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祖の魂

真白(ましろ)様、どうかされましたか」

「声がした、行って参る」

大切にされていた真っ白な赤子は、ある日突然消えた。

真白の神は数百年を経て、真白の姫御子と男御子とに分かれていた。突然消えたのは男御子の方だった。


真白と呼ばれるものを呼んだのは、他ならぬ御子姫だった。

「どうか、助けて下され」

御子姫をかばい先に大バケの口に落ちた奏司は、左から穢れを受けた。

御子姫は全身全霊、持てる力を出し切った。それでもなお、奏司を助けられなかった。このままでは奏司は死ぬだろう。


御子姫は助けを求めた。ただただ、求めた。


真白は奏司の穢れを祓ったが、すでに奏司の左身の一部は穢れに触れていた。

真白が来た時にはもう手遅れだった。

真白が常世の大河に降り立ったことで、常世の大河と化した水底の、澱みのその底に眠っていた、遠い遠い時の向こうで(にえ)となっていた者たちが起きてきた。


それだけではない。

(ケガレ)との祓いや戦で命を落としてきた者たちの魂も起きてきた。

その中には先の大戦(おおいくさ)で唯一大河に取り残されたとされていた、美鈴の魂もあった。


多くの魂は大河の中からまるで無数の光の玉が飛び出てくるように、船団を取り囲んだ。

船上に取り残された戦人たちは、新手の何かが来たかと身構えた。

真っ先に声を上げたのは異形衆だった。

「うおおおおおおおーっっっ!!!」

「ご先祖だあぁぁっっ!!」

彼らには光の玉に、先祖の姿が重なって見えていた。


光の玉はそれぞれの船に乗ると、戦人を鼓舞し、共に取り囲む(ケガレ)を祓い始めた。

それはまさに、一騎当千の勢いであった。

猛り狂ってくる(ケガレ)どもを、先祖の魂は鬼神のような強さで祓っていった。

先祖の魂は、御子姫を失い、まさに風前の灯となっていた戦人を奮い立たせていた。


御子姫を失い、一時(いっとき)呆然となっていた双子が陣頭指揮を取り始めた。

「姫様は必ず戻られる!」

「奏司殿、豪鬼殿、一緒に戻られる!」

「それまで、持ち(こた)えるのだ!」

「気力のある者は術を放て!」


唱と駿英は見つめ合った。

「子供達の元に戻らないと!」

言葉と駆成(かいせい)も同じだった。

「こんなところでくたばってたまるか!」

二つの対は同時に目前にそびえ立つ、御子姫たちを飲み込んだ大バケに向かって大砲(おおづつ)を打ち込んだ。


同時にあちらこちらから大砲(おおづつ)が打ち込まれた。

「大バケを祓えぇぇーっっ!!」

どれだけ術を打ち込んでも、打ち込んでも、大バケは山のように、そこに在った。

大バケだけではない、次から次へと船を狙って(ケガレ)が攻撃してくる。

「姫様が戻られるまで、なんとしても踏ん張れえぇーっっ!!」

先祖の魂とともに、総勢二百名近い者たちと(ケガレ)との大決戦であった。



御子姫と奏司と豪鬼はともに同じ走馬灯を見ていた。

それは伝え聞いていた、(ニエ)として大海に流した赤子が葦の籠に乗って帰ってくるところから始まっていた。

そして、その赤子が、輪紋と響紋が刻み込まれた者たちによって拾われ、大切にされているところまでだった。

多くの(ケガレ)が祓われていた。穢れ(ケガレ)は常世の大河から二本足で上がってきて、人に取り憑いているようだった。赤子は結界を張り集落を守っていた。


御子姫が放った、全身全霊を込めた一撃は、一瞬にして常世の大河を閃光で包んだ。

「ほう…」

それは真白が発した、感嘆の一声だった。

御子姫は一瞬のうちに、常世の大河を埋め尽くしていた(ケガレ)を祓っていた。

真白が呟いた。

「ほんに子は宝じゃのう。身籠っておるうちに力を分け合うたか…」


常世は一瞬にして静寂が訪れた。

そうして、御子姫は豪鬼とともに奏司を(ケガレ)の元から連れ帰った。

しかし、奏司の左腕はブスブスと音を立てて崩れていた。

「早う、清めの水を!」

奏司の呻く声が鈍く響き渡る。そして悲鳴ともつかない声で、叫ぶ声がした。

奏司は思い出していた。眴と誓いあった時のことを。何も証はないが、互いに左手の薬指に口づけをして誓いあった。

その左腕が、穢れを受けて腐れ落ちていた。

「左、左腕が…!」


肩から清めの水がかけられ、御子姫はずっと祓詞を唱え続けた。

奏司は意識を混濁しながら、まだまだこんなところでは死ねないと神に祈った。以前、父奨弥から受けた(ケガレ)の影響など、直接受けた穢れの腐れに比べたら天と地ほども違う。

「生きて帰るんだっ!!」

左の半身には心の臓もあった。その近くを(ケガレ)に侵食され奏司は死地に立たされていた。


御子姫は、あの日を思い出していた。そしてあの時とは比べようもないほど心臓があぶつのがわかった。どくんどくんと、恐ろしい勢いで心臓が波打っていた。

「奏司、奏司っ!」

豪鬼が残った(ケガレ)を祓おうとする。

「触れてはならん!」


御子姫は豪鬼が出した輪紋へ響紋を撃ち込んだ、そしてもう一度輪紋へ向けると輪紋を絡め取り光の玉を作った。

「その手があるか、できるかわからぬが!」

御子姫は輪紋と響紋との融合を始めた。二つの力を一つにすると、祓詞とともに奏司の左腕を光で包み込んだ。黒々とした穢れが砕け散っていくように消えていった。

奏司が受けた穢れは、皮膚への浸潤はなんとか止まった。


船団は異形の大船を先頭に双子の大将船をしんがりに、多くの祖の魂に見守られ帰港した。常世の大河の(ケガレ)は、御子姫によって一時的に祓われていた。船団の船は傷だらけだった。今にも沈みそうな船でなんとか閘門まで辿り着いた。

なかなか帰ってこない船を、残されていた者たちは待ちに待っていた。船の様相を見ると只事ではないことを感じ取っていた。



飛び出していった真白様は戻らなかった。その後残った姫御子の真白様は、一体になられると途端に成長し始めた。

そうして真白様は輪響紋衆の一人と対を成し、輪響紋衆に新たな力をもたらした。


戻ることのなかった男御子の真白は、奏司の命を救った。それは人一倍強い呼びかけだった。

今ここでは絶対死ねぬという、誰よりも強い、強い呼びかけだった。

真白はこの者と残りわずかな時をともに過ごすことを選んだ。


命からがら戻った戦人たちは、幸いなことに一人も欠けることなく死地を脱した。

唯一、奏司だけは左身に穢れを受け、左腕が二の腕から先はなくなった。左身に受けた穢れは真白が依代(よりしろ)としたことで祓われていた。

御子姫と豪鬼は奇跡的に無傷で船上へ戻っていた。

そこで、奏司に残った穢れの浸潤を止めるべく、御子姫と祓っていた。

奏司はなんとか意識を取り戻し、死線から引き戻された。真白は奏司を生かすために、奏司と融合した。


真白は見届けたいことがあった。その思いもあり、奏司の強い願いに惹かれ力を貸すことにした。

奏司の残りわずかな命を引き延ばすことはできないが、この若者ならきっと真白が想像するような残りの時を生きるはずだと思った。


御子姫たちが戻った船上には、古いものも新しいものも含め、無数の骨が散乱していた。


すべては先祖の骨、(ケガレ)との祓いの戦で命を落とした者たちの遺骨と思われた。

一つ一つ丁寧に拾われ、大きな骨壷に収められていった。それはあまりの数の多さに、連日かなりの時を要した。


そうこうするうち、御子姫は美鈴の魂に導かれた。

美鈴の指差すところ、常世と現世を隔てる堰の閘門を探ると、朽ち果てることなく、美鈴のきれいなままの遺体があがった。


その知らせに、妹の美琴がやってきた。まるで冷凍保存でもされていたかのような、時が止まった遺体との再会だった。美鈴の遺体は、響家の戦人の墓地へと、何十年という歳月を経て埋葬された。

これでやっと、あの日心に誓えたことが果たせたと、御子姫は安堵した。


奏司は数日意識は戻らなかったが、片腕がなくなった割には(ケガレ)の浸潤が少なく済み回復が早かった。

しかし、胸に珍しい病が見つかった。今すぐどうこうということはないが、出来物の大きさから十年は生きてもそれ以上は難しいと言われた。


その後、船から集められた先祖の遺骨は、常世との境に築かれた堰から続く堤沿いに、堤を守るよう溝を掘り埋められることに決まった。そこへは異形の里の山から山藤を切り取り、挿し木で増やしていくように計画された。

先祖の魂と遺骨は思いも寄らぬ形で、再度供養されることとなった。


この時、すでに御子姫は心を決めていた。

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