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10.薬草の群生地


 茜色の木漏れ日に、瞼を刺激される。


「ぅ……ぅん?」


 目を覚ますと、周りの景色が変わっていた。

相変わらず山の中にいるのは確かだが、目の前に緑の草が密集している。

俺はそのすぐそばに生えた木の幹に寄りかかるように、足を伸ばして座っていた。


 手を動かそうとして、感覚の違和感に気づく。

頭が痛いし、体に力が入らない。

魔力枯渇に、脳への負荷。

体は万全とかけ離れた状態だ。


 そんな体に鞭を打ち、俺は地面を這うように、目の前に生えた草を一本、手に取った。


 丸みを帯びた葉が醸し出す、独特な青臭い香り。

この葉をすり潰して抽出されるエキスが、薬の材料となる。


 ヒーラリーフ。

俺が受けた依頼の納品対象となる、薬草だ。


 俺は依頼の品物、薬草の群生地へと辿り着いていたのだ。


 気絶していたのに、どうやって——などとは考えるまでもない。


「——ようやく目を覚ましたか。死霊魔法師」


 横からすっかり聞き慣れた声をかけられ、そちらに顔を向ける。


 そこにはやはり、金髪の女冒険者の姿。

アサルトベアとの戦闘で持っていた剣は腰に下げ、代わりに容量いっぱいまで膨らんだ革製の水袋を持っている。


 リブが倒れた俺を、ここまで運んで来たのだろう。


「気分はどうだ?」


 俺に水袋を差し出しながら、体調を尋ねてくる。


 俺はそれを、無駄に力んで震える手で受け取り、中の水を口に流し込む。

冷たい水が、乾いた喉を通っていく。


 充分に水分を補給し、俺は水袋の蓋を閉めた。


「最悪だよ……しばらく動かそうにねえ……」


 そう答え、リブに水袋を投げ返す。


「だろうな。あれ程の魔法儀式を施したんだ。ほとんど魔力は残っていないだろう」


「魔法師の事、よく分かってるじゃないか。アンタも魔法齧ってたクチか?」


「私は剣一筋だ。生前のパーティに、ソーサラーの冒険者が居てな。彼女もよく大規模な魔法を行使した後、今の貴様のようにぶっ倒れていたんだ」


 なるほど、そのフォローをしていたから、魔法師の性質には覚えがあるのか。


 しかし、ソーサラーの仲間っていうと、あの杖を持ったまま炭化していた死体か。

黒焦げで人相どころか性別も把握できなかったが、女だったらしい。


 もしあの死体に残留死霊が残っていたら、取り出してみるか。

生前強力な魔法の知識を持っていたなら、その死霊から確かの一部を抜き取ることができるかもしれない。


 そんな思考を浮かべる俺を他所に、リブは空を見上げていた。


「もう日が暮れるな。今日はここで夜を越そう。薬草を摘んだとて、夜の山道を引き返すのは自殺行為だ」


「は?いやいや、そんな準備して来ちゃ居ないぜ?それに、魔物はどうすんだよ?こんな所で襲われたら、ひとたまりも無いぜ?」


 リブの申し出に、俺は焦って反論する。


 薬草の納品依頼なんて、本来は素泊まりなど視野に入れるまでもなく、往復半日程度で片付くものだ。

だから俺は、山での寝泊まりに必要な仮寝床や寝袋など、持って来てはいない。

一日がかりになるなんて、考えてもいなかったから。


「まったく、詰めの甘い奴だ」


 そんな俺に、リブは呆れ顔を向けてきた。


「夜の見張りは、私がやってやる。アンデッドである以上、睡眠も取るに取れんし、低級の魔物程度なら私1人で十分処理可能だ。私でも手に負えない軍勢や、上級種の魔物が来た場合は貴様を叩き起こす。寝床に関しては、今回は地面で我慢しろ」


「……分かったよ」


 リブの言う通り、今回は俺の詰めが甘かった。


 一日で片が付く依頼とはいえ、それは上級の魔物と遭遇しなかった場合の話だ。


 けど、自然界に絶対なんてない。

上級の魔物と出くわさないなんて、保証はないんだ。

俺はそれを、理解していなかった。


 その結果が、魔力切れでマトモに動けなくなった、今の俺だ。


「さて、夜を越すなら、焚き火があった方がいいな。さっきはああ言ったが、地面に直で寝るのは体温を奪われて危険だ。せめて、何か温度調整のできるものを用意しないと」


「焚き火?ンなもん、こうすりゃ——」


 俺はわずかに回復した魔力を手元に練り上げ、付近の死霊をたぐり寄せる。


 隷従契約は必要ない。

ただの霊魂も、今はそこに居るだけで価値がある。


 手元に寄ってきた死霊に、枯渇寸前まで魔力を無理やり流し込み、それを薬草の群生地から離れた場所に放つ。


 着弾地が青色に爆ぜ、その中心に蒼炎がゆらめく。

リブは面食らったように、目を丸くしてそれを凝視していた。


「ゴーストボールは魔力を一気に与えてやると、こうやって爆散する。非常時の着火に最適だ」


 ここまでいい所なしだった故、思わず口元が緩んでしまう。

死霊魔法師が扱うのは死体だけじゃない。

よく覚えておけ、女冒険者。


 ゴーストボールは、死霊が魔力を大量に取り込む事で魔物化した、青白い火の玉の魔物だ。


 分類上はアンデッドの魔物だが、ただ周囲の魔力を吸収しながら漂う、自然現象のような存在。

火事にならない程度の火の粉を撒き散らしたり、物を少しだけ動かしたり出来る以外は、なんの能力も持たない低級の魔物だ。


 だが、性質を知っていればこうやって火種代わりに使う事だって出来る。


「後はあそこに可燃物を放り込んで、火を大きくしてやればいい。これで問題解決だろ」


 俺はヨロヨロと立ち上がりながら、小さな蒼炎の元へ向かおうと足を踏み出し——無様によろけた。

頭がフラフラする。

やっぱり、回復しきっていない状態で魔力を使うのはまずかった。


 倒れそうになった俺の肩を、リブが咄嗟に支える。


「無理をするな。火の近くまで運んでやる」


「……悪りぃな」


 それは、打算でもなんでもない、自分でも驚くほど本心からの言葉だった。


「ほぉ、今のは素直だな」


「……うっせぇ。俺だって、他人の手を煩わせたら謝罪する常識くらい持ってんだよ」


 可笑しそうな表情を浮かべるリブに、俺は居心地が悪くなった。

俺だって驚いてるよ。

こんな素直な言葉が、自分の口から出るなんて。

これもきっと、アサルトベアとの戦闘で消耗が激しかったせいだ。

うん、間違いない。


 正直、考えるのも面倒なくらい疲れた。

今はとにかく休みたい。


「死者を弄ぶ外道にも、どうやら人の心があるらしいな。それを知れたのは、今日一番の収穫だ」


 人の事を散々外道だ何だと呼ぶ割に、何やらよく分からんことを言いやがる。

外道(おれ)の心の在り方なんて、知ってどうなるって話だ。


 そんな、よく分からん死者に支えながら、俺は疲労で微睡む意識を、眠りの海に沈めた。

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