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妊娠と出産

洋巳は月のものがなくなって数週間、その後洋巳の悪阻(つわり)はひどいもので、まともに食事もとれないと聞いていた。

御子姫は桃を取り寄せると(けが)(はら)いをしてから、奨弥に頼んで剛拳に持たせた。御子姫は洋巳と腹の子について話をした時、洋巳に巻きつくトグロの影が見えたことを気にしていた。


あの日以来、御子姫は時間をかけて、洋巳の穢れ祓いを誰にも内緒で行なっていた。

三月(みつき)も過ぎる頃には悪阻も落ち着き、たくさん食べるようになったと聞き安堵した。


洋巳は剛拳と二人きりで暮らしていた。

(いくさ)に出ていく者は、それだけで里を形成していた。大厄の前には戦からは身を引き、引退した者だけの里へ移った。


妊娠したら女は一旦、引退した親達の住む里へ戻るのが一般的だった。無事出産するまでは、なるべく(ケガレ)から離れて暮らすことが大切なことでもあった。そして、乳離れしたらそのまま親に子供を預けて、また戦さ場へと戻ってくる。


今回、洋巳の出産は里へ下がらず、響家本家の奥の対屋(たいや)で用意をすることとなった。洋巳と剛拳の希望で、臨月までは二人で過ごすことを選んだ。これはとても(まれ)なことだった。

今回の妊娠出産が認められたこと自体が、すべて特例だったからである。


五ヶ月近くなると、もうこんなにも大きくなったのか、というくらい洋巳の腹は目立ってきた。戌の日には、御子姫が直々に安産祈願をした腹帯を、代理の者に届けさせ帯祝いをした。


代理は洋巳のところから戻ると御子姫に報告をした。

「姫様、洋巳の腹は少し大きくなり過ぎているようで、驚いたことにもう赤児が腹を蹴るんです」

「そうか、元気で良いのではないのか?」

御子姫には、よくわからないのは無理もない。当然経験もなければ、見たことさえないのだから。出産経験のある代理が、自分の時と比べて説明すると、御子姫はようやく少し心配をし始めた。


響家でも奏家でも、特別な力が備わって生まれてくる赤児は七割くらい。中には、紋を持たず力のほとんど現れない者もいる。そうした子等はゆくゆく神守(かもり)の名字をいただき、里を出ることとなる。

特別な力が備わっているからこそ、中には異形の者達も多く生まれてくる。異形の者達ばかりが集まる里もある。お互いがお互いに違うところばかりなのだが、それがまた不思議と気心が知れるらしく、御子姫もよく隠れ里へ通っていた。


「そうか…万が一のことも考えねばな」


御子姫は隠れ里の奥に、離れて暮らす一軒家を造ることにした。里の者達も、御子姫様は隠れ里に隠れ家を造っていると、最初は笑い合っていた。



戦に出るにあたって、剛拳と洋巳の(つい)がいないのは、正直厳しかった。それだけ、剛拳は重宝されていた。戦の要となる仕事ができる上に強かった。


一度、(つい)を得た者は、相手が妊娠や病気で欠けていても、決して他者と組んで戦に出ることはなかった。洋巳が妊娠で船を降りてから、剛拳は単独で乗り込み船内の指揮を()っていた。総合的な船団としての采配は御子姫が行い、各船には船内の指揮を執る者がいた。


戦が終わったあと、剛拳は輪紋衆の屋敷で(ケガレ)を十分祓ってから家へと急いで戻った。


帰宅すると、ぽつんと一人、洋巳が出産の準備をしていた。赤児の物も、暇だからと自分で作っていた。

洋巳には、元より奨弥への恋慕(れんぼ)が過ぎて、それが理由で友人もいなかった。その上、妊娠についての騒ぎはいくら口止めをしても、御子姫に刃向かったと広まっていった。


自業自得だといえ、出産を控え心細いだろうと、響家の頭領代理がちょくちょく訪ねてくれた。それも内密には、御子姫が心配をしてのことだった。


夜になると、洋巳は抱いてくれと毎晩のように剛拳にねだった。洋巳は強がっていても、不安で不安で仕方がなかった。それが抱かれることで安心し、一時的に少しはましになるのだった。

剛拳の広くてがっしりとした腕と胸の中で、洋巳はやっと落ち着いて眠れるのであった。


「剛拳、ねぇ、剛拳たらぁ…ねぇぇ!」

剛拳はやさしく口づけると、大きくなってきたお腹を撫でた。乳も大きく張ってきていた。

「わかった、わかった。乳首のマッサージをしてやろう」

洋巳が剛拳の胡座(あぐら)の上に座ると、剛拳はどうやら産婆から聞いてきたらしいマッサージをやり始めた。乳を片手で下から持ち上げ、大きくなってきた乳輪から乳首にかけてつまみだすと、何回も引っ張ってやった。乳首の先からは汁が(したた)るのをさらしで拭いた。


「い、いたぁい…」

「お、それはいかんの」

「だいじょうぶ、イタイのも好き」


そうして、何度も乳輪と乳首を押したりつまんで引っ張ったりした。


「ねぇ、剛拳の、欲しい…ね、ちょっとだけ、さきっぽだけでいいからぁ」


甘えた声で洋巳がせがんでも、剛拳は首を横に振った。

「大事な赤ん坊が病気になるかもしれん、我慢しんちゃい」

「なんで、なんで?」

「どーよぉにきれいにしても、ケガレが残っとるかもしれん」


この頃は、腹の子も外から見ても腹の皮の内をグリグリと足が動くのがよくわかった。蹴ると皮が破けるのではないかと思うほどだった。


「イ、イタタタタ…腹、()られると痛くてかなん」

「げに、こがぁに大きゅぅて大丈夫なんじゃろうか」


まだ、八ヶ月ほどでもうすでに、臨月と変わらないほどの大きさだった。いつ産まれてもおかしくはない。


「もうそろそろ御子姫の(ところ)へ行かんか、俺は心配じゃけぇ」

「すこぉしだけ、舐めてくれたら行ってもいい」


仕方がないとばかりに、剛拳は洋巳の乳を吸ってやった。

それから洋巳を横向きに寝かせると、片脚を持ち上げあそこを舐めてやった。


「ああ…久しぶりぃ、きもちいい…はぁん、はぁ…」


洋巳のあそこを舐めているうちに、剛拳は妙な気配を感じ取っていた。あそこの奥の方から、なんとも言えない、(ケガレ)のそれとはまた違う。背筋がぞわりぞわりとゆっくり緊張していくような、今まで感じたことのないものだった。


そのことは洋巳には何も言わずに、約束だからと次の日、剛拳は御子姫の元を訪ねていた。

御子姫は喜んで迎えてくれた。剛拳が来たということは、やっと洋巳が屋敷へ来る気になったということに他ならない。

しかし、御子姫と内密にということで部屋へ通された剛拳の表情はどこか険しかった。


剛拳は洋巳の腹の子について、奇妙な気配を感じることを御子姫へ話した。


(ケガレ)のソレとは違います。もっとこう、こっちが緊張させられるような、今までにない気のようなものを感じたんです」


翌日、洋巳は剛拳と共に御子姫の元へ来た。その腹は、ぽこりと大きく前に反り出していた。洋巳はまるで大きな西瓜を抱えて歩くように腹を支えていた。


洋巳は北の対屋へ入ると、すぐに産婆と医者に診てもらった。その日の夜、洋巳はにわかに産気づいた。

長い長い、夜が始まった。

腹の子は、どう診ても普通の子の二倍ほどの大きさだった。


思った通りの難産だった。陣痛は続いても子は下りてこず、また陣痛は遠のいてしまう。それを一晩中繰り返した。

明け方になっても、子は出てこなかった。

洋巳は疲れ切り横になって休んでは、また陣痛が始まり苦しんだ。


そしてまた夜が来て、洋巳の気力も限界だった。次の陣痛が来た時に、やっと頭が見えてきた。


「さあ、もう一踏ん張りじゃ」

御子姫はつきっきりで声をかけ続けていた。

産婆の掛け声に合わせて、洋巳は大きな声で叫びながら、在らん限りの力を振り絞った。


赤児はやっと頭が出てきた。産婆が手を出そうとするのを御子姫が一旦止めた。


「両耳の辺りを持って引きずり出せ」


次に洋巳が力んだと同時に、赤子はズルッと出てきた。

産婆は小刻みに震え息を呑んだ。

御子姫は産婆の目を見て喋るなと、身振りをして睨みつけた。


赤児の頭には、前の方に二つ、コブのような突起があった。


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