1.綺麗な死体
ダンジョンの中には、様々な死体が転がっている。
生存競争に敗れた魔物の亡骸から、一攫千金を狙って踏み込んだ冒険者の末路まで。
大抵は激しく損傷した物が多く、目も当てられない惨状で眠る死者達。
その亡骸を養分に、ダンジョンは上質な魔鉱石や、強力なモンスターを生み出す。
死体の山を糧に、ダンジョンは成長していくのだ。
死に溢れたダンジョンは、俺のような死霊魔法師にとって宝の山だ。
上手くいけば強力な魔物の死骸を手に入れる事ができ、死霊魔法の鍛錬が捗るし、戦力確保にもつながる。
もちろん、魔物に限らず冒険者の死体だってそうだ。
けれど、大抵の死体は損傷が激しく、使い物にならない。
そんな死体達も、無理やり合成したりして強力なアンデッドに変換させるのは理論上可能だが、そんな事やってのけるのは俺の師匠くらいなものだろう。
あの人本当に規格外なんだよな……
そんな師から魔法を学んだ俺は、今日も死が充満したダンジョンに足を踏み入れ、亡骸漁りをしていた。
ダンジョンの地下五層目。
広範囲の攻撃を誇る魔物をはじめ、上級クラスの魔物が蔓延る魔境だ。
「こりゃひでぇな……」
その層に踏み入れた瞬間、奥から漂ってくる強烈な死の気配。
その発生源を辿って少し開けた場所に出る。
そこには凄まじい死臭と共に、地獄絵図が広がっていた。
巨大な圧力によって潰れ、もはや原型を留めていないタンカーの残骸。
臓物をぶちまけて転がっている、アーチャーの上半身。
杖を持ったまま炭化し、いまだ蒸気を上げているソーサラーと思わしき真っ暗な塊。
おそらくこの集団のリーダーと思われる、スレイバーの左半身。
一部陥没した地形や地面の焦げ跡などから、大型の魔物に遭遇し、交戦した冒険者パーティの末路といったところだ。
実力に見合わない敵を前に、なす術なく全滅したのだろう。
飛び立った血飛沫や肉片の状態、腐敗の進み具合から見て、死後さほど立っていない。
この死体達も、やがて屍肉を貪る低級の魔物の餌となるか、ダンジョンに吸収されて養分になるだろう。
うーむ、実に勿体無い。
「《ホルマリ》」
俺はルーツ語で呪文を唱え、冒険者の残骸達に防腐の魔法を施していく。
今の俺の実力では、ここまで損傷した死体を今すぐにどうこう出来はしないが、拠点に持ち帰り、合成素材として使えば、それなりのアンデッドが精製できるかもしれない。
まあ、今の所うまく行った試しはないが……
それでも、魔法の鍛錬は積み重ねだ。
師匠のところに持っていけば、これらを基に強力なアンデッドを作ってくれるかもしれないし。
丁度前の層で俺の持つ戦力が底をついた所だったし、今日はコイツらを回収して引き上げよう。
そんな訳で、俺は冒険者達の亡骸を収納魔法で回収していく。
死体は収納魔法に入れていても腐ってしまうので、防腐処理は必須だ。
「さて、ここらで引き上げ——ん?」
転がった死体を全て収納し終えたところで、俺はあるものに気がついた。
開けた空間の隅の方。
力尽きたかのように壁にもたれ掛かる、女の死体。
それまでの亡骸達とは打って変わって、損傷が少なく五体満足。
致命傷と思われるのは、腹部に開けられた深い刺し傷のみ。
腐敗も進んでおらず、かなり良い状態で残った死体だ。
彼女もまた、全滅した冒険者パーティの一員だったのだろう。
あのような激しい戦闘の形跡があった中で、何故このような形を保っていられるのか。
それは、女の死体の格好を見て何となく察しがついた。
サイズの合っていない安物の鎧。
剣の知識には明るくない俺でも一目でわかる、粗末な作りの剣。
そして、色街でお目にかかるのも珍しいほど整った顔立ちと、艶やかな金色の髪。
鎧を突き破りそうなほど発達した乳房。
おそらく彼女は、あのパーティの慰み者、もしくは雑用係として同行していたクチだろう。
男所帯の冒険者にはよくある話で、実力が伴わないのに高ランクのパーティに所属している顔や体つきの良い女冒険者は、大体その手の目的で入れられたメンバーだ。
居るだけでパーティの華になるし、何より娯楽のないダンジョンに何日も潜る場合は男達の欲の捌け口にもなる。
冒険者やダンジョンの出入りを管理している冒険者ギルドも、そういった事例をある程度は寛容しているし(度が過ぎた行為は処罰の対象)、人目が無いに等しいダンジョン内で何をしようが、当人達にしか知る由もない。
しかし、そういった者達は時に足手纏いとなる為、高位の魔物や魔物の大群にかち合った際、囮として一番に切り捨てられる事にもなる。
今この状況が、まさにそれだ。
この女も、大型の魔物と遭遇し、パーティメンバーに囮として捧げられたのだろう。
大抵の場合はパーティリーダーの男に上手く取り入ってその状況を回避するが、この女はそれが叶わなかったらしい。
しかしまぁ、死体をよくよく見ていると、本当に美麗な女だ。
こんな上玉を簡単に切り捨てるとは、よほどの強敵と遭遇したらしい。
まあ、だからと言って、性的興奮を覚えたりはしないが。
俺は師匠と違って、亡骸で性処理をするような趣味は持ち合わせていない。
しかし、ふむ。
このタイミングで状態の良い死体を見つける事が出来るとは、中々に俺も運がいい。
どうせ全滅したのであれば、この女を早めに切り捨ててくれた事をあのパーティに感謝したい。
「《ホルマリ》、と《スキャン》」
死体に防腐処理を施し、魔力を流して内部を調べる。
筋肉や骨の損傷はなし、内臓は一つだけ大きく傷付いてる、これが致命傷か。
他にも脳の損傷具合や、蛆虫の有無も調べたが、特に支障は見当たらない。
この程度なら、問題なく動かせる。
ありがたく使わせてもらおう。
俺は女の死体を地面に寝かし、そこを中心に魔力で陣を描いていく。
俺が強力な死霊魔法を行使する時は、魔法陣を用いた魔法儀式が必要になる。
まだまだ鍛錬が足りない証だ。
女を中心に半径五歩分ほどの円を描き、そこに魔法式を書き込んでいく。
降霊と隷属の魔法式だ。
全ての式を書き終えると、指先を薄く切り、魔法陣の中心に横たわる女の死体に数滴血を垂らす。
これで準備は整った。
「《リバイブ》」
左手から魔力を流し、呪文を唱える。
俺の魔力に反応し、魔法陣が紫色の光を浴びていく。
力の循環を司る円に、様々な効果、属性を司る魔法式。
それら全てに魔力が流れ、魔法儀式が力をもたらす。
死者の肉体に死霊を降し、思うがままに操る。
一般的に外道魔法と呼ばれる、死霊魔法の真骨頂。
死体を用いたアンデッドの作成、《リバイブ》。
世間から忌み嫌われていようが、俺にとっては生きる術の一つだ。
儀式が終わり、女の死体がのそりと立ち上がる。
こうして俺は、自身の戦力として新たなアンデッドを作り出した。




