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10.後顧の憂いを請け負って

 防災課の人間が来ても、結局引き継ぎだなんだと時間を取られたアランが、私の許へ戻ったのは一週間後の話だった。


「フィニー、っと」


 変わりない姿で手を振ったアランを、抱き締める。


「無事で戻って、良かった。アラン」

「うん、ただいま、フィニー」


 まだ、関係良好政策を絶賛実施中らしいアランが、抱き返してくれる。


 しばしその幸福を堪能したあとで、一歩離れてアランの手を取った。


「アラン・カピヤバ伯爵令嬢。コエルス王国の王族として、感謝を。あなたの迅速な対応のお陰で、我が国の民が救われた」


 改まった言葉に目を見開いたあとで、アランは当たり前のように答える。


「防災課討伐隊の見習いとして、役目を果たしたまでです。国民の盾として災害の前線に立つことが、我ら討伐隊の役目。災害は時と場所を選んでくれることなどありません。己がその場に立ち会ったならば、たとえ見習いであろうと死力を尽くして民を守れと、上官より命じられております。小官はその命に従っただけのこと。特別に感謝されるようなことは、なにも」

「それでも、下手をすれば大型の魔物の大氾濫が起こっていた可能性もあったのだろう?」

「そうですね」


 アランの言葉には裏がない。嘘も誇張も遠慮もなく、考えるままを告げるだけ。


「畑を焼く、と言う対処も、緊急ゆえ強行しましたが、失敗すれば畑のなかの魔物発生域にいる、強大な魔物の逆鱗に触れていた可能性は十二分にありました」


 息を呑む声が、聞こえた。

 それでアランを責めさせるつもりは、さらさらないが。


「討伐隊の小隊が来たのだろう?小隊長の意見としては?」

「状況・戦力的に、考え得る最良の対処だったと言われました。穏便な方法を取るには、戦力と装備が不足し過ぎていた上、緊急性も高かったため、焼き討ちが最善の方法だったし、小官の実力であれば、万一の場合も応援が来るまで持ち堪えられただろうと。判断速度、内容、結果共に、文句なしだそうです」


 ベタ褒めじゃないか。


「小官との信頼関係があったとは言え、即座に判断を支持して自分の責任の下で実行権を与える殿下も、度量と決断力が素晴らしい、このまま育って良い将官になって欲しいと、あ」


 私まで褒められたのかと驚いていると、アランが、しまった、と言う顔で言葉を止めた。


「どうかした?」


 思わず素に戻って訊ねると、アランが困ったように目を泳がせる。


「フィニーについて評価したことは言うなって言われていたのに言っちゃった」

「そうなの?どうして私には言わないようにと?」

「下級貴族の自分が王族を評価するなんて、不敬にもほどがあるから、って」


 確かにそうだけれど。


「アランが一目置く先輩だろう?褒められたら、私は嬉しいけれどなあ。どんなひとなのかな?」

「魔物の知識がすごいひとなんだ!討伐隊随一だよ!」


 アランが目を輝かせて言う。とても可愛いが、語っているのがほかの男のことと言うのが、いや、討伐隊の面々には感謝しているが。感謝しているが、それはそれとして、私よりもずっと長く、アランと一緒に過ごしていることや、アランの尊敬を得ていることに、思うことがないわけではない。


 が、キラキラした目で話すアランはとても可愛い。


「討伐隊は原則中隊単位で動くのだけれど、カニス小隊は一個小隊で動くことが許されていてね、それと言うのも、カニス小隊はカニス小隊長直々に、魔物の知識と対処法を叩き込まれた精鋭しかいないからなんだよ!すごいでしょう!」

「うん。すごいね。そんなすごいひとに褒められたなら、わたしは嬉しいよ。だから、カニス小隊長を不敬と思ったりしない。安心して」

「ありがとう、フィニー」


 許すとも。微笑むアランが可愛いから。嫉妬も苛立ちも、すべて飲み込もう。


「ほかにはなにか、私について言っていたかい?」

「ほかに……少し、忠告されたよ」

「忠告?」


 内容によっては聞き捨てならないが。


「今回はぼくに寛容なフィニーが相手だったから良かったけれど、地位の高い方のなかには、自分が最優先にされないと不満を覚える方も多いから、対応や言い方には気を付けるようにと。それから」

「それから?」

「『良いか?殿下みたいに、肝っ玉も懐も大きく深くて、地位も仕事への理解もある、寛容で度量のでかい男なんて、まずいないからな?そんな素晴らしい方が婚約者であることに心の底から感謝して、絶対に手放すなよ?絶対だぞ?失ってから後悔したって遅いからな?ガッチリ掴んで捕らえておけよ?』って」


 なんて素晴らしい先輩だろうか。カニス小隊長。覚えた。おそらくこのあと顔を合わせる機会もあるだろうから、顔もしっかり覚えておこう。


「心配しなくても、私がアランから離れるなんてあり得ないけれどね。私や王家こそ、アランを手放す気はなくて、なんとしても、私とアランを結婚させたいのだから」


 少しなら、許されるだろうか。

 アランの前髪を持ち上げ、額に唇を当てる。


 アランと私の結婚は、私達の卒業後の予定だ。


「卒業が待ち遠しいよ。早く君との、確固たる繋がりを手にしたい」

「フィニー」


 これも単純に、関係良好政策の一端だと思っているのだろう。アランが照れる様子はなく、微笑んで返される。


「現状カピヤバに叛意はないよ。陛下は善政を敷いておいでだ。このままの治世が一日も長く続くことを、カピヤバ家の領民たちも願っている」

「うん」


 可愛いアラン。愛しいアラン。


 王家はカピヤバとの、友好を願っている。カピヤバだけではない。防災の要である、討伐隊とも、良好な関係を保ちたいと考えている。


 だからこそ。


「アランは、もう学校に戻れるの?」

「うん。カニス小隊が来たからね。あとはぼくよりずっと、巧く収めてくれるよ」

「そう。私も二、三日中には戻れそうだよ。一緒に戻ろう。難しいかと思ったけれど、ガーデンパーティには揃って参加出来そうだね」


 アランが苦笑いになる。


「そうだね。合同演習は中止になってしまったから、ガーデンパーティは頑張らないと」

「大丈夫。誰が守ってくれたか、みんなわかっているはずだからね」


 実際は、わかっていない愚者が一握りいるようだが、それをアランに伝えるつもりはなかった。


 その愚か者共は、いなかったことになる予定だから問題ないだろう。


 愚者を除けばアランの評価は内外共に高かった。実際に救われた生徒たちはもちろんのこと、その親も、リグリス侯爵領周辺に領地を持つ貴族とその領民もだ。

 騎士訓練学校に通う生徒は家族でも嫡子ではないことが多い。それでも、親からすれば可愛い我が子に違いはないらしく、恩人だと感謝されている。逆に、学校は危険な土地を演習場所に選んだことを多少、非難されているようだが、それに対しては私が一手打って収まった。


 学校の演習だから、守られる立場でいられた。もしもこれが、騎士となったあとの行軍先であれば、アランの役目をこなすのは誰かではなく騎士である己だ。そのとき失策をしないために、命を守るために、今回の経験は役立つだろうと。

 同じく演習に参加していた立場で、王子の名で表明すれば、反論を唱えられる者はいなかった。


 リグリス侯爵領の周辺の者はもっと切実だ。なにせ、ユフテルウサギの氾濫が起きてリグリス侯爵領内での抑え込みに失敗したならば、次に打撃を受けるのは自領であった可能性があったのだ。ともすれば収穫前の小麦と領民の命が、大打撃をうけたことだろう。未然に防いだアランは救世主。焼き討ちされたのが自領の畑でない以上、アランには感謝しかないだろう。


 リグリス侯爵領に関しても、すでに手は打っていた。

 まずは、生活の保障。アランが焼いた畑の分は、災害対応として十全に補填可能な予算の承認を得た。それと並行して、責任の所在、すなわち、誰が愚行を起こさせたのかを洗い出した。アランを責める愚者を出さないためにも、必要なことだった。


 結果として、今回の愚行は若者の暴走だったことが判明した。

 カピヤバ家から与えられた知恵により、ユフテルウサギの脅威に晒されたことのない若者が、魔物の恐ろしさを軽く見積り、リグリス侯爵家の次男を唆した。愚かな次男は甘言に乗り、畑の世話を任せられた若者たち全員が結託して、焼き討ちを行っていない事実を隠蔽したのだ。

 焼き討ち後の畑に麦がある不自然さは、二期作を始めたのだと誤魔化したらしい。それで誤魔化されるのもどうかと思うが、必要な判断力は欠くくせに、悪知恵だけは働く者がいたようだ。


 親世代はともかく、その上の世代はまだ、ユフテルウサギの脅威について身に迫る思いがあったらしい。若者の愚行を重く捉え、私刑に走りかけたので、それを止めて、私から刑を与えた。

 魔物害と魔族による領地侵犯の深刻な辺境地域。その、辺境警備隊への従軍だ。本人だけでなく、一族すべてを、辺境へと移住させた。たとえ戦えなくても、仕事はいくらでもある土地だ。

 かの地の辺境警備隊では、アランの叔父が隊長に就いている。彼は姪っ子を溺愛しているので、事情を知れば手加減はしないだろう。

 出発は一月ほどあとになるが、それまでは事後処理もあって騎士や官吏が駐在することになる。実行犯もその家族も、害されはしないだろう。


 リグリス侯爵と、次男を含むその一族については、処分を国に委ねた。これまでの功績や、貴族同士の力関係もある。個人の判断で処理して良いことではない。


「さほど、重い処分にはならないと思うよ」


 状況を軽く説明すれば、アランは軽い口調でそう言った。


「故意ではなく、過失と判断されるだろうから」

「そうなのかい」

「うん。故意なら魔物誘致罪に当たるから重く罰されるけれど、この被害状況で過失なら、重い罰は下されないよ。人的被害がなく、領内だけで被害が終息している点が大きいかな。失敗することは誰にでもあるし、魔物害に遭ったと言うだけで、手痛い罰だからね。それに、罰を恐れて自己処理しようとして、取り返しがつかない状況まで行ってしまう方が問題だから。罰は小さく、対処は迅速に、補償は手厚くが、この国の防災課の方針だよ。

 今回は、ぼくが発見報告者だから駄目だけれど、過失でも迅速な報告で早期解決に役立った場合は、罰ではなく報奨を与えられることもあるくらい」


 なるほどと、頷く。


「過去ではなく、未来に目を向けているのだね」

「失ったものにばかり気を取られていると、足を取られて進めなくなってしまうから。失われた命、壊れたものは、どうしたって元には戻らない。防災課の役目は、いま生きている命を守ること、この先悲しむひとを、ひとりでも減らすことだ」


 強いなと思う。誰もが、その強さを持てるわけではないけれど。


「すごいね」

「役目が違うだけだよ」


 アランが首を振る。


「悲しむひとに寄り添い、共に過去を見るひとだって必要だ。政治を司るなら、過去現在未来、どれかに片寄ることなく目を向けないといけない。ぼくらが未来を見据えられるのは、誰かが代わりに過去を見つめてくれているからだ」


 実際、とアランは続ける。


「起きた災害の支援や遺族への補償を専門とする部署も、防災課にはあるからね。彼らが後顧してくれるから、ぼくらはあとを憂うことなく前を向ける」


 そうだとしても。誰かにあとを委ねられるのは、信じる強さがあるからだ。


 だからこそ。


「私も、なれるだろうか」

「フィニー?」

「アランが信じて、前を向けるような存在、アランが後ろを預けられるような存在に、私もなれるだろうか」


 アランが目を見開いたあとで、細める。


「なれないよ」


 ぎゅ、と、心臓を掴まれた気持ちがした。


「もう、なっているからね」

「……え?」

「今回、討伐隊のみんながいなくて、防災課の後方支援もないなかで、フィニーがいたから、ぼくは後ろを気にせず、ユフテルウサギの殲滅だけに集中出来たんだ。フィニーなら、生徒の避難も事後処理も、十全にやってくれると信じていたからだよ」


 ああ、泣きそうだ。

 誰の評価より、どんな名声より、アランの信頼が私には嬉しい。


 胸の内で暴れる感情を持て余して、アランの身体を掻き抱いた。


「フィニー?」

「ありがとう。アラン」


 絞り出すように、告げる。そうでないと、言葉と共に涙までこぼれ落ちてしまいそうで。


「きみに、信頼し続けて貰える私で居続けられるよう、いっそう気を引き締めるよ」

「うん。信頼しているよ、フィニー。ありがとう」


 背をなでるアランの手は、何百ものウサギを叩き殺したとは思えないくらいに優しかった。




 事後処理を終え、アランと共に学校へ戻る。

 私は王宮へ、アランは防災課本部へ、それぞれ事後報告等もあり、結局学校へ戻れたのはガーデンパーティー前日の夕方だった。


「無理に、参加しなくても大丈夫だよ」


 気遣って言った私へ、アランが笑みを返す。


「そのために戻って来たのだし、間に合ったのだからちゃんと参加するよ。フィニーこそ、無理なら休んで、」

「私も大丈夫だよ。私の場合、王宮は実家だしね」


 そうでなくとも、アランの横に並べる機会は、一回たりとも逃したくない。


「それもそうか」

「うん。だから気にせず、エスコートさせて欲しい」

「わかった。よろしくね」

「喜んで」


 女子寮と男子寮は別の建物だ。敷地自体が離れていて、もちろん食堂も別。学内の食堂へ足を伸ばせば男女共に食べることも出来るが、明日もあるのにアランに共に夕食を取るために戻って来てとは言い難い。


 それでも離れがたく、女子寮の前までアランを送る。


「送ってくれてありがとう、フィニー」

「私が、送りたかったから」


 ちょうど放課の時間とかぶったのか、女子寮の前は帰って来た女生徒が大勢いた。


 視線が集まっているのに気付いてはいたが、アランの身体を引き寄せる。


「お休みアラン。今日はゆっくり身体を休めて」


 抱き締めてアランの額をついばめば、そこかしこから小さな悲鳴が上がった。


「フィニーこそ。お休み、良い夢を」


 身を屈めたまま待てば、アランの柔らかい唇がまぶたに触れた。


 離したくない気持ちを押し込めるために、強く抱き締めて、離す。


「じゃあ、また明日。見送りたいから、もう行って」

「うん。また明日」


 振り返ることなく歩み去るアランが、寮の扉の向こうへと消えるまで見送る。

 アランを隠した扉を恨みがましくしばし見つめてから、息を吐いて踵を返した。


「アントン」

「調っております」

「そうか」


 端的な返答に頷き、明日に思いを馳せる。

 王宮へ行く機会があったのは、幸いだった。


「騎士としては見習いと言っても、年齢的にはもう、成人しているのだからね」


 いまだ人通りは多い道だったが、足早に歩く私に話し掛ける者はいなかった。みな、帰路を急いでいたからかもしれないし。


「発言と行動には、責任を持って貰わないとね」


 私がそれほどに、話し掛け難い様子だったのかもしれない。

拙いお話をお読み頂きありがとうございます


続きも読んで頂けると嬉しいです

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