8.死の気配
現状、リブの死霊を死体から取り戻す方法は、俺にはない。
故に、俺は大陸の各地を歩き回り、その方法を見つける必要がある。
でないと、俺は師匠から破門されたままだ。
まだまだ半人前の俺は、あの人からより強力な死霊魔法を教わりたい。
そんな訳で、路銀を稼ぐ為に、冒険者ギルドにて薬草採取の依頼を受けた俺達だったが——
「シリャァァァァァッ!!」
小さな影が、下品な雄叫びを上げて飛びかかってくる。
「邪魔だっ!」
リブがすかさず前に出て、喉元を鈍の剣で一閃。
一瞬にして命を刈り取る。
「グルォォォォォッ!」
今度は反対方向から、唸り声と共に毛むくじゃらの獣が顔を出す。
「こんのっ!」
俺は棒切れを拾い上げ、獣の顔面に投げつけて怯ませる。
その隙に、駆けつけたリブが剣を突き刺してトドメを指す。
これで仕留めた魔物は15体。
山奥に進んで、かれこれ2時間この調子だ。
納品物である薬草の群生地は、まだまだ奥にあるらしいのだが。
「クソッ!山を進めば進むほど、魔物だらけじゃねえか……!もしかして、これがスタンピードってやつか……!」
慣れない山道に、立て続けに起こった魔物との戦闘。
俺はすっかり疲弊し、膝に手をつく。
「薬草が群生するほど大地の実りが豊富な環境だぞ。これが普通だ。スタンピードは魔物がこれと比にならない軍勢で迫り来る。小型から中型、果ては大型の魔物までな」
そう答えるリブは、鈍の剣を構え、周囲を警戒している。
流石は疲労の概念が存在しないアンデッドだ。
魔物との連戦を経てなお、ケロッとしてやがる。
「しかし、私も貴様も、複数の魔物に同時対処する術が乏しい。こんな状態で魔物の群れや強敵なんかに遭遇すれば、ひとたまりもないぞ」
「言えてるな……」
先程から出てくる魔物は、単体での戦闘に不慣れな俺でも何とか対処可能な下級のものばかり。
それでもこの消耗なのだから、より手強い魔物と遭遇したり、この量を凌駕する群衆で襲われれば、それこそ骨も残らず食い散らかされるだろう。
俺は額の汗を拭い、リブが仕留めた魔物の亡骸を回収する。
ゴブリンに、フォレストウルフ。
損傷も最小限だし、これは良い戦力になりそうだ。
「まあ、問題ない。いざって時は、俺のとっておきを披露してやるさ」
俺がそう言ってやると、リブは半目を浮かべてこちらを見てきた。
「まさか、今まで出し惜しみをしていたのか?」
「当たり前だろ。何が出てくるか分からないこんな場所で、下手に消耗できるかよ」
俺の戦法は死霊魔法がメイン。
死霊や死体のストック、魔力が尽きたら何も出来ない。
だから、道中はなるだけ消耗を抑える必要があるのだ。
「だったら、魔法以外の戦法も身に付けるべきだ。この依頼を達成してからでも、剣を振ってみろ」
リブの言い分には、一理ある。
俺は剣を振るえない。
だから、敵に接近を許せば、一瞬でお陀仏だ。
身を守る方法は死霊魔法しかない。
けど、なんだかんだ言って、今までそんな状態でも乗り切ってきた。
扱えないものを無理に扱おうとする必要はない。
戦う術は、何も剣だけじゃないのだから。
少なくとも、今までそうやって来て、命の危機に直面した事はない。
けど、今回ばかりはそうも言っていられないかも知れない。
この先資金を集めるなら、俺も自分の脅威ぐらいは、自分で跳ね除けるべきだろう。
この依頼を片付けてから、考えてみるか。
「ほら行くぞ。こんな魔物だらけの山、さっさと抜け出したい」
俺に扱える武器を手に入れるにも、再定着したリブの死霊をどうにかするにも、とにかく金が必要だ。
リブを先頭に、俺たちは歩みを再開させた。
地下に広がるダンジョンと違い、ここは辺り一面緑が生い茂る山の中。
生態系もダンジョンより幅広く、複雑だ。
故に、周りの危険に反応しにくい。
移動中も常に辺りを警戒しておかないと。
気が休まる場所が無いのは、ダンジョンもここも同じか。
「——止まれ」
だが、外の世界はダンジョンと違い、周囲の環境が瞬く間に変わる。
俺は前を歩くリブに、停止の合図を出した。
「どうした?早く進みたいと言ったのは貴様だぞ?」
一応は俺の指示に従い、歩みを止めて怪訝な顔を浮かべるリブ。
「周りの空気がおかしい。嫌な感じだ」
俺は辺りの様子を伺いながら、警告する。
「そうか?別になんの変わりもない、山の中だが?」
「見た目はな。けど、漂ってくるんだよ……死の気配が、猛烈に」
「死の気配?なんだそれは?」
「死霊が放つ、独特の空気だよ。この感じ……ざっと10人は超える死者が出てる。この場所でだ」
「ふむ……」
冷や汗を流す俺の説明に、リブはその場でしゃがんで何かを拾い上げた。
白くて、丸みを帯びた、長い棒——骨だ。
「その死の気配とやら、かなり重宝しそうだな……」
リブは手に持った骨を、俺に差し出してくる。
手に取ってみると、それは人間の上腕骨に当たる部分。
何か爪のようなもので傷つけられた跡が、骨の表面にまで残っていた。
これの持ち主が、魔物との戦闘に敗れて生き絶えたという事は明白だ。
生い茂る草で分かりにくかったが、足元を見ると他にも白骨死体や冒険者の衣類の一部と見られる布切れなどが、大量に転がっていた。
恐らくここは、肉食性の魔物の縄張りなのだろう。
「この山は冒険者の死亡者数が比較的多い。その背景には、ある1匹の魔物の存在がある」
「は?こんな時になんだ?」
「熟練の冒険者でも、場合によっては命を落としかねない、危険な相手だ。この山で奴の天敵になりうる魔物は存在せず、生態系の頂点に立つモノ——」
リブの後ろの茂みが、ガサガサと揺れる。
「——グルルルルゥゥゥ……!」
獰猛な唸り声と共に、だだよってくる獣臭。
黒い毛皮に、ずんぐりとした巨体。
涎を垂れ流す口元には、生え揃った牙。
丸太のように太い腕の先には、ナイフのように尖った爪。
生態系の強者が放つ野生の威厳に、俺は生唾を飲み込んだ。
リブはゆっくり振り返り、腰から剣を引き抜いて魔物と対峙する。
「アサルトベア。私達は、山の王者の縄張りに踏み込んだという事だ」




