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9.死霊魔法師のとっておき


 アサルトベア。

血に飢えた、貪食の中型魔物。


 黒い毛皮に覆われたずんぐり図体は、後ろ足立ちの状態で約400ヤドル。

だいたい大人2人分の大きさだ。


 馬よりも速い動きで獲物を追い回し、大木を容易く切り倒すその腕力は、同じ中型の魔物であるオークのそれを遥かに凌駕する。


 食性は勿論のこと、肉食。


 つまり、奴の縄張りにノコノコと入ってきた人間(おれたち)は——


「グオォォォォォォン!」


 雄叫びを上げながら食い付きたくなるほど、ご馳走という訳だ。


 大口を開けて突進してくるそれを、俺は左へ、リブは右へ、それぞれ回避する。


「まずいぞっ!こんな大物、とても私達の手に負える相手じゃない!」


「分かってるよ!」


 クッソ!

なんとか魔物との連戦を乗り切ったってのに、今度は凶暴な中型魔物の相手かよ。

しかも相手は、この山で数々の冒険者を葬ってきた山の王者?

冗談じゃねえ!


 こうなったら、温存だ何だと言ってられないな。


「おい、アンタッ!出番だぞ、行って来い!」


 俺は反対方向に回避したリブに、攻撃を命じる。


 そんな俺に、リブは目を見開いた。


「正気か!?あんなもの、私の手に負える魔物じゃないぞ!」


「倒そうとしなくていい!ちょっかい出して、奴の気を引け!出来るだけ時間を稼いでくれればそれでいいんだ!」


「チッ!無茶を言う!」


 リブは不服そうに口元を歪めながら、剣を構えてアサルトベアに向かっていく。


「二度目の死を迎えたら、本当に恨むからな!この外道!」


「安心しろ!その時は俺も共倒れだ!」


 俺は収納魔法のゲートを複数展開する。


 現状、俺が持つ全ての死体の中で、戦える状態の物を選定。

それを引っ張り出し、その場に並べる。


 道中でリブが仕留めたゴブリンやフォレストウルフといった小型の魔物と、この山で生き絶えた冒険者の死体が幾つか。

その数、合計45体。


 後ろから鉄と鉄がぶつかり合うような音が響く。


 チラッと後方に視線をやると、アサルトベアの爪をリブの剣が受け止めていた。

衝突の威力までは殺しきれず、後ろへ押されている。


 あんなもので襲われたら、ひとたまりもないのは明白。

その前に、奴を仕留める一手を打たないと。


 猶予はリブがアサルトベアの気を引いてる間。

まさか俺が、他人に命を預ける羽目になるとは。


「頼むからそこそこ稼いでくれよ……!」


 祈る気持ちが口から溢れながらも、俺は魔法式を構築していく。


 リブに施法したものと同様の、降霊と隷属の魔法。

その規模は、並べた死体45体を全てに施法する、桁違いなものだ。


 魔力も大幅に消費するが、ここで躊躇えば命はない。


「クッソ!こんな大規模な魔法、使うのは久しぶりだ……!」


 左手で魔法式を構築しながら、右手で頭を抑える。


 巨大な魔法式の構築による負担からか、頭が痛い。

まるで脳が焼き切れているような感覚だ。


 それでも俺は、魔法式構築の手を緩めない。


「俺は……こんな所で——」


「ぐあぁぁっ!?」


 リブが悲鳴を上げながら、茂みの中へと消えて行く。

どうやら、限界まであの熊を押さえ込んでいたようだが、ついに押し負けたらしい。


 奴の次なるターゲットは、魔法式を構築中の無防備な俺だ。


 アサルトベアの咆哮が響き渡り、ドシドシと足音が近づいてくる。


 とにかく魔法式を練り上げろ!

完璧な形でなくていい!

今この瞬間の脅威を跳ね除ける効力があれば、それでいい!

動ける戦力を作り出せれば、それで充分だ!


 ここで止まったら、あの魔物に対抗する手段がなくなる。

そうなったら——


「——こんな所で……!死にたくねえんだよッ!!」


 最後の式を当てはめ、ありったけの魔力を流す。


 ギリギリで準備は整った。


 俺は突っ込んでくるアサルトベアの爪を、寸の所で躱わした。

フードの端が、僅かに裂ける。


「《デッドリー・パレード》ッ!!」


 ルーツ語の呪文に反応し、魔法式が紫色の光を放つ。


 さあ、起き上がれ死者ども!


 俺が並べた死体達が、次々と起き上がる。


 複数の死体に同時に死霊を降ろし、一気に何体ものリビングデッドを作り出す魔法儀式。

原理はリバイブと同じだが、その規模は死体の数と魔法式の範囲次第で、何倍にも何十倍にも跳ね上がる。


 それが高等死霊魔法、デッドリー・パレードだ。


「一斉攻撃っ!!」


 襲いかかってくるアサルトベアを指差し、俺はリビングデッドの行進隊に命じる。


 45体の屍達は、一斉にアサルトベアに向かって突撃した。


 如何に中型と言えど、この数の敵を一気に相手取るのは厳しいだろう。

しかも、俺が精製したのはリビングデッド。

リブと同様、全ての死体が生前に近い動きをする。


「これが俺の……とっておきだ!」


 槍を持った冒険者のリビングデッドが、アサルトベアの肩を貫く。

鋭い牙を持ったフォレストウルフのリビングデッドが、腕に噛み付く。

狡猾なゴブリンの棍棒が、奴の頭を揺らす。


 多彩なリビングデッドが、次々と中型の魔物にダメージを与えて行く。


「グオォォォォォォーーーーッッッ!!!」


 至る所に傷を負いながらも、アサルトベアは雄叫びを上げ、腕を振るって死体達を蹴散らす。

肉が裂け、骨が砕ける音が、連続して響く。

冒険者の首が千切れ、フォレストウルフの胴が裂け、ゴブリンの脚が潰れた。


 流石山の王者と呼ばれるだけのことはある。

サイズが大きいと、力も生命力も桁違いだな。

アンデッド達の攻撃で受けた傷なんて、大したダメージにもなっていない。


 だが——


「そんな事で……アンデッドが止まるかよっ!」


 首がもげた冒険者はそのまま武器を持って立ち上がり、胴が裂けたフォレストウルフはこぼれ落ちた臓物を自ら噛みちぎり、上半身だけになったゴブリンは腕で這いずりながら、アサルトベアへ向かっていく。


 アンデッドは生命活動を終えた、物言わぬ死体。

体の大部分を欠損したとて、動きに支障がなければ何度でも立ち上がる。

何体かは使い物にならなくなったが、俺の手数はまだ残っている。


 アンデッド一体一体が与えるダメージは大したものじゃないが、奴の生命力とて限度はある。

その証拠に、傷だらけで血を流すアサルトベアは、徐々に動きが鈍って来ている。

このまま攻撃を続けていけば、確実に奴を仕留めることが可能だ。


 だが、それでもアンデッド一体を吹き飛ばせるくらいの力は残っており、一体、また一体と、行進隊の数が減っていく。


 俺のアンデッド行進隊が全滅するか、その前に奴が絶命するか。


 魔力の切れた俺は、それを見届けることしか出来ない。

自分の戦力に、簡単な強化の魔法すら施せない。

正直、立っているのがやっとの状態だ。


 それでも、俺は負ける気がしなかった。

俺の手札は、このアンデッド達だけじゃない。


 アサルトベアの背後の茂みが、音を立てる。

それは、リブが吹き飛んでいった場所だ。


「悪いが……この勝負貰った!」


 俺がニヤリと笑うのと、茂みから影が飛び出すのは同時だった。


「うおぉぉぉぉぉぉぉっ!!」


 およそ普通の人間とは思えない跳躍力で宙に躍り出たリブは、水平に剣を構える。


 そのまま、自由落下の要領で大熊の首元に飛び込んだ。


「ハァァァァァァァァッッ!!!」


 渾身の一太刀を、アサルトベアの首に振るう。


 ——ボトッ。


 山の王者の首が、地に落ちた。


 それを見届け、俺は仰向けに倒れる。


「ざまぁ……みやがれ……!誰に喧嘩売ったか……思い知ったか……!ハハッ……ハハハッ!」


 息も絶え絶えに、勝利を確信して笑いが込み上げてくる。


 生き残った。

無傷とは言い難く、消耗も激しかったが、俺は生き残ったんだ。


 魔力が底を付いた上に、扱い慣れていない高等魔法を使った事で、脳に負荷がかかっている。

頭痛は止まらないし、視界が揺れて気持ち悪い。


「ほんっと……慣れない事はするもんじゃないな……」


 けど、俺は魔物との戦闘を生き残った。

このくらいの代償、些事として受け入れてやるさ。


 俺は勝利の余韻に浸りながら、意識を手放した。

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