17.忌み子
「おい、リブ!大丈夫なのかよその足!」
俺は急いでリブの元に駆け寄った。
リブが限界を無視して蹴りを放った足は、ぐちゃぐちゃに折れ曲がり、所々骨が飛び出ている。
きっと骨が砕けているのだろう。
この様子だと、靱帯や筋繊維もズタズタになっているに違いない。
本来なら、激痛で立つ事すら叶わない程の重症だ。
「問題ない。アンデッドだから痛みは感じないし、動かそうと思えば動かせる」
いや、そういう問題じゃねえだろ。
「ったく、俺が死霊魔法師で良かったな。拠点に戻ったら、その足修復するぞ」
「よろしく頼む。それを見越してあの技を解禁したのだからな」
あっけからんと答えるリブに、俺はため息をついた。
コイツ、結構脳筋的な思考だな。
「まさか、生前もあんな無茶な戦い方してたのか?ぶっちゃけた話、自殺行為だぞ」
「バカを言え。編み出したは良いものの、あの技を使った後は身体が使い物にならなくなる。剣が振れなくなるのを危惧して、使わないようにしていたさ」
俺の問いかけに、リブは眉を吊り上げて答えた。
まあ、懸命な判断だ。
リブが使った『オーバーアクセル』なる戦技は、自身の身体の欠損を顧みない、文字通り諸刃の剣だ。
蹴りの反動で、足がここまでぐちゃぐちゃになるのが良い証拠。
あの手強い盗賊と剣を交えた腕も、きっと中はズタボロだ。
生前も無闇に使っていたら、二度と剣を持てない身体になっていたことだろう。
「痛覚もないアンデッドだからこそ、惜しみなく使えた。その辺は死霊魔法に感謝しておこう」
「調子のいい奴だな」
つい先日まで、嫌悪感しか抱いてなかったくせに。
「まあ、いいや。まずは盗賊どもの身柄を確保しないと」
「それは賛成だが、どうやって奴らを抑えておく?手足でも折るか?」
「アンタ、悪党や外道にはホント容赦ないよな……」
大胆なのか合理的なのか、分からん奴だ。
「そんな骨の折れる事やんなくたって、ただ拘束しときゃ良い話だろ」
「プフッ」
俺の返答に、リブは思わずといった様子で吹き出す。
……いや、別にシャレじゃないからな?
くそっ、なんか無駄に顔が熱くなってきた。
何処か調子を狂わされながら、俺は収納魔法からロープを取り出した。
「コイツで手足縛っときゃ、逃げられはしないだろ」
「そんなもの用意していたのか」
「念の為だよ、念の為」
絶壁を登ったり、崖崩れに遭った時のために持っていたものだが、まさかこんな所で活躍するとは思わなかった。
気絶している盗賊達の手足を、俺は1人ずつ縛り上げていく。
リブが蹴り倒した男については、武装も取り上げて念入りに体を拘束しておく。
「よしっ、こんな所か。後はギルドに報告して、コイツらは牢獄行き。俺達は謝礼金を頂けるってオチだ」
「あぁ。被害者達も、これで浮かばれるだろうな」
和らいだ顔で、そんなことを言うリブ。
やれやれ、何処までも献身的な奴だ。
「……テメェら、なんて事してくれやがった!」
誰かが荒げた声を上げた。
縛った盗賊の1人が、俺を睨み付けていた。
攫った女でお楽しみしようとしていた下衆野郎の1人、一番最初に気絶させた奴だ。
「テメェら騎士団の人間じゃねえな?善人気取りのクソ野郎が、人の食い扶持を潰しやがって!」
うわっ、逆ギレもここまで来ると清々しいな。
「クソッ!何でだよ!今まで誰にも気付かれずにやって来れたってのに!」
やれやれ。
いざ自分達が捕らえられたら被害者ヅラかよ。
付き合い切れないな、アホくさい。
「はぁ……言いたい事があるなら騎士団に言え。俺達はこれ以上、アンタらの行く末に干渉するつもりもねえよ」
「だったら、俺達を今すぐに解放しろ!俺達だって、必死こいて懸命に生きて来たんだ!こんな所で終わってたまるか!」
「被害者気取りも大概にしておけよ。自分達は他人の人生を好き勝手に奪っておいて、よくもそんな事が言えたな」
冷たい目で剣を抜こうとするリブの手を止めながら、俺も盗賊の言い分に呆れた。
「アンタ、自分はさも『仕方なく悪事に手を染めた』って口ぶりだが、本当にそれしか生きる手段が無かったのか?」
「あぁ!?テメェみたいなガキに、俺の人生の何が分かる!世の中を知らねえ、甘ちゃん冒険者のクソガキが、何を知ってるってんだ!」
「あーあー、そうかい。そりゃ悪かったな。俺には社会の厳しさやら何やら、その辺教えてくれる親が居なかったもんでね」
「なんだぁ!?自分も捨て子アピールで、『それでも真っ当に生きる奴が居る!』なんてありきたりな説教か?そんなモンに俺は——」
俺は男を黙らせる為に、自身のフードを取った。
黒い髪に、赤い瞳。
この世で最も忌み嫌われる人間の証が、曝け出される。
「じゃあアンタの言う、世の中を知らねえガキに、教えてもらっていいか?」
俺の姿を見て、盗賊の男は、そして隣に立つリブも、言葉を失う。
俺は盗賊の胸ぐらを掴み、目を覗き込む。
侮蔑や憎悪の対象になる事のない、黒い瞳を。
「生まれた時から憎悪の目線を浴びて、実の親にも捨てられ、外道の術を扱う師匠に拾われ、生きる為に外道になった。それが俺だ。じゃあ、アンタはどうだった?生まれたその瞬間から、誰彼構わず憎まれたか?周囲に愛を微塵も注いでもらえなかったか?アンタに正しい道を説いてくれる人間は、これっぽっちも居なかったのか?」
俺の問いに、盗賊は答えない。
用意していた言葉が行き場をなくしたように、口をぱくぱくとさせていた。
「アンタには、忌み子と呼ばれる特徴がない。生まれた時は家族に祝福され、愛を与えられたはずだ。真っ当に生きる道が、いくらでもあったはずだ。いくらでもやり直せたはずだ。なのに、何故自らそれを手放したんだ?何故悪人になる道を選んだんだ?全部アンタは、『選んで』その道を進んだんじゃないか」
俺には、外道に堕ちる以外、生きる道がなかったっていうのに——
「アンタがどんな経緯で盗賊になったのかは知らないし、興味もない。けど俺に言わせれば、アンタはただ、悪人にならない事を怠けただけだ。そんな奴に、自分を正当化する資格も、他人の偽善を否定する資格もないんだよ」
未だ口をぱくぱくと動かしているだけの盗賊に、死霊を憑依させて意識を奪う。
俺はフードを被り直し、リブに背を向けた。
「流石にこの人数だ。俺たちだけじゃ騎士団の詰め所まで持っていけない。ギルドに応援要請の狼煙をあげるから、アンタは隠れていてくれ」
「……分かった」
リブの返事に、先程盗賊に憤ったほどの勢いは、感じられなかった。




