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3.死体が喋った!


 四時間ほど掛けて、俺とリビングデッドは三層にある転移石へとやって来れた。

いくら入り組んだダンジョンといえど、いつもなら一時間ほどで事足りるというのに。


 本当に遅い!

魔物と遭遇した時は命令するまでも無く俊敏に動く癖に、普通に移動する時は超愚鈍だこの女!

戦闘ではバッサバッサと敵を倒してくれる分、余計にタチが悪い!


「これは……早く師匠に原因見つけてもらった方がいいな……!」


 乱れた息を整えながら、俺は水色に輝く転移石に触れた。


 転移石を中心に水色の円が広がり、俺とリビングデッドを光が包む。

少しの浮遊感を覚えたかと思うと、一瞬でダンジョンの一階層まで移動していた。


 さて、問題はここからだ。


 俺は今、動く屍と共に行動している訳だ。

しかも、生前はかなり腕の立つ冒険者だった様子で、容姿も良い。

下手をしたら、冒険者ギルドの中でも有名人だった可能性が高い。


 ただでさえ世間からの風当たりが強い死霊魔法師が、そんな死体と共に街中を歩けば、どうなるか。


『お前がやったのか!?』


『戦力欲しさに人を殺したのか!?』


『この人でなし!』


『外道!人間のクズめ!』


「はっは……目に浮かぶ……」


 浴びせられるであろう批判の声を想定し、ついつい変な笑いが込み上げてくる。


 死霊魔法師の中には、戦力確保や道楽の為、欲しいと思った人物を殺め、死霊魔法で己の傀儡にする、なんて輩も大勢居るらしい。

これも、死霊魔法師が一般的に外道と呼ばれる所以だ。

……何ならウチの師匠もやるかやらないかで言えばやりそうだし。


 俺は言われのない冤罪や罵詈雑言を向けられたとて今更心を折ったりしないが、変に騒ぎが起こると騎士団、下手をすれば聖天教にまで目を付けられかねない。

審問を受けたとて正直に話せばいいとも思うが、考えてみれば俺は実際、死霊魔法師として人の領域を踏み越えた行為を幾つかやってきている。

そんな人間の弁明を、秩序の名の下に剣を振う騎士団や、『悪は絶対成敗(意訳)』を掲げる聖天教が聞き入れるかどうか。


 リスク回避の為にも、このリビングデッドの素性は絶対に明かせない。


 全く、慣れない事はするもんじゃない。


 どうやってこの死体の素性を隠そうか。


「あ、そうだ」


 一つあった。

コイツの素顔を隠せるとっておきが。


 俺は収納魔法のゲートを開き、手を突っ込む。

取り出したいものを思い浮かべ、それを掴んで引っ張り出した。

ゲートから黒い布が伸び出てくる。


 俺が取り出したのは、今着ているローブの予備。

深めのフードが付いていて、顔を隠すのに最適な仕様だ。


 俺は訳あって、おいそれと他人に容姿を見せられない。

そんな俺の為に、師匠が特注で用意してくれた代物だ。


 そんな優れ物がダンジョン内でオシャカになった時用に、俺は日頃から予備を数着持つようにしている。


「サイズは……まぁ、なんとかなるだろう」


 俺はリビングデッドの鎧の上から、ローブを羽織らせた。


 見立て通り、サイズは問題なし。

リビングデッドは俺より若干背が高いが、ローブ自体が大きめなので、鎧の上からでもバッチリ顔を隠すことができた。


 今日の所は引き上げて、拠点に戻ろう。

早い所、この不可解な死体の件を師匠に相談したい。


 俺はリビングデッドを連れ、ダンジョンの入り口を抜けようと、ゲートに向かう。


「ちょっと待ちな、ガキ共」


 ニヤケ面を浮かべた男達が、俺達の進路を塞いできた。


 次から次へと。

今日の俺はとことん厄日なようだ。


「オマエ、リースんとこのモンだろ。なんでハゲタカの死霊魔法師なんかとツルんでんだ?あ?」


 真ん中を陣取った濃い顔の髭面男が、リビングデッドを睨む。

死霊魔法師って……

俺にも一応名前はあるんだけどな。


 リース。

その名前には心当たりがある。


 俺が先ほど回収した冒険者パーティの死体の中にあった、スレイバーの名前だ。


 戦利品を横取りする、他パーティの戦力を無断で引き抜く、他の冒険者の女を寝取る、見た目のいい女冒険者に性的な関係を強要するなど、絵に描いたような嫌われ者だ。

ダンジョン内で死体を漁るハゲタカと卑下されている俺が、まだ無害で可愛く見えるらしい。

なまじ実力がある分、タチが悪いとの事。


 俺がリビングデッドにしたこの女は、リースが率いるパーティの一員だった、という訳だ。

そして、今俺の目の前にいるこの連中は、リースに恨みを持つ者達だろう。


 つくづく俺は、とんだ厄ネタを拾ってしまったものだ。


「リースはまだダンジョン内だよ。この人は沈黙の呪いを受けて今口が聞けないから、教会に連れて行って解呪してもらう所なんだ」


 俺はなるだけ穏便に済ませる為、事前に考えていた言い訳を口にする。


 リビングデッドは見た目こそ生前を保ってはいるが、本質は物言わぬ死体。

上位のアンデッドならともかく、低級に位置するそれが、言葉を発することはない。


 だから、他人から何か問われた際は、対象の言葉を奪う魔法『沈黙の呪い』を魔物から受けた事にしようと考えていたのだ。

退場受付の際に使おうと思っていた出任せを、ここで使う羽目になるとは思わなかったけど。


「悪いけど、通してくれないか?リースに話があるなら、直接会いに行ってくれると助かるんだけど——」


 先を急ごうとする俺の腹に、髭面男の肘鉄が突き刺さる。

一瞬呼吸が止まり、体がくの字に折れて壁側まで吹き飛ばされた。


「うるせぇぞハゲタカ!テメェが生きてる女(ナマモノ)とつるむタチかよ、この死姦嗜好者(ネクロフィリスト)が!すっこんでろ!」


 倒れて咳き込む俺に、髭面男は死霊魔法師に対する世論の総意を浴びせてくる。


 これだから冒険者は。

こっちの都合もお構いなしに、すぐ乱暴な手段を取る。

かく言う俺も、その冒険者なのだが……


 痛みでうずくまる俺を他所に、男達はリビングデッドを取り囲む。


「オメェ、中々イイ女らしいじゃねえか。どれ、ちょっとツラ出せよ!」


 一人がフードを乱暴にめくり、女の素顔があらわになった。

虚ろな目、物言わぬ口、艶やかな金色の髪が、曝け出される。


「うっひょー!こりゃあとびっきりの上玉じゃねえか!」


「リースの事だ。大した実力もねぇイロモノを、自分の囲いにしたかったんだろうよ」


「でもよぉ、オレ前に見たぜ。リースのヤロウがコイツに冷たくあしらわれたトコロをよぉ」


「あぁ、前に言ってた、嗜好宿の前で手を払われてたってヤツな。ザマァねえぜ!」


 リースの醜態を想像し、ゲラゲラ笑う男達。

その悪口が本人の耳に入ることは、永遠にない。


 俺は別に、それを咎めようとは思わない。

生物は皆、死んだらそれまで。

すでに沈黙した者に対する敬意も何も、あったものではない。

リース本人にだって、侮辱を受ける心当たりはあるだろうし。


 それに、肘鉄食らったところが思ったよりいい場所で、声を発する暇もない。


「コイツもヨォ、おタカくとまってる感じが気にいらねぇよなあ!」


「オマエもどうせカラダ目当てで拾われて、お溢れで冒険者になれた慰み者だろうが!」


「おら!何とか言えやクソアマ!」


「耳ついてんのか?()()()()()()!」


——髭面の男が、彼女の名前を口にした瞬間の事だった。


 一瞬辺りに風が舞ったと思うと、リビングデッドを取り囲んでいた男達が、宙を舞った。


 ドサドサドサ。

突き飛ばされた男達が、背中から地面に転がる。

意識を刈り取られ、白目を剥いて気絶する、屈強な冒険者達。


 男達に囲まれていたリビングデッドは、両の掌を別方向に突き出した姿勢で静止している。


「——は?」


 やっと痛みが引いた俺の口から出たのは、そんな間抜けな声だった。


 あの人数の冒険者達を、掌底の突きだけで全員吹き飛ばしたっていうのか?


「——リース(あの男)の事は、いくら侮辱しても構わん。私とて、奴の行いには幾分か思う所があるからな」


 凛とした、美しく力強い声が響く。

明らかに男の発した者ではない。

それにしては、声帯が柔らかすぎる。


——あり得ない。

リビングデッドが、低級のアンデッドが、物言わぬ死者が、言葉を発するはずがない。


 男達を突き飛ばしたリビングデッドは、地面に転がり倒れ込んでいる髭面男の側まで行き、後頭部を踏んづけた。


「だが、私には私個人の尊厳がある。それを侮辱されて黙っていられるほど、私は大人しい人間ではないぞ」


 おいおいおいおい。

こんな事が、こんな事が起きてたまるかよ!


「し、死体が、喋った……!」


 色々言いたい事が頭の中で処理しきれず、そんな言葉だけが、俺の口から漏れた。

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