11.『勇敢なるアラン・カピヤバ嬢に捧ぐ』
「……ッ!」
そこに、天使がいた。
「フィニー?」
ガーデンパーティー用にあつらえたドレスに身を包んだ天使が、首を傾げる。どうしたのかと覗き込んで来る顔も、この上なく愛らしい。
「ごめん。アランが可愛過ぎて、感極まっていた。よく似合っているよ。天使みたいだ。神様に連れて行かれてしまいそうで怖いくらい可愛い」
心の底から思ったままを口にしたが、アランは誇張だと思ったらしい。
「さすが、お義母さまの選ぶ仕立て屋だけあって、腕が良いよね。短期間で仕立てて貰ったなんて思えない」
「着心地や、靴の履き心地は問題ないかな?野外のパーティーだから、王宮のように足元が良くない。不安定な靴なら替えた方が、」
私の言葉の途中で、アランが笑い出す。
「大丈夫。着心地も履き心地も良いよ。なにより、これでも討伐隊の見習いとして、各地へ遠征に行っているからね?整備された庭園で、足元が良くないなんて思わないよ」
「ああ、そう、だね。アランがあんまりにも可愛いものだから、余計な心配をしてしまった」
「余計だとは言わないけど。そうだね。履き慣れない靴だから、フィニーに手を預けても良いかな?」
やっぱり天使だ。でも、神にだって渡したくはない。
「もちろん。神様に拐われないように、しっかり掴んでいて」
「今日のフィニーは面白いね」
冗談で言っているわけではないのだけれど。
「服装はどうかな。似合っている?」
「とても似合っているよ」
アランも私も、群青の生地に銀糸で刺繍の入った衣装になっている。私の瞳と、髪の色だ。
「スカーフの色が気に入っているのだけれど、どうかな。私に似合うだろうか」
私のスカーフはアランの瞳と同じ夜色。そこに、亜麻色に近い金のスカーフ留めを着けている。
「似合うよ」
「良かった」
たとえお世辞だとしても、アラン自身の口から、アランの色が似合うと言って貰えて。
「それじゃあ、行こうか」
差し出した腕を取ったアランの手に、とられた腕と逆の手を添える。
ガーデンパーティの会場は学校に程近い植物園で、学校の演習にも使われる森と、半ば同化するように隣接している。街からは離れた、静かなところだ。パーティ用に整えられた場所では、秋薔薇が色とりどりに咲き誇っていた。学校行事でたまに使われる場所だから、来るのは初めてでないけれど、秋薔薇の時期は初めてだった。
「こんなに、たくさん種類が植えられていたのか」
せっかくの機会だから、アランと連れ立って秋薔薇を見て回る。
「種類が多いのは気付いていたけれど、咲くとここまで違うとは思っていなかったな」
「種類は、知っていたの?」
「一昨年来たときに、ひととおり見て回ったから。でも、まったく同じままではないね。新しく開発された品種が新たに植えられているみたいだ」
あの辺り、とアランか指差す。
「あっ……」
指差したアランが、呟いて固まる。
「どうかしたの?」
「え、いや、その、ほかのところも見てみようか。薔薇のほかにも、秋の花が植えられたところが、」
「それは気になるけれど、もうすぐパーティが始まるからあまり離れない方が良いと思うよ」
「そう、だ、ね」
触れているアランの手が熱い。
「あそこの薔薇に、なにかあるの?」
「…………」
「隠したいなら無理に話してとは言わないけれど」
気にはなるが、無理に聞き出して嫌われる方が嫌だ。
「隠したい、わけじゃない、のだけれど」
アランの目が泳ぐ。
「その、さすがに、ぼくでも、恥ずかしい、と言うか」
「恥ずかしい?」
どう言うことだろうか。
「あそこの薔薇に、近付いても良いかな?」
「うー……」
化粧でわかりにくいが、アランの顔は耳まで赤かった。アランがこんなに照れるなにが、あの薔薇に?
駄目とは言われなかったので、アランと共に新しく開発された薔薇の植えられた一角へ歩み寄る。
アランが照れる理由は、すぐにわかった。
「『勇敢なるアラン・カピヤバ嬢に捧ぐ』」
植物園の植物には、それぞれ識別票が付けられていて、名前や原産地、発見もしくは開発者と、簡単な説明が書かれている。そんな識別票のひとつの、名前の欄に書かれた内容だった。
説明書に目を向ければ、魔物の襲来を受けた土地で生まれた品種で、討伐隊により守られたお陰で品種開発農場が無事だったらしい。開発者も魔物に襲われかけたところを、アランに庇われ命を救われたそうだ。それにいたく感謝した開発者と出資者の意向で、薔薇にこの名が付けられたと。
鮮やかな緋色で、フリルのように独特な形の花弁を持った薔薇はまるで燃えているようで、なるほど戦うアランにぴったりの薔薇だ。
「ぼくだけの手柄ではないと、再三伝えたのだけど」
アランが決まり悪そうなのは、討伐隊の仲間たちの手柄を横取りしたように感じているからだろう。
「こう言うの、初めてじゃなくて」
珍しくも弱りきった顔で、アランは語る。
「どうしても、ぼくが目立つから、お礼とか、感謝とか、ぼくが名指しされることが、あって。ほんとは、もっとずっと、貢献している隊員がいくらでもいるのに」
その話は、リグリス侯爵領で、カニス小隊から聞いていた。アランが思っているのとは、おそらく真逆の文脈で。
「……討伐隊の、印象と地位の向上に役立っていると聞いたよ」
「誰から?」
「カニス小隊の方々から」
討伐隊の役目は過酷だ。それだけに、討伐隊に長くいる隊員、優秀な隊員ほど、身体付きも顔付きも厳つく険しくなる傾向にあると言う。そしてそのせいで、恐れられたり避けられたりすることが多いと。さらに、業務上、野生の獣や魔物や犯罪者を殺すところや遺骸の処理をするところを見られることもあり、そのせいでまるで悪者のように言われることもあると。
だが、そんな中に、小柄で愛らしい顔立ちのアランが混じっているだけで、受け取られ方が大きく変わるそうだ。周りの隊員が大きいから、アランは目立って小柄で華奢に見えるし、周りの顔立ちが厳ついから、アランは普段以上に可愛らしく見えるらしい。さらにアランが伯爵令嬢で、王子の婚約者であることも大きく。
あんなに小さな可愛い女の子、それも、高貴な身分のご令嬢が、自分たちを守るために、懸命に戦ってくれている。
あんな華奢で愛らしいご令嬢が、大きく厳つい男たちを、信頼して笑っている。
そんな風に見られることで、討伐隊の仕事への好意的な目が増えるだけでなく、討伐隊のほかの隊員への目まで、変わったらしい。怯えられたり、避けられたりすることがなくなったし、不当な言い掛かりも減ったそうだ。
「アランがいると被災者や被災地の者たちからの対応が良くなるから、これからも旗頭に立っていて欲しいと言っていたよ。小隊の総意だし、ほかの隊の意見も同じだろうと」
「ほんとうに?」
「私相手だからと気を遣っているようには感じなかったな」
率直な意見をと聞いた私に、私が危惧せねばならない方向での下心はなく、単純に同じ隊の仲間としての好意だから許して欲しいと、散々前置きしてからの言葉だった。最後に、アランが私の婚約者であることも印象向上に役立っているから、討伐隊としてはアランと私の関係が良好であることを願っている、と付け足したのは、もしかしたら私の嫉妬を恐れてのことかもしれないが。
「隊の誰かから手柄を横取りしているとか、言われたことがあるの?」
「ない。ぼくといると、女性受けが良いから得だとか、怖がられなくて良いとかは、言われる」
「それなら、誰もアランのせいで損をしたとは思っていないのではないかな。戦いもせず讃えられているならばともかく、アランは実際、前線に立って戦っているわけだし」
アランのおこぼれで、自分たちまでいままでより感謝されるようになったと、カニス小隊の面々は語っていた。
だから、私も防災課に所属して、より好感度上昇に貢献してくれるなら、討伐隊は私を推すだろうとも。
アランを溺愛する私のことを、討伐隊は思った以上に評価してくれているようだ。
「印象操作は大事だよ。結果として、討伐隊が動き易くなっているなら、それも立派な貢献だと、私は思うな」
だから胸を張って欲しい。恥じ入るところなど、アランにはなにひとつないのだから。
「次にドレスを仕立てるときは、緋色の生地を使おうか。きっととても、よく似合うよ」
「……ありがとう、フィニー」
はにかんだアランが可愛過ぎて、もしひとの目がなければ抱き潰していたと思う。抱き締めたい気持ちを押し込めて、笑みを返す。
「こちらこそ、愛しいアランの名を持つ花があると知れて嬉しいよ。株分けが頼めるなら、王宮にも植えたいくらいだ」
「王宮にまで植えなくても」
「それなら鉢植えで。きみがいない間も、きみを感じられるように」
アランが迷うように言葉に詰まったあとで言う。
「開発したひとがカピヤバ伯爵領と防災課本部に、株分けした苗をいくつか送ってくれたから、枯れてなければ貰えると思うよ。カピヤバに送られたやつは、アイセル叔父上が半分持って行ったらしいから、生き残っているか怪しいけれど」
それはまた。
「辺境が薔薇の名所になりそうだね」
「それはどうかな」
おや?
「アイセル殿なら意地でも枯らさず育てそうだけれど」
「それは疑っていないけれど」
アランは家族や親類、それから古くからの領民からの愛情は疑わない。少し、妬ましい。
「小麦と林檎と、トウモロコシも育てているはずだから」
「アルチュリアと、ドラフィナもですね。すでにドラフィナ畑は、一部界隈で有名ですよ」
思わずと言ったように、イーダが付け足す。
「ドラフィナは、薬の材料として重用するからね」
それにアランが反応する。
なるほど。
「薔薇だけでなく、いろいろなものに、名前を分けているのだね、私の婚約者は」
「全部ここまで露骨なわけではないよ?『戦乙女』とか『踊る戦姫』とか」
「アルチュリアは『カピヤバの妖精』、ドラフィナは『アラン』ですけれどね」
「イーダちょっと黙ってて」
「植物だけでなく、絵画や組曲にもなっておりますよね」
「イーダ!」
アランの耳がまた赤い。とても可愛い。
それはそれとして。
「アントン」
「調べさせます」
「フィニー、調べなくて良いから」
「そのうち、歌劇にもなると思います」
「イーダはもう黙って!!」
とうとう涙目にまでなって、アランがイーダを睨む。
「ぼくにだって羞恥心はあるよ!」
「悪い話ではないですから。調べればわかることですし」
「だからって」
私に向けられたイーダの目は、調べが甘いのでは?と挑発を含んでいた。
「お嬢さまの活躍は、殿下より民の方が詳しいですよね」
「そうだね。私は学校で、待っているだけだから」
ああけれどやはり、待っているだけでも、もっと知れる立場が良い。
「それで良いよ、フィニーは」
「それでは嫌だな、私は」
告げてから、パーティ会場の方向へ振り向く。
優しい婚約者の顔を、保てなくなりそうで。
「そろそろ、パーティが始まるね。行こうか」
「うん」
アランの手を引き、歩く。
会場に着けば、ちょうど開始の合図がされたところだった。思い思いに交流を行う生徒たちを眺めれば、かなりの生徒たちがこちらを伺ってる。
生徒たちの目は、王子である私よりもアランに注がれていた。賞賛と畏怖が多いだろうか。あの方が、と囁き交わす声も聞こえる。
ガーデンパーティは下級生も参加している。今年は遠征に行き通しだったアランの顔を、知らない生徒も多いのだろう。
話し掛けたい。けれど、なかなか近寄りにくい。
そんな空気を漂わせる生徒たちのなか、気負いもなく歩み寄って来るのは友人だ。
「きみは本当に、ひと目をはばからずに婚約者を溺愛するね」
「これでも控えめにしているつもりだけれどね」
私の返答に、トレイズが肩をすくめる。
「アラン嬢、今回は怪我はない?」
「ないよ。トレイズさまは?」
「俺も無傷だよ。お陰さまでね」
「そう、良かった」
気負いのない口調で言って、アランが微笑む。衆目を集めようが、ひそひそと噂されようが、アランは気にしない。討伐隊の遠征先で、慣れているからだ。
様子を伺っていた生徒たちが、アランの笑みを見て、ほう、と息を吐いた。愛らしさに打たれたのだろう。
化粧をしてドレスを着たアランは、日に焼けている以外はごく普通の令嬢に見える。微笑む顔は愛らしく、魔物を殴り殺す猛者にはとても見えない。
どちらもアランで、私はどちらも愛しているけれど。
「ありがとう、アラン嬢」
笑みを返したトレイズが、かたわらのパートナーへ目を向ける。ガーデンパーティはパートナー必須ではないが、トレイズはパートナーを連れていた。
「彼女、看護専攻の級長なんだ。列を外れた生徒を追って喰われるかもしれなかったところを、アラン嬢のお陰で救われた」
「それは」
アランが気遣いの目を、トレイズのパートナーへと向ける。
「怖かったでしょう。怪我はありませんか?」
「大丈夫です。追い掛けようとしたところで、アランさまの声が聞こえて、アランさまの振る退避命令旗が目に入って、転進をしてたので」
「良かった」
アランが私から手を離し、両手でトレイズのパートナーである、看護専攻級長の手を取る。
「後方支援とは言え、危険は皆無じゃない。恐ろしい体験だったかもしれないけれど、不測の事態で無事に逃げられたと言う体験は、必ずあなたの役に立つと思います。看護兵になるあなたはどうか、緊急時とにかく自分の身を守ってください。あなたが生き残れば、危機が去ったあと、助かる命が増えるから」
優しい声でそう告げられた看護専攻級長の目が、じわりとうるむ。
「それで、良いのでしょうか。わたくしは、級長であるにもかかわらず、危険な場所にいる仲間を、助けずに」
「戦って救うのは、歩兵や騎兵の役目です。看護兵の役目ではない」
アランは迷いなく言い切った。
「自分の実力や、領分を知ることも、戦場に立つ上では大事です。領分を超えて手を伸ばせば、逆により多くの者を危険に晒しかねない。戦う力を持たないあなたがあのとき優先すべきは、列を乱さず速やかに転進することでした。あなたの判断は正しかった。自信を持って大丈夫です」
「ですが、わたくしも、騎士見習いで」
「だからこそ」
力強い言葉だった。
「あなたには冷静に判断し、生き残る責任があった。あなたがあそこで、助けに走ったとして、なにが出来ましたか?医療科では退避命令旗に対する行動を、なんと教えていますか?」
「戦うことは医師兵や看護兵の役目ではないから、退避命令旗が掲げられたら速やかに転進して安全域まで進み、負傷者の治療に当たりなさいと」
「その通りです。そして、あなたは教官の指導の通りに動いた。違いますか?」
違いませんと答える声は、涙で潤んでいた。アランが続ける。
「もし、あそこであなたが仲間を助けに走らなかったことを責める者がいるなら、言ってやれば良いですよ。あそこで駆け付ける資格があったのは、アラン・カピヤバよりも、魔物との戦いに秀でた者だけだと。そうでない者が駆け付けたところで、要救護者が一人増えるだけです。それは助けじゃない、邪魔だ」
容赦のない、厳しい発言だ。けれどそれは、それだけアランが普段から、甘えの許されない場所に身を置いていると言うこと。
少しの油断や手違いで、あっさり命は失われるのだ。アランは怪我ひとつなく退けて見せたユフテルウサギだって、過去には都市の壊滅まで至った魔物害を引き起こしたことがある。
私はもちろんのこと、私やアランより早く学校に戻った生徒たちも、私たちが戻る前の期間で、ユフテルウサギがいかに恐ろしいかと言う話は聞かされたと聞いている。言葉を掛けられた看護専攻級長も、そばで聞いていた私とトレイズも、否やはなく受け入れた。遠巻きに伺っていた生徒たちも、反論はないようだった。
生半可な実力でユフテルウサギと相対すことは、命を投げ捨てるようなものだ。
「そんな!ひどい!!」
だから割って入ったのは、不粋で愚かな第三者だ。
「思い遣りで動いたら邪魔だなんて!同じ学校で学ぶ仲間なのよ!」
「そうだ!仲間を見捨てるのが正しいなんて、そんな考え許されるわけがない!」
アランがわずかに、首を傾げる。
アランは私の婚約者。すなわち未来の王族だ。そうでなくても、強力な領軍を抱え、広大な領地を治める伯爵家の令嬢。そして、普段は討伐隊で、大人に囲まれている。
通常であれば貴族のなかで自分より低い立場の者に断りもなく話し掛けられない。アランと同等もしくは上の立場の者は、幼い頃から礼儀を叩き込まれている。平民のあいだでも、アランは一目置かれる討伐隊の一員で、周りを囲む仲間は分別と思いやりのある大人ばかり。
つまり、アランは緊急時でもないのに、親しくない相手の会話に突然割り込んで大声を上げるような、常識のない人間との関わりがほぼない。ゆえに思いがけぬ状況に、疑問を覚えたのだろう。
「そう言うきみたちは、王子殿下に対してずいぶんと不敬なようだけれど」
そんなアランに代わって、トレイズが苦言を呈す。
アランはと言えば興味は発言者ではなく、顔を強張らせた看護専攻級長に向かっていた。
「もしかして、同じように責められた?」
アランの呟きに、看護専攻級長が肩を揺らす。
アランの眉が、ひそめられた。
「それは、辛かったね」
アランが手を伸ばし、看護専攻級長の頭を自分の肩へと引き寄せる。震える身体に腕を回し、そっと背を叩いた。
「ぼくらはすべてを救えない。どんなに、手を伸ばそうと、努力しようと、この手からこぼれ落ちるものは必ずある。そしてそれを理由に、ぼくらを責める者も必ず出て来る。とても、恐ろしいことだよね。辛いよね。だってあなたは優しいから。あなたを責める誰よりも、あなた自身があなたを責めてしまうでしょう?」
押し殺した嗚咽が、アランの肩に吸い込まれた。
「うん。わかるよ。でも厳しいことを言わせて欲しい。ぼくはあなたに、戦場に立って欲しいから。どうか、折れないで欲しい。迷わないで欲しい。決して忘れないで。たとえ、助けられない者がいるとしても。あなたはそれ以上に多くを救うのだから」
とん、とん、と、アランの手がゆったりとした拍子を刻む。
「戦えないあなたが守れないものを、戦えるぼくらが守るから、ぼくらが守りきれず怪我した者を、あなたに救って欲しい。そうして、お互いに補い合えば、こぼれ落ちるものを減らすことが出来るでしょう?それで良いのだよ。兵だけで軍は成り立たないからこそ、学校は医療科も後方支援科も備えているのだから」
アランの言葉が厳しいのは、それだけの覚悟があるからだ。
周りで伺っていた者たちは、アランの言葉に分があると判断したようだった。感じ入り、目を潤ませている者もいる。
戦って功績を上げる兵に比べて、後方支援を担当する者は危険がない。それを下に見る戦闘兵や、後ろめたく思う後方支援の兵も、多いようだ。
そんななか、見習い騎士中で随一の功績を上げているアランが、はっきりと後方支援の重要性を認めた。
自分の立場に後ろめたさを覚えていた者にとっては救いの言葉に聞こえただろうし、今後、後方支援として従軍して行く中での、支えとなる言葉だろう。
これを、計算なしにやってのけるのだから、天性の人心掌握能力は恐ろしい。カピヤバ伯爵令嬢と言うことを抜きにしても、王家に欲しい人財だ。王族なんて、結局は人気商売なのだから。
きっと、看護専攻級長も、生涯アランの言葉を忘れることはないだろう。
「……トレイズ」
友人は、名を呼ぶだけで意図を察した。上着を脱いで、パートナーの頭に被せる。
「下がろう。無理に参加することはない」
「ごめんなさい」
「いや。きみの方が大事だから、構わない」
今回だけのパートナーかと思ったら、そうではないようだ。トレイズは、お礼はいずれ、とアランに声を掛けて看護専攻級長を引き取り、肩を抱いて立ち去った。
「アラン」
呼んで手を差し出せば、意を酌んだアランが私の手を取る。
「ごめん、手を離して」
「謝ることではないよ。必要で離したのだから」
微笑んで、引き寄せたアランの腰を抱く。
「衛兵」
我ながら、冷たい声だった。
「取り押さえろ」
返事もなく衛兵たちが走り、許しもなくアランに話し掛けようとした無礼者共を取り押さえる。
「ど、うして、わたしが捕まるの!?」
本気で理解出来ないらしい無礼者に、蔑んだ目を向ける。
「私もアランも国の重鎮だ。気狂いが近寄るのを許すわけがないだろう」
私の言葉で、アランが納得の表情を浮かべる。それからわずかに、痛ましげな表情を。
うん。この一カ月半で、痛いほどわかっている。
アランは、忘れないのだ。被害者の顔も、助けた相手の顔も、被害地の名前もその状況も。膨大な情報を忘れず頭に留め置き、かつ、その時々必要な情報を瞬時に検索して使うことが出来る。
それが、おそらく、アランの強さと優秀さの一端を担っているのだろう。
その分、不要な情報は、潔く捨てているようだが。
だから、アランは目の前の女らが、ユフテルウサギに占拠された畑に、愚かにも入り込んだ女だとわかっているのだ。そして、魔物に襲われた恐怖で、精神に異常をきたしてしまったと思っているのだろう。
実際は、この女は元から狂っていて、被害妄想を大声で吹聴しているのだが、アランはそんなこと知る必要がないので、勘違いをありがたく利用させて貰う。
アランは、こんな汚いものなんて知らなくて良い。
「そんなこと!フィニーさまは、アランさまに騙されているんです!!目を覚まして下さい!!」
許した覚えもない愛称を口にされて、眉が寄る。
明らかな不敬だ。普通であれば、諌めるのが当然の行動。
だと言うのに、女の周りの取り巻きたちは、優しいだの流石だの、女への賛美しか口にしない。
アランがさりげなく、私を庇いやすい位置へ立ち位置を変えた。彼らが異常だと、判断したのだろう。
せっかく着飾ったアランに、護衛のような行動を取らせるなんて。
ますます強まる怒りに、胸の内を黒い感情が渦巻いて行く。それを、深いため息で吐き出して、心を落ち着けた。
つとめて穏やかな声を出す。
「ご覧の通りです、兄さま」
「うん。よくわかったよ」
振り向いて声を掛けた先、護衛と付き人に埋もれていた人物が、おもむろに進み出る。
ざわりと、場が揺れた。
予想だにしない人物が、現れたからだろう。
「宰相も、しかと見たかい」
どよめきを引き起こした張本人、王太子イディオスが静かに自分の後ろへ語り掛ける。
「……ええ。確かに拝見いたしました」
「そう。それで?きみの判断は?」
兄の後ろから現れた宰相は、苦々しい顔をしていた。
「一場面見ただけで、判断は」
「本気で言っているのかい?」
間髪入れずに問い掛けられ、言葉に詰まる。
「イディさま!助けに来てくれたんですね!!」
そんな会話を場違いに割る、女の声。
「……?」
アランが、きょとん、とあどけない顔で首を傾げた。
「ふっ……」
「フィニー?」
その愛らしさに思わず笑ってしまって、きょとん顔のままのアランが私を振り向く。ああ、可愛いね。
「すごいよね。世界が自分のために動いていると思っているようだ」
「よほど、恐怖を、感じたのだね」
「うん。痛ましいことだ」
そう言うことに、しておこう。アランには。
「これ以上、醜態を晒させるのは可哀想だから、保護が必要だね」
「そうだね。身体を治す技術に比べて、こころを治す技術はまだ未発達だから、すぐには治せない」
「はやく研究が進むと良いが、なかなか進んでいないのが現状だからね。もう少し予算が回せるように、兄さまと相談してみようか」
優しいアランに同意しながら、頭痛を堪えるような顔の宰相へと目を向ける。
いつのまにか、兄は護衛にしっかり囲まれていた。
「助けて下さい、イディさま!フィニーさまは、アランさまに騙されているんです!目を覚させてあげないと」
「私の可愛い義妹が、どう弟を騙していると?」
「アランさまは、恐ろしい方なんです!わたしずっと、嫌がらせをされていて。それに、罪のない野生動物を、たくさん殺していて」
アランの耳を塞ぎたい気持ちだったが、流石にこの場では無理だ。
「罪のない野生動物とは、具体的に?」
「ウサギです。あんなに可愛いウサギを、殺して、燃やして!」
「ウサギ、ねぇ?」
兄が手を上げ、護衛に視界を開けさせる。依然取り押さえられたままの女を見下ろして、兄は問い掛けた。
「ミートパイは美味しかったかい?」
「え?」
「食べただろう。今日。あれはね、宮廷料理人に作らせた特別製なんだ。美味しかったかい?」
ああ、アントンは手筈通りに進めてくれたのか。
手駒の優秀さに満足しつつ、女の答えを待つ。
「!、ええ、とても、美味しかったです!」
掛かった。
計画通りの言葉に、内心ほくそ笑む。
「そう。美味しかったのだね。それなのに、罪のないウサギを殺すことは悪だと?」
「そ、うです!なんの罪もない可愛いウサギを殺すなんて、」
「罪のないウサギを殺して作ったミートパイは、美味しく食べるのに?」
「え……?」
女が、目を見開く。
「食べたのだろう。仔ウサギのミートパイ」
「ミートパイ、仔ウサギの?」
「そうだよ。生後三ヶ月の仔ウサギをふんだんに使ったミートパイだ。大人のウサギより臭みがなく、柔らかかっただろう?」
女の取り巻きには、私の手勢が混ぜられている。そのひとりが、女にミートパイを食べさせた。ガーデンパーティいちばんの美味しい料理で、食べなければ損だと言って。
「我が国では伝統的にウサギ肉が食べられている。知らないはずがないね。騎士訓練学校でも、日常的に食堂のメニューになっていることは確認済だ。食用に育てられたウサギにはなんの罪もないわけだが、殺すのは駄目なのかい?」
「それは、食べるために、仕方なく。っでも、アランさまは、食べるためではなく殺して、焼いて」
「そう」
頷いた兄が会場を見渡し、教師のひとりを指差す。
「ユフテルウサギは、食用に出来るのかい?」
「無理です。残留魔力で中毒を起こします。魔物の魔力は、人間や獣のものとは異なりますから」
「そうだよね。私が知らないあいだに学説が変わったのかと思ったよ。それなら、殺した後は焼き払うしかないね?」
「仰るとおりでございます、殿下。そのまま残しておけば、大型の魔物を誘き寄せてしまうので、焼き払って魔力を散らす必要があります」
教師の返答に満足そうに頷いて、兄は女に目を戻した。
「と、言うことだけれど?アランの行動は、理に適ったものだ」
「そんな……!」
うん。
「ん?フィニー?」
腕に添えられたアランの手に手を添えれば、どうしたのかとアランが見上げて来る。身を屈め、耳許に囁いた。
「アランは見逃したくないだろうけれど、すまないね。必要なことだから、一度だけ、堪えて欲しい」
「なんの、っ!」
「堪えて」
飛び出そうとしたアランよりも、先んじて手を押さえていた私の方が早い。
「でも、フィニー」
「徹底的に調べて根を断つ必要があるんだ。だから、使わせないと」
その、会話をするわずかな時間で、状況は動いていた。
「イディさままで騙されているなんて!わたしが、目を覚させてあげます!!」
宣言した女が、取り出した笛を思い切り鳴らす。
「アラン、証拠品だから壊さないで」
告げて手を放した次の瞬間には、アランは女に肉薄し、笛を持つ手を叩き上げていた。女の手から飛んだ笛をアランが掴み、私へ投げる。
「ありがとう」
「い、痛いっ!ひどいわ!!ほら!こんなに意地悪な方なんです!アランさまは!!」
手を打ち据えられた女が騒ぐのを、怒りを通り越してもはや真顔になったアランが見据える。
「縛り上げろ。仲間も含めてだ。縄が足りないなら、手脚を折れ」
女は無視して衛兵に告げ、自分はパーティ会場を見渡す。
「魔物寄せの笛だ。どんな魔物が来るかわからない。戦闘員は厳戒態勢!非戦闘員は、ただちに街への避難を、」
不意に空を見上げたアランが、思い切り顔をしかめる。
複数の巨大な飛行物体が、こちらへ向かって来ていた。
あちこちから、悲鳴や絶望の声が上がる。
当然だ。あれは、並の兵ではとても敵わない危険度一種の大型飛行魔物。
「よりによって、劣翼竜。イーダ!」
アランが掲げた右手に、イーダが筒状のものを投げ付ける。
合同演習のときも使っていた魔導具、いや、それとはどうも、形が。
掴んで即構えたアランが、連続で魔法を放つ。圧縮された業火が豪速で飛び、すべての劣翼竜を消し炭にした。
奇跡のような瞬殺に、絶望から一転、歓声が上がる。
「油断するな!」
その歓声を切り裂く、アランの厳しい声。筒をイーダに投げ返し、代わりに連接棍を構える。
「まだ来る。お義兄さま、フィニー、宰相閣下、避難して下さい。ここは危険です」
「パーティに武器を持ち込むなんて、野蛮な」
ガン!と、アランが連接棍の石突を石畳に叩き付ける。硬いはずの敷石が、砕け散った。
「今このとき、この植物園の守護者は、ぼくだ。カピヤバの名にかけて、森から出たならすべて殺す!!」
その、気迫に、気圧されぬ者はいなかった。それは、魔物とて、同じだったのだろう。
それでもアランは、警戒を解かなかった。
「駄目か」
顔を顰めて、私を振り向く。
「フィニー、お義兄さまと宰相閣下を、逃して。危険度特種が来る」
劣翼竜でも、危険度は一種。その上の危険度として設定された、特種まで行くならば、それはもはや、生きる天災だ。
「アラン」
「防災課に、伝令を。世界樹霊だ」
アランが連接棍をしまい、イーダから筒を受け取る。
「焼き払うから、周辺の封鎖を」
「焼き払う、って、そんな」
「間に合っていて良かったよ」
アランが微笑んだ。
「これね、リグリス領の畑の魔導具を参考に、ぼく用に新しく作って貰ったんだ。火力はフィニーも見たでしょう?これなら世界樹霊でも燃やせる」
まあ、延焼はしそうだけれど、とアランは笑みを苦笑に転じる。
「だから大丈夫。ただ、火を使うからみんなには離れて欲しいのと、たぶん世界樹霊以外も燃えちゃうから、後始末が」
隊長に怒られるかなと、イーダに小声で問う。
「後始末は、私に任せて。アランの責任になんてさせないよ」
「アラン、そして弟よ、兄もいることを忘れるな」
兄が寄って来て言う。
「今の私は国王の名代だからな。国王代として、この場の指揮をフィネス、お前に一任する」
さすが兄さま、よくわかっているじゃないか。
「……」
ほんとうは、危険なことなんて、させたくない。
だが。
「討伐隊見習い騎士、アラン・カピヤバに命じる。危険度特種、世界樹霊並びに、それに随行する魔物を殲滅せよ。殲滅を第一優先とし、手段は問わない」
固く握り込んでいた手をほどき、アランの頬に触れる。
「この場の人間は、私が必ず生きて逃す。事後処理も任せて。だから」
アランの頭へ手を回し、引き寄せて唇を重ねた。
「きみは、きみ自身が生きて戻ることだけを考えて」
「……わかった」
頷いたアランが、私から離れて微笑む。
「行って来るね、フィニー」
「いってらっしゃい、アラン」
そしてアランはイーダを伴い、脇目も振らず駆け去った。植物園と隣接した、森の方向だ。出来るだけ、ここから離れた場所で迎え撃つためだろう。
ここが街から離れた植物園で、今日がガーデンパーティの日だったのは、幸いだった。周辺にいるのは学校関係者と植物園の職員のみで、一般人がいない。
「全員、街まで退避する!戦闘員は非戦闘員を保護して進め!!」
見守りたい。だが、そんな場合ではない。
私はアランに背を向けて、退避の指示を始めた。
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