14.盗賊達の根城
※このエピソードで一部宗教を否定するような表現を使っておりますが、由紀だるまに実在の宗教組織を攻撃する意図はございません。
あらかじめご了承ください。
その洞窟は、ガイセルから山を一つ越えた先にあった。
土砂崩れの影響か、山の一部が禿げて岩盤が剥き出しになった場所。
そこにぽっかりと空いた穴が、件の洞窟だ。
ガイセル周辺の山々には、こういった洞窟が複数出来ているらしい。
専門家の話では、ダンジョンが現れるのほどの大規模な地殻変動による副産物、なんだとか。
「んで、その一つを盗賊団が有効活用してるって訳か」
洞窟の入り口を10ヤドルほど離れた場所で眺めながら、俺は頭を掻いた。
本当に盗賊団の根城になっているなら、無闇に足を入れるわけにもいかない。
下手をすれば、俺まで盗賊の餌食になるだろう。
という訳で、先程からあの洞窟を出入りする怪しい人間が居ないか、離れた場所から見張っていたのだが——
「チッ、下衆どもがッ!」
「変に動くなよ?今見つかったら、せっかくの報酬がパーになる」
茂みの裏に隠れ、ギリギリと歯を鳴らすリブの手を、俺はしっかり握って抑える。
こうしていないと、マジで剣を抜いて今にも飛び出しそうな勢いだ。
洞窟の中に、男達が数名入っていく。
彼らには不相応に思える品物や、手足を縛られ口元に布をあてがわれて怯える表情の女を担いで。
おそらく付近を通りかかった行商団の一員だろう。
見た目のいい女を攫って来た、といったところだ。
目的は、慰み者にするか金に変えるかの2択、あるいはその両方。
目を凝らしてみると、彼等が身に纏う蛮族のようなボロボロの装備は、所々に赤い液体が付着している。
ロクでもない連中なのは確かだ。
攫われた女の仲間は、今頃——そんな想像が容易く出来るくらいには。
「あの洞窟は盗賊の根城で確定だな。んじゃ、さっさと戻ってギルドに報告しよう。それで依頼達成だ」
俺は低い姿勢のまま、この場を離れようとする。
モタモタしていたら、あの盗賊たちが逃げて、証拠不十分で依頼失敗、なんて事にもなりかねないからな。
そんな俺を、リブが肩を掴んで制した。
「あの攫われた人は?放っておくつもりか?」
「知るか。それは騎士団の領分だろ。俺は冒険者で、依頼されたのはあくまで調査。余計な事せず、依頼された事だけやってりゃそれで良い」
今回俺が受けた依頼の内容は、洞窟の調査。
そりゃ、あわよくば捕縛しろと書いてはあるが、本来冒険者の仕事は調査が完了するまで。
そこから先は騎士団の仕事だ。
「まあ、ササッとギルドが騎士団に報告して、騎士団の派遣が間に合えば助かるんじゃねえの?絶対とは言えないけどよ」
「なら、確実に助かる手は、今私達が動く事じゃないのか!?」
「なんでそこまでする必要がある?俺は教会の慈愛家でもなければ、騎士団所属でもない、ただの冒険者だ。依頼された以上の事をやっても、何の得もないと思わないか?」
「っ、だが、目の前で人が——」
良い加減イラついて来た。
肩を掴むリブの手を、強引に払う。
「アンタはそうやって、自分の目の前で起きた事を、自分の裁量を度外視して何でもかんでも掬い上げて来たのか?あぁ、ご立派だな。でもそれだけだ。そんな崇高な精神を持っても、腹は膨れないし、悪人に漬け込まれる隙を自分から作るだけ。アンタの腕前に釣り合わないボロボロの装備がいい証拠だ。だからアンタは、リースに切り捨てられたんじゃないのか?良い加減、死んだ時点で気づけよ。そんなご立派な考えだけで生きて行けるほど、世界は甘くないんだって」
すでに人生を終えた者が、善行に拘って何になるってんだ。
聖天教の教えを間に受け、善行を積めば死後天に召されて祝福を受けると本気で思っているのか?
そんなもの、ただの幻想に過ぎない。
死を恐れる人々にそういう安心感を与えて、少しでも生きる喜びを持たせようと、人間が生み出した都合のいい妄言だ。
死後報われるなんて、馬鹿げてる。
人間に限らず、死んだら皆平等に、それまでなんだ。
この世界に神なんて居ない。
居たとしても、人間に慈悲も祝福も与えない、ただ自分が生み出した箱庭の中で苦しみ踠く人間を、ワイン片手にニヤケながら眺めるいい性格したヤツだろうよ。
そうじゃないなら、世界には俺のような存在なんて生まれなかったはずだ。
生まれながらに疎まれ、蔑まれ、罵られる者など居なかったはずだ。
俺の両親は、俺が生まれた事を心から祝福して、大事に育ててくれたはずだ。
リブのような、境遇に負けず真っ直ぐ生きた人間にだって、何かしらの恩恵が死ぬ前にあったはずだ。
俺に払われて、行き場をなくした腕を、リブは弱々しく引っ込める。
「……確かに、貴様の言う通りだ。私は目の前で苦悩している人間が居れば、助けになりたいと思ってしまうお人好しだ。目の前で起きる悪事を見過ごせず、仲間の不正を止めようとした愚か者だ。その結果、仲間に後ろから刺されて死んだ、救いようのない馬鹿な人間だ」
俯き、そう言うリブの声は、震えていた。
「ようやく気付けたな。馬鹿は死ななきゃ治らない。どれだけご立派な精神持ったところで、アンタはもう死人だ。これからは自覚を持って——」
「——それでもっ!」
リブは俺の説教を遮るように吠えた。
俺を見つめるその目は、誇りや信念に満ちていた。
「それでも私は、そんな自分の人生を悔いたことは無いっ!私は自分の誇りを曲げずに、精一杯生きた!いつだって自分の心に従い、自分が正しいと思った事をやって来た!その事に、私は微塵も後悔していない!」
この女は、何故そこまで生前の生き方にこだわる?
この期に及んで、まだ人間であろうとするつもりなのか?
「だから、アンタはもう死んで——」
「それが何だ!私は今こうして、自分の考えや意志を他人に向ける事が出来るぞ!たとえ肉体が死んでいても、私の精神はまだ死んでいない!それがある限り、私は生前と同様、リブ・リザレーヌの生き方を貫く!私が私である為に、私を貫き通す!」
ぐぬぬっ……
コイツは本当に……
胸に手を当て、高らかに宣言するリブに、俺はため息をついた。
馬鹿は死ななきゃ治らないと言うが、どうやら霊魂から馬鹿な奴は死んでも治らないらしい。
本当に、何でコイツ冒険者やってたんだ?
こんな真っ直ぐでご立派な精神性、冒険者としてやっていくには勿体無すぎる。
実は元騎士団所属の剣士、と言われた方がまだ納得だ。
流派に入った経験がないと言っていたので、それは絶対あり得ないのだが。
「ったく、めんどくせー奴をアンデッドにしたもんだ」
俺は頭をかき、洞窟に向き直る。
ここで口論してても仕方ない。
「盗賊は全部生け捕りにしろ。生きたまま連行すれば、ギルドを通じて騎士団から謝礼金が貰えるはずだ。勢い余って殺すなよ?」
「勿論だ!奴らには生きて罪を償わせてやる!」
「ホントにご立派だよ、アンタ」
今のは呆れなのか賞賛なのか、言った俺にも分からない。
さて、予定変更だ。
俺達は目的を、洞窟調査から盗賊退治に切り替えた。




