6.報告と破門宣言
『アホだろ。おまえ』
目の前の水晶から、長いため息と共に呆れ声が返ってきた。
「……返す言葉もございません」
床に置いた水晶の前に正座する俺は、頭を垂れた。
通信用魔導水晶に映し出された相手は、豪勢な椅子に腰掛け、頬杖を付いてこちらを見下ろしている。
灰色に変色した肌は縫い目だらけ。
髪は白色で長く、その上には鍔広のとんがり棒。
黒い外套は、俺にくれたローブと似たデザインだが、シルエットはより細身に、装飾はより美麗に。
イモータリー・クイーン。
死霊の魔女という異名を持ち、大陸にいる死霊魔法師の中でもトップクラスの実力者を持った人物だ。
そして、俺に名を与え、死霊魔法を叩き込んだ師匠でもある。
今回の一件、師匠の知恵を借りようと、意思を持ったアンデッドを精製してしまった事を報告し、心底呆れたような反応が返ってきた。
まあ、そうなるよな。
『修行の旅を命じて半年で、こんな失態を犯すとはな。我が弟子ながら情けない』
「師匠。俺が旅に出たのは2年前です」
『口答えするなアホ弟子。細かい年数に意味があるか』
俺が年数を訂正すると、師匠はキツく吐き捨てる。
いや、半年と2年ではだいぶ差異があると思うのだが。
この人と俺とでは、時間経過の感じ方がまるで違う。
魔物に近い人体改造を施した結果、半不死体となった師匠からすれば、時が経つのも遅く感じるらしい。
師匠はこちらを見て、額に手を当ててため息を吐いた。
『つまり、おまえは状態の良い死体を前にもったいない精神を発動させ、うろ覚えの碌に使えもしないリビングデッド精製の儀式をその場で行った。だが、死体の中にあった残留死霊を取り出す事を失念し、死者本人の魂が目覚めてしまった。そういう事だな?ネクロ・グレイブス』
そう問いただしてくる冷徹な声に、2年前まで師匠の元で教えを乞うていた地獄の日々がフラッシュバックする。
「……はい」
『間抜け』
厳しい罵倒に、俺は返す言葉もなく黙りこくる。
死後間もない肉体には、残留死霊という、生前の霊魂の一部が残る現象が発生する。
それは、生前のやり残した悔いが強ければ強いほど、死体に現れやすい。
そういった残留死霊が見られる死体は、残った霊魂を取り出してから、別の霊魂を降ろしてアンデッドを精製するのが普通だ。
普段からゾンビやスケルトンといった、死後何年もたった死体を用いたアンデッドの精製ばかり行っていた弊害が、ここに現れていた。
ハッキリ言って凡ミスもいい所だ。
『私の教えを言ってみろ、ネクロ。死霊を限りなく生前に近い状態の肉体に降ろすと、何が起こる?』
「……肉体と霊魂の再定着が起こり、自我が目覚めて言う事を聞かないアンデッドになります」
『未熟者』
「っ……」
師匠の叱責に、思わず目を逸らす。
そう。
今のリブはまさにその状態。
残留死霊の存在を見落とした俺が、他の死霊をリブの死体に降ろした事で、リブ本人の残留死霊が降ろした死霊を取り込み、覚醒。
そして、絡んできた髭面の男に名前を呼ばれた事で自己認識を取り戻し、完全に自我を取り戻した。
お陰でルーツ語以外の命令は効かない、扱いづらいアンデッドの出来上がりだ。
『そうなったアンデッドの、最終的な到達点は?』
「……隷属化の効力から脱し、施法者を殺して完全な魔物と化します」
『ボケナス』
「うぐっ……」
鋭い罵倒に、思わず唸る。
流石に言い過ぎじゃない?
いやまあ、こんな凡ミスをかました俺が怒られるのは仕方ないとしても。
それにしたって飛んでくる言葉が一々痛い。
そろそろ泣きそうになってくる。
『話を聞いた限り、その女は生前かなり腕の立つ冒険者だったようだな。魔物化すれば、自然発生するアンデッドより強力な存在になるのは確実だ。もし、本当におまえが殺され、そんな事になってみろ。下手をすれば、デュラハンやヴァンパイアといった上位の魔物に存在進化する可能性も十分にあり得る。そうなったら、聖天教が黙っちゃいないぞ』
「ごもっともです……」
俺は再度、深々と頭を下げる。
ただでさえ死者を弄ぶ外道として、死霊魔法師は聖天教から神の敵として睨まれている。
それは当然、イモータリー・クイーンと呼ばれる師匠とて、例外ではない。
そんな中、今回の事案で俺が強力な魔物を世に放ったとなれば、その師匠であるイモータリー・クイーンも、聖天教が神罰の対象としてマークするに違いない。
そうなれば、当然師匠の手を煩わせる事になる。
師匠が聖天教に負ける負けない、それ以前の問題だ。
他の死霊魔法師より何十倍もこの世を生きている師匠なら、聖天教の強さや厄介性も俺以上に知っているだろうし。
「今回ばかりはこの不肖の弟子の不始末であります。本当に申し訳ございません」
『謝るくらいなら解決策を考えんか。このアホ』
水晶の向こうから、叱責と共に罵倒が返ってくる。
そうは言われても、俺にはどうしようもない。
だからこそ、師匠の知恵を借りるために、こうして通信用魔道具を使って状況を伝えたのだから。
リブが自我を取り戻したという事は、肉体と霊魂はとっくに再定着している。
そうなっては、死霊魔法の扱いが半人前の俺では霊魂を取り出すことも不可能だ。
「お願いします、師匠。俺に知恵を貸し与えください。俺の力じゃどうにも——」
『断る』
——えっ?
ピシャッと、師匠は俺の願いを突っぱねた。
あまりにもアッサリと断られた為、俺は思わず下げていた頭を水晶に向ける。
水晶の向こうに映る師匠は、冷めた目でこちらを見ていた。
あ、なんか嫌な予感。
あの目は、俺に修行の旅を命じた時と同じだ。
『この件が片付くまで、おまえは破門だ。おまえ一人で片を付けろ。私は一切手を貸さん。たとえ聖天教が動いたとしてもな』
「えぇっ!?ちょ、ちょっと待ってくださいよ師匠!」
その命令に、流石の俺も口を出した。
いきなり破門?
流石にそれはないだろ。
大体、今回の件を一人で解決出来るほどの手を、俺は持っていない。
それは師匠も理解してるはずだ。
「今の俺じゃ絶対に無理ですよ!だからこうして師匠に頼っている訳ですし!そもそも世界を見て回るなんて修行にも納得してないんですよ俺は!良い加減帰らせてくださいよ!」
『黙れ。元はと言えばおまえが蒔いた種だろうが。おまえ自身でなんとかするのが道理だ。それまで帰ってくるな。私のことを師匠と呼ぶのも許さん。連絡もよこすな。分かったな、このアホ』
——ブチン。
師匠が一方的に水晶の魔力を切り、通信は終了した。
「……マジか」
目眩を覚え、俺は深く椅子に腰掛けた。
俺の魔法の腕では、魂が定着した今のリブを、どうにかする事は出来ない。
しかも、聖天教に見つかれば神罰による制裁待ったなし。
師匠の力を借りることも不可能と来た。
いや、これもう詰んだだろ。
事態収束の為に師匠の知恵を借りようと思った結果、破門宣言をくらってしまうとは……
「ほんと、慣れない事はするもんじゃねえや……」
ハハッ、と乾いた笑い声が、自然と口から溢れた。




