9.冷たい思考
ログス麦の焼き討ちを怠ったのは、次男の独断だったらしい。優秀な兄と比べられ、目立った功績のない劣等感に苛まれていた次男が、管理を任されたログス麦の収量を手っ取り早く上げようと、画策したことだったそうだ。
寝耳に水で不手際を指摘されたリグリス侯爵は、泡を食って平伏し、私に監督不行届を詫びた。息子を信じて自分の目で確かめなかった、自分の非だと。
自分と次男は如何様にも処罰してくれて構わないから、どうか領民は罰さないで欲しい。
床に額を擦り付けて嘆願する父親の姿に、次男はようやく、謝罪しなければならない立場であることを理解したらしい。父の隣で、額突いた。
「真実頭を下げるべき相手は、私ではないだろう」
彼らが危険に晒したのは、その、助命を嘆願する領民たちの命だ。そして、それを救ったのはアランだ。
「なぜ、麦が燃やされねばならなかったのか。その麦を育てたのは誰か。目先の利益のために、どれほどの命が危険に晒されたか。よく、考えると良い。そして」
王族としてここに立っている以上、罪人である彼らのために膝を突くことは許されない。だから立ったまま、見下ろす。
「現状誰ひとり死なずに済んでいるのも、あなた方が呑気に助命嘆願なんて出来ているのも、危険を顧みずユフテルウサギの大群に立ち向かった、カピヤバ伯爵令嬢とその侍女のお陰であることを、決して忘れないように」
息を吐く。
「彼女は討伐隊の見習いだ。民を守るのは義務だと思っているし、それで感謝されようとも思っていない。だから、今後は気を付けるように言うだけで、対価を求めたりはしないだろう。だが、次も彼女や、ほかの討伐隊の騎士が、都合良く助けてくれるとは思わないことだ」
「もちろんです。ああ、まさかカピヤバのご令嬢が」
リグリス侯爵が、震える声で言う。
「愚息のしたこととは言え、せっかくカピヤバ伯爵家の方に授けて頂いた策を無駄にして、さらにそのご令嬢に救って頂くとは。カピヤバ伯爵家に、どうお詫びし感謝すれば良いか」
「あなた方への処罰を決めるのは私ではない。処刑されるか、改易されるか、許されるか。なんにせよ、死ぬその時まで、悔恨と感謝を忘れず、償って過ごすと良い」
カピヤバもアランも、なにか求めたりしないだろう。そう言う家なのだ。
カピヤバは、富も、名誉も、求めはしない。
ただ、生活を脅かす魔物を屠り、カピヤバの民が平穏に暮らすことだけを望む、欲がないだけに扱いの難しい家だ。
「はい。犯した愚を思えば、生き恥を晒すことも苦しく感じますが、カピヤバ伯爵嬢に救われた命。捨てるわけにも行きません。この命果てるまで、民とカピヤバ家への償いに尽くしましょう」
頷いて、その気持ち、ゆめゆめ忘れぬようにと言い含める。
討伐隊は、謂れない恨みを持たれることもあると聞く。己に原因があったことを、あるいは、誰も悪くなかったことを、認められず、悪感情のぶつけ先に、討伐隊を選ぶのだ。
討伐隊が、もっと早く来れば、もっと早く気付けば、もっと被害の出ないやり方があったはずと。
自分は盗賊のひとり魔物の一匹だろうが、倒せやしないくせに。
リグリス侯爵家とその領民も、そうならないことを切に願う。もし、そうなれば、せっかくアランが救ったひとびとなのに、燃やし尽くしたくなってしまうから。
王子としての役目は果たした。あとの采配はアントンに委ねて下がる。
さもないと、王子としての体面を保てなそうだった。
借り受けている部屋に戻り、長椅子に身体を埋めて深々と息を吐いた私を、護衛たちが心配そうに見つめる。それに笑って首を振って見せた。
「大丈夫。疲れたり、具合が悪いわけじゃない」
アランが婚約者で良かった、と思う。同時に、アランが婚約者でなければ良かった、とも。
もしもアランでなく、もっとわがままで利己的な女が婚約者で、その婚約者をわたしが愛していたならば、きっと国を乱していただろうから。もしもアランでなく、私に守られてくれる女が婚約者であれば、こんなにも気を揉む必要はなかっただろうから。
ああけれど、たとえ別の婚約者をあてがわれていたとしても、私はアランに恋したかもしれない。だってこんなに、アランしか魅力的に見えない。
「私の婚約者は、すごいなと思って」
ヒトは醜い。助けてくれた相手を、平気で軽んじ、罵る。あるいはヒトが、ヒトを傷付けることもある。
それでも、討伐隊は身を挺して、ヒトを守る。
どうしても、そんな醜い生き物、守る必要などないではないかと思ってしまう私には、とても真似出来そうにない。
「申し訳ありません、我々が、もっと手助け出来れば」
「いや」
首を振る。学校で、何度も聞かされたことだ。
「護衛の役目は守りであり、討伐隊の役目は攻めだ。役割が違うのだから、その違いによる能力の差を気に病む必要はない。むしろ、すまなかったね、緊急事態とは言え、護衛の役目を逸脱した行動を求めて」
私は護衛を、生徒を守るために使った。それでもし、私が怪我でもしていれば、責めを負うのは命令した私ではなく、指示に従った彼らになると言うのに。
「お陰で生徒たちが無事だった。感謝する」
「いいえ。ご学友を守るための判断、我々は素晴らしいことと思います」
言葉なく、笑みで返した。
同僚のために、騎士を動かしたわけではない。混乱した生徒が死傷して、アランの頑張りに傷が付くのが嫌だっただけだ。
私は結局、アランのことしか考えていない。
もし、これが討伐隊の遠征で、アランがただ見習いとして同行していたなら、ここまで気を遣うことはなかっただろう。討伐隊の実力は信頼しているし、もしなにか不手際があったとしても、その責を負うのはアランではないから。
だが、今回は頼れる討伐隊の人間はおらず、アランが討伐隊として矢面に立っていた。
冷たい思考が、めぐる。
いまは見習いとしても、いずれ、おそらく近い将来に、アランは討伐隊で指揮官の地位を得る。実力と生まれが、雑兵であることを許さない。
だが、そのとき、アランが矢面に立つ必要は、必然のものだろうか、と。
アランは将としても優秀だ。それは否定しない。
けれど、兵としても紛れもなく優秀で。
上に優秀な将が立ち、アランの盾となるならば、いっそ兵のままでいてくれた方が、アランは思うさま動けるのではないだろうか。
ああでも、王子妃となるアランの上に、立つことが出来る地位のものなんて。
「……私か」
「殿下?」
「ああすまない、少し、考え事をね」
護衛に断り、思考を続ける。
実際のところ、可能なのかと。
直属でなく、上に立つことは可能だ。たとえば騎士団参謀なら、いずれなれる。
では、討伐隊に直に関わり、その責を負える地位には?
防災課の課長、であれば、なれるのではないだろうか。いまから目指し、私の適性と防災の重要性を父と民に示せれば。
防災は、民の暮らしと命に直結する。王族が従事することはむしろ、民からの好感を得られるだろう。
そのためにも、今回、不手際なく解決に導かねばならない。
不謹慎な話ではあるが、私が実績を積む機会はそうそうない。もし、防災に関わる道を目指すならば、今回は良い機会だったと言えるだろう。防災課を目指す理由付けとしても、私が防災において役立つと言う、実績を作るためにも。
だからと言って、過失でアランを危険に晒した、リグリス侯爵領を許す気はないが。
とにかく、この先私の力でアランを守るために。どう動くことが、最善か。
怒りは一時横に置いて、私は冷静に、取るべき対応を考え始めた。
拙いお話をお読み頂きありがとうございます
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