぼやける。


 煤けた肩に顔を埋め、引き締まった身体を強く抱き締めた。


「……無事で良かった。アラン」


 必要なことだった。危険性も理解していた。それでも、使わせる必要があった。

 けれど。


 あのとき私が止めなければ、アランは吹かれる前に笛を奪えていた。それを阻害して、魔物寄せの笛を吹かせたのは私だ。


 私の判断が、アランを危険に晒した。


 ぽん、ぽん、とアランが私の背中を叩く。看護専攻級長にしていたのと、同じように。


「なにも、危ないことはなかったよ。ぼくは大丈夫」


 そんなわけがない。実際、アランはこんなにボロボロになって。


「本来、近寄らなければ襲って来ない樹霊トレントが、集団移動して襲って来るような魔物寄せは危険だ。調べて発生源を叩く必要がある。逃がさないよう、迅速かつ一気にね。王族を危険に晒したと言う事実があれば、捜査も処罰もしやすいし、製造や所持を禁止する理由付けにもなる、でしょう?」

「うん」

「フィニーの考えは間違っていないよ。それに、いくら樹霊トレントでも、飽和すれば森から氾濫するからね。この段階で倒せたことは、結果的に良かったと思う」


 この先何回、私はアランを危険に晒すだろう。そして何回でも、アランは今みたいに私を許すのだろう。

 アランが、命を失うまで、ずっと。


 アランは、苦笑したようだった。


「先生、ぼくはごく軽傷なので、治療しなくて大丈夫です。イーダをお願い出来ますか?」

「それは」

「森からはもう来ないとしても、近隣の魔物発生域まで音が届いた可能性があるので、念の為警戒しておきたいのです」


 ああ。アランはこんなにも優しい。


 こんな彼女の、どこが悪だと言うのだろうか。


「それなら余計、治療は受けないと」


 言うことを聞きたがらない身体を動かして、アランから離れる。


「治療を受けて、動きやすい服に着替えておいで。討伐隊も現着しているんだ。アランがしばらく目を離しても大丈夫」

「そうだね、わかった。ありがとう、フィニー」


 立ち去るアランを笑顔で見送って、表情を切り替える。


「アランを危険に晒してまで、大義名分を作ったのだから」


 安全のため、すでに王宮へと戻った兄へ念じる。


「徹底的に、潰して欲しいものだな、兄さま」




 アランを、追い落とそうとする派閥が幾つかあることは、理解していた。


 イーダも言っていたが、アランはカピヤバ伯爵領のみならず、国の各地で民からの人気が高いのだ。なにせ実際に国中を駆け回り、身を挺して民を守っているのだから。

 自然、そのアランと婚約している王子、つまり私の人気と支持率も高まり、政治での私の発言力も上がる。


 それが、面白くない者がいる。

 カピヤバ伯爵家が力を持つことを厭う者。自分の娘を王子に嫁がせ、王族の外戚の地位が欲しい者。第二王子を支持しているため、王太子派である第三王子の発言力が上がることが望ましくない者。

 思いは違えど望みは同じ。アラン・カピヤバの人気を失墜させたい。


 そして、どの勢力かはわからないが、アランを貶めたい者たちのどれかが、馬鹿な娘を手駒に使った。

 アランを排除すれば王子妃になれると吹き込み、私のいるヒドロ騎士団付属騎士訓練学校に送り込んだのだ。


 思い込みの激しいその娘は、王子は自分を愛していて、けれどアランが婚約者の地位に居座り、邪魔をしているから自分と婚約出来ないのだと、思い込んだ。


 結果、娘は、アランを婚約者の座から引きずり下ろすために、根も葉もないアランの悪評を吹聴した。

 アランを追い落としたい者たちの一部が、これ幸いとその噂に乗った。


 厄介だったのは、アランを追い落としたい者の中に、宰相がいたことだ。

 狡賢いことに噂には乗らず、しかし、悪い噂を立てられるような令嬢は、王子妃に相応しくないのではなどとのたまった。


 その時点で、私としては尾を踏まれた心地だったわけだが。


 怒りが閾値を突破したのは、リグリス侯爵領の一件だ。


 娘はアランに命を救われておきながら、アランを悪と罵り、より声高に誹謗中傷を口にした。罪のない野生動物を虐殺する悪鬼のような女だの、王子の婚約者であることを笠に着てやりたい放題だの、権力を振るって下の者を虐げているだの。

 そしてまた、宰相一派がそれを根拠にアランをしりぞけようとする。


 我慢の、限界だった。


 アランが悪だと言うのなら。あの、優しい少女が悪役だと言うのなら。望み通り、権力でもって叩き潰してやろうと。


 調べ尽くし、根回しもし尽くして、臨んだのがガーデンパーティだ。父の権力で兄と宰相を同席させ、噂の根源である娘の醜悪さを見せ付けた。妄言を吐くイかれた娘と、その娘と同類の取り巻きたちだと、兄と宰相に認めさせた。


 そして極め付けが、魔物寄せの笛だ。


 討伐等の正当な理由なく、故意に魔物を呼び寄せることは、魔物誘致罪として、叛逆罪と同等の罪になる。実行犯のみならず、共謀した者や援助した者も含めて徹底的に調べられ、罪に問われる犯罪だ。まして今回は現場に王太子である兄と、王子である私がいて、危険に晒された。魔物誘致罪に、国家反逆罪が上乗せされるのだ。

 罰されれば当然のこと、疑いを掛けられるだけでも致命的。貴族はもちろん、商人や職人ですら仕事を干され、生活が立ち行かなくなるだろう。


 当然、アランの悪口をちらとでも口にした者全員を、関与の疑いありとして兄に伝えてある。


 彼らがアランについて流布させたような、根も葉もない話ではない。事実、あの気狂いに同調したのだ。根も葉もない悪評を吹聴していたことへの反撃としては、いたく優しいものだろう。


 魔物寄せの影響が落ち着いたことを確認して、アランは討伐隊の任務に戻った。

 国中を忙しく飛び回るアランに、余計な情報が知られることはないだろう。


 実際の被害者であり、形だけとは言え対策の陣頭に立ったと言う理由を引っ提げて。

 私は調査と追及、そして裁きの場に、全力で首を突っ込んだ。

拙いお話をお読み頂きありがとうございます


続きも読んで頂けると嬉しいです

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― 新着の感想 ―
真摯なアランに私もノックアウトされています。 善良で守ろうとするフィニーも尊いです。 行けっ! 全部すり潰してやれっ!
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