4.目覚めた死者
あり得ない。
リビングデッドが言葉を発することなど、絶対にあり得ない。
死霊魔法師はあくまで死霊——死を迎えた霊魂を操る為の魔法であり、完全な死者を蘇らせる手段では無い。
だから、死霊魔法で作り出したアンデッドは、意志も感情も知能もない。
生命活動の停止した、正真正銘の動く屍なのだから。
「な、なのに、どうして……」
張り倒した男を踏み付けていたリビングデッドは、動揺から抜け切れない俺に視線を移す。
凛とした顔立ちに、発達した体。
小麦畑のようにゆらめく金色の髪。
その姿は本当に生きているようで、とても死体には見えなかった。
リビングデッドはズカズカとこちらに近寄ってくる。
その目に宿る、俺に向けられた敵意は、紛れもなく本物の感情だ。
その気迫に圧倒され、俺の体が強張る。
落ち着け俺。
どんなに気迫があったとしても、あれは所詮俺が作り出したアンデッドだ。
こちらに危害を加える事は絶対に——
「うぐっ!?」
俺の予想とは裏腹に、リビングデッドは俺の胸ぐらを掴んできた。
そして、片手で俺の体を持ち上げる。
「貴様だな。私の体を好き勝手に操ってくれた外道は」
静かな、しかし確実に怒気の孕んだ声で、尋ねてくるリビングデッド。
もう片方の手で、腰に下げた剣の柄を握る。
コイツ、本気で俺を——
「まてまてまて!アンタは俺の作ったリビングデッドだろ!なんで主の俺に剣を向けようとしてんだ!」
「知るか。誰かの元に下った覚えはない。私は私だ。貴様のものでも、誰のものでもない。リブ・リザレーヌそのものだ!」
「そういうことじゃねえよ!『離せ!』」
ルーツ語で叫んだ俺の命令が、リビングデッドの体に作用する。
「ぐっ!?このっ……!!」
リビングデッドはその命令に抗おうとするが、儀式で施された隷属の効果はそれを無視し、俺から手を離す。
俺は地面に腰を打ち、解放された。
「いってぇ〜……どうやら、隷属化は完全に解けたわけじゃなさそうだな」
大陸共通言語による命令は無視できるようだが、ルーツ語による命令には抗えない。
それが分かっただけで、ひとまず安心だ。
「『跪け』、『武器を寄越せ』」
俺は再びルーツ語で命令し、リビングデッドの剣を取り上げる。
不服そうに唇を噛みながら、リビングデッドは膝を折って地面に伏した。
帯刀していた剣を腰から外し、俺に差し出す。
「汚すなよ!それは私の大事な得物だ!」
睨み付けてくるリビングデッドが差し出した剣を、俺は奪い取った。
「分かってるって。俺もアンタは戦力としてリビングデッドにしたんだ。武器を無くしちゃ、せっかくの戦力も肉壁にしかならないからな」
「ま、まさか、私を盾にでもしようと言うのか!?」
俺の返答に、リビングデッドは青ざめた顔をする。
リアクションまで本物かよ。
「いざって時はそうするつもりだったよ。けど、アンタは剣の腕が相当立つらしい。肉壁にするのは勿体無いくらいにな。武器として扱う方が合理的だろ」
「貴様……!人のことをなんだと思っている!」
「人?アンタ、何か勘違いしてないか?」
まだ自分を生きた人間だと思い込んでるリビングデッドを、俺は鼻で笑った。
反発感を微塵も隠そうとしないリビングデッドに、俺も容赦はしない。
とことん現実を突きつけて、それをへし折ってやることにしよう。
俺は腰を落とし、跪くリビングデッドの顔を覗き込んだ。
「アンタは既に、ダンジョン内で死んだ身だ。そして、今は俺の魔法で動く屍——リビングデッドになった。もうアンタの人権はなく、あるのは俺の命令権だけだ。アンタをどうしようが、その体の主となった俺の自由だろう?」
リビングデッドの置かれた現状を、はっきりと告げてやる。
たとえ意思があり、言葉を発したとて、所詮は既に死んだ者。
生憎と、俺は死者に払う敬意も、尊重してやる善意も持ち合わせてはいない。
そんなもの、師匠から死霊魔法を教わる時に捨て去った。
ましてや俺達は今日顔を合わせた他人同士。
知り合いでもない人間の事を配慮する義理はない。
戦力となる以上は、徹底的に使い潰す。
「この、外道がッ!」
所有物扱いされる事に屈辱を禁じ得ないのか、俺を鋭く睨み付けて聞き慣れた罵声を浴びせてくるリビングデッド。
「何とでも言え。俺はこれ以外の戦い方も、生き方も知らない。知らないものをやりようはないだろ」
リビングデッドに言葉を返し、俺は立ち上がった。
たとえ外道と罵られようとも、俺はそうやって生きていくしかない。
8年前、師匠の道について行ったあの日から、善性な生き方はとっくに諦めた。
他人から何を言われても、どう思われても、俺はこのまま進んでいくしかないんだ。
忌み子として生を受けた俺には、この生き方しかないんだよ。
「安心してくれ。別にアンタには戦力以上の事を期待したり要求はしない。死体に興奮する趣味はないし、欠損しない限りは解剖して別の死体とくっつけようってつもりもない。ただ俺の命令で、旅の障害になる危険ってやつを排除してくれればそれで良い」
この女は死者であり、今となっては俺の武器だ。
それ以上の事は望まないし、興味もない。
「これ以上、アンタの文句に付き合う気はない。さっさと諦めてくれると、こっちも助かる。『ついて来い』」
俺はリビングデッドについて来るよう、ルーツ語で命じる。
悔しそうに顔を歪めながら、リビングデッドは俺の後をついて来た。




