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5.死霊魔法師の凡ミス


 ダンジョンの外には、石造りの街並みが広がっている。


 ここはガイセル。

ダンジョンがもたらす富で発展した、ダンジョンの街だ。

大陸東側の辺境にある、険しい山々に囲まれたこの街は、50年ほど前まではただの集落で、住民達は家畜や畑の世話をしながら、細々と暮らしていた。

そこに、地殻変動によって出現したダンジョンが繁栄をもたらし、冒険者ギルドが点在するダンジョンの街へと成長した。


 今では活気に溢れ、近隣の貧しい村に住む住民達が出稼ぎに来るほどの大きな街として知られている。


 そんなガイセルの街外れに、俺は此処で活動する為の拠点を持っていた。

外壁の至る所に蔦が生え、屋根は所々剥がれ落ち、住民の気配を感じさせない寂れた館。


 ここは元々宿泊施設として利用されていたが、土地が呪われていると噂が立ち、誰も立ち寄らなくなって廃業した、所謂曰く付き物件だ。

そこを師匠が安値で土地ごと買い取り、この街に立ち寄った際の拠点として活用している。


 なんでも、そういう物件は死霊魔法の精度が上がるらしく、師匠は各地にそういった物件を幾つも所持している。

俺は修行の旅で立ち寄った際は、そこを使うよう許可されているのだ。


「随分といい趣味をしている師匠だな。死霊魔法師は皆そうなのか?」


 今にも板材が抜け落ちそうな階段を登りながら、リブは建物の荒れ果てた内装を見渡し、眉を顰めて皮肉げに聞いてくる。

埃やカビの匂いが漂う空気の悪い環境、天井に貼り付けられた蜘蛛の巣、所々木材が腐って抜け落ちている床。

普通の感性を持つ者なら、不快感を示すのも道理だ。

こんな場所は、人が生活する環境ではない。


「まさか。俺の師匠はまだマトモな方だ。半分魔物みたいな人体改造を自分に施してるけどな」


「……それがマトモか?」


「呪われた悪王が眠るカタコンベを掘り返す、人の住む街を住民ごとゴーストタウンに変える、幽霊船を乗っ取って海賊行為を働く。そんな奴らと比べたら、師匠や俺は充分マトモだと思うけどな」


「……死霊魔法師は全員イカれている」


 俺の解説に、リブは顔を引き攣らせる。


「フン、そりゃそうだろ」


 そんなリブに、俺は鼻で笑って答えた。


 イカれてなければ、死霊魔法を身につけようなんて思わない。

世界中で信仰されている聖天教を敵に回す技術を得るには、相応の狂気具合がなければ。


 無駄話もそこそこに、俺はリブを客室の一つに通す。

埃は溜まっているが、腐敗箇所が比較的に少ない部屋。

昨日まで俺が寝床に使っていた場所だ。


「この部屋を好きに使え。アンデッドだから食事も睡眠も必要ないだろうが、まあ、部屋があった方が便利だろ。必要なものは可能な範囲で用意してやるが、贅沢はできないって事だけ覚えておけ」


 それだけ伝え、俺は部屋を後にする。


「待てっ!」


 廊下を歩く俺の背中に、リブが声をかける。

早速文句か?

足を止め、一応リブの方を向いた。


「まだ貴様の名前を聞いていなかった。呼び方は外道で充分だろうが、一応は主だ。覚えておいて不都合はない。教えろ」


 あくまで高圧的な姿勢でそんな事を聞いてくるリブ。

ため息が溢れる。

それが人にものを尋ねる態度かよ。


 まあ、名前くらいなら教えてやるか。


「ネクロ・グレイブス」


 それは6歳の頃、俺が師匠に弟子入りする際、思い付きで付けられた名前。

師匠(たにん)から貰った、最初で最後かもしれない贈り物。


 何かの手続き以外で他人に名乗るのは、今日が初めてだ。


「呼ばれ方にこだわりはない。外道でもネクロでも、好きに呼べ」


 俺はリブに背を向け、一階の部屋へ入った。


 元支配人室。

元々は師匠が使っていた部屋だが、まあ、今はその本人が居ないし、ここを使わせてもらおう。


 俺はローブを脱いで埃の被ったワークデスクにかけた。

忌み子の象徴とされる黒い髪と赤い瞳が、外界に晒される。


 部屋の中央に椅子を持って行き、腰掛ける。


「ふぅ〜……」


 ゆっくりと息を吐き、天井を見上げる。

窓から刺す日光が、宙に舞う埃をキラキラと照らしていた。


「意思を持つリビングデッド……一体何が原因だ?」


 自ら作り出した規格外のアンデッドについて、思考を向ける。


 本来、死霊魔法を使って精製したアンデッドが、生前の意思を持つ事はあり得ない。

それは、意思を持ったアンデッドを作った場合、施法者(せほうしゃ)——死霊魔法を施した魔法師に襲いかかってくる可能性を排除する為に、敢えて別人の死霊を憑依させているからだ。


 俺がリビングデッドを精製したのは、今回が初めてだ。

知識としては充分頭に入れていたが、実施経験はない。

今まで低級のアンデッドしか使役してこなかった弊害が、儀式の最中、俺の認知外の所で現れたのか?


 儀式の過程を、頭の中で反芻する。


 まず、リブの死体を中心にした、魔法陣の作成。

使ったのは死霊魔法でも代表的な、降霊の魔法式。

死後時間が経った死霊を死体に降し、意のままに操るもの。

俺は手持ちの死霊を、リブに憑依させた。

作成した魔法陣も当てはめた魔法式にも、間違いはなかった。


 次に行ったのは、魔法師の体の情報を触媒にする事で、降ろした死霊に主である事を示す為のプロセス。

今回の場合、俺は死体に自分の血を滴らした。

それも特に問題ない、死霊魔法の儀式において普通の手段だ。


 最後に、魔法陣に魔力を流し、起源の言葉ルーツ語にて呪文を唱える。

復活、再来を意味する言葉『リバイブ』。

呪文による呼び掛けに答えた死霊が、リブの死体に降り、リビングデッドとなった。

呪文にも魔力の量にも、何も問題はなかったと思う。


 ここまでが、今回行ったリビングデッド精製の魔法儀式だ。

これといった特別な事はしていないし、不足があったようにも思えない。


 何だ。

何が違う。

他のアンデッドと、リブの違いは何だ。


 俺は思考を回す。


 思い出せ。

儀式の過程、ダンジョン内で見せた動きの差異、交わした会話。

その全てから、可能性を手繰り寄せろ。


 リブと今まで操ってきたアンデッドとの、決定的な相違点はなんだ?


「……お互いの名前を知ってるか知らないか、か?」


 思い出し、ふと呟く。


 俺は今まで操ってきた死体が腐肉や白骨化した者達だった事もあり、名前を知る術がなかった事を。

いや、あったとしても、覚える必要がないので知ろうとしなかったが。


 だがリブの名前は知っている。

向こうも俺の名前を知っている。

向こうが俺を殺そうとした時に名乗り、俺もついさっき尋ねられて名乗ったからだ。


「そういえば、師匠以外に名前呼ばれたの、アイツが初めてだったな……」


 どうでも良い事が頭によぎった。


 長い間名前を呼ばれないと、自分を見失いそうになる。

やはり自己を認識する上で、名前というものはかなり重要な——


「——待てよ?」


 脱線した思考の中から、一つの可能性がちらつく。


「意思……自我……自己認識……」


 顎に手を当て、前に体重をかける。

椅子がキシキシと音を立てた。


 自己認識。

人間や、愛玩動物における、自我の確立に最も重要なもの。

それは、生まれた時に親から授かり、己の魂に刻まれる自分だけの個人表明手段——名前だ。


「そういえば……最初にリブの名前を呼んだのって……」


 リブの名前が呼ばれた瞬間を思い出す。


 ダンジョンの一階層。

リブの姿を見て絡んできた冒険者達。

その中の一人、髭面のハゲ男だ。

奴は怒りに任せてリブの名前を呼んでいた。


 生前の彼女を知り、彼女に怒りという感情を向けた声で。

 

「名前……自我の確立……まさか!」


 思わず椅子から立ち上がる。


 自己認識。

死霊を死体に降ろした時点では、リブの意思は目覚めていなかった。

だが、名前を呼ばれた事でリブの霊魂が自己認識を起こし、怒りという感情に当てられ、そこにあるはずのなかった意思が目覚めた。

だから、生前の口調で喋ることも、動くことも出来る。


 そこから導き出される答えは、リブの肉体に入った魂が、本人のものである、という事。


「しまった……」


 散りばめられた点が繋がっていき、俺は額に手を当てた。

その状況で導き出される結果に、自身の間抜けさを見出して。


 その仮説が正しければ、ダンジョン内で見せた愚鈍さも、魔物に対して急に俊敏になった理由も、全てに説明が付く。


 リビングデッド精製の儀式には、確かに失敗も見落としもなかった。

その前から、既に大きな見落としがあったのが問題だ。


 何たる失態。

師匠の元で、俺は一体何を学んできたんだ


 今リブの中にある霊魂は——


「残留死霊……死体に留まった、死者本人の魂だ……」


 扱いづらいリビングデッドの原因は、俺の凡ミスによるものだった。

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